間欠泉地下センターを、自由落下で降りていく。 「うひょーっ!」 風を切る感触が楽しくて、なんとなく叫んでしまった。 うーん、もしかしたら僕、遊園地のフリーフォールは楽しめない体質になってしまっているのかもしれない。空飛べるんで、いつの間にやら高いところの恐怖とは縁がなくなってしまった。 ……昔、高いところの恐怖は、普通の人間は克服できないなんて思っていたが、ありゃ間違いだったな。うん。 間欠泉地下センターの、底が見えてくる。正確には、その下に核融合炉があり、そこを監視するための足場なのだが。 「よ、っと」 重力に従い落下していた体が、底に激突する寸前に急激にその速度を落とす。 飛行能力でほぼ速度がゼロになったところで、今一度落下を始める。三十センチばかりに迫っていた床に、僕は着地をした。 「ふむ」 着地をしてから、改めて間欠泉地下センターを見渡す。 ……いつもの光景だ。殺風景で、暑苦しい地下。巨大ロボなんて影も形も見当たらない。 「まあ、そうだろうなあ」 隠し格納庫なんかがあるかな、と思ったが、それも可能性は低いと思う。第一、誰が何の目的で隠すって言うんだ? しかし、巨大な人影がいたのは事実。うーん…… などと、考え事をしていると、上のほうからどデカイ振動が起こった。 「うおっと」 床もかすかに振動し、少しだけバランスを崩す。 ……霊夢と、東風谷か。随分とまあ、派手にやっていること。 逃げて正解だったな。あんな人外の決闘に巻き込まれたら、またしても死んでしまうところ―― 「……いや、待てよ?」 ふと、腰のベルトに差してあった剣を抜く。 そうだっ、今の僕にはこれがあったんじゃないか! 「しまった! 僕の新たな力を見せびらかせるチャンスだったのに!」 舌打ちする。いささか、僕はあの二人に侮られている面が否定できない。しかし、この剣の力を見せれば、それも解消されたことだろう。 惜しいことしたなあ。 それ自分の力じゃないだろというツッコミを入れられても無視する。 「ま、いっか。どうせ、そのうちまた変なのが来るだろうし」 なんて、前向きになる。 うん、異変というほどではないが、あの巨大ロボらしき人影を追っているのだ。もう一度や二度くらいは、なんらかしらの妨害に合うに決まっている。今までのパターンからして! 来る自分の格好いい活躍を想像しニヤけていると…… 「ん? ってェ!?」 突如、デカイ光の弾が僕に襲い掛かってきたっ! 「くっ――」 今までの僕なら、躱すしかない一撃。しかも、気付くのが遅れたので、うまく避けられても怪我は覚悟しないといけない弾だ。 しかし、今の僕には、こいつが――神奈子さんから仕えるようにしてもらった草薙の剣がある! 「うりゃあ!」 我ながら、無様な振り方だったと思う。 しかし、刀身に触れると同時に光弾は掻き消えた。凄い熱量だったので、全身がチリチリした感触があるが……防げたのだ。 「す、すげぇ!」 自分でやっといてなんだが、あの威力の弾まで防げるとは思わなかった! 「うおおおお! これからは僕の時代か!?」 「異物発見! なんか煩い異物発見!」 先ほどの弾を放ったであろう犯人である地獄鴉がやってきた。 ふ、ふ、ふ。さっきの理不尽な攻撃は見逃してやろう、今僕は気分いいから。 「よう、お空!」 「……ん? なんで私の名前を知っているの?」 「ハハハ、また忘れたのか。僕は土樹良也だ。自己紹介もそろそろ二桁いってるぞ」 「土樹……?」 お、それでも少しは記憶に残っているのか。お空は悩み、眉間にしわを寄せて僕を見る。 「どこかで、見たような」 「だから、何度も会ってるって。さとりさんの知り合いだ」 「さとり様の?」 主人の名前を出されて、ますます悩むお空。 ……しかし、本当、どうやったら覚えてもらえるんだろう? 地霊殿の仲間はキッチリ覚えているんだから、僕も地底組の仲間として認めてもらえばいいのか? 「あっ!」 「思い出したか!」 流石のお空も、そろそろその鳥頭に叩き込んだか!? 「昔、ここが地獄だった頃に亡霊じゃなかった!?」 「知るか」 駄目だ、まったく覚えてねえ。 もしかしたら僕の前世とかかもしれないけど、知ったこっちゃないよっ! 「あれ〜?」 「あれー、じゃなくてさ……。まあ、いいや。せっかく地底に来たんだから、さとりさんにあいさつでも……」 「――む!」 と、地霊殿に通じる通路に向かおうとした僕に、お空が攻撃を仕掛けてきた。 「うおっとっ!? な、なんだよ。さとりさんとは、知り合いだって言っただろ?」 「言ったっけ?」 「言ったよ!」 ほんの数十秒前の話です。 「ん〜? あ、そうだ。私は核融合炉の異物を排除しに来たんだった。行くよ、昔地獄にいた異物っ!」 もう嫌だこの鳥頭! 「うおおおおおっっ!?!?」 お空が攻撃を仕掛けて来てから、途方もない時間が経った気がする。 単にそれは気のせいで、多分実際には五分と経っていないだろう。それでも、確実に一分くらいは過ぎているはずだ。 ……奇跡的なことに、僕は未だ生き残っていた。 「来い!」 お空が溜めに溜めた一撃を、草薙の剣レプリカを構えて待ち受ける。 「ぃぃやっ!」 僕の身長ほどの大きさもある、特大の核融合弾。僕を十回は消し炭にしてしまうであろうそれを、構えた剣で受け止めた。 「ぐ、はっ……!」 流石に、全ての衝撃と熱を受け止めることは出来ない。体が吹き飛ばされそうになるのをなんとかこらえつつ、草薙の剣と拮抗している弾を薙ぎ払った。 先ほどから、お空はこの攻撃ばかりだ。どうにも、防がれているのがプライドに障ったらしい。 「はぁ、はあ〜〜〜〜」 し、しかし、疲れる……。 僕がこれだけの時間、お空相手に生き残れているのは、この剣のお陰なのは間違いないのだけれど、使えば使うほど疲れる。 通常弾幕でこれだ。多分、レプリカであるこの剣だと、スペルカードの威力には耐え切れないだろう。 「ふ、ふふふははははは!」 しかし、しかしだ! お空をして、スペルカードを使わないと押し切れないほどってのは、かなりのモンだ! なんか、凄いバトルものっぽくなっているしっ。 よし、お空がスペルカードを使い始めたら逃げよう。 なんて、調子絶頂の僕。 ……後で思い返すと、この時点で、とっとと逃げときゃよかったんだ。 「このぉ! もういいもん!」 「はっ! 苦し紛れか!」 お空は、今までの馬鹿威力の弾ではなく、沢山の小さな弾を生み出して数で勝負をしてきた。 しかぁしっ! そんな低威力の弾じゃ、この草薙の剣の守りは突破できねぇぞぉ!? 「はははははは!」 「な、なに笑ってんの!?」 「楽しいからだ!」 弾幕を払う。ふっ、このくらいの威力、簡単に掻き消せるぜ! 幻想郷ランクを一気に駆け上がってんな、僕っ! テンション上がりすぎてちとおかしくなりつつあるけどっ。 「HAHAHAHAHA!」 「き、キモっ!」 「なんとでも言え!」 どんどん弾幕を払って、払って、払って―― 「はは、は――?」 ……ちょっと多すぎね? 「やややややや!」 「ちょ、待て! もうちょっと落ち着け!」 剣を動かす腕が、おっつかなくなってきたんですけど!? 躱しにかかろうにも、一旦足を止めたら中々動かせない! あ、あれ? あれ? 「やぁ!」 「うがっ!?」 払い損ねた一発の弾が、左足に直撃した。 ……って痛い! 「異物排除ぉ!」 「あ――」 威力的には、お空にしては大分控えめ。しかし、数が尋常じゃない。範囲といい、密度といい、とてもではないが、剣で払いきれない。幻想郷らしい『弾幕』だった。 死んだ。これは死んだ。 ……ああ、考えてみれば当たり前の話だ。 草薙の剣は、あくまで『剣』。盾でも、ましてやバリア的なものでもない。つまり、一度にカバーできる範囲は結構狭い。 ……本物ならまた違うのかもしれないが、この剣が防げるのはあくまで刀身に当たった攻撃だけだ。 んで、この幻想郷は、一撃の威力より弾幕が重視される。 僕程度の腕前でその弾幕全てを切り払うなんて、そりゃ無理な話で。躱すのと、剣を振るの、同時に出来るほど僕は器用じゃないわけで。要するに―― 草薙の剣レプリカと、弾幕は、相性が良くなかったらしい。 「ぐっは――!?」 せめて盾に、と草薙の剣を前に構えるも、殆どの弾幕はそれをスルーして僕の体を直撃。 ……ふふ、なんかもう、痛みも感じませんよ? ガクッ。 「先生ー!!」 ああ……東風谷の声が聞こえる。 降りてきたのか。 なんか遠くなっていく意識の中、誰か――展開からして東風谷――が僕の傍に近寄る気配を感じる。 「先生!? しっかりしてください、先生!」 東風谷がなにかを言っている。 むぅ、僕の心臓はそろそろ一旦止まるっぽいが、このシチュエーション。なにか言葉を残さなくてはなるまい。 もう死にも慣れすぎて、こんなことを考える余裕すらある。まあ、今回は痛覚がマヒしてるからな…… 「東風谷……」 「はい!」 「あとは……たの、んだ。地球を……人類を、頼む」 発端がロボットモノだっただけに、それっぽい台詞で最期を飾る。 「わかりました、お任せください!」 え!? ギャグのつもりだったのに素で返された!? 「む、また異物。あ〜あ、またさとりさまに怒られる」 「貴女……許しませんよ。よくも長官を!」 ……長官!? お〜〜い、ノリにノッてるな、東風谷。 しかし長官ね……いい響きだ。 | ||
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