「……それで、これからどうするんですか」 ボロッとして、火事から命からがら逃げてきたような風体の聖さんに尋ねてみる。 「そうですね。私は、私の理想を実現するために動きますが……具体的にどうしようというのはないですね」 聖さんは、ちょっと悩むそぶりを見せる。 まあ、そりゃそうか。何百年か封印されていたんだもんな。今すぐになにをどうこうってのは、気が早すぎるか。 とりあえず、ひとしきり感動の再会シーンは終わったんだから、少し休憩かな。 「宝船の癖にお宝がないのはやっぱり納得いかないわねえ。……お酒くらいはないの? 聖さんを嫌って言うほどボッコボコにした霊夢が、寅丸さんにそんなことを尋ねていた。 ……酒を発見したら、また宴会に突入するのか? 「酒などあるはずがないでしょう。私を含め、ここの妖怪は仏門に入っています」 「妖怪の癖に……じゃあ、般若湯は? 般若湯」 「え、えっと、それは……ちょっとだけ」 ……あるんじゃないか。 やれやれ、魔理沙も『お、酒か?』と目を輝かせているし、東風谷も少し興味ありげな目になってる。こりゃ止めても無駄だな。 「あら、酒宴ですか」 「……仏教は、酒はご法度じゃ」 「不飲酒戒。しかし、これは酒を呑んではいけない、という戒律ではなく、酒に呑まれるなと私は解釈しています」 要するに、呑みたいだけじゃないか。その方が僕としてはありがたいが。 ……ん? しかし、ちょっと待て。ここは魔界で、ぼーっとしてたら恐ろしい悪魔が出てくるんじゃないか? いや、僕の知っている悪魔と言えば、某図書館でお茶を出してくれる優しい人が真っ先に出てくるが、しかしもっと恐ろしいのがいても全然おかしくないわけで。 「と、とりあえず、元の世界に戻った方が」 「……そうですね。ここに新しい法の世界を作ると言うプランもいいですが、やはり人々の意識を変えるのが正道ですね」 ほ、法の世界を作るプラン? 僕って、もしかして魔界に取り残されるところだった? 「ムラサ。よろしくお願いします」 「はい、聖!」 ムラサが元気よく返事をして、指をあらぬ方向に向ける。 ……それが、合図だったらしい。魔界の空に止まっていた聖輦船が、ゆっくりと船首を傾け、進行しはじめた。 「私は、元の世界に返り、寺を建立したいと思います。この子達の住処も必要ですし」 「へえ」 お寺かあ。一応、小さな寺が人里にあるけれど、あそこはあんまり流行ってないけどなあ。 いや、しかしこの聖さんが長なんだ。もしかしたら、流行るかもな。……ほら、なんだかんだで、男ってのは美人に弱いし。 「そうと決まれば、寺の名を考えないと」 「……お寺の名前かあ」 清水寺とか、ああいうノリか。 ……むう、いい名前は浮かばないな。いや、僕が名付け親になるわけじゃないけど。 聖さんは、少し悩むそぶりを見せて、ぽつりと呟いた。 「命蓮寺」 「え?」 「命蓮寺とします。弟の名前を取って」 そう呟く聖さんは、少し懐かしむような色を、瞳に浮かべていた。 「なによ、般若湯、こんなにあるんじゃない。ケチケチして。あ、良也さん。良也さんも呑むでしょ?」 ……空気読め、霊夢。呑むけどさ。 んで、甲板で宴会をしながら幻想郷に帰ることになった。 聖さん復活がよほど嬉しかったのか、聖輦船の妖怪連中は特に陽気に騒いでいる。ムラサも呑んでいるけど……操縦は大丈夫か? ちなみに、今日は僕も珍しく(強調)かなり酔っ払っていた。なにせ船の上だ。揺れてるもんで、アルコールの回りがいつもより早い。 「はっはっは! 雲山さん、もっとでっかくなってくださいよ!」 「雲山!」 一輪さんの言葉を受け、雲山さんが二回りほどでかくなる。 それを見て、意味もなく笑う僕と一輪さん。がっはっは、と下品な笑い声が響き、酒を呑めないらしい雲山さんが困ったような顔になる。 ……いかん、かなり酔っている。 「いや、めでたい。姐さんが帰ってきて、本当にめでたいっ」 「まったくですね」 意気込んで徳利を傾ける一輪さん。 ……なにが不飲酒戒だろう。思い切り呑まれているじゃないか。人のことは言えないが。 「っく。うぃ〜」 自分用に確保した徳利を手に、ちょっくら別の人のところに行こうと歩く。 「うおっとぉ!?」 しかし、歩き始めて十秒ほどで、ふらついてこけた。転んだ先には、丁度誰かが座っていたようで、思い切り押し倒してしまう。 「てて……ご〜めーん」 「……先生?」 おぅっと、東風谷だったか。 鼻先数センチのところにある東風谷の整った顔を胡乱な目で見る。彼女の頭の横についた手が、髪の毛に触れてて、なんかくすぐったい。 むう、と頭を振り、僕は体を起こした。 なんかとんでもないことをしたような気がしたが、今の茹だった頭じゃあよくわからない。 「わりぃ、東風谷」 「いえ、悪いと思っているなら、呑んでください」 ぐい、と東風谷が持っていた徳利を口に押し付けられ、熱い液体が流し込まれる。 「んぐっ!?」 「さぁさ、先生。遠慮はいりません。存分に」 存分になにさっ!? と、言いたいのは山々だったが、口を塞がれてはそれも叶わない。幸いにも、徳利の中身は三分の一くらいしか残っていなかったので、なんとか零すことなく呑むことが出来た。 零したら、勿体無いもんねえ。 「おお、いい呑みっぷりだ」 「うい、ナズーリン?」 どうやら、東風谷と一緒に呑んでいたらしい。顔を赤らめてお酒を煽っている。 「つまみはチーズか。流石ネズミ」 「いやあ、私としちゃあもっとおいしい、赤色の濃い食べ物が良いんだけどね。そいつは、聖の意向に逆らうことになる」 「赤色?」 トマト? こんなに赤いのにナズーリンはおいしいと言う。違うか。 「そうそう、彼女ネズミの癖に人間を食べるんですって。おかしいですよねぇ?」 「い、いや、妖怪だし……」 「それが、下僕の子ネズミたちまで食べるんだとか。こうなったら、先生。お返しに食っちゃってください、ネズミを」 ね、ネズミを……? そ、それは微妙じゃないか? いや、漫画とかで食べるシーンがあるから、食えないことはないだろうけど……毒もないし。 「ええ、私が調理しますから。塩胡椒で焼いたら美味しいかも」 「こ、東風谷の手料理か。それはちょっと惹かれるなあ」 あっはっは、と笑う。 「おっと、ネズミを甘く見ちゃいけないよ?」 「あ、甘くないんですね。それじゃあ、やっぱりおかずかなあ」 「デザートには向かないみたいだな。甘いもの、僕好きなのに」 駄目だ、この酔っ払いども、と僕は自分自身にツッコミを入れる。でも、勝手に口が動いちゃうんだヨ! 「ん、東風谷。ネズミ料理、楽しみにしている」 「はい、楽しみにしちゃってください」 ばははーい、と手を振って東風谷たちから離れる。……うーむ、次はどこに行こうか。 霊夢と魔理沙が二人揃ってるけど……あの二人の間は、ちょっと怖いな。酒が入って怖いもの知らずになっている僕とて、そのくらいの危機管理意識は残っている。 と、するとー。 「あそこかなー」 聖さんとぬえが、なんか差し向かいで呑んでる。面識はないはずの二人だけど、あそこなら落ち着いて呑めそうだ。 手土産に、さっきパクったナズーリンのチーズを持って、二人に近付いていく。 「ん? 良也か。大分呑んでるみたいだね」 「まぁね。正体不明、君も呑め」 「……そろそろ正体不明の名は返上しないといけない気がしてきた」 ちょっと情けなさそうに笑って、ぬえは僕の酌を受ける。 「良也さん」 「聖さんも、と」 聖さんの盃に注いだところで、僕の徳利が空になった。ちぃ、そこらに転がってる奴で、まだ残っているのあるだろ。 「はい、どうぞ」 「こりゃどうも」 聖さんの手元にあった徳利から、酒――般若湯って書いてあるな、徳利には――を頂く。 むぅん、いい味だ。 「それで、貴女はどうするんです? ムラサたちとも知り合いのようだし、ここに居てくれるなら私は受け入れますよ」 「うーん」 ん? なんだなんだ。 「ぬえ、ここの厄介になるのか?」 「どうしようかな。私は、聖の復活を邪魔した妖怪だしね。ったく、私にもこうやって言ってくれるなら、やらなきゃよかった」 後悔している模様。まあ、聖さんは妖怪の味方だし。封印されていたっていうぬえは、聖さんにとっては『人間に虐待された』妖怪ってことで、一番守る対象だよな。 「気にしなくてもいいですよ。私は気にしません」 「そう?」 「ええ。結果論ですが、こうして復活できましたし」 心が広いなあ。広いというか、これが普通か? いかん、最近普通の感覚を見失いつつある。 「ん、それじゃあ、しばらくはあんたに付いていくよ。よろしく、聖」 「はい、よろしくお願いします」 あ〜、なんかうまく纏まったらしい。 しかし……やれやれ、また幻想郷に一大勢力が出来たか。戦力バランスが崩れて、妖怪大戦争とかには……ならないよな、ならないよな? と、脳裏に巨大化した妖怪どもが闊歩し、人々が逃げ回るカオスな幻想郷を夢想していると、ムラサがこっちにやって来た。 「聖、そろそろ幻想郷に着きます」 と、言っている間に回りの景色が変わった。 空を見上げると、見事な快晴。……ああ、幻想郷の空気だ。 「到着しましたか。じゃあ、着陸できる場所を探さないといけませんね」 「それは……良也さん。どこか心当たりは?」 む、着陸できる場所? 「そっこら辺でいいんじゃね? 木とかあったら、薙ぎ倒せばいいしー」 うん、ここのメンバーなら楽勝だ。なんなら、僕も手伝うよ? ボカーンッバカーンッって。ふっふっふ、この内なる破壊衝動、抑えきれぬは人のサガか。 中二っぽいっ! 「そういうわけにもいかないでしょう。まったく、見事酒に呑まれていますね……」 「呑まれていないヨ!」 「それが酔っているというのです。……そうですね、人の住んでいるところはどこですか?」 「ん〜? 人里なら……あっち」 幻想郷のどの辺か……ってのは、まあこれだけ酔っててもなんとなくわかる。 人里の方向を指差すと、ムラサは満足げに頷いた。 「はい、確かにあちらに、人家らしきものがあったように思います」 「では、そちらに参りましょう。やはり、村の近くの方が、何かと便利ですから」 「ん〜〜、里の近くなら……南側に、割とでかい草原があったような……」 眠く、なってきた。 「ありがとうございます、良也さん。ムラサ」 「それでは、向かいましょう」 む……う。 んで、起きてみると、人里近くの草原に『変形』した聖輦船が、寺になっていた。 ……いや、おかしいだろ。変形? 東風谷が、やたら嬉しそうにしていたのが印象的だった。……変形、好きなんだ。僕も好きだけど。 ちなみに、以後、里の近くである事と、聖さんの人柄&力のおかげで、このお寺――命蓮寺は、大いに信仰を集め、霊夢と東風谷がギリギリ歯軋りすることになるのだが……それは、もうちょっと後のお話。 | ||
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