「あ〜、頭いた……」

 昨日は呑みすぎた。
 いや、普段から幻想郷に来た時はよく呑んでいるんだけど、昨日はワイルド東風谷がご降臨あそばされ、この僕めに酌をしてくれたのだ。

 その勢いたるや、台風の後の濁流でもここまではないだろうという位だった。
 ……おかげで、二、三度吐いた今でもまだ気持ち悪い。

 東風谷め……。こっちに来る前は、神酒をちょっと嗜む程度だったって言ってたのに、あれだけの量を呑んで、平然と自分で飛んで帰っていたな。もしかして、かなりの酒豪なのかもしれない。すぐ理性なくすけど。

「ん、ん〜〜」

 時刻は正午。博麗神社の境内で、僕は真上に上った太陽向けて、思い切り伸びをする。
 この時間になって、やっと調子が出て来た。

「良也さん。お昼ご飯の用意が出来たわよ」
「おーう」

 僕がダウンしていたので、珍しく霊夢が用意してくれたのだ。手を上げて、すぐに居間に向かう。

 ……ちなみに、準備をしてくれた、とは言っても、昨日の宴会のあまりがおかずだ。あとはご飯を炊いて味噌汁を作っただけ。
 まあ、こっちだと、それだけでも一手間なので、感謝はしているけどさ。

「うわ〜、あんだけ食い物あったのに、もうこんだけしか残ってないのか」

 残っていたのは、煮物がちょっとと焼き魚が三尾。キュウリの浅漬けに、その他菓子類が少々。
 昨日集まったのは二十人くらいだけど、料理は軽く五十人前はあったと思ったのに。よくもまあ食べたもんだ。

「ま、いいか。いただきます」
「いただきます」

 霊夢と差し向かいで手を合わせる。
 と、

「……誰か来たわね」

 ぴく、と霊夢が反応して、境内の方に目を向けた。
 僕は、言われてやっと気配っぽいのがあるなあ、と気付く程度。はて、魔理沙かな?

「……迎えなくていいのか?」
「いいわよ。どうせ、暇した妖怪か魔理沙辺りでしょ。参拝客なら、お賽銭だけ入れてくれれば文句はないわ」
「お前、御神籤とかお守りさあ」

 守矢神社じゃ、お守りは貴重な収入源になっているぞ。

「面倒くさいわねえ……良也さん、作ってくれない?」
「いや、確かにちょっとした占いとアミュレット作りくらいなら出来なくはないけど……」

 いいのか? 僕のは西洋魔術系だぞ? 日本のもちょっと混じっているが、神道系の術はほとんど素人なんだが。

「っていうか、お前の仕事だろ」
「私の仕事は神社の掃除と妖怪退治よ」

 言い切りやがった。
 ったく、東風谷を見習えってんだ。段々と、本性を現してきたというか朱に交わればなんとやらというか、元の姿からかけ離れ始めた東風谷だが、神社の信仰集めと言う軸はぶれていない。

 彼女の半分でも、霊夢に神社を盛り上げようとする気概があればなあ。

「お昼どきすみません、霊夢さんいらっしゃいますかー?」

 ……玄関の方から聞こえてきたのは、今まさに僕が思い浮かべていた風祝だった。

「霊夢、ご指名だぞ」
「いいけど、良也さん。良也さんは魚一尾よ。三つしかないんだから」
「わかったわかった。まだ胃がムカムカしてんだから、そんなガッつかないって」

 さり気なく、一番大きなヤツを確保しつつ、僕はさっさと行け、と霊夢を送り出す。

 さて、東風谷もなんの用だか。昨日、宴会しに来たばっかりなのに。……忘れ物かね?

「ん……味噌汁うめぇ」

 豆腐とネギのシンプルな味噌汁だけど、いい味出している。流石霊夢だな……作りは適当なくせに。

 そんな感想を抱きつつ、玄関の方の二人の会話をなんとはなしに聞く。
 どうも、東風谷が相当慌てていて、霊夢が呆れつつもそれに対応していると言う感じだ。

「ふむ?」

 しばらくして、霊夢がこちらに戻ってくる気配がする。どうも、東風谷も一緒のようだった。

「だから、教えてくださいってば」
「知らないわよ。そんなの」

 そんな、訳の分からない言葉を交わしながら、二人揃って居間に来る。

「よ、東風谷」

 食器を置き、昨日ぶりの元教え子に手を上げる。

「あ、せ、先生? ま、まだいらっしゃったんですか」
「なんだ? 僕がいちゃまずかったか?」
「そ、そういうわけじゃ、ないっ、ないですよ? 単に、その、えーっと、今日帰るって言ってらっしゃいましたので」

 慌てすぎ。あまり鋭い方じゃない僕でも、なにかがあったってわかっちゃうじゃないか。

「そうだ、早苗。さっきの、良也さんに相談しなさいよ。同じ外の世界の人間同士でしょ」
「いや、僕は兎も角、東風谷はもう立派にこっちの住人……」

 と、言葉の途中で、東風谷が思い切り首と手を横に振るのが見えた。
 ……なぜ?

「れ、霊夢さん! さっきの件は、どうか先生にはご内密に!」
「は? なんでよ。たかが、ちょっと肉が付いた程度で……」

 『キャーーーーッッッ!!』という、東風谷の声なき悲鳴が確かに聞こえた。
 思い切り秘密をバラされた彼女は、慌てて霊夢の口を塞ごうとバタバタ暴れる。

「むぐ……なによ。ご飯中なんだから静かにしてよ」
「やめてください忘れてください! 霊夢さんに相談した私が馬鹿でしたーーっ!」

 うわぁ、ひどいテンパりよう。そんなにショックなのかなあ、お兄さん、男だからわからないなあ。

 それにしても……。

「うーん」

 不躾な上、軽くセクハラかな、と思いながらも、東風谷の全身を上から下まで眺める。
 ……うん。

「東風谷」
「せ、先生?」
「その、あー。東風谷、太っ……もとい、多少ふくよかになったって言うけど。でも別に見た目は変わってないし、気にすることないぞ? っていうか、まだまだ痩せ過ぎなくらいで……」

 我ながら白々しいと思いながらも、なんとかフォローを入れてみる。
 薄々わかっていたが、逆効果だったようで、東風谷はちょっと涙目になって耳を塞いで、『いやーーっ!』と聞こえない振りをしていた。

 ……僕、悪くないよな? 悪いのは、今漬物をぽりぽり齧っている霊夢だよねえ?



























「んで、ダイエットをしたいと」
「……はい、その通りです」

 観念したのか、東風谷は項垂れつつも認めた。
 いや、本当に見た目変わっていないんだから、気にしなくてもいいのに。

「それでなんで霊夢に? はっきり言って、そういうのを尋ねるには著しく不向きだと思うぞ」
「うっさいわねえ」

 食後の茶を啜りながら霊夢は文句を言う。
 完全に他人事モードだ。どうして僕が東風谷のダイエット相談を受けなくてはいけない。

「その。霊夢さんは全然太ってないじゃないですか」
「いや、東風谷だって別に全然……」

 そうフォローを入れようとした僕だけど、東風谷は頭を振る。

「駄目なんです。じりじりじりじり、幻想郷に来てからというものほんの少しずつ、真綿で首を絞めるかのようにっ! 最近は見ない振りをしていたんですが、今朝計ってみたら……キャーーーッ」
「いや、とりあえず切羽詰っているのはわかったから落ち着け」

 ふむん? でも、霊夢が減量とかをしているのを見たことはない。そりゃ、男の前であからさまにそんな真似をする女子もいないだろうが、かと言って霊夢が僕に隠れてしているか、と聞かれれば答えはノーだ。ありえねえ。

「それというのも、こっちに来てからというもの、宴会ばかりなせいです。月三、四回のペースであるんですよ? 殆ど毎週!」
「あ〜、かもねえ」

 休みの日にしか来ていない僕は、それでも月一、二回くらいしか参加しないが、あの神様の元にいる東風谷は全部参加しているんだろう。
 酒も呑めるようになって、ついついつまみを食べ過ぎてしまうのは、わからんでもない。

「霊夢さんは、私より付き合いが広い分、宴会の機会も多いはずなんです。なのに、こんなにスリムで……同じ巫女のよしみ、その減量法を教えてくれませんか!?」
「いや、同じ巫女って……。東風谷は確か風祝とかいうのじゃあ」
「この際、些細な問題ですっ」

 言い切った。前は割と拘っていた気がするんだが……いい意味か悪い意味か、細かいことに頓着しなくなってきたな。

「ふぅん、まあ言いたいことは分かったけど」

 ぽり、と煎餅を齧って、霊夢が東風谷に、どーでもよさそうな口調で言った。

「私、そーゆーの気にしたことないわよ? 私が太ってないって言うなら、単なる体質ね」

 体質ね、体質ね、体質ね――と、東風谷にはきっとエコーがかかって聞こえたに違いない。
 ピシッ、とまるで石化をしたかのように固まってしまった。

「あ、おい、東風谷。しっかりしろ」
「……はっ、すみません。ありえない幻聴が聞こえたようです。昨日呑みすぎましたかねえ」

 くぅ! と、僕は現実逃避する東風谷に涙を禁じえない。

「れ、霊夢! 今の台詞、撤回してやってくれ。東風谷のダメージは思った以上だ」
「なによ。単に食べても太らないってだけで」

 ピシピシィ! と再び東風谷が石化する。『だけ』ってところが、更なるダメージを与えたのだろう。

「東風谷、そろそろ正気に戻れ。繰り返しはそろそろいいだろう。現実を見ようじゃないか」

 僕は言って、肩を揺さぶる。
 すると、なんとか東風谷は戻ってきたらしく、がくー、と膝を突いた。

「そ、そんな理不尽な……」
「理不尽って言われてもねえ」

 二枚目の煎餅をぽりぽりする霊夢には、真剣さと言うのが足りない。
 そりゃ、僕に女性の体重に対する拘りなんてわからないが、それでも東風谷がどれほどショックを受けているのかは想像くらい出来る(見るからに、だし)。だと言うのにこの紅白は!

「……そういえば、ご飯三合は炊いてあったのに、綺麗さっぱりなくなっているな」

 昼飯に、僕が食べたのは……えっと、精々一合くらいだろう。つまり、この巫女はこの小さい体に丸二合の飯を詰め込んだわけである。……確かに太らない方がおかしいな。

「なあ、霊夢。お前やっぱり食べ過――」
「それに、良也さんだって太ってないじゃない」
「え? 僕?」

 霊夢にツッコミを入れようとしたところで、矛先がこっちに向いた。

「……本当だ」
「こ、こら、東風谷。そんな幽鬼のような目で見るな。僕は、お前たちほど宴会に出ていないんだから当たり前だろ」
「にしては、昨日もばかすか食べていたじゃない。普段の食事もいつもおかわりしているし。健啖家よね、良也さんは」

 む、う。まあ、食べるのは好きだけど。

「先生……」
「いや、東風谷? そんな恨めしそうに見ないでくれ。そうだな……子供の頃はけっこう鍛えていたからな。ほら、筋肉があると太りにくいって言うじゃないか」
「……筋肉、ですか」

 東風谷が腕を曲げて、力瘤を作ってみる。
 ……なんというか、見た目どおり華奢な印象だ。霊力で身体能力を底上げしない場合、東風谷も霊夢も年相応の女の子程度の力しかない。

 いや、腹筋が六つに分かれている女の子ってのもな。いや、偏見だとはわかっているけど僕的にはちょっと……

「それにしたって、食べ過ぎだと思うけど。良也さん、普段運動している?」
「月一回か二回くらい、気が向いたとき筋トレはしてるけど……」

 それも、幻想郷に通うようになってからだ。なにせ、身体をちょっとでも丈夫にしとかないと怖いので。

「ほら、やっぱり。早苗、減量の鍵は良也さんにあるわ」

 と、何気なく僕に東風谷を押し付けようとしつつ、三枚目の煎餅の攻略を開始する霊夢。……おーい、食べすぎ、食べすぎ。

「先生」
「こ、こら東風谷。先生、専門は英語なんでそっち方面はちょっと」
「教えてください、先生はどうやって体重を維持しているんですか?」

 っていうか、去年の大学の健康診断以来、計ってもいないんだけど体重っ!
 た、確かに高校辺りから体重変わってないけどさ。いや、大学入ってから一、二キロ増えたか? でも、多分筋肉の増量分だし……

「そのー、特にないかなあ。別に気にしたことなかったし」

 ……か、考えてみると、僕も昔から、あんまり体重は変わらない方だった。

「うっ」
「ああ、そうそう。あれじゃない? あれ」

 半泣きになりつつあった東風谷をまったく気にしていない口調で、霊夢が気軽に言った。

「ほら、弾幕ごっこ。私はもちろん、良也さんだってなんだかんだで色んな連中に吹っかけられているじゃない。あれは、いいダイエットになっているんじゃないかしら」

 それは死亡フラグだ!

「なるほどっ! 確かに私は、普段あまりやっていませんからね。よし、そうと決まれば早速――」
「私は嫌よ。食べたばかりだもの。もうちょっと胃がこなれてからなら、付き合ってあげるわ」
「なら……」

 東風谷の目が、僕をロックオンする。

 ああ……だから死亡フラグだって思ったのに霊夢の奴め……


























 その日は一日、東風谷の弾幕ダイエットに付き合わされた。
 ……アレを思いかべて欲しい。ボクシングのさ、サンドバック。ダイエットでやっている人もいるじゃない?



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