「なんだこりゃ」 幻想郷にやって来た僕が見たのは、惨憺たる有様の境内であった。 そこかしこに酒瓶や皿やらが転がり、見るからに宴会の後といった感じ。 ……はて? 昨日は宴会でもやったのかな? 計画的な宴会だったら僕にも知らされているはずだが、しかしこの博麗神社では突発的な宴会はよく起こる。 しかし、それにしてはつまみの量も微妙に少ないような。酒は嫌っちゅうほど転がっているけど…… 「んかぁ〜〜」 「って、萃香かよ……」 すぐに、その原因はわかった。 混沌の中心。一升瓶を幸せそうに抱えて、腹を出して眠る萃香がいたのだ。 ……この鬼が関わっているというのなら、この異常な酒量にも納得がいく。つーか、もしかして萃香の隣で寝ている霊夢と、二人だけで呑んでいたのではないだろうか。 「あ〜あ、こんなに散らかしてまあ」 二人とも起きる気配がまったくないので、仕方なく僕は片付けに入った。 無視しても別に良いんだけど、既に博麗神社の境内が汚れていると我慢ならんタチになってしまった。霊夢の教育の成果か……嫌な成果だな。 「ほいほいほいっと」 とりあえず、そこら中に散らかっているゴミとか皿とかを拾って適当なところに集める。 ゴミだけなら魔法で集めても良いんだけど、割れ物も混じってるからあんまり無茶は出来ない。 「っていうか、どんだけ呑んだんだ、こいつら」 日本酒の一升瓶が、三、四、五…… 仮にも(あくまで仮にも)人間である霊夢がここまで呑めるとは思えない。萃香だろうけど……それにしたって、いつもより多い気がする。 「……あー」 「あ、起きたか」 八割がた、散らかっているゴミやらなにやらを集め終わった頃、萃香が上半身を起こした。 「ん? 良也か。ぉはよう」 「おはよう。……って、まだ呑むのか」 抱えていた一升瓶に、二割ほど残っていた酒を萃香は一気に飲み干した。ぷはぁ! と実に美味そうに息を吐く。 「迎え酒さ、迎え酒」 「普通の人間がこんだけ呑んだら、天国からお迎えが来そうだな……」 集めた一升瓶、計二十一本を指差して言う。……あのちっこい身体のどこにこれだけの酒が入るんだ。胃袋がブラックホールかなんかと繋がっているんじゃないか。 「全部私が飲んだんじゃないよ。霊夢も二本くらいは呑んでた」 「……そんなもんだろ」 二升も呑むだけでも、十分強いと思う。っていうか、霊夢の奴、珍しく顔色悪いし。 ……はあ、しかし、それはそうと片付けどうするか。面倒だなあ。食べかすとか残ってるし。 「って、お前らが食い散らかしたんだから、自分で片付けろよ」 「おろ? ここんちは、宴会の後、お前さんが片付けてくれるのがウリじゃなかったのか」 「そんなもんをウリにした覚えはないっ!」 冗談だよ、冗談、と萃香は言うが、どうだか。 僕は本当にそんな風に噂されているんじゃないかと思い始めたよ。 「ま、私が手伝ってやるさ」 萃香が、一本指を立てて能力を発動させた。 細かいゴミや塵が萃香の目の前に集まっていく。 集めたり、散らしたり、自由自在な萃香の力は、本当にこういうときは便利だ。僕が箒で掃く必要もなくなった。 「……で、昨日は二人だけで呑んでいたのか?」 「ああ、そうだよ」 騒がしいのが好きな萃香にしては珍しい。いつもなら、二、三人は引っ張ってきて、一緒に宴会をするのに。 「最近、暇でね〜。ちょいと異変でも起こしてやろうかと思ったんだけど」 「やめれ」 お前、前に起こしたじゃん。なんかずっと宴会が続くという、ある意味平和な異変だったけど。 しかし……春先に変な空飛ぶ物体の異変があったし、周期からすると、そろそろなにかが起きるような気がするのは確かだが。 「そんで、霊夢にそのことを話したら面倒事を増やすなってボコられてねー。負けたんだから戦利品を寄越しなさい、って酒を萃めさせられた」 「……で、宴会か」 「そう。いやぁ、久々に心躍る一日だった」 たっぷり呑んだしね、とご満悦な萃香。 やれやれ……まあ、こうやって霊夢が定期的に妖怪をボコボコにすることで異変を抑制している……のか? 単に趣味じゃなくて? 「しっかし、今日はどうしようかな。そこらの妖精でもからかうか」 「やめてやれよ。鬼にからかわれる妖精が可哀相だ」 「いやいや。これがまた、時々骨のある妖精もいるからねえ。前やりあった氷の妖精はけっこう強かった」 チルノかい。 「そうそう、丁度あんたと良い勝負するくらいじゃないか?」 「友達だよ。確かに、二、三回弾幕ごっこに付き合わされたけどさ」 ちなみに、最初のを含めて二勝二敗である。 「へえ、そうなんだ」 「まあ」 ん? なんか、萃香の目が邪悪に煌いたぞ、今。 「ねえ、良也。ちょっくら私と勝負してみない? そういえば、ここ最近やってないしね」 「お断りだ」 勝負事となると、萃香は手加減をしない――っていうか、すると相手に失礼に当たるとか勘違いしている節がある。僕に対しては大いに手加減してもらいたいところなのだが。 とにかく、そんな鬼との争いはご免被る。 僕は今こそ『NO! と言える蓬莱人』に進化する。進化するんだってば。 「そう言わずに。私が勝っても、攫ったり食べたりしないからさぁ」 「んなことするつもりだったのか!?」 恐ろしいやつめ。 「なあ。いいだろ?」 「絶対にノゥ!」 断固とした態度で、拒絶の意を示す。おお、今僕凄く輝いている! 格好良いぞ僕っ! 「ん〜、まあいいじゃん。ほら、飛んで飛んで」 「や、止めろ止めろ! なに引っ張っているんだっ!?」 萃香に腕をとられ、そのとんでもない膂力で無理矢理空に持っていかれる。 ……ああ、そうそう、忘れていた。 僕はノーとは言えるんだが……まず聞き入れてもらえないんだった。 「あっ―――!?」 ……っという間に、実にあっさりと、僕は落とされた。 早い。萃香が弾幕撃って、その第一陣で落とされた。 ……ホントに手加減しないんだもんなあ。 「ほら、良也っ! なにふざけているんだい。魔法はどうした、アンタの能力はっ!?」 いや、僕めっちゃくちゃマジだったんですが。 「って言うかなっ! んな余裕あるか!」 ガーッ! と萃香に文句を言いに詰め寄る。 ようやっと、僕が本気だとわかったのか、萃香が口を尖らせる。 「むう、成長してないねえ。他の人間よりずっと霊力(ちから)持ちなんだから、もうちょい修行に気合を入れなよ」 「霊夢辺りと一緒にするんじゃない」 「巫女と比べても、霊力はそこまで見劣りはしないと思うんだけどねえ」 どうにも、萃香は僕を高く評価するきらいがある。 なんでも、異変の時、スキマ以外誰も気付かなかった自分に気付いたからだと言うが……そんな、ごく一部を見て僕という人間を評価するなよ。 もうちょい、多面的に僕を評価して欲しい。きっと、ぐぐっと評価が下がるから。 「ちぇっ、よわよわなんだから」 「……むう」 事実ではあるのだけれど、なんとなく癪なこのジレンマ。 面と向かって言われると、やはりそれなりに傷つく……やはり、仕返しをするべきか。 しかし、まともに言ったんじゃ当然返り討ちに……あ。 「――よし、ちょっと待ってろ」 「ん?」 すぅ、と下に降りて、持ってきたリュックをごそごそ。 えーと、確か今日はアレを持ってきていたはず……あった。 そのパッケージを握り締め、おもむろに封を開ける。ビール辺りのつまみによく合う匂いが、辺りに漂った。 中身を一掴みし、萃香の元へ戻る。 「なんだい、どうしたっていう……って、それはっ!?」 「ふ、ふふふ……」 萃香が顔を引き攣らせて少し下がる。 ふっ……僕を怒らせたらどうなるか、思い知るが良い。 「鬼は炒った豆に弱い……ピーナッツも、一応炒った豆だよなあ?」 「ちょ、ちょちょ!? それはズルいんじゃないか!? 人の弱点を、よくもまあ、そんなあからさまに狙えるね!?」 「なんとでも言え。先に弾幕ごっこに無理矢理付き合わせたのはお前だろうが」 なので、僕は普段持ち合わせている情だとか優しさとかは一時封印しているのである。 ふふふ……ちょっと勿体無いが、ピーナッツ節分アタックを喰らえ。 「うりゃあっ!」 「い、痛い痛いっ! 痛いからそれ!」 ……じ、自分でやっといてなんだが、本当に効くんだ。ピーナッツでも。 「ほー」 「こらっ! や、やめなってっ」 無視して、またピーナッツを投げる。 ……おー、下に逃げていく。しかし逃げ足も遅いぞ。単に逃げることに抵抗を覚えているだけかもしれないが。 地上に降りた萃香を、更に追い詰める。 「ふっふっふ……もう逃げ場はないぞ」 「な、なんか嬉しそうだね」 「まあな。たまには、攻める側に回るのもいいもんだ。時に、そろそろ降参する気はないか? なに、そこで寝ている霊夢にやったのと同じく、酒を貢いでくれれば良い」 最後、一際たくさんピーナッツを握り締め、萃香に降伏勧告をしてやる。 「は、はんっ! その程度で勝ったつもり!?」 「そうか……萃香、残念だ。余程鼻にピーナッツを詰められたいようだな」 「うえぇぇぇぇ〜!?」 ふ、嫌がってる嫌がってる。まあ、いくらちょいとテンパっている今の僕といえど、女の子にそんな真似はしないよ、うん。脅しだけ。 いやまあ、ピーナッツを摘んで萃香の顔に押し付けようとしている姿からはわからないだろうが。萃香、必死で腕をどけようとしているし。……弱点を突かれたせいか、いつもの怪力が見る影もないけど。 「ヤメーーーーッ!?」 「はっはっは、今なら泣いてごめんなさいと言えば……」 萃香苛めを楽しんでいると、むっくりと、超不機嫌そうに霊夢が起き上がった。 あ、ちょいと騒がしくしすぎたかな? 「……っさいわねえ」 「お、おはよう、霊夢」 声も不機嫌臭い。や、ヤバイかな? なんか目が据わってるし。 「よ、よう霊夢。おはようさん。昨日は呑みすぎたんじゃないか?」 「そうね。そう言うあんたは元気そうね」 恨めしげに萃香を睨む霊夢。……う、うーん、これはもしかしなくても、怒ってる? 「神霊」 と、霊夢が懐から一枚のスペルカードを取り出し……って、いきなりなにをしているんだっ!? 「『夢想封印』」 七色の弾幕が、僕と萃香を包み――二人して吹き飛ばされた。ぼーーんっ! って感じで。 「ったく、人が二日酔いで寝ている横でぎゃーすかやかましいのよ」 ブツブツと文句を言いながら、再び寝込む霊夢。 そして、全身痛くて動けない僕と萃香。 「……なあ、なんだこれ」 「……知らん」 しばらく、僕と萃香はそうして二人して寝そべっているのだった。 ……ちと、ふざけすぎたかな。 | ||
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