今日も今日とて、命蓮寺でお茶をしている。

 一応、妖怪たちにここに来るよう声をかけた手前、僕もここに居たほうが良いと思ったからだ。
 前来たレミリアみたく、ハナから喧嘩を売ってくるような奴もいるかもしれないし……いや、僕がいるからって止められるとは限らないけどさ。

「で、今まで来たのは?」
「以前の吸血鬼の他、亡霊が来ましたよ」

 幽々子? 幽々子が宴会以外で冥界から出てくるのは珍しい。

「お茶とお菓子を飲み食いするだけして、帰ってしまいましたが……」
「あ〜〜」

 檀家から、お菓子とか色々貰っているらしいぞ、と唆した僕の責任か、もしかして。
 しかし、本当にそれだけを目的に来るとは……

「少しは話しましたが、どうにものらりくらりとかわされまして」
「……一緒に、人魂連れた女の子も来たでしょ。刀持った。そっちは?」
「ええ。私の言っていることがよくわからなかったらしく、『とりあえず、斬れば分かりますかね?』と……。丁重に相手をして差し上げましたが」

 妖夢……。その、なんでも斬れば解決するって猪思考、早いトコ直した方がいいんじゃないか?
 普段はいい子なのに、どうして『ああ』なんだか。

「あと、人形師だという魔法使いも来ました」

 同じ魔法使いとして、有意義な話が出来ましたよ、と聖さん。
 ……そういえば、聞くところによると、聖さんって仏教系の魔法使いなんだよね。身体能力を上げる魔法が得意って言うから、僕とは専攻が違うけど……今度教えてもらおうかな。

「ただ、魔法の話は兎も角、やはりピンとは来なかったようです。ハードルは高いですね……」
「高いっていうか、無理な気もします」

 幻想郷じゃ、妖怪が人間を襲うってのが、ある意味秩序の一つみたいなところがあるから。
 んで、その妖怪は博麗の巫女を初めとした妖怪退治屋に退治される……と。。

「いえ。まだ始めたばかりなのですから。諦めるのは早いですよ」
「……はあ」

 まあ、とは言っても、人が襲われるのは僕も嫌なので……。聖さんの理想が実現するかどうかは置いておいて、その手伝いはしたいと思う。
 聖さんの目的の主眼は妖怪の救済? みたいだけど、人を襲っちゃそりゃ無理だって思っているみたいだし。

 ……さて。そうすると、あまり妖怪が来ていないようだし、もう一度連中に声をかけに行くかな。それとも、やっぱ宴会かな……

「ん? 誰か来たようですね」
「え?」

 門のところを見ると……あのウサミミは、鈴仙か。

 始めて来る場所だからか、周りを警戒しながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。……僕の顔を見て、あからさまに不機嫌な顔になったのはご愛嬌だ。

「こんにちは」
「……こんにちは。永遠亭の鈴仙と申します」
「これはご丁寧に。聖白蓮です。さて、当寺院に何の御用でしょう」
「実は、そちらの人間に」

 チラ、というよりジロリ、という感じで僕を睨みつける鈴仙。……そんな怖い目を向けないでくれ、うさぎさん。

「ここの主の話を聞いて欲しい、と頼まれまして。私は来るつもりはなかったのですが、師匠が、薬の営業ついでに行ってこい、と」
「永琳さんかあ。本人は来ないの?」
「師匠はお忙しい方なんです。来るわけないでしょう」

 ピシャリ、と僕に対しては見事なまでに冷たい対応。
 ツンデレとは言え、そろそろデレがあってもいいんじゃないか? 悔しいんで、もう少し食い下がってみよう。

「じゃあ、輝夜は?」
「姫様も同様です」
「……前行ったとき、『することがなくて暇』って言ってたけど」

 その後、『暇だから、ちょっと遊ばない?』と、妖しい遊びに付き合わされそうになったので逃げました。

「う……。それはいいとして、聖さんでしたね。八意永琳のお薬、ご購入されませんか? 効果は折り紙つきですよ」

 あからさまに逃げやがった。……まあ、輝夜が出歩くとは思わないけどね。出不精だし。てゐは……うん、来たら厄介なことになりそうなので来なくていいや。

「薬ですか。とは言え、うちは病気知らずですし」
「少なくとも、傷薬は必須だと思いますよ? なにはなくとも、妖怪というだけで、たまに巫女に襲われますので」

 あ〜、霊夢は外出すると、とりあえず目に映った妖怪を攻撃するからなあ。

「……やはり、巫女ですか」
「はあ、巫女ですね」
「や、わけわからんのですが」

 鈴仙、絶対なにも考えずに返事しただろ。

「里の人は、妖怪を虐げるというより、むしろ恐れている。しかし、一部の人間はそうじゃない。……なかなか、アンバランスな状況ですね」
「難しい話ですね。ところで、お薬買ってもらえるんでしょうか、買ってもらえないんでしょうか。置き薬という手もありますけど」

 あ、鈴仙話聞く気ねえ。

「どんなお薬があるのかしら?」
「ええと、こちらが胃のお薬、そちらが消毒薬、そっちが風邪薬で……」

 と、持ってきた置き薬の箱を広げて、うにゃうにゃ営業を始める鈴仙。

 ……里の人たちとはもう顔見知りで普通に接しているので忘れていたが、鈴仙は意外と人見知りをするんだった。
 今だって薬の説明だけに集中して、聖さんとはあまり目を合わせない。……これは、営業というよりただの薬の講釈じゃ?

 ああ、最初の方、里の人たちが『よくわからんこと言っとる』ってぼやいていたの、わかるなあ。

「……です。料金は、月一度、使った分だけを回収しに来ます。薬ごとの値段は、薬箱の蓋の裏に値段表が貼ってあるので」
「どうしようかしら」
「なら、また来ますので、それまでに考えておいてください。それでは――」

 いや、早い早い早い。

「鈴仙、ちょい待ち」
「……なんですか? 服を引っ張らないで下さい。撃ちますよ」

 と、指鉄砲を向けてくる。ああ、もう……基本的に、気ぃ弱いくせに、どうして僕にだけはこんなにキツいんだ!
 あれか、貴方は特別なの、とでも言うつもりですか!

「ほら、聖さんも考えているみたいだし。ほれほれ、お茶もあるぞー」
「……はあ」

 渋々、といった形ではあるが、鈴仙はため息をついて、縁側に腰を下ろした。




























「月? 貴方は、月から逃げてきたと?」
「はあ……まあ、一応」

 初めは和やかな雰囲気だった。鈴仙も、聖さんの人の良さのがわかったのか、それとも置き薬を取ってくれたからか、割と気を許して世間話を交わし始めた。

 んで、どういう話の流れだったか、鈴仙が月の兎だという話をして……月に人間が攻め込んできて、逃げてきたという話に、聖さんは思い切り食いついた。

「人が月にまで進出したのも驚きですが、そうですか……月の土着の妖怪を追い出すような真似をしているんですね」
「いや、私は単に戦争に巻き込まれる前に逃げただけですが」

 ……そうだったな〜、そういえば。
 初めて会った頃、やたら物憂げに月を見上げていたから、どんなドラマがあったのかと思いきや、そんな理由だったもんねえ。

 思い切りツッコミを入れたら、弾幕飛ばされたっけ。

「大丈夫です。このお寺は貴方の味方ですよ。ここでは、妖怪も人間も、法の下平等に過ごせるのです」
「は? いえ、ここではそれなりにうまくやれているので、このままゆるゆると過ごせたらいいなあ、と思っているんですが」

 聖さんのナチュラルな勧誘を鈴仙は軽やかに躱す。

「そうですか……。なにか困っていることとか、ありませんか? なるべく、力になりますよ」
「いや、聖さん……こう見えて、鈴仙は幻想郷でもかなり強い方なので、困ることはあんまりないと思いますけど」

 あると言えば、永琳さんの仕置きとかか。でも、あれはきっと鈴仙も喜んでいる。うん、きっとそう。ご主人様に構ってもらえて。
 本人に言ったら絶対否定されるけど。

「こう見えて、っていうのが引っ掛かるわね……」
「いや、だって鈴仙、ぱっと見は薄幸の美少女風味じゃないか」

 ウサミミブレザーなんて狙いすぎた格好といい、どこかのエロゲのヒロインを張っても立派にやっていけそうだ。売ってたら買うぞ、うむ。

「美――!」

 なにやら、鈴仙がキッ、と睨んできた。相変わらず、赤い赤い眼で。
 ……ホワイ? 褒めたのになんで?

「そうですね。聖さん。私、一つだけ困ったことがありました」
「まあ、なんですか?」

 さあ、私になんでも話してみよ、と、どっかの肝っ玉母さんみたいな威厳を醸し出しつつ、聖さんが聞く姿勢に入る。

「そこの人間です。セクハラばかりで困るんですよ。うちの姫様も、いつ手篭めにされるか……」
「ちょちょっ!? だから違うって! あと、輝夜の場合どう考えても被害者逆ですよね!」

 思い切ってツッコミを入れる。まったく、この手の冗談――いや、鈴仙は本気かもしれないが――も、そろそろ止めて欲しい。初めての人は誤解しちゃうじゃないか。。
 丁度初めての聖さんもいるんだしさ。聖さんが真に受けたらどうする……聖さん?

「あ、あの? なんですか、聖さん。その巻物は」

 聖さんの頭上に広げられた光り輝く巻物。
 僕の記憶が確かなら、あれは霊夢とやりあったときに使っていた、聖さん愛用の戦闘用巻物ではなかったか。

「……良也さん。貴方という人は」
「ええーーー!? 信じるの、そこで!?」

 うっそ、聖さん、僕が思っていたよりずっと単純だったー!?

「私が人だった頃にもいました。見目麗しいからと、力なき妖怪を無理矢理奴隷扱いする陰陽師などは、それはもううじゃうじゃと」

 前例がいたわけね! 道理であっさり信じると――ってか、時間を越えて、そいつら殴りに行きたい!
 っていうか、今の世の中にそんなヤツいないよ。少なくとも幻想郷には。外の世界にもいるかどうか……もしかして、聖さん、何百年も封印されていたから、現代のその辺の状況、わかってない? もしかして?

 しかし、その誤解を解こうにも、ずごごごごご、と怒りを露にする聖さんは止まりそうにない。

「ひ、聖さん? そんなの、僕じゃ物理的に無理だから。あと、『力なき妖怪』ってフレーズが凄まじい違和感なんですが、これいかにーーーっ!?」

 必死で言い訳するも、聖さんはもはや聞く耳ナッシング。
 巻物も、ぐいんぐいんと胎動してて、なんだかとてもイヤーンな感じ。

 あ、こら鈴仙。お前のせいなんだから、耳を垂れさせて逃げんな。

「まったく。人間は変わっていないな。誠に好色で、破廉恥である!」
「いや、それは違う! それにはものすっごい反論したい僕!」
「問答無用、南無三――!」

 問答してよっ。

















 ……んで、誤解を解くのに、大分かかった。
 死亡回数が一回で済んだのは、奇跡のような気がする。

 ……不死だってバラしていたのが、よくなかった。あれがなけりゃ手加減……してくれたと、信じたい。



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