まあ、神様同士の争いってのは、激しいもんだった。

 大地を操る諏訪子と、風及び神社グッズで武装した東風谷。二人の争いを、遠くから眺めていた僕は、巻き添えを草薙の剣レプリカで逸らし、ああ今日は怪我もせずに帰れそうだ、と胸を撫で下ろしたものだ。既に負った怪我については忘れる方向で。

 ――甘い考えだった。

 諏訪子が劣勢かと思ったら、いきなり間欠泉温泉センターの床から凄い勢いで上昇し始めたのだ。

「ううおおおおおおおっっ!?!?」

 な、なんだなんだなんだ!? 床――じゃない! なんか、変なエネルギーみたいな床みたいなのだ! っていうか足が微妙に熱い!

「諏訪子ぉ! お前の仕業か!?」
「はっは! 早苗、本当にやるじゃないか!」

 アカン、めちゃくちゃテンション上っている。

「諏訪子!」
「なんだい、うるさいねえ。ちょっくら大地のエネルギーを使ったバトルフィールドじゃないか。遊園地みたいで面白くない?」
「バトルフィールドとかいう言い方からして、もうなんかアレだ!」

 っていうか、こんな遊園地があったら死人が出る。しかも、凄いGがかかるため、動きにくくて仕方がない。

 ――しかし、東風谷の方は慌てず騒がず、いつもどおりの弾幕を放っていた。元気ですね、元現代人。

「諏訪子様、今日は勝たせてもらいます!」
「ふふん、ずいぶんナマ言うようになったじゃないか。小さい頃、私を抱きしめてないと寝れないってピィピィ言ってたあの早苗が」
「む、昔の話はやめて下さい!」

 なにやら恥ずかしい過去話を諏訪子が始めて、東風谷が激昂して五芒星の弾を撃って、当然のように身を躱した諏訪子の後ろにいるのは、はい僕ですね。

「っとぉ!」

 しっかりと、剣で弾幕を受け止める。……セーフ。

「あ、先生ごめんなさい!」
「すまないと思う気持ちが少しでもあるなら、そろそろ弾幕ごっこをやめてくれませんか!?」

 今のは運良く防げたけど、この剣は弾幕に弱いっていう欠陥がある。一発、二発ならともかく、さっきから流れ弾の量が半端なくなってきたんだけど。
 しかも、地底から凄い勢いで床ごと上昇しているせいで、逃げ場がない。

「早苗、マグマに住む両生類、味わってみるかい?」
「それ絶対両生類じゃねえ!」
「人の技名にケチつけんなっ!」

 じゃあ、んなツッコミどころ満載の名前にすんなよ。
 大体、僕はこういう時は口しか出せないんだから、ツッコミくらい好きに入れさせろ。いやもう、たまに自分でも余計なこと言っているとわかってはいるんだが、茶々入れるくらいしか本当することないんで。

「ええい、良也の相手はまた今度してやるから」
「……うーい」

 手をひらひらさせて、東風谷に向き直る諏訪子を見送った。

 『マグマの両生類』、と一言宣言した諏訪子が、床に潜る。
 この床は、諏訪子曰くの『大地のエネルギー』とやららしいが……んなところに潜って何を――

「ざっぱぁんっ!」
「まんまマグマかよ!?」

 床がまるで水のようにうねったかと思うと、床に沈んだ諏訪子が赤く溶けた溶岩とともに出てきた。って、

「あっちぃぃいいいいいいーーーーー!?」
「『商売繁盛守り』よ!」

 お守りで凌ぐ東風谷に比べ、僕はというと、諏訪子が飛び出たことによって散った水滴――マグマ滴?――が腕にかかって、のたうちまわった。剣で防げばよかった……って、水滴は小さすぎて、無理ゲーだな。

 って、冷静を装ってもやっぱりあっつい! しかも溶岩だから、熱さが全然消えない! じゅぅ、と肉の溶ける嫌な音と匂いが!

「す、水符!」

 慌てて、水の魔法を発動させ――あれ? 発動しない?

「……そりゃ、こんな水気ゼロのところじゃ無理だよねー」

 冷静に考えると当たり前だ。
 ざっぱんざっぱんとまるでバタフライで泳いでいるように諏訪子が床を縦横無尽に走り、そのたびにマグマが吹き出る。
 それを東風谷が捌き、時に反撃し、さらに溶岩は飛散している。

 当然、空気中に水分などない。あっても極微量だ。僕の技量で、この状況での水魔法発動はちと無理が過ぎる。

 ひどい火傷を負った。……のだけど、気にしないでいたら、なんとなく気にならなくなってくる。
 どーも、最近痛覚が鈍くなってきた気がする。まあ、このくらいの火傷なら、しばらく放っておいたら不老不死なせいか勝手に治ってるし、それを身体が学習し始めたのかもしれない。
 まあ、『痛い目に合う!』って怖い気持ちがなくなったわけではないから、やっぱり争いごとは嫌だけど。

「……しかし、元気だなあ」

 このマグマの中、床から飛び出てくる諏訪子を、まるでモグラ叩きのごとくバチコンバチコーンと払い棒で叩きまくっている東風谷を見て、心底そう思う。若いなあ。いや、若さはあんまり関係ないけど。

 そんな益体もない事を考えつつ、僕は隅っこの、あまり攻撃の余波が来ないところで、大人しく結界張って二人の様子を見物するのだった。




 あ、火傷治った。





















 ……大人しく見物出来ていたのは、せいぜい数分かそこらだった。諏訪子作のバトルフィールド的床がとうとう地上に達し、その勢いのまま上空に放り出される。
 なんか、ついでとばかりに起こった凄い上昇気流に押し流され、間欠泉温泉センターの遥か上に巻き上げられる。
 だけど、空を飛べるんだから姿勢を立て直すくらいは――

「んがっ!?」

 一緒に飛んできた岩にアッパーカットを食らい、一瞬意識が飛んだ。
 続けて、岩が……多い多い多い!

「ふんっ! はっ! ……ぐはっ、ごへ!?」

 剣で二個ほど弾いたけど、当然弾き切れない分が僕の体にめり込む。
 ……いてえ。

「……んで、何やってんだ、あの二人は」

 この状況を作り出した諏訪子が七色の光弾を放ち、東風谷が反撃をしている。
 まだやってんのか。

「アハハハ! 早苗、いつの間にそんなに成長したんだい! こんなに神遊びが出来るとは思っていなかったよっ」
「私も、何時までも弱いままではいられませんからね!」

 いや、それ以上強くなられても困る。
 岩を躱しつつ、僕は心底そう思った。

「がっ!」

 またしても、上昇気流に巻き上げられた小粒の石が頭を打った。
 ……とっとと逃げよう。頭ならまだしも、股間を撃ちぬかれたら多分死ぬ。精神的に死ぬ。いくら痛みに鈍感になっても、ここだけは無理。急所。

 いつそんな羽目になるかという恐怖を押し殺す。なんとかなんとか、腕を振り回して泳ぐようにして、上昇気流の勢力圏から逃れた。
 身を拘束するような強烈な風も、間欠泉温地下センターの真上だけらしい。少し離れると、感じなくなった。

 ふう、と一つ大きく深呼吸して、なんとか平静を取り戻す。
 僕はちょっと見物していただけなのに、なんであんなのに巻き込まれなきゃいけなかったんだか。

 ……………………

「どーっすかな……」

 弾幕ごっこの範囲から逃れ、頭が冷えた。
 僕と東風谷が目撃した巨大ロボットらしきものについては、諏訪子が『非想天則』と言っていた。名前を知っているからには、諏訪子はその正体を知っているんだろう。でくのぼうとか言っていたし。

 しかし、そうなるとロボットのセンは途端に薄くなる。じゃあ、またそのうち聞けばいいや、となり、とっとと帰って寝たくなってきた。本当、疲れたし。

「……ん?」

 東風谷に一言言っといた方がいいかなあ、でもハッスルしてて聞いてくれそうにないよなあ、と悩んでいると……間欠泉地下センターの入口付近で、なにやら見た顔がごそごそやっているのが見えた。

「あれって……にとり?」

 河童族で僕と一番付き合いの多いにとりが、他数人の河童となにか――え?

 あれ……なんだ?

 なにか、すごく大きな……それこそ、十メートル超はありそうなごわごわした袋みたいなのが、どんどん、どんどん膨らんで――

「はっ!? アレはまさか伝説の――!?」

 それを東風谷も見たのか、歓喜の声を上げる。
 いや……伝説て。まだ設定に酔っているのか。

「早苗、もらったぁ!」
「は、し、しまったぁっ!?」

 そして、その隙を諏訪子が突き……またもや芝居がかった台詞を吐きながら、東風谷は落ちていった。



























「……要するに、アドバルーンなのか」

 落ちた東風谷を一応心配して探しに行った僕は、『いたた』と擦り傷しかない東風谷を発見した。
 んで、それから落ち着いた後、諏訪子に話を聞くと……『非想天則』とは、今度催される『未来水妖バザー』……要するに、河童の露天市の、宣伝用のマスコット――みたいなもんらしい。

「まあ、そうかな。この大きさなら、幻想郷中、どこからでも見えるでしょ。そうすると、お客もがっぽがっぽ。私もマージンをいただいてウッハウハって寸法さ」
「……なんとまあ暇なことを」

 間欠泉地下センターの入口辺りから浮かんでいる非想天則の威容を見上げる。
 全長百メートルはあろうかと言うこの巨大アドバルーン。中はからっぽだが、間欠泉地下センターから立ち上る蒸気によって動きを与えているらしい。

 それで、いつもより蒸気が多かったのか。諏訪子はこれで『動力は核エネルギー』と言い張っていたが、いくらなんでもそりゃ無理があるぞ。

「もう、またなにも相談しないでこんなことをして」
「まあそう言いなさんな。河童からは、アイデアと技術提供料で、利益の一割でケリはついている」
「こっちも楽しく仕事させてもらったからねー。んじゃ、神様、あとはよろしく」

 と、最後まで微調整をしていたにとりが、手を振って去っていった。

「ああ、また調子が悪くなったらよろしく」
「あいよー!」

 はあ……しかし、アドバルーンねえ。そりゃ、中の空気を抜けばぐっと小さくなって隠せるだろうけど……全然気付かなかった。入り口付近に隠していたみたいなのに。

「しっかし、どうせならロボットを作りゃあいいのに」
「ですよね」

 ふと呟くと、東風谷が全力で同意していた。
 河童の怪しい技術力と、諏訪子の神力が組み合わされば、決して不可能じゃないように思う。なんなら、僕が知り合いから協力者を募っても良い。

「あのねえ、二人とも。もし、あんな巨大なのが付喪神にでもなったらどうすんのさ。ちょっと洒落にならないよ」
「そこはそれ、自爆装置をつけてだな」

 機密を漏らす可能性は、爆破で排除だ。仮に付喪神になっても、哀れそやつはその瞬間に自爆である。……うむ、合理的だ。

「あんたが手動で起動する形式なら、別にそれでも構わないけど?」
「……いや、やめとく」

 諏訪子がそんなことを言ったので、僕は丁重に辞退した。
 それに、よくよく考えてみればそんなでかいのが壊れるほどの爆弾って、それだけで危険だしな。適当すぎるアイデアだったか。

「……大体、この幻想郷にそんなに金属資源ってあるかなあ? あ、私が作りゃいいのか」

 ぶつぶつと呟く諏訪子は、次なる悪戯を思いついた子供のように、目を爛々と輝かせていた。
 ……まさか、本当に実行しないよな?

「はあ、疲れました。さて、帰って夕飯の支度でもしますか。それじゃあ、先生、私はこれで失礼します」
「おーう」

 ぺこりと頭を下げる東風谷に、手を振って応える。
 ……こういう仕草は、昔と変わらないんだけどなあ。

「早苗、早苗。今日は私が勝ったんだから、晩酌増やしてよね」
「いいですよ。諏訪子様のおかげで収入が入るみたいですし」

 と、二人は仲良く連れ立って帰る。……はあ、僕も博麗神社に帰るか。持ってきたお菓子を売り損なったけど……また、今度でいいや。














 ちなみに、すっかり味噌のお使いを頼まれたことを忘れていた僕は、霊夢に『味噌汁が飲みたかったのに』と、チクチク苛められた。



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