「……あ〜〜」

 命蓮寺の境内の端っこで、聖さんがお客さんの対応をしているのを何気なしに見る。

 ここに来る里の人間は、里から近いこともあって、よく手土産に野菜とか米とかを持ってきてくれているようだ。なので、妖怪所帯な上、新参者である聖さんたちも、食いっぱぐれる心配はないらしい。

 今も、キュウリや茄子の入ったカゴが、聖さんに手渡されている。

 ……こうして見ると、この前僕をさんざ追い掛け回した人と同一人物とは思えんな。

「なあ、ナズーリン。お前さんとこのボス、急にスイッチが入るの、あれなんとかならないのか?」
「そういうのは私の管轄外だね。うちのご主人様に頼んでみれば?」

 と、なんとなく一緒にいるナズーリンは、興味ないらしく、すげなく返された。

「いや、一緒に暮らしているもの同士、普段から諭してもらえれば僕は凄く助かるんだけど」

 この前だって、流石に見かねた鈴仙がフォローを入れてくれなかったら、一体何回死んだことか……

「そうは言ってもね。スイッチ、とは言っても、聖は妖怪や自分を守るための目的でないと、戦わないよ。この前のは君の普段の行いが悪い」

 話を聞いて笑っちゃったよ、と本当に笑うナズーリン。……ええい。

「あれは完璧な誤解だ。というか、あれくらいの冗談――かどうかはわからないけど」

 ……鈴仙は本気で僕がセクハラ野郎と思い込んでいる節があるからな。いや、心当たりはいくつもあるわけだが、そんなのは僕を表す性質の一面に過ぎないというか何を言い訳しているんだろう僕は。

「まあ、とにかく。普通に考えれば、鈴仙の言ったことがデタラメって事くらい分かるだろうに」

 根本的な問題として、聖さんは、この幻想郷における『一般的な』人と妖怪の付き合いがよくわかっていないのがある。もし知っていたら、僕が妖怪に性的悪戯をしているなんて笑い話もならない勘違いが起きるはずがない。

 無論、弾幕と書いて『おつきあい』と読む一部の連中の蛮行は、断じて『一般的』ではないわけだが。

「……ま、そのために里の人を呼んだんだけどね」
「ああ、そういえば。あの連中、君が呼んだんだって? いや、一気に沢山来たから驚いちゃったよ」

 境内に集まっている人間は、十人ちょい。命蓮寺が、里から近くて信仰を集めつつあるとは言え、これだけの人数がいっぺんには初めてなんだろう。
 少し前に声をかけたんだけど、意外と集まってくれたようだった。

「聖さん、僕がなにを言っても、あんまり信じてくれないしね……。『力を持った人間』側らしいから、聖さん的には」

 まさか僕が『力を持っている方』にカテゴライズされているとは驚きだ。ちょっと空を飛べて弾を撃てるだけなのにっ。

「とにかく、あの人たちには、幻想郷の一般人が考える『妖怪』について話してもらう。ついでに、僕が普段どれだけ虐げられているかもっ!」

 里の人たちは、僕が散々苦労していることを、全部ではないにしろ知っているはず。
 そんで、僕に対する誤解を解いてもらうのダ!

「どうだ、この完璧な計画」
「ネズミより浅知恵だと思うけど」

 ……ふっ、所詮、大きいだけのネズミだったか、ナズーリンめ。僕の計画のどこに隙があると?

「ま、あの人たち、野菜沢山持ってきてくれたみたいだし、うちの子飼いのネズミも、腹いっぱい食えるってもんさ。それは感謝しとくよ。んじゃね」

 あ、ナズーリン、完全に興味なくした。
 ……くっそう。なんだろう、この敗北感。

「はあ……。まあ、いいけど」

 ナズーリンが去るのを見送ってどうしたもんかと考え込む。
 ……まあ、聖さんと里の人たちの間にでも入るかな。

 と、歩き出そうとした直後の話である。

「ん?」

 ふと、違和感的なナニカを感じて、後ろを振り向いた。

 命蓮寺を囲む塀、の上に、一瞬なにかの影が見えた。
 影は、僕が振り向くとすぐに引っ込んでしまったが……あれはなんだろう?

「……またチルノが懲りずに悪戯しに来たか?」

 ありそうな話だ。チルノじゃなくても、どこぞの三妖精とかがちょっかいかけに来そうだし……

「やれやれ」

 ここんちの妖怪たちは、基本的に気のいい人だから、多少の悪戯くらいなら目くじらを立てたりしないだろうけど……それだけに、悪戯されるのを見過ごすのはよろしくない。
 ちと、注意しとくか。

「よ、っと」

 軽く飛び上がって、塀の上に立つ。
 案の定、塀に背中をつけて、気配を消しているらしき人影が――って、はい?

「……なにしてんの、東風谷」
「せ、先生?」
「ありゃ、見つかっちゃったか」

 そこには、以前ここの人たちと事を構えた東風谷と……ついでに、諏訪子がいた。































 『ちょ、ちょっとこっちに来てください!』と、塀の外に引っ張り出され、なにやら内緒話みたく東風谷と諏訪子、三人で円陣を組む。
 ……なに、この状況。

「なあ、東風谷、何しに来たんだ? 確か、異変の時、宝を漁ろうとした東風谷たちは、命蓮寺から立ち入りをノーサンキューされているんじゃなかったっけ?」
「いや、まあ私も敵対した手前、ほとぼりが冷めるまで来るつもりはなかったんですが」

 思いっきりはっちゃけてたもんなあ、あのときの東風谷……。アレが本性だとは思いたくないが、最近その疑いが濃厚になってきた東風谷早苗幻想郷歴二年目である。

「なかったけど?」
「そのー」

 ちらちらと、僕の顔を伺いながら言いよどむ東風谷。……なんだ? 僕に会いに来たとか?

 どうもはっきりしない東風谷を見かねて、諏訪子が口を開いた。

「ああもう、はっきり言うと、敵陣視察さ。あと、良也に文句を言いに来たんだ、私たちは」
「はあ?」

 わけがわからない。しかし、ちみっこい土着神さまは、怒り心頭な様子で、腕をがーっ! と天高く突き上げる。

「良也! 貴方、守矢神社を裏切ってここの連中に付くつもり!?」
「……もう少し詳しく」

 裏切るも何も、どうして命蓮寺に付くことが裏切りに繋がるかがさっぱりわからない。っていうか、いつの間に敵陣になったんだか……

「先生? その、先生ですよね? 里の皆さんに、命蓮寺に行くよう言ったの。先日、里の方々から聞きましたが」
「ん? まあそうだけど」

 とりあえず、顔見知りの人と、菓子を買いに来た人に言った。意外と集まったってことは、僕はもしや人望があるのかな?

「それに、早苗から聞いたところ、里の近くのここに寺を置くよう進言したのも良也だって言うじゃないか!」
「そうです。まったくもう」

 それで……一体、なにを怒っているだろう。特に諏訪子。

「あ〜、とりあえず飴ちゃんやるから、落ち着け」

 ポケットに常備してあるキャンディを取り出すと、諏訪子は凄い勢いでひったくった。

「もご……だからさー。んぐ、美味いね、これ。……ん〜、なんだっけ、早苗」
「諏訪子様。守矢の参拝客が全然来なくなっている件です」
「ああ、そうそう。良也……んぐ。あ、もう一個ない? 飴とかガムとか、二つ同時に口に入れるのが私の好み」
「……あるけど」

 包装を剥がして、口の中に放り込んでやる。
 ……マジ子供。

「えっと? 要するに、客をここんちに取られたから怒っているのか」
「怒ってはいませんけど……困ります」
「そうそう、困る。信仰が薄くなって私や神奈子の力も弱まる……のはいいけど、お金が集まらなくなってお酒が呑めなくなる」

 酒かい。なるほど……そっちのせいで諏訪子まで怒ってるのか。

「まだ、例えるなら麦酒を発泡酒に変える程度で済んでいるけどさ。……あ、でも私、発泡酒もあれはあれで結構好きなんだよね。幻想郷にはないから、今度買ってきて」
「とりあえず、脱線するのはそろそろ自重しろ」

 あ〜〜〜、うん。しかし、言いたいことはよくわかった。
 元々閑古鳥な博麗神社には全く影響はなかったが、それほど多くはないとは言え、定期的に参拝している人がいた守矢神社には結構なダメージがあったらしい。

 しかし、神社とお寺って競合するもんなんだ……同じ宗教施設だもんな。それなら、近いほうに集まるのも道理だ。もしかしたら、守矢神社には今後初詣しか客が来ない可能性も……

 しかし、

「うーん、難しいと思うぞ? 近い方がいいし」

 やっぱり、道のりが一番の問題だ。守矢神社までの道ならば安全を天狗が保障してくれているが、まず山までがけっこう遠い。それに、山は怖いものと思っている人間も少なくはない。
 なにより、

「うーん」
「……なにさ?」

 命蓮寺には、妖怪ばかりだが美人が六人。対して、守矢神社は諏訪子は戦力外として二人。
 うん、それ無理。

「……霊夢さんが、『良也さんは思っていることがすぐ顔に出るから、分かりやすいわよ』って言っていた理由が、よくわかりました」
「な、なんのことかしら!?」

 東風谷がじめっとした目で睨んできたので、我に返った。
 ……やっべ、諏訪子も怖い目しているヨ。

「詳しくは分かりませんが、なにかいやらしいことを考えていたでしょう?」
「誤解! それ誤解!」

 あ、東風谷は大体の雰囲気しか分からないのか。ほっとしたような、これからの成長が恐ろしいような。

「どうせ、ここんちは美人が多いから、沢山人が来るとか、そんなんだよ」

 諏訪子が、何気なく核心を突いた。……くっ、これが神の洞察力かっ。

「ま、いいさ。良也になにを言っても、こうなったら仕方ない。元々、ここんちと話を付けに来たんだ、私は」
「……あ、それで諏訪子が来たのか」

 こういう雑用は、基本的に東風谷に任せている守矢の神が出張ってきていたのが、不思議といえば不思議だったのだ。

「まぁね。さって、早苗、私についてこーい!」
「はい」

 しかし、東風谷とのツーショットだと、調子に乗って前も見ずに突進していく妹キャラにしか見えんなあ。






















「あら、良也さん。そちらの方は?」

 里の人と話していた聖さんは、僕が近付いたのに気が付いて、にこやかに振り向いてくれる。
 んで、当然のように僕の隣でふんぞり返っている諏訪子に視線がいった。

「あ〜、こりゃ諏訪ちゃん。なんまんだぶなんまんだぶ」
「おじいちゃん、私、仏教の神様じゃないって何回も言っているじゃん」

 南無阿弥陀仏って言われても、と諏訪子は困った顔をして、拝んでくる里のおじいさんに返す。
 ……ああ、そういえば、諏訪子は老年の方々に意外と人気があったんだった。孫的な意味で。

「神?」
「ああ。こっちは、そこの東風谷――は知っていますよね? 彼女の神社の神様です」

 知らない聖さんに説明する。と、聖さんは苦笑した。

「一応、ここはお寺なんですが。まあ、日本じゃ神仏習合というのもありますが」
「あ〜、諏訪子って、土着の神様って言ってたから、神道系でもないはず……」

 どうにも、あいつの守矢神社における立ち位置がよくわかっていない僕である。

「で、その神様が一体何の用で?」
「あ、そうだった!」

 おじいちゃんおばあちゃんから、お菓子を貰って満悦だった諏訪子が我に返って、聖さんに指を突きつける。

「アンタ! アンタのせいで、うちの参拝客が減ったんだからね!」
「……おい、諏訪子。周り周り」

 思いっきり、その『参拝客』候補がいるんだぞ。そんな下心満載なこと言ったら余計離れるだろ……

「あ〜、諏訪ちゃん寂しかったんかいのう」
「こりゃ、今度はお山の方にも行かないとのう」

 あ、怪我の功名。

 なんて、和やかな雰囲気の人間サイドと違い、神様と魔法使いは言い争っていた。正確には、諏訪子が言いがかりをつけているだけだけど。

「そう言われても。人が来るのは、それだけ信頼されているということですし。お寺に来てくださった方を追い返すわけにも行きません」
「じゃ、守矢神社に送ってくれりゃいいじゃん」
「そんな無茶な……。それに、失礼ですが人が集まらないのは貴方の神徳が足りないせいでは?」
「い、言うに事欠いて!」

 うわぁ、諏訪子も怒りすぎだが、聖さんもナチュラルに煽ってる煽ってる。

「東風谷、そんなに大変なのか?」
「いえ……まあ、最低限の信仰は、山の妖怪から集まっているので、差し迫った危機というわけではないんですが」

 あ、でもそう語る東風谷のこめかみにも、なんかバッテンマークが浮かんでいるような。
 東風谷は信仰集めが趣味だし、それを奪われていい気はしていないんだろうな。

「ま、まあ落ち着け東風谷」
「落ち着いていますよ? はい。多少信仰が減った程度で。こちらに来る前と比べれば、全然マシですし」

 とか言いながら、喋っている最中に払い棒を握る手に力が篭っているぞー?

 なんて、爆薬庫の近くにいるような状況にビクビクしながら、聖さんと諏訪子の話し合いを眺める。……なんかまた妙な方向に話が行き始めた。

「……ふう、話し合いになりませんね。どうしましょう」
「決まってるじゃん。この幻想郷で、意見が分かれた時のやり方なんて決まっている」

 と、諏訪子はスペルカードを取り出す。
 ……ああ、結局やるわけね。今回は、聖さんの災難だなあ。

「ここの方々は好戦的なんですね……」

 いや、アンタが言うな、と思いっきり突っ込みたい。
 前、聖さんに追い立てられてから、聖さんは温厚という僕の中の価値観は、微妙に崩れ気味だ。

「うっさいな、これは弾幕ごっこで喧嘩なんかじゃないさ。やるの? やらないの?」
「やりましょう」

 即答かい。やっぱり、嫌いじゃないんじゃないか……

「なら私も……」
「あ、いや東風谷。二対一は、ほら、ネ?」

 んで、僕は必死で参戦しようとする東風谷を押し留めるのだった。……面倒くせえ。















 ちなみに、勝負は痛み訳に近い形で終了した。
 結局、命蓮寺に守矢の分社を置くことで、決着は着いたらしい。

 ……お寺に分社? いいの? いいんだな? はいはい。







 追伸:

「ああ、そうそう、聖さん。里の人たちに話を聞いて、僕に対する誤解は解けたでしょうか?」
「ええ、もちろん」
「よっしゃ」
「なんでも、里に行くごとに違った女妖怪を連れ歩く人外ジゴロだそうで。この前の兎耳の女性も、照れ隠しだったのですね。……先ほどの神様など、まだ見た目は子供ですのに」
「えええ!?」

 ひどい誤解が広がっていた!



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