紅魔館にやって来た。
 僕にとっては通い慣れた屋敷だけれども、東風谷は今日で二度目だ。下手に上から入ると、美鈴がうるさそうなので、門から……と、思ったのだけれど。

「……美鈴。何読んでんの?」
「はっ!? だ、誰ですか!」

 声をかけると、慌てて目を通していた本に栞を挟み(慌てているくせに)、拳法の構えを取る美鈴。
 ちなみに、ここでやって来たのが僕じゃなく魔理沙辺りだったら、とっくに吹っ飛ばされているのは想像に難くない。

「あ、良也さんじゃないですか。びっくりさせないで下さい」

 相手が僕だということを認めると、再び本を開く美鈴。一瞬で本の世界に突入したらしく、手を振っても無反応。勿論、東風谷にも気付いていない様子。
 ……駄目だ、この門番。早くなんとかしないと。

「先生……。大丈夫なんですか、この人?」
「多分、大丈夫じゃない」

 咲夜さんに見つかったら、お仕置きされることうけあいである。またぞろ、ナイフを額から生やすことになりかねない。
 まあ、そうなってもタフな美鈴のこと。数時間もあれば復活するのだろうが。

「でもまあ、ある意味大丈夫だ」
「確かに、彼女がどうなっても私には関係ありませんけど」

 うぉう、その辺の割り切りもうまくなったなあ。

 さて、しかし困った。この様子だと、東風谷の見たという巨大な人影を目撃していないような気もするが……一応尋ねてみようか。

「あの、美鈴? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい? なんでしょう」

 本から顔を上げずに、美鈴が尋ね返してくる。
 なにをそんなに夢中になって……と表紙を見てみると、漫画だった。確かこれは、悪の妖怪が知り合いに化けて襲ってくるという、幻想郷の漫画……。また子供向けのを。

「その、この辺で、大きな人影を見なかったか?」
「人影……!」

 がばっ、と美鈴が顔を上げる。

「見ました見ました! 山に向かった巨大な影! 霧と共に消えてしまいましたが……あれは、きっと、凶兆の証、太歳星君の影!」

 太歳……なんだって? 語感からして、中国の妖怪か?
 なんて、疑問煮を持っていると、東風谷が一歩前に出て力強く言い切った。

「いいえ、あれは巨大ロボです」
「なにを仰っているんですか。太歳星君です。災禍をもたらす妖怪を送り込んでくるはずです。……そう、この漫画のように、油断させるために私の知り合いに化けたりなんかして」

 美鈴美鈴。現実と漫画が混同してる。
 大体、仮にそんな妖怪がいたとして、美鈴にちょっかいかけるとか意味不明だし。この幻想郷で災厄を起こそうっつーなら、真っ先に博麗神社を攻撃するだろ。んでもって、あっさり返り討ちに遭うだろうが。

「しかし、山の方……。私は山から来たというのに、いつ追い越したのかしら?」
「……って、ん!? 貴方はいつぞやの巫女?」
「ええ、お久しぶりです」

 どうも、この二人はあまり会ったことがないらしい。
 まあ、仕方ない。美鈴は紅魔組が宴会に参加するときも小悪魔さん、フランドール共々留守番が多いので、ここに来ない東風谷にとっては馴染みがないだろう。

「そう。しかし、いかに良也さんの知り合いと言えど、悪魔退治の人間を入れるわけにはいきませんっ」
「あ、あれ? いつの間に? レミリアは許可していたよな」

 聞くと、美鈴はドきっぱりと、

「それは昔の話。文々。新聞を読むに、今や彼女は立派に紅白や白黒の同類。屋敷への立ち入りは看過できませんっ」
「……ですよねー」
「ちょっ!? 先生! なんで私があの二人の同類扱いなんですか!」

 僕が深く頷いて同意すると、東風谷が猛然と抗議してきた。
 うん、その反論は、幻想郷に来たばかりの君なら至極当然のものだけれども、今は違うんだ。

「東風谷東風谷。胸に手を当ててよーく考えてみよう」
「……はあ」
「さあ、思い出してみてくれ。今までの自分の言動を……特に、この前の異変辺りで」

 素直なところは変わっていないようで、東風谷は言われるままに胸を手に当てて回想する。

「客観的に見て、どうだ?」
「? なにがですか」

 駄目だこの巫女。早くなんとかしないと。

「ところで、美鈴さん?」
「なんですか?」

 しかし、紅魔館に入ろうとしない限り、美鈴は攻撃をしてきたりはしない。どんな噂を聞いたのか、東風谷を警戒しつつも、素直に会話に乗った。

「この紅いお屋敷、もしかして真ん中からパックリ割れて、中からロボが出てきたりしませんよね」
「すみません、なにを言っているのか分かりません。良也さん?」
「うん、僕にもわからない」

 この前のUFOんときといい、妙な方向に想像力が豊かだな東風谷は……

「本当ですか? 隠したりしていないでしょうね。秘密の地下室があったり」
「そんなもの、隠すわけがないでしょう。秘密の地下室は確かにありますが……」
「やっぱり!」

 なにが『やっぱり!』なのか。あと、フランドールのあの部屋は秘密だったのか?

「東風谷。ここには、んなもんないからさ……とっとと、山の方に行ってみよう」
「ちょっと待ってください、先生。この屋敷を改めてから」
「いやいやいや、絶対だって」

 第一、紅魔館にロボなんてあったら、レミリアのあの性格だ。間違いななく自慢げに見せびらかすはずだ。あるはずがない。

「むむむっ!? あれは!」

 と、言い合っていると、美鈴が目をカッ! と見開いて、山の方を睨みつけた。
 自然、僕と東風谷もその視線を追い……霧に包まれた山の麓に、巨大な人影が動いているのを目撃する。

「えっ!? マジだったの!?」
「出ましたね、巨大ロボット!」

 半信半疑だったのにっ! 半分でも信じられる辺りが幻想郷だけどねっ!

「行きますよ、先生!」
「あ、ああ!」

 言いながら既に飛び立った東風谷を、慌てて追う。鼻歌まで聞こえてきて、今にも踊りだしそうなほど東風谷は舞い上がっていた。
 ……いや、ウキウキしすぎだろ。





























 残念ながら、巨大な人影は、僕たちが山に着くまでに姿を消していた。
 しかし、大体どの辺で消えたのかは見当がついている。

 んなわけで、僕と東風谷はその消えた場所である地底へと続く穴……妖怪の山に作られた『間欠泉地下センター』に潜っていった。

「間欠泉地下センター……盲点だったわ。確かに、山の技術革新の場であるここならば、巨大ロボの発進基地があってもおかしくないっ!」
「……どうだろうなあ」

 テンションが上がっている東風谷だけど、地霊殿に行くために、そこそこ頻繁にここを通る僕としては、首を捻るしかない。
 この地下に、あんな巨大ロボに見間違うようなもの、あったっけか?

 ……少なくとも、見かけた記憶はない。前来てから今日までの間に作られたのかもしれないが、いくらなんでもそんな短期間でロボなんて作れるはずがない。まさか、本当に秘密基地があるとか言うんじゃないだろうな。

「なにを言っているんですか、先生。こんなエレベーターまであるのに」
「……毎度の事ながら、これはどうやって昇降してんだろう」

 僕と東風谷が立っているのは、地底への穴を塞ぐような巨大な円盤。こいつが上下することで、地上と地底を行き来するのだ。
 まあ、大体の連中が飛べるので、この円盤は専ら貨物の移送用に使われているわけだが。こういうギミック好きな東風谷が動かしたがったのだった。

「ふふふ……もしかして、本当に? あのアニメや漫画でしかなかった巨大人型ロボットが実在?」
「いやいや、東風谷。ちょっと、落ち着け。ワクワクしすぎ。期待しすぎると、外れたときがキツいぞ」
「いえ、でも外の世界ならばともかく、この幻想郷ならばあるいは! この前には、巨大宝船が空を飛んでいた幻想郷ならばあるいは!」
「確かにあれにはびっくりしたけどさ!」

 あ〜、聖さんとこのアレが東風谷の期待を助長しているらしい。
 しかし……なるほど。あの船だって、お寺に変形したのだ。ならば、ロボットに変形してもおかしくはない。元々あそこの妖怪たちは地底にいたらしいし、その辺の関係か?

 やっべ、本当にある気がしてきた! ええい、こんなエレベーターなんぞまどろっこしいっ!

「うう、こうしちゃおれん! 東風谷! 早く行くぞっ、僕について来「良也さんどいて!」

 い、と言って飛び立とうとした僕の脳天に、強烈な衝撃が走る。

 その勢いに逆らえず、僕はずべっ! と地に伏した。

「もう、どいてって言ったのに。……あいたた」

 こ、この声は……霊夢か?
 なにか柔らかいものが後頭部に乗っているような気はするんだが、勢い良く頭を打ち付けてうつぶせ状態なせいで状況がさっぱりわからない。

 っていうか、痛い、痛い。

「れい、む。どけ」

 言うと、ふっ、と頭が軽くなった。
 なんか目の奥がチカチカするが、なんとか体を起こす。

「霊夢さん? 何故ここに」
「たまには景色のいい、こっちの温泉に浸かろうと思って……っていうか、それはこっちの台詞よ。なによ、この落とし穴」

 ぷりぷりとなんかキレてる霊夢は、なんか痛そうに尻をさすってる。
 ……アレか。僕の頭に乗っていたのは。

「空飛べるくせに、落とし穴に嵌るな」
「いきなりは無理よ」

 ぼーっとさえしていなければ、落とし穴なんかに引っ掛かるわけがないくせに。っていうか、引っ掛かっても、ものともしないくせに。

「で? ここどこなのよ?」
「知らなかったのか……。間欠泉地下センターだ」
「間欠……なんですって?」

 要領を得ない霊夢に、東風谷が一歩前に出、胸を張って説明を始めた。

「間欠泉地下センター。神奈子様の指示で作られた、核融合の実験施設です」
「核ぅ? また、良からぬことを企んでるのね」

 胡散臭げに、敵意を露にする霊夢。『やるっていうなら、相手になりますよ?』と、臨戦態勢になる東風谷。
 僕は慌てて、二人の間に割って入った。

「いやいやいやいや。霊夢? これ、ずっと前から作ってたから。今のところ問題ないから」
「たった今、問題が起こったわよ。この落とし穴に私が落ちて、痛い目に遭った」
「自己中だな!?」

 なに、この巫女。

「良也さんは知っていたの?」
「……知っていたも何も、神奈子さんと地底の折衝の間に入ったのは僕だ」

 胃が痛くなったね、あん時は。
 さとりさんは心を読むので、腹芸やはったりなど通用しない。しかも言い方が挑発的なもんだから、よく修羅場に……い、いや、忘れよう。

「なるほど、良也さんも一枚噛んでいたのね、この落とし穴」
「だから、間欠泉地下センター!」
「覚えにくいから落とし穴でいいわよ」

 覚えろよ、これくらい!

「ま、二人ともお仕置き決定ね、こんな落とし穴を作っていたからには」
「だーかーらー」
「下がっていてください、先生」

 ずい、と東風谷が前に出た。

「いいでしょう、私が相手になります」

 戦闘用のお守り、御神籤と払い棒を構え、東風谷が霊夢と対峙する。

 あ、あれ? これって……もしかしなくても、弾幕ごっこの流れ?

「へえ、やろうってんだ」
「先に喧嘩を売ってきたのはそちらでしょう」
「まあね」

 霊夢もスペルカードを取り出し、一触触発の状況。
 っていうか、この距離……僕もヤバくね?

「た、退避ーーーーーっ!」

 間欠泉地下センターの円盤型エレベーターから飛び出て、地下に向かう。

「御籤『乱れおみくじ連続引き』!」
「珠符『明珠暗投』!」

 一瞬後、二つのスペルカードの発動する音が聞こえた。ついでに、ドッカンバッカンという破壊音も。

 ふぅ、間一髪で避難成功……か。

 ついでだ、一足先に言って、もしかしたらあるかもしれない巨大ロボを拝ませてもらおう。と、僕は頭上の弾幕ごっこを意識から外し、地下に降りていくのだった。



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