「っく、呑みすぎたな〜〜」

 右へ左へと、ふらふらしながら博麗神社への道を飛んでいく。

 今日は人里で呑んだ。里は、あの規模の集落にしてはやけに飲み屋が多くて、夜遅くまでやっている。久々に、里の知り合いの人たちとしこたま呑んで……この有様だ。
 あそこは外部の人間を泊めるようなところはないし、誰かの家に厄介になるのも気が引けたので酔った身体を押して博麗神社に向けて飛んでいるわけだが……

「……考えてみたら、霊夢のところも、他人の家に厄介になることに変わりはないんだよなあ」

 あそこに泊まることを特別と思っていない自分に、今更ながら驚愕してみたり。あそこ、一応年頃のうら若き乙女の家のはずなんだけど。
 ……まあいいか。

 気持ちのいい夜風に、アルコールで火照った身体が冷めていく。こんないい夜なのだ。買ってきた酒は明日呑むつもりだったけど、帰ったら霊夢も誘ってもう一杯やろうか。

 ――なんて、呑気なことを考えつつも、頭の一部は常に警戒をしている。それは、例え酔っていても……いや、酔っているからこそ、妖怪の接近に早く気付かないといけないからだ。

 この辺で一等危険な妖怪といえば、ルーミアか。強さではなく、人食いの傾向が強いという意味で、彼女は里でも恐れられている。基本的に強い妖怪ほど理性もあるので、むやみに人を食べたりはしないのだ。

 まあ、もちろん、普通の人間にとって妖怪なんてのは強いも弱いもない。基本的に、戦うって選択肢自体、まずありえない。多少の力を持っている僕だって、妖怪相手となればまず逃げる。だって、怪我するの嫌だし。

 そんなわけで、帰り道も実は慎重に道を選んでいる。『妖怪っぽい』ルートを通るのを避けるだけでも、遭遇率は随分下がるもんだ。特にルーミアなんて、僕は二桁回数ほど襲われた事があるので、あいつが気紛れでいつもと違う場所を通らない限り、出くわしたりはしない
 それ以外の人食い妖怪も、ちゃ〜んと避けているので、実は結構安全――

「――あん?」

 ずっと向こう。月明かりに照らされた変な影があることに気が付いた。空を飛んでるってことは、妖精か妖怪か。……あの雰囲気は妖怪っぽいな。
 ……前言撤回、あんま安全じゃなかった。

「あっ!」

 迂回しよう、と思うのと、遠くにいた妖怪がこちらに気付くのがほぼ同時で。ぎゅーん、と勢い良く近付いてくる妖怪に、僕は逃げる機を逸した。

 あ〜、どうするかなあ。ああ、そういえば、光符持っていたっけ。ふっふっふ、著作権的にアレな名前から、改名した光符を見るがいい。

「光符」
「うらめしゃ――」
「『スタンライト』」
「きゃあああああーーー!?」

 指向性の激しい光をモロに食らった妖怪は、目を覆って叫び声を上げた。『目がぁ〜目がぁ〜』とならないのが残念なところだ。
 ……いや、しかし、妖怪とは言え女の子に悲鳴を上げさせるのは、あんまり気分のいいもんじゃないなあ。

 ……失明とかはしていないよな? そこら辺は一応気をつけて作ったんだけど。

「だ、大丈夫、か?」
「なに!? なになに!」

 妖怪は、手に持った傘をこちらに向けて、警戒態勢。……ほっ、無事らしい。

「……って、あれ?」

 んで、それはいいんだけど……なんだろう、この紫色で先端が黒で、ついでに顔が書いてあって舌も付いてる傘には妙に見覚えが。
 っていうか、こんな悪趣味な傘、忘れようたって忘れられない。

「え〜と、確か……」

 そう、あれは聖さんところの妖怪が起こした異変の時に出くわしたからかさお化け……

「た……苗字は忘れたけど、小傘だっけ」
「ん?」

 ひょい、と名前を呼ばれて、傘から半分だけ顔を見せる小傘。
 ……前は気にしてなかったけど、オッドアイなのか。なんと羨ましい。オッドアイとか憧れるよねー。

「うらめしや〜」
「……やっぱり、それって『こんばんは』とかと同じノリの挨拶なのか?」
「いや、違う違う。驚かせようと思って」

 ……はっきり言って、そんな可愛い面で舌出してうらめしやとか言われても、怖がる人間は絶対にいない。萌える人間はいる。多分。

「えっと、なんだっけ? 前会ったことあるよね」
「良也だ」
「そうそう、それそれ」

 あっ、と小傘が何かに気付いて、びしっとこっちを指差してくる。

「そういえば、貴方のアドバイス。あれ、全然役に立たなかったわよっ!」
「……アドバイス?」

 なんだっけ。確か……最初会ったときも『うらめしや』って言われて、それで驚くヤツはいないって僕が言って……。はて、確か僕とぬえが適当言って『夜に紛れて、自分の正体を隠して、弾幕をしかければいい』って結論を出していたような。

「あ〜〜〜」
「あれから、何人かに試してみたけど、驚くどころか反撃食らったよぅ」

 うっ、うっ、となんか泣き真似をする小傘。演技派だな、この妖怪。

「……どうせ、空飛んでる人間にちょっかいを出したんだろう」
「う〜、まあそう。で、ちょっと聞いとくれ。この前会った巫女なんて、『なんで化け傘相手に驚かなきゃいけないのよ?』だよ。うう、頑張って人間を驚かせるために妖怪になったっていうのに」

 ああ、また傘に戻ろうかな。でも、また捨てられたらやだなあ、なんてぶつぶつ呟く小傘の様子は、なんというのか哀愁を誘った。

 ……まあ、どこからどう見ても危険な妖怪じゃないし。
 よし、慰めてやるか。

「あ〜、小傘」
「ん? なんだい、兄さんが拾ってくれるのかい?」

 お、お持ち帰り? ……いや、本当にただの傘ならともかく、女の妖怪付きとか、体裁が悪すぎるだろう。それに……その配色は、アレを連想させる。

「悪いが、僕は茄子は大嫌いなんだ」
「しくしく、またこのデザインか。デザインなんて単なる飾りなのに!」
「……そりゃデザインは飾りだろう」
「あれ?」

 小首を傾げる小傘に、どっと疲れるものを感じつつ、僕は背中のリュックから瓢箪を取り出した。

「呑むか?」





























 丁度多めに買ってきたので、瓢箪は二個ある。
 地面に降りて片方を小傘に渡すと、小傘は浴びるような勢いで呑み始めた。……ぉぉぅ。溜まってるみたいなあ。

「本当、一昔前はいい時代だったよ。人間は妖怪に会えばそれだけで腰を抜かせて、私はひもじい思いをすることもなかった」
「めちゃくちゃ私的な『いい時代』なのな」
「ところが、最近の人間は子供ですら驚いてくれない。うう……この前なんか、竹とんぼも飛ぶんだから、傘が飛んでも変じゃないよ、とか言われたし」

 それは……どっちかというと、その子供が可哀想な子な気が。

「あれ? へりこぷたーってやつだっけ」

 ヘリ? んな単語だすってことは……それはもしかして、妖怪の山に住んでる某巫女のことじゃあ。

「挙句、今日会った人間は逆に私を驚かせるしっ」
「いや、だっていきなり近付いてきたから」

 自衛のためには仕方のないことなのだ。第一、驚くような不意打ちでもなければ、逆に僕がやられるしなあ。いや、小傘の場合は迎撃しなくても良かった気がするが。

「うう〜」

 瓢箪に口をつけ、ごっきゅごっきゅと呑む小傘。……この呑みっぷりにはある意味驚いているよ、僕。

「ぷはっ。どうすりゃ、人間は驚いてくれるのかねえ」
「さあ?」
「こらっ、人間!」

 むくれる小傘に、なんと言えばいいのか。正直、びっくりさせようとすればするほど、なんというのか……『わざとらしく』なって、驚かせられないと思うんだけど。

「……ああ、そうだそうだ。妖怪なんだから、なんか能力あるんじゃないか? どんなの?」

 とりあえず、敵を知り己を知れば百戦なんちゃらってやつで、能力を聞いてみる。

「『人間を驚かす程度』の能力」
「全然驚かせてないよっ!? ある意味、今まさに驚いたけど!」

 それって要するに無能力ってことなんじゃないのか?
 ええい、じゃあ、

「ほら、もうごくシンプルに、こっそり後ろから忍び寄って大声で脅かすとか」
「そんなんじゃ意味ないなあ。ふ、わちしが狙っているのは、もっと崇高な恐怖なのよさ」
「あれ? なんで僕、『わかってないぜコイツ』みたいに言われてんの?」

 酒奢ってやっているのに!

「ふう」

 ……くぴ、と一口酒を呑む。適当につらつらと言葉を並べているだけだけど、けっこう楽しい。
 いい妖怪だな、コイツ。うん。人を喰ったりしないみたいだし。

「じゃああれだ。もう、妖怪らしくどーんとぶつかっていけ」
「どーん?」
「そーそー。僕以外の人間になー。あとついでに、里の人もやめとけー」

 そうすると、これ以上なく選択肢は狭まるけどな!

「うう、それはいいんだけど、最近は妖怪を返り討ちにする人間も増えててねえ。っていうか、今まで空飛ぶ人間に勝てた試しがない」

 ええい、意外と気の弱い。いや、そんな無理ゲーをけしかけようとした僕も僕だけど。

 ふーむ、しかし、人の驚くことかあ〜。んー。
 悩む。というか、僕自身、最近驚くことが少なくなってきている。特に外の世界では。……刺激が少ないわけじゃないんだ。単にこっちに慣れたら外の世界の驚きなんて超大したことないっていうかー

「ああ、これから私は年がら年中ひもじい思いをすることになるのかねぇ。ヨヨヨ」

 と、酔った勢いも手伝ってか、手近な木にしなだれかかる小傘。別に色気を感じたわけでもないのだが、そこでピーンと来た。

「じゃあ、もう脱いじゃいなYO!」
「……え?」
「はっはっは、そうしたら僕はすげえ驚くぞー」

 その光景を想像。……うむ、間違いなく、この上なく驚愕するなあと確信を深めつつ、酒を呑み……ってしまったぁ!?

「…………」

 ああ、なんか突き刺さるオッドアイの視線がなんか痛い! ちょっと酔って口を滑らせただけなのに!

「今のなし!」

 腕で大きくバツマークを作る。

「……本当かい?」
「え゛?」

 ほ、本気にされた!?









 ……とりあえず、説得に説得を重ねて、誤解を解いた。
 ふう、危ないところだった。



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