人里の昼下がり。適度に人が解散したところで、僕は立ち上がった。

「うむ」

 道端に広げていた風呂敷を仕舞って、僕は一つ頷く。

 今日も、菓子の売れ行きは好調だった。っていうか、今まで不調だったことはあんまりない。
 こっちでの財布代わりの布袋からは、じゃらじゃらと景気のいい音が聞こえてくる。

 幻想郷だと、節約すれば一ヶ月は余裕で暮らせる額だ。そして、週末くらいにしか幻想郷に来ない僕にとっては、食べ物や酒、賽銭等に消えるお金である。

 品不足で、お菓子を買えなかった人たちにはごめんなさいだが……正直、これ以上手を広げても、お金の使い道があんまりない。というか、外の世界での貯金の額を気にしなくてはいけなくなってしまう。
 ってわけで、今日も今日とて、一時間ほどの即席行商は終了だ。

「ん、っと。茶葉が切れてたよな……。晩御飯の材料も。……ついでに、茶菓子でも買って行ってやるか」

 もしかしたら、住んでいる本人よりも詳しいかもしれない博麗神社の台所事情を思い出しつつ、適当に里をぶらぶら回る。

 適当に買い揃えて行って……あ、酒欲しいな、酒。酒屋に寄るか。

「って、あれ?」

 ふと、道端に人が集まっているのを見かけた。

「どうかしました?」
「あ、ああ。土樹くんじゃないか」

 集まっているうちの一人である、大工のはっつぁんに声をかける。ちなみに、本名は知らない。みんなはっつぁんと呼んでいるから。

「い、いや。里に狼が……」「いや、あれ虎だよ」「象じゃね?」「あんなでかい蛇みたことねえ」「あら、可愛い兎じゃない」

 ……いやいやいやいや。皆さん、別々の動物を仰っている。
 それなんて動物園?

 ひょい、と僕も覗いてみると……みんなの視線の先には、チャウチャウがいた。犬だ。要するに。

「あの、犬じゃないですか、あれ?」
「土樹くんは犬か……。いや、みんな言うことが違っていて……。猛獣に見えている人もいるから、どうしたもんかと」

 はっつぁんが困ったように首を捻る。
 いや、そんなわけのわからない生き物がいるはずがない。だからあれはチャウチャウちゃうんちゃう? ってなもんで。

「ち、近付いてきた!」「逃げろ!」

 あ、本当だ。狼にも虎にも象にも見えるらしい犬は、愛くるしい顔で尻尾を振りながら、こっちにやって来る。

 それと見て、集まっていた野次馬皆さんは、潮が引くように逃げていく。……何故か、僕を前面に押し出しながら。

「な、なにするんですか!?」
「こういうのは、空を飛べる人間の仕事だ!」
「空を飛べる人間じゃなくて、空を飛べる人外の仕事です!」

 背中を押され、少し泣きが入る。

 うう、僕には犬にしか見えないけど、そんな正体不明生物を僕に押し付けないで欲し……正体不明?

 まさか、と思うのと、チャウチャウが僕の近くに寄ってきて、あるラインを超えた途端、三毛猫に変化するのがほぼ同時。
 猫は、『はよ遊べ』と言わんばかりに、僕の靴の匂いをすんすん嗅ぐ。……臭くない?

「野良猫……?」「猫の変化か?」「いや、どう見ても普通の猫だろ。尻尾も一本だし」

 と、危険がないと悟った里のみんなが、恐る恐る僕の手元を覗いてくる……っていうか、貴方達調子良いですね! 危険ばっか僕に押し付けて……

「っていうか、ぬえ!」

 声を張り上げる。
 どこにいるかは見えないが、近くに潜んでいるはずだ。

 こんな、本来違うものを別のものに見せてしまう能力を持っている奴というと、割と最近に出会ったあいつが浮かぶ。

 しばらく待っていると、物陰から自ら発光する光の球が現れた。

「よ、妖怪?」
「ああ、はっつぁん、気にしないで。命蓮寺の妖怪だよ、あれ」

 出会った時と同じような発光体。僕は少し呆れながら、それに近付く。

「……よう」

 んで、近付くと、まだあどけなさを残す少女の姿に変化した。後ろでは、里の人たちが『おお』と感嘆している。

「こんにちは、良也。よくもまあ、私の恐怖煽り活動を邪魔してくれたわね」

 ……いや、すんなそんな活動。

「ロクデモナイ活動するな」
「仕方ないじゃない。私は人間が怖がるのを見るのが大好きな妖怪なんだから。人食いよりマシでしょ?」
「……里の外なら兎も角、中で食ったら満月の夜、角生やした先生が突っ込んでくるぞ」

 仮に慧音さんを撃退しても、次は殺しても死なない焼き鳥娘。更に、人里によく来ている現人神とか魔法使い。その次辺りに『面倒ねえ』とか言いつつ霊夢が来るだろう。
 ……うん、この里で妖怪の犯罪行為は、割に合わないこと甚だしい。

「なにそれ?」
「気にするな。まあ、このことは聖さんに言いつけとくからな」

 うわ、勘弁! と、ぬえが首を振る。

「土樹くん。彼女は、聖さんとこの妖怪さんかい?」
「ええ、まあ」

 命蓮寺と、人里はそれなりにうまくいっていると聞いている。聖さんの言う理想も、話の分かる妖怪が身近にいる里の人たちにとっては、反発するほどのことでもないらしい。
 聖さんの人の良さもあって、寺への寄進もけっこう集まっているらしい。

 それに、聖さんは大人で、美人な女性だからな……特に、男には大人気だ。そりゃあもう。

「なら安心か」「嬢ちゃん、こういうのはこれっきりにしてくれよ」「ああ、また寄進に行くからって伝えといてくれ」

 と、口々にみんなが言って、解散していく。
 ……信頼されてるなあ。どことは言わないが、同じ妖怪が集まっている寺社なのに、全く信頼されてないどこぞの紅白とは全然違う。

「んじゃ、良也。私はこれで」
「いや、待った」

 うん、と僕は頷いた。丁度、手土産もあるということだし。

「いい機会だから、僕も命蓮寺見に行くかな」
「うん? まあ、うちの寺は、門戸はいつでも開いているよ。あんたなら歓迎だ」
「僕『なら』って」
「私はいいんだけどね。宝船を襲ってきた連中、あいつらが入ってきたら神聖な寺が騒がしくなるだろう?」

 いや、あのうち二人は巫女なんだけどな……。日本は神仏習合とかあった気がするんだが。























 命蓮寺は、人里から徒歩五分くらいで行ける。
 この立地条件の良さが、博麗神社どころか守矢神社すら到底敵わない数の参拝客を呼んでいる理由の一つだ。

 少し開けた場所に建てられた寺は、新築ではあるのだが、元々聖輦船が変化して出来た建物なので、意外に古臭い外見だ。

 そんなお寺に、僕はぬえと共にやって来た。
 ……そういえば、仏教は色んな宗派があったと記憶しているが、ここは何宗なのだろうか?

「ぬえは知っているか?」
「生憎と、仏教には興味がないから知らない」

 いや、居候の分際で、知らないとか。
 まあ、僕も現代の日本人らしく宗教にはあんま拘らない方だから、人のことは言えないけど。えっと、浄土宗とかあったよね、くらい。

「あら」

 と、益体もないことを考えていると、寺の周りで立ってた一輪さんに見咎められた。

「誰かと思えば、土樹じゃないか。久しぶり。ぬえも、おかえり」
「こんにちは、一輪さん」
「ああ、ただいま」

 一輪さんは『ああ、こんにちは』と返してくれて、そして一言、

「雲山」

 一輪さんがそう呼びかけると、辺りに漂っていた薄靄のようなものが集まり、見上げるほど大きな雲の入道になった。
 親父臭いいかつい顔が、心なしか僅かにほころんでいるように見える。

「ああ、雲山さんも、こんにちは」

 頭を下げると、声を出せないこの入道も、同じように頭を下げてくれた。
 たまに思うのだが、この人がちゃんと喋れたら、男同士で思い切り酒を酌み交わしたいと思う。女性ばかりで苦労していそうだから、話が合いそうだ。それはもう超絶に。

「なにしていたんですか?」

 寺の見え始めた頃から、一輪さんのことも見えていた。寺の前で地面を見て、歩き回っていたんだけど……

「ああ、聖や他のみんなとも相談してね。里から沢山食べ物とかもらっているけど、それだけじゃあなんだってことで、ここらに畑を開墾しようかってことになったんだよ」
「畑?」
「そう。少しくらいは自分達でも賄わないとね」

 なるほど。……そういえば、博麗神社でも林檎の木とか育ててたな。
 外の世界の家庭菜園みたいなものか。規模が違うけど。

「んで、土樹は参拝かい?」
「そんなところです。この土地勧めたのは僕なのに、今まで顔見せてませんでしたしね」

 聖輦船が降り立った直後は見たが、かなり酔ってたせいで、あのあとすぐ帰ってしまった。どういう建物なのかも、実はちゃんと知らない。

「ああ、そうだったね。その節はありがとう」
「いえ」

 実際、僕が何をしたというわけでもないし、里の人たちに受け入れられているというのなら、それは聖さんたちの徳だ。

「聖や他のみんなも中にいるよ。参拝がてら、会いに行ってやって」
「はい」
「んじゃ、一輪。後で」

 お前も畑仕事手伝えよ、と突っ込みたいのをこらえて、ぬえと共に小さな山門をくぐる。

 ……中に入ると、抹香の匂いがした。



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