先週まで幻想郷を騒がせていた謎の巨大な人影も、その正体はお目見えとなった。 天狗の新聞によって大々的に宣伝された未来水妖バザーは、そのシンボルである非想天則を一目近くで見ようとする人妖で大盛況らしい。 そのせいか、午前中イマイチな売れ行きだった菓子売りを早めに切り上げて、僕は博麗神社に帰ってきた。 ちょっと人里で話を聞いてみたところ、ずいぶん面白いものも売っているらしい。ならば、と今はそのバザーに参加するため、出かける準備をしている最中だ。 「霊夢はどうする? お前も水妖バザー行くか?」 「あ〜、いいわ。もうちょっとお客が少なくなる夕方から行く」 実は人ごみが苦手っぽい霊夢は、縁側でなにをするでもなくぼけーっとしながら返事をした。 ……ものぐさ巫女め。僕が言うのもなんだが、もうちょっと若者らしく動いたらどうだ? 「んじゃ、僕は行ってくるからな。昼飯は自分でなんとでもしろよ」 「はいはい。行ってらっしゃい」 手をヒラヒラさせる霊夢に苦笑して、僕は飛―― 「あれ?」 今気付いたが、なんか魔法の森の方から人影が飛んできている。 魔理沙……じゃないよな、あのシルエットは。それに、色が……魔理沙は黒いので、晴れた昼間なら遠目でもわかりやすいのだが、なんか空に溶けるような配色。 「なあ、霊夢。誰か近付いてきてるぞ?」 「なによ、今日は宴会する予定はないわよ」 「……欠片も参拝客とは思わないんだな」 まあ、空を飛べる連中が神様に――それも博麗神社で――祈るとは思えない。その意味で霊夢の認識は正しいとは言えば正しいんだが、ちょっとは神社と言う場所について思いを馳せることはないのだろうか。 「あれ? ……金髪? アリスか?」 「アリス? また珍しい奴が来たもんね」 近づくに連れ、はっきりとアリスとわかるようになってきた。 しかし、霊夢も言うとおり、本当に珍しい。僕の知る限り、宴会以外でアリスがここに来たことってないと思うんだけど。 なんの用だろう、と少し興味が湧いたので、出かけるのを一時中止して、アリスが到着するのを待つ。 やや待って、アリスがふわりと博麗神社の境内に降り立った。 「こんにちは、二人とも」 少し翻ったスカートを抑えつつ、アリスが挨拶をする。 ……都会派を自称するだけあって、同じ森に住んでいる魔法使いとは、こういう所作が全然違うんだよなあ。あっちも少しはお淑やかにすりゃいいのに。 「ああ、こんにちは」 「で、なにしにきたのよ?」 挨拶を返す僕に、速攻で要件を聞く霊夢。 いや、お客を歓迎する素振りくらい見せろよ。たとえ嘘でもさ。 「ちょっとね。あの鬼、今いるかしら?」 「鬼? 萃香のこと?」 「そう。あのでっかくなったり小さくなったりする鬼よ。よくここに入り浸っているんでしょ?」 「さあ。私は知らないわよ。あいつは気紛れだし」 霊夢が『さっぱり』というジェスチャーをすると、アリスは残念そうに肩を落とした。……アリスと萃香? また妙ちきりんな組み合わせだな。 「一体、萃香になんの用事なんだ? 酒でも分けてもらいに?」 「そんなわけないでしょ」 僕が聞いてみると、あっさり否定された。 いやはや、しかし僕は萃香に会うたび、瓢箪の酒をたかっているんだけれども。 「そうじゃなくて、最近人形を巨大化させる魔法を開発していてね。でも、イマイチ安定性が悪いから……そういう能力を持っている鬼に、ちょっと話を聞いてみようかなって」 「へえ、巨大化?」 「そう。人形巨大化計画……成功すれば、どんな大きな妖怪が現れたって対抗出来るわ」 大きな妖怪ねえ。そういえば、非想天則は色々噂になっていて、謎の巨大妖怪っていうのが一番主流な噂だったらしいな。 「もしかして、それってあの非想天則を意識してたりする?」 「アレも意識していないとは言わないけど……でも、もっと深刻な問題よ。あれとは違う、巨大妖怪が出没しているらしいの」 ああ、そういえば、その噂も聞いた。なんでも、非想天則の噂に隠れて、また別の巨大妖怪が出現していたとかなんとか。 「なんだっけ、噂じゃ凶暴で凶悪な刃物のような牙を持った妖怪が妖精を襲いまくっているとかなんとか」 「知っているなら話は早いわ。あの非想天則とかいうのはともかくとして、そんな妖怪がもし本当にいたら大変よ。対抗するため、巨大化魔法の完成を急いでいるってわけ」 アリスは頷いた。 ……でもなあ。人によって話が違ってたんだよね。ある人は人型だって言うし、いやいや獣だ、非想天則のコピーだと。 「でも、あの噂の妖精って、僕知っているんだよね」 「そうなの?」 色んな人に聞いた結果だ。妖怪の正体はともあれ、妖精が襲われたってところは共通していた。 んで、その妖精とやらはどうもチルノっぽくて、その当人に実は偶然帰りに会って話を聞いたのだ。 まあ、あんまり昔のことは覚えていられないのか、かなり曖昧な話だったけど。……って、あれ? 「……その襲われた妖精、森で金髪にでかいのをけしかけられた、つってたんだけど」 話半分に聞いていたが。とすると、もしかして―― 「…………………」 「なあ、アリス。一週間くらい前、やたら馬鹿っぽい氷の妖精が押しかけなかったか?」 「……来たわね」 「その巨大化魔法、試した?」 「試したわね」 …………………………………………………… 「要するに、噂の元ってあんたじゃない」 霊夢が言いにくいことをきっぱりと言った。 「間抜けね」 さらに追い打ち!? 「あの、アリス?」 「……帰るわ」 しばらく沈黙して、アリスは流石に居たたまれなくなったのか、とぼとぼと帰っていった。 「……霊夢。もう少し、オブラートに包んで言ってやれよ」 「事実、間抜けじゃない。早めに気づいてよかったわね」 興味なさそうだなあ。 さて、やって来ました未来水妖バザー。 様々な河童が、露店を出している。ちらっと除いたところ、自作の怪しげな機械や古道具、さらには磨き上げた尻子玉なんかが売っている。 ……前者二つはともかくとして、尻子玉て。一体誰のだ。 「流石河童って言うか……でも、欲しがる人間がいるか?」 いや、妖怪だって尻子玉なんて欲しくないだろ。食えそうにないし。 「お、良也良也、ちょいと寄って行きなよ」 「ん?」 かけられた声に振り向いてみると、にとりが笑顔で手を振っていた。 ……まあ、他の河童のことはあんまり知らないし、にとりのところでも冷やかそうか。 「や、楽しんでいるかい?」 「まあ、そこそこな。なにより、魚が美味い」 河童も、露店だけと言うわけではなく、集客を見込んだ屋台なんかも並んでいる。河童らしく、もろきゅうの屋台なんて言うある意味新しすぎるものもあったが、一番美味かったのは川魚の塩焼きだ。一緒に売っていた酒で一杯やると、これまた美味かった。 「ちぇ、みんな自慢の発明品を持ってきているんだから、そっちも見てあげなよ」 「見てるよ、見てる。んで、にとりはどんなの作ってきたんだ?」 「へへ、まあ見てよ」 軽く、商品を見る。 所詮、手作りのものなので品数はそんなに多いわけじゃないが……お〜、色々あるな。なんかマントみたいなの(光学迷彩マントとある)、水鉄砲(誰でもお手軽霊ガンとある)、スペルカード(簡易スペルカード〜これで貴方も弾幕達人〜とある)…… 「……物騒だな」 「どこが? まあ、子供の変身グッズみたいなものさ。人間も、弾幕ごっこしたい人はいるだろう。そんな人はこの光学迷彩マントでこっそり妖怪に近付いて」 にとりがなにやら商品の説明を始めた。 「この霊ガンで攻撃、止めは誰でも使える簡易スペルカードだ! 今なら、こののび〜るアームもセットでお値段なんと!」 「値段とかいいから」 それに、人里の人で、妖怪に喧嘩を売りたい人なんてめったにいないぞ? そして、妖怪にとってはこの道具は無用の長物。 ……売れないんじゃね? 「そう? じゃあこれだ。おもちゃの貯金箱。ここに硬貨を入れると」 と、にとりは実演するように貯金箱らしい正方形の箱のスリットに硬貨を入れ、 「はいっ、お人形さんが飛び出します。どうよ?」 「……どうよ?」 発想は面白いけど、その人形はリアルすぎる河童の姿。見るからに、なんともはや恐ろしげだ。もうちょっと可愛らしい造形なら、売れるだろうに。 「あら、良也さん」 「ん?」 そうやって、にとりの出店を冷やかしていると、後ろから声をかけられた。 「って、咲夜さん?」 振り向いてみると、相変わらず圧倒的なまでに周りから浮いているメイド服姿の咲夜さんが丁寧にお辞儀をしていた。 「こんちは」 「ええ、こんにちは。貴方も来ていたのね」 「まあ話の種と暇つぶしに。咲夜さんは……なに買ったんですか?」 手提げに、なにか荷物が入っているのが見えた。 「百年使っても切れ味が鈍らない、という謳い文句の包丁とナイフを。試し切りをさせてもらったのだけど、鈍らないかどうかはともかく、いい切れ味だったわ」 ……いや、包丁はともかくとして、ナイフはない。ナイフを百年も使い続ける事態はまずないから。っていうか、あったら怖いから。 あと、試し切りって、包丁の方だよな? 間違っても、店主を刺してネコババとかしていないよな? 「いつもセットのレミリアは?」 「セットと言うより、私が御側付きをさせてもらっているんだけど……。お嬢様はこういう人間が多い所は好まないので、足を運んだりはしないわ」 「そっか」 「ただ、妹様があの非想天則にとても興味をお持ちになられて。宥めるのに苦労したけどね」 あー、フランドールはこういうの好きそうだなあ。 ……ん、そうだな。最近、向こうに顔出してなかったし。 「にとり」 「ん? なにかお買い上げかい?」 「ああ。そこの非想天則の模型くれ」 「あいよー」 唯一と言っていいくらいマトモな商品を買う。多少造形は違えど、大体の河童の店で売られている。やっぱり、名物だしな。 にとりに、お金を渡して……うん。 「咲夜さん、これから紅魔館の方に行っても?」 「別に構わないけど。でも、いいの? 見て回らなくて」 「まあ大体見て回ったし」 非想天則も存分に鑑賞したし。あの大きさは、中身が空洞とは言っても圧巻だった。 「それに、ほら。フランドール、来れないんだから、これくらいはしてやりたいし」 「私もお土産は買って帰るつもりだったけど……それなら、私は模型はやめた方がいいかしら」 ついでにここでお土産を買うつもりなのか、にとりの露店をじ〜と眺める咲夜さん。 その後、しばらく咲夜さんと一緒にレミリアとフランドールへのお土産を物色して、一緒に紅魔館へと向かった。 「……美鈴」 紅魔館に到着するなり、咲夜さんは額を抑えた。 うわぁ……今日もまた、ずいぶん熟睡しているな。確か先週は、謎の妖怪が襲ってくるとかなんとか言って、警戒しまくっていたくせに。 「……んにゃ、おのれ、太歳星君〜〜」 寝言もやけにはっきりと……。実は起きてて、僕をからかっているだけとかないよな? ……まさかねえ。咲夜さんも一緒だというのに、そんな真似を美鈴がするはずないか。 「ナマズの影ごとき、私の敵ではないわ〜」 「……ずいぶん愉快な夢を見ているみたいだけど。どうすんの、咲夜さん」 ナマズ? なぜ太歳なんとかからナマズ? ナマズの妖怪なのか、太歳なんとかって……って、 「咲夜さん? 何故に百年使っても以下略なナイフを?」 「調度良い試し切りでしょう? 何時まで経っても居眠りをする癖、いい加減に直してもらわないと」 いや、そんな……そうだけどさ。 ……まあいいや。美鈴はタフだし。 「へへへ〜……え〜? 咲夜さん、幻想郷を救ったボーナスなんていいですよぅ」 幸せな夢をみている美鈴。 一応、友人として、その夢が一秒でも長く続くように祈…… ……あ、時間止まった。一秒も続かないな、時間止まったら。 南無。 | ||
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