鬱蒼と草木が生い茂る魔法の森に足を踏み入れる。
 今日は、魔理沙の家に行くのが目的だ。

 以前頼まれた菓子を届けに行くのだ。
 大抵、博麗神社とかで捕まるんだけど、今日に限って神社でも人里でも魔理沙を見かけない。霊夢に預けても良かったんだけど、あいつの場合忘れる可能性が高い。

 仕方なく、遠路はるばる森にまで来てやったというわけだ。

 やれやれ。

「まあ、いいけどねー」

 魔法の森の空気は嫌いではない。
 魔力が濃いので普通の人間には危険地帯だけど、僕は仮にも魔法を学んでいる身である。この程度の濃さなら、むしろ居心地が良いくらいだ。

 それに自然の中の空気は美味しい。深い木と土の匂いは、身体を活性化させてくれる気がする。
 ……茸の胞子が多すぎるのは、少々頂けないけれど。

 その上、なにより、

「妖怪もいないしね……」

 ぼそっ、と呟く。

 ここの空気は、妖怪はあまり好まないようで、危険な妖怪の数は相当少ない。
 まあ、自分の周りの安全を確保しようとした某黒白の魔法使いが、ここらを縄張りにしていた妖怪を根こそぎ追い払った、というまことしやかな噂もあるが、どっちでもいい。

「……で、魔理沙んちってどこだっけ」

 ふと立ち止まって、自分の位置を確認するため周囲を見渡す。
 三百六十度、どの方向を見ても暗い森の風景しか視界には入らない。

 やっべ、迷った?
 魔理沙んちには、数えるほどしか行ったことないしなあ。なにせほら、あいつの場合、自分から押しかけてくるから。

「うーん?」

 はあ……仕方ない。上から探すか。

 と、地面を蹴ろうとしたまさにその瞬間、

「……ん?」

 キャハハ、となんか笑い声が右手の方角から聞こえてきた。
 ……誰ぞ?

「幽霊、とかじゃないよな?」

 人の立ち入ることのない深い森の中。亡霊やら何やらが出現するには格好のシチュエーションだけど。
 ……いくら亡霊の姫と知り合いで、自身も冥界に逝ったことがあるとは言え、見知らぬお化けは怖いぞ。

「ゴクッ」

 しかし、確認しないのもそれはそれで落ち着かない。
 自分からそれに近付く勇気もない僕は、耳を済ませることで正体を掴もうとし、

『あ〜、しかし次の悪戯はどうしようかなあ?』
『なにを言っているのよ。そんな志の低いことでどうするの!? 異変よ、異変! 異変を起こして、妖精はここにありっ、ってところを幻想郷中に知らしめるのよっ』
『サニーはいつも調子いいけどさあ。実行に移した試しがないじゃん』
『まずは仲間が必要じゃないかしら?』

 ……怯えて損した。

 ズカズカと、人を怖がらせた三妖精どもの元へ歩いていく。

「あれ?」
「……よう」

 少し開けた場所。
 他の木とは明らかに格の違う巨木の前の小さな草原で、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの光の三妖精が木製のテーブルを出し、酒盛りをしていた。

 向こうのでかい木は……もしかして家なのか。窓あるし。

「なにー、あんた! 一体何しに来たのよっ!?」

 酒に酔っているせいか、しょっぱなから喧嘩腰なルナが立ち上がる。

「さては、私達の企てた異変を察知して、事前に潰しに来たな!」

 続けて、んな思いつき計画、予測できるわけないだろう、というツッコミを入れたくなるような台詞をサニーが放った。

「……もしかして、お前結構苦労人?」
「そうでもないわよ」

 一人、素面のように見えるスターにちょっと同情の視線を送る。
 しかしなあ、相方たちがこんな調子じゃ、色々大変だろうに。まあ、要領が良さそうだから平気かな……僕と違って。

「あ〜、僕がここに来たのは偶然だ。ちょいと道に迷っていたところ、声が聞こえたからな」
「迷ったぁ?」

 サニーが、思いっきり馬鹿にした感じでせせら笑った。

「所詮、人間ねっ」
「わけがわからない。慣れてない場所なんだから仕方ないだろ」

 やれやれ……酔っ払いに言っても無駄か。
 ここは、唯一冷静そうなスターに聞こう。

「スター。良ければ、魔理沙んちがどっちか教えてくれないか?」
「駄目よ、スター! 人間なんかに道を教えちゃあ!」
「……教えてくれれば、僕はとっととここから退散するんだが」
「もし、どうしても教えて欲しいんだったら、この私を倒してからにしなさいっ」

 でーんっ、とない胸を張りながらサニーが仁王立ちする。
 と、同時にエール酒の入ったジョッキをぐびぐびと勢いよく嚥下し、ぶはぁ〜〜と酒臭い息を吐いた。

 ……見た目は小学生くらいの癖に、なんつー親父臭い妖精だ。

「いいけど……本当にいいのか? 倒して」

 指先に小さな霊弾を作って、サニーに向ける。
 いくら僕でも、雑魚妖精に毛が生えた程度のサニーに……しかも、酔っ払いに負ける気はない。

「はん! やってみなさい!」
「……んじゃあ、遠慮なく」

 いいのかな〜、と思いながらも、かなり弱めに設定した霊弾を一発撃った。
 いつもの半分以下のスピードのそれを、サニーは躱そうとして、足を絡ませてこけて、ごっつんと頭を打った。

「うおー! おのれー良也めー!」
「……どうすりゃいいんだ」

 何気なく、テーブルの上に置いてあった、中身が半分くらい残っているジョッキを取る。
 喉が渇いていたせいもあって、ぐびっ、と呑んだ。

「あっ、結構いいの呑んでるな……妖精の癖に」
「なに勝手に呑んでいるのよ」
「まあ、ケチケチすんな」

 魔理沙用土産に持ってきたポテトチップ(小倉抹茶味)をリュックから取り出す。
 もう、意味不明すぎて開発者の意図を小一時間くらいかけて聞き出したいキワモノだが、魔理沙は妙にお気に入りだ。

 ……でもまあ、いいだろ。ここで出しても。また来週にでも、持って来てやれば良い。

「あら、これはなにかしら?」
「外の世界のお菓子だ。……たぶん、食えると思う」

 僕は食いたくないけど、という言葉はぐっと飲みこんで、スターに説明する。
 包装を破ると……なんとも形容しがたい臭いが漏れる。

「……貴方、もしかして私達を苛めに来たんじゃないでしょうね」
「そんな暇な真似はしない」

 思い切り顔をしかめて睨んでくるルナに、微妙に視線を逸らしながら答える。
 なんだよ、これ。餡子と抹茶とジャガイモを組み合わせる事を思いついたのはどこの悪魔だ。

「うっ……なにこの、甘ったるい匂い」
「さ、さあ?」

 起き上がったサニーが、何事かと目を白黒させる。……ぼくにもわからん。

「ん〜」
「あ」「あ」「あ」

 このまま土の中に埋めてやろうか、と思い詰めるほどの危険物体を、スターが何のためらいもなく口に運んだ。

「あら、美味しいじゃない」
「ええ!?」

 マジで!?
 やせ我慢……ではない。本当に美味そうにパクパク食べてる。

 ……このスターマジパネェ。

「こんな美味しいおやつを頂いちゃったら、お返しをしないとね。ちょっと待ってて」

 と、軽やかな足取りで大樹の家へ向かうスター。

 ……お返し? 仕返しじゃなくて?
























 礼は酒だった。
 差し出されたアルコールを断る術を持たない僕は、目一杯痛飲し……久方振りにすげぇテンションで酔っ払った。

「だからねっ、このままじゃ妖精は舐められたままなのよっ」
「まったくその通り!」
「舐めてやろうかコノヤロウ!」

 バンッ、とテーブルを叩き主張するサニーに、うんうんと同意するルナ。
 僕はというと、適当に酔ったまま口を滑らせる。この滑り方はオリンピック級だ。

「そこで良也! あんた異変に色々関わっているそうじゃない!?」
「いかにもっ」

 僕の巻き込まれテクは半端ないぞ! 幻想郷に来てからほとんど全部の異変に一枚噛んでいるからな! 噛まれている気がするけど!

「参考までに、どんな異変があったか聞かせなさいっ」
「よかろう」

 例えばー、と今まで自分が首を突っ込んだ異変のエピソードを聞かせてやる。
 弾幕で落とされたり、殺されたり、潰されたり、引っ張られたりと。色々とバイオレンスな思い出語りを、妖精たちはまるで英雄譚を聞く子供のように目を輝かせて聞いてくれた。

 ……いや、実情は英雄とは程遠いですけどね。

「うう、そんな大きな異変は無理だわ」
「なにを? んな弱気でどうする。妖精の力を見せてくれるんじゃないのかっ」

 適当に煽ると、流石は同じ酔っ払い。サニーはすぐに元気を取り戻し、気炎を上げ始めた。

「それもそうね」
「じゃあ、どんな異変が良いのかしら? 良也、なにかプランがあれば聞かせてもらえる?」

 ルナの問いに、僕は真剣に考える。

 こいつらはそれぞれ太陽と月と星の光の精霊だ。……うむっ!

「昼に月と星がが光り、夜に太陽が光る昼夜逆転異変とかはどうだ?」
「無理よ、そんなの」

 はやっ! 諦めるの早っ!

「なんで!?」
「妖精の力はあくまで自然の延長なんだから。自然に逆らうような変化を起こすことは出来ないの」

 スターが説明をしてくれた。
 へえー、そうなのか。でもチルノは真夏でも氷とか作ってるぞ。

「そんなんじゃないわっ! そんな異変、丸一日も経てば異変じゃなくなるじゃないっ」
「へ?」

 今、昼→夜→昼→夜となっているのを夜→昼→夜→昼に……

「ああっ! 確かに!?」

 駄目じゃんっ! いいアイデアだと思ったんだけどなあ。

「ふん、所詮人間の知恵の程度はこんなもんか」
「なにおう、そういう言うお前は妖精の癖に……」

 サニーの勝ち誇った顔がなんかカチンとくる。くそう、馬鹿の癖に。

「よし、わかった。お前らが仮に異変を起こしたとしたら、徹底的に邪魔してやる!」
「裏切り者!」
「裏切り結構!」

 ガルルルル、とサニーと顔を突き合わせて睨み合う。
 ふん、妖精が起こす異変くらいなら、僕だって霊夢の代わりに解決できるさ。

 まあ、難点はと言えば、異変解決の専門家である霊夢が動いて初めて異変は異変として認められる。僕が動いて解決したら、そりゃただのちょっとした『事件』扱いになっちゃうわけなんだが……いいのか?

「ふん、まあいいわ。あの巫女の前座くらいは務めてくれるんでしょうね」
「――務めてやろうじゃないかっ」

 まあいいや、小難しいことは。前座として出た僕がやられたら、きっと霊夢も動くだろうし。
 それに、たまには僕も、異変解決気分に浸ってみたいんだよっ。

 多分、サニーが盛んに異変異変言っているのも、妖精は端役にならざるをえないことを悔しく思ってのことだろう。決して主役になれないという意味で、僕とこいつらは似ている。

 ……なんて、勝手な想像だったが、それほど的外れではないらしく、奇妙な連帯感のようなものを、サニーも感じているようだった。

 しばらくサニーと僕は隙を伺うように相手を観察した後、ふっと笑う。

「よっしゃ、異変の前夜祭よっ」
「うむ、今日の味方は明日の敵……今日ばかりは見逃してやろう」
「上等!」

 ガハハ、と調子っ外れに笑いながら、スターが追加してくれた酒を煽る。

 ……まだまだ、三妖精との宴は始まったばかりだった。












 次の日、魔法の森の真ん中で三人の妖精に囲まれながら目覚めた後、酒入って気が大きくなりすぎたなぁ、と一人赤面する僕であった。



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