いつものように人里でお菓子を売る。

 完売してから、稼いだお金でなにか買おうかな、と商店が集まっているところに向かった時、

「む」
「あ」

 ばったりと、薬箱を担いだ鈴仙と遭遇した。
 まあ、鈴仙も、人里に置き薬の販売をするため良く来ているので、出くわすのはそれほど珍しいことじゃないけど。

「……ふん」
「おいおい、挨拶くらいしようよ」

 で、彼女の場合、大抵僕を無視して行こうとするのが常であった。嫌われているというか、なんというか……。ああ、アレだ、ツンデレ。

「なに? そのニヤニヤした顔」
「……そんな顔している?」

 いかんいかん。顔に出ていたか。いつデレが来るのかなぁ、なんてちょっと考えただけだというのに。
 ……まあ、そんな感じで脳内補完しているので、どれだけ冷たくされても問題ないのだ。……嘘、ちょっと悲しい。

「鈴仙も買い物か?」
「……まあ、ちょっと」
「んじゃ、一緒に行こう」

 付いて行こないでよ、と文句を言う鈴仙を無視して、一緒に向かう。いや、だってどっちにしろ向かう方向は一緒だしね。
 あからさまに早足で僕を振り切ろうとする鈴仙を、こっちもムキになって追う。

「なにか用なの?」
「いや、折角なんだからさ」

 別に一緒に行くくらいいいじゃん。

「嫌よ。貴方の連れと思われるじゃない」
「……はっきり言うなあ」

 流石の僕も、そこまできっぱりと言い切られたら傷つくぞ。寝て起きたら忘れていると思うけど。

「まあまあ、僕って上等の顧客じゃないか。もう少し優しくしても罰は当たらないと思うけど」
「……それは貴方がいつも飲み過ぎているからでしょう。酔い覚ましの薬の調合比率、暗記しちゃったわよ」
「いやいや」

 ははは、と笑って誤魔化す。
 いや、まあ。最近、ちょっと宴会が多すぎたな。そろそろ肝臓を休ませてやらないといけないなあ。

 そんな風に、鈴仙に弄られながらも、なんだかんだで並んで歩く。……もう鈴仙も諦めたようだ。

「あれ? 良也くん」
「あ、慧音さん。こんにちは」
「こんにちは」

 もうすぐ商店が立ち並ぶ通りに出る、というところで、慧音さんに出くわした。

「そっちは……永遠亭の助手だったかな。こんにちは」
「……どうも」

 軽く頭を下げる鈴仙。……あ〜、そういえば、鈴仙ってば人間に対しては人見知りするんだよなあ。慧音さんは半分だけ人間なんだけど。

「……ふむ」

 慧音さんが、僕と鈴仙を見比べて、逡巡している。……なんだろう、なにか慧音さんに目にからかうような光が宿っているように見えるんだが。

「逢引か?」
「違うわよっ!」

 うぉぅ、慧音さんの冗談に、鈴仙一瞬でツッコミを入れた。早い、早いよ。僕とデートってそんなに嫌なのか。いや嫌なんだろうけど。

「はは……違うにしろ、君達が仲が良いのは間違いないさ」
「……それは誤解よ」
「仲良くなりたいんですけどねえ」
「貴方は黙ってて」

 冷たい。

「そうかな? 嫌悪にしろ、君が人間相手にそんなに感情を向けるのは、彼くらいだと思うんだが」
「慧音さん。むしろそれは、僕の評価が他の人間より低いってことじゃあ?」
「無関心よりはいいさ。そうだろう?」

 どうだろうなあ。言われてみると、なんとも思われていないよりはいいのかもしれないけど。でも、あの紅い目で睨まれるのはキッツイんだけどなあ。

「……私はもう行くわよ」
「あ、ちょっと鈴仙」

 鈴仙は、僕と慧音さんを置いて、とっとと行ってしまった。追いかけようにも、彼女の背中が『付いて来るな』と無言で語っている。

「っと、余計なことをしたかな」
「いえ、どっちにしろ、ここらで別れることになっていたと思いますから」

 僕は僕で、買い物があるので。

 ……しかし、改めて考えると、鈴仙とは割と険悪な仲だよな。永遠亭の他の連中とは……まあ、それなりに仲が良いと思うんだけど、彼女だけはちょっとツンケンしすぎだ。

「……よし」
「どうしたんだ、良也くん?」
「いや、ちょっと」

 視界の端には、酒屋がある。……ちょっくら、関係修復に動いてみるとするか。





















「ういっす」
「……帰ってくれる?」

 約一時間後。
 永遠亭の玄関をノックした僕を出迎えたのは、そんな冷たいお言葉だった。

 と、同時に、玄関から顔を覗かせている鈴仙は扉を閉じようとするが、

「いやいや、そのパターンは既に読んでいるぞ」

 できない。なぜなら、僕のつま先が扉の間に挟まっているから。
 ふっ、鈴仙が出て来た時点で、こうなることは読んでいたからな。このくらい、朝飯前だ。

「…………」
「あ、いたっ!? 痛い、やめて。無理矢理閉じようとしないで下さい、お願いしますっ!」

 ぎゃああ!? 鈴仙、ヤメテーー! 潰れる、つま先が潰れるからっ。

「こちょこちょ〜」
「きゃぁ!?」

 む、扉を閉める力が緩んだ。……ふう、いてて。鈴仙も、そういえば妖怪なんだよな。力強すぎ。

 ……で、今僕を助けてくれたのは誰?

「てゐ?」
「や、良也。なんの用だい?」

 永遠亭の兎たちのリーダーが顔を見せた。

「いや、ちょっと……」
「ふんふん……この匂いは、お酒とつまみかな?」

 ……兎って、鼻も利いたっけ?

「ああ。最近、ずっと薬で世話になったからな。お礼に持ってきたんだけど」
「へえ。いいね。入って入って。今お師匠様と姫様を呼んでくるからさ」
「ちょっと、てゐ!」

 警戒なしで僕を招き入れるてゐに、鈴仙が口を尖らせる。……いやぁ、助かる。

「別にいいじゃん。大体、こいつは姫様とお師匠様の友人(かもしれない)でしょ」
「今、小さな声でなにか付けなかったか?」
「気にしない。その友人(?)を、鈴仙が止めることができるの?」
「今、かっこはてなを付けなかったか?」

 気にしない気にしないー、とてゐは胡散臭い笑顔で手を振る。……まあ、いいけどさ。

「……どうぞ」
「そんな嫌そうにしなくても」

 やっとこさ鈴仙も通してくれる気になったようだけど、見るからに顔を顰めている。
 ……いいもんねー。今日が終わったら、そのしかめっ面を笑顔に変えてみせるもんねー。

 とりあえず、兎の好きな人参も持ってきたし。

「あら、いらっしゃい、良也」
「輝夜」

 よう、と手を上げて、たまたま通りがかったここんちの主に挨拶をする。

「なに? お酒なんか持ってきて」
「いや、今日は永遠亭で呑もうかと思って」
「へえ。勿論、私に持ってくるからには、良いお酒なのよね?」
「…なにが勿論かはよくわからないが、人里で手に入る中ではまあまあの酒だよ」

 本当は外の酒を持って来れりゃよかったんだけど、まるっきり思い付きだったからなあ。

「ふーん、期待は出来なさそうね」
「奢りなんだから、あんまり文句を言うな」
「何を言っているのかしら。むしろ、私に奢れることを光栄に思いなさい」

 なに、この上から発言。ああ、お姫様だっけか……。びしっ、とツッコミを入れたいんだが。

「ま、多少は我慢してあげるわ。イナバ、永琳を呼んできてくれる?」
「はい」
「さって、私は座敷の用意をしてくるよ」

 輝夜が鈴仙に命令を飛ばし、てゐがいそいそと宴会をするときいつも使う部屋に向かう。

 つまり、輝夜と二人きり。……好都合だ。

「ときに輝夜」
「なにかしら?」
「実は、今日酒を持ってきたのはだな。鈴仙との関係を少しは友好的なものにしようと思ったからなんだが」

 と、先ほどの人里の件を話す。
 すると、輝夜はクスクスと笑い始めた。

「貴方、そんなことを気にしているの?」
「む。なにか変か? 嫌われたままでいるのは、あんまり気分よくないだろ」

 極めて自然な発想だと思うんだが。鈴仙みたいな子とは、仲良くしておきたいし。
 べ、別にウサミミは関係ないよ!? 本当だぞ!?

 ……誰に言い訳しているんだろ。

「前、永琳も言っていたと思うけど。貴方は言うほど嫌われちゃいないわよ」
「そうかなあ?」
「信じなさいな。ああいう言動をするのも、貴方とあの子の付き合い方のうちよ」

 えー。僕はそんなのより、もうちょい棘のない付き合い方が良い。さっきは足を潰されそうになったし。

「……疑っているわね」
「いや、だって。兎を全部イナバって呼んでいるお前が、鈴仙のことをそんなにわかっているとは思えない」
「イナバって名付けたのは私なんだから、当然でしょう?」

 当然なのかなあ。うーん、でも、一応一緒に暮らしている奴が言うんだから、参考にはなるか……

「ま、そういうことなら、協力しましょう」
「……はい?」
「イナバの本音、酔わせて聞き出してみましょうよ」

 うわぁい、なんか凄い悪巧み臭がするぞ〜。

「いらっしゃい、良也」
「あ、永琳さん。こんにちは」
「はい、こんにちは。……って、なんですか姫」

 鈴仙が永琳さんを連れてきたようだ。……で、すぐさま輝夜は永琳さんに耳打ちをする。
 こちらに目配せをしているところを見ると、先ほどの悪巧みのことを話しているようだが……

 ああ、ターゲットである鈴仙はキョトンとしている。なんつー無防備な。いや、防備する方が変ではあるけど。

「……ああ、はいはい。わかりましたよ」
「お願いね」

 なんか、永琳さんも同意したっぽい。

 なんだかなあ……

「任せておきなさい」
「……うん、頼む」

 輝夜がすれ違い様に呟いた言葉に、僕は力強く頷いた。

 ……何を隠そう、僕もそういう悪巧みは大好きなのである。























「ほら、イナバ。酌をしてあげるわ」
「ひ、姫様。恐縮です……」

 と、輝夜は積極的に鈴仙に酌をして、酔わせようとしている。
 鈴仙はそんなに強くないのに、既に日本酒を三杯目。そろそろキているころだ。

「っと、姫様もどうぞ」
「ええ、ありがとう」

 にっこりと、それこそ平安の昔の貴族が軒並み惚れたと言うのも頷けるような笑顔で、鈴仙の酌を受ける輝夜。
 その笑顔の裏側で企み事をしているなど、知ってはいても信じられない。

 ……すげぇなあ。悪女ってああいうのを言うのかなあ。

 壁にもたれかかって、一人チビチビやりながら、感心してその様子を眺める。

「ほら、うどんげ。私からも」
「ちょ、ちょっと待ってください、師匠」

 永琳さんが酒を注ごうと構えるのを見て、鈴仙は慌てて飲み干す。

 あ〜あ、そんなに一気に呑んだら……こっちの思惑通りじゃないか。

「あう……」

 永琳さんから受けた酒を、半分ほど呑んで、鈴仙は少し頭を抑えた。……ふふ、回ってる回ってる。

 そろそろいいかな、と考えていると、輝夜が手招きをしてきた。
 ……よし。

「や、輝夜、永琳さん。鈴仙も……呑んでいるか?」
「ええ、美味しく頂いているわ」

 僕とグルであることなど一切表に出さず、輝夜が笑顔で答える。……っていうか、崩した足がちょっと気になるんだけど。

「……どこ見てるんですか」
「はっ!?」

 鈴仙に指摘されて、我に帰る。……ヤベー、またしても失敗を。

「ま、まあまあ。ほれ、輝夜」
「ありがとう」

 誤魔化すように、輝夜に酌をする。……輝夜、なにそのニヤニヤ笑い。ってか、裾をちょっとたくし上げるんじゃない。鈴仙がまた怖い目で見ているだろうが。

「え、永琳さんも」

 その様子を視界から振り払うように、永琳さんのほうへ。

「とっと。ありがと」
「さ、さて。鈴仙も……」
「結構よ」

 ごく自然な仕草で鈴仙に徳利を向けるけど、あえなく撃沈。
 ……うわー、酔っているのに、まだまだツンツンなんですけど。これ、本当に本音とか聞けるの? ていうか、これが本音じゃないの?

「まあまあ、良也が持ってきてくれたお酒なんだから、素直に受けておきなさい」

 手酌をしようと鈴仙が手に取った徳利を、輝夜が取り上げる。

「……姫様」
「ん?」
「はあ……わかりましたよ。はい、お願いするわ」

 おお、ちゃんと盃を向けてきた。……よしよし。

「……多いわよ」
「ぐいっと行ってくれ」
「いいけどね……」

 なみなみと注いでやったので、今にも溢れそうだ。鈴仙はちょっと困った顔をして、盃に口をつけた。

「ところで、イナバ?」
「なんでしょう」
「『鈴仙が冷たいよー』ってそこの男が泣きついてきたんだけど、どうして彼にそんなにつらく当たるのかしら?」

 直球ーー!?

 あまりにもすっぱりした質問に、思わず僕は固まってしまう。
 れ、鈴仙、なんて答えるんだ?

「はあ、助平な男は嫌いなので」
「誰が助平か!?」
「貴方」

 はっきり言いますね!
 ……でも仕方ないと思って欲しい。多少、女の子に視線が行く程度は、むしろ健全でしょう?

「別に、セクハラしているわけじゃないのに……」
「何を言っているんですか。前、私の耳を弄ったじゃないですか」

 いつの話をしているんだ。かなり前だぞ……いや、柔らかかったけどさ。

「ほら、鈴仙」
「あ、どうも。……大体ですね、あれだけ女性とばかり一緒にいて、助平じゃないと主張する方が無理があります」

 あ、今度は普通に酌を受けてくれたな。

 ……しかし、なるほど。そういう風に思われていたのか。
 確かにこっちの知り合いは殆どが女の子。我ながらどうかと思わないでもないけど……でも、異変とかで出会うのがほとんど女なんだから仕方ないじゃん。
 それに、人里にはそれなりに男の知り合いもいるのに。

「あれは全部ただの友達だっつーのに。悲しいほどに、そういうイベントは存在しません」
「どうだか」

 ああ、そんなグビグビ呑んで大丈夫か? っていうか、もしかして酔ってる?

「まあ、そんなわけで、あんまり近付いて欲しくないんですよ」
「イナバ、もしかして妬いている?」
「姫様、変なことを言わないで下さい」

 ……変なことですか。もう少し恥ずかしがるとかしてくれても。
 わかっちゃいたけど、さっぱり脈はないんですね、はい。

「……ん、まあ。そういうだらしないところを直せば」
「ん? な、直せば?」

 もしかして、鈴仙ルートに入ってもいいのか?

「普通に、友人くらいは」
「友人ですか……」

 ちぇっ。べ、別に残念じゃないよ?

「僕はだらしなくないから」
「それはどうかしら」
「……輝夜、お前は僕の味方じゃなかったのか」

 余計な茶々を入れてきた輝夜に突っ込む。

「あら、でも事実を曲げてはいけないでしょう?」
「そんなだらしなくないって」

 人聞きの悪い……

「あら、だらしなくない人は、あんなに頻繁に二日酔いの薬をもらいにこないと思うんだけど?」
「永琳さんまで……あれは、萃香がさあ」

 鬼と一緒に呑むというのは大変なのです。しかもあいつ、飲ませ上手だし。

「まったく……駄目なんだれかだら」
「あ、あれ? 鈴仙?」

 うわ、目だけじゃなくて顔真っ赤。

 っていうか、更にペースが上がっているんですが?

「お、おい? 大丈夫か?」
「大丈夫よ。これくらっ……これくらい」

 どもってる、思いっきりどもってる。

「……まあ、こんなところかしら。良也、満足?」
「うーん、まあ」

 そろそろ駄目だと思ったのか、永琳さんがそう言ってきた。
 もうちょっと詳しく聞きたいとも思うが……まあ、あまり無理はさせられないな。僕と違って、アル中で死んだら復活できないし。

「ほれ、良也。呑みな」
「ああ、ありがとう、てゐ」

 はあ……まあ、本当に、それほど嫌われてはいないような気がしたので……よしとしようか。

「はれ?」

 ……ん? なんだこの酒。凄く強い……ぞ?


 うっさっさ、というどこかで聞いたような笑い声が聞こえた気がした。



























 ……んあ、頭が痛い。

「あれ?」

 なんだ。頭がやわっこいもので支えられている。

 ……んー、いい具合なんだけど、それよりも二日酔いの気持ち悪さの方が先立っている。
 起きて水を飲みたい……

「へ?」

 目を開けてみると、まず真っ先に見えたのは鈴仙の寝顔。
 ……んん???

「はいーーー!?!?!?」

 なんだこれなんだこれ!?
 どういう状況? 膝枕!?

「ん」

 あーーーっ! 目を開けちゃ駄目ーーー!

「…………………………」
「お……はよう」

 鈴仙ー、まずは落ち着こう。僕達は昨日酔い潰れて、気が付いたらこの状況。
 多分、完全無欠に不可抗力……のはず。

「殺すわ」

 説明をする前に殺すと来ましたか!? 殺すほどの事態じゃないっしょ!?

 と、反論する暇も惜しく、ばっと身体を起こし、空を飛――……頭が痛いーーー!?

「はっ」
「痛いっ!」

 鈴仙の弾幕を受け、僕は涙目で部屋から這って出る。
 幸いにも、鈴仙の方も二日酔いらしく、弾幕の威力が弱いことだろうか。

「うう、なんであんなことに」

 とりあえず、泣き言を言いながら部屋の外へ出る。い、痛い。背中に弾幕が当たって痛い。

「あれ、もう起きたんだ」
「てゐ! って、あうん!? け、ケツに弾幕がーー!」

 ぐおおおおお!!

「……やっぱ、あんたたちはそうじゃないと面白くないね」
「なにっ!? なにか言った!?」
「なんでもー。じゃ、私は逃げるよー」

 ああ、てゐヘルプミー!!





 と、結局、僕と鈴仙の関係は、なんにも変わらなかったという。
 ……よくよく思い出してみれば、もしかして全部てゐの仕業じゃね?



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