魔法の森の植物は、魔術の素材としては優秀である。
 以前、パチュリーに言われて採取したことがあるが、今日は自分用の魔法薬のために採りに来た。

 まあ、僕が作っているのは効果はさほどでもない習作なんだけど、この魔法の森のものを使うと、効果は劇的に上がる。
 ちなみに、ここのキノコは効果は高いが、固有種ゆえに参考となる書物がないので放置。僕の目当ては、もっと一般的なやつだ。

 一般的、とは言っても魔力が満ちている魔法の森で育っただけあって、そんじょそこらで生えるものとはモノが違う。

「……ふう、まあこんなところかな」

 持ってきた籠に一杯になるまで植物を採取し、汗を拭う。
 種類は適当だけれど、どうせ練習のために使うので雑多な方がある意味都合はいい。

 とりあえず、今のところは魔法の触媒としての薬品作り中。マンドラゴラとか使えば、惚れ薬なんてのも作れなくない気がするが……ちょい、倫理的に問題があるので却下。
 興味がないわけじゃないけど……うーん、流石に犯罪臭いしね。幻想郷で使えば、すぐ誰かに見咎められるだろうし、外だとそれこそなんかそれっぽい機関かなにかが捕まえに来る気がする。

 マンドラゴラ、採ったけどさ。一回死んで。

「あれ?」

 妙な思考を振り払い、さて帰るか、と飛ぼうとしたとき、森の切れ目に小さな洋館が目に付いた。
 あれ……って、確かアリスんち? いつの間にかこんなとこにまで来たのか。

「ふむ……挨拶くらいしていくか?」

 別に、会いに来たわけでもないのだが、折角近くにまで来たのだ。それに、ずっと採取しっぱなしだったので、ちょっと疲れてもいる。
 お話がてら、休憩させてもらおうかな。

 なんて思い、アリスの家の玄関に向かう。

 コンコン、とノックをすると、ややあって玄関が少しだけ開いた。

「あ。えーと、上海人形、だっけ? 久しぶり」

 出迎えてくれた人形に、軽く手を上げて挨拶をすると、割と嬉しそうに玄関を全開にしてくれた。

「アリスはいる?」
「(コクコク)」

 さあ、入って、と言うかのように、上海が軽く道を空けてくれる。
 お邪魔しまーす、と小さな声をかけて、中に入っていった。

 上海に案内され、何度か入ったことのあるアリスの作業場へ。

「上海? お客は誰だったの? ……って、貴方」
「や、こんにちは」
「こんにちは、良也」

 手回しミシンで布を縫っていたアリスがこちらを振り向く。相変わらず、人形作りに没頭しているみたいだな。

「なにか用?」
「用ってほどでもない。たまたま、ここの植物を採りに来たら近くまで来ちゃったから」
「そういうこと。まあ、私も丁度休憩を入れるところだったから、お茶でも飲んでいけば」
「あ。それはありがたい」

 上海、とアリスが声をかけると、上海人形は台所と思しき方向に飛んでいく。

「ふう」

 ぐ、とアリスが伸びをする。

 ……見た目は、やっぱりただの女の子なんだけど、それでも彼女が凄腕の魔法使いなのは間違いない。
 僕も、少しは学んでいる。人形をあれだけ精密に、意志すら感じるような動作をさせるためには、途方もない技術と知識の蓄積が必要なはずだ。しかも、傀儡の術にありがちな糸も使わずに。

 弾幕ごっことかでは糸を使って人形たちを何百と操っていたけど、普段の生活でアリスが人形を糸で操っているのは見たことがない。やはり、以前言っていた、『完全に自立した人形』を作るための研究なのだろうか。

「なに?」
「いや、凄く便利そうだ。普段から、家事をああやって人形に任せているのか?」

 ――なんて、判断できる程度にはアリスの人形遣いとしての凄さはわかっているつもりなのだが、僕の率直な感想はこんなもんだ。
 いや、やっぱりあの便利さはなんというか羨ましい。

 多分、家事をやらせている人形は、一々アリスが操っているわけじゃないはずだ。ある程度、行動をプログラミングしておいて、アリスは命令をするだけ。
 ……メイドを何人も雇っている、と言えばその便利さはわかるだろう。

「まぁね。毎日、家事やなんかに煩わされていたら、研究もままならないし」

 ……そういえば、パチュリーも日常のこまごまとしたことは小悪魔さんに任せっきりだっけ? なんでも自分で動く魔理沙のようなタイプの方がもしかして珍しいのか?

「いいなあ。一人くれ」
「あげても、定期的にメンテしないといけないし、最低限の知識がないと使い物にならないわよ」

 アリスの言う『最低限』が、極めて高いレベルにあることは多分間違いない。そのくらいのことは察せられた。

 ちぇっ、駄目かあ。
 って、いやいや待て。僕も魔法使いの端くれ。そのくらい、覚えて見せなくてどうする。

「じゃ、じゃあさ」
「ん? なに」
「僕に、人形繰りを教えてくれない?」

 言うと、アリスはちょっと困った顔になった。





























 上海が淹れてくれた紅茶を飲みながら、僕とアリスは、先ほどの話の続きをしていた。

「大体ねえ、貴方、ちゃんと師匠がいるでしょうに。あの吸血鬼の館の魔法使いが」
「師匠って言ってもなあ……最近、なにも教えてもらった覚えないし。ぶっちゃけ、図書館借りているだけの状態な気がするし」

 それでも、外の世界の本を土産に持っていったときなんかは、気前よく色々と教えてくれる。
 ……しかし、それ以外では最近はほぼ独学。間違った方向に行きそうになったら修正してくれるから、最低限のところは見ていてくれているんだろうけど。

 最初の頃は教えてもらっていたパチュリーの独自技法『属性の重ね合わせ』も、いつの間にか自分で覚えなさい、になっているし。
 曰く、僕の場合、扱える属性が多すぎなので、七つの属性しかない自分が教えるのは不適当だとか。

「立派に師匠だと思うけどね。まあ、初歩を教えるくらいは構わないけど……でも、人形遣いのスキルは、普通の魔法使いのものとはまた別物よ?」

 ちょい、とアリスは指をほんの少し動かして、魔力糸を飛ばす。糸は棚に収まっていた人形にくっついて、それら数体がまとめてテーブルに飛んできた。

 なにをするのか、と観察していると、アリスの指の動きにあわせて人形が踊り始めた。
 それも、そこらの人形(マリオネット)のような不自然な動きではなく、あたかも本物の人間が踊っているかのような見事なステップ。

 テーブルの上に乗っているティーセットを見事に避けながらの輪舞は、アリスの技量の高さをうかがわせた。……大体、指を動かしているといっても、一ミリ、二ミリのほんのちょっとした動きだっつーのに。

「ま、このくらいが見習いの入門レベルかしら」
「み、見習いですか」
「そう。ま、思いつきで人形繰りを覚えたいなんて、甘いってことよ」

 紅茶を啜り、アリスが指をちょい、と動かす。
 そうすると、踊っていた人形たちはピタリとその動きを止め、元の棚に行儀よく並んで座っていった。

 ……う、凄い。確かに、ちょっとした思い付きで覚えたいっていうのは、甘かったのかも。そもそも、もうすぐ学び始めて三年近くにもなる精霊魔法すら覚束ないのに、他のに手を出そうとするのが間違いだったか。

「それにねえ」
「……なに?」

 なんかアリスの目が、からかうような光を宿す。
 嫌な予感を感じ、視線から逃れるようにティーカップに口を付け、

「その年の男がお人形遊びって……体裁が悪くないかしら?」
「ぶほっ」

 咽た。
 ごほ、ごほ、と気管に入った紅茶を吐き出す。

「な、なにを言うかと思えば。ってか、自分の魔法を思いっきり馬鹿にしていないか?」
「そんなことはないわよ。でも、冷静に考えて、夜な夜な人形を作る男って、不気味じゃない?」

 ……僕の友達に、そういうのいるんだけどなあ。夜な夜な人形(フィギュア)を作るオタク。いい奴ではあるけど、確かに不気味だ。

「まあ、男は素直にゴーレムでも作っておきなさい」
「自分で作るかどうかはともかく、僕だって傍に仕えさせるのはごついゴーレムより可愛い人形の方がいいぞ」
「あはは。そう」
「……むう」

 笑うアリスに憮然となる。……むう、なんとなくいいようにからかわれているような気がして、気分がよろしくない。

 大体、ゴーレムってのは木とか土とか岩とか金属で作るもんなんだけど、そんな重い素材で作ったら余程特別な処置をしない限り空は飛べない。空も飛べないでくのぼうは使えないだろ。

「まあ、人形遣いになるかどうかはともかくとして……貴方、今どのくらいのレベルなの? 一応、同じ魔法使いとして聞くけど」
「さあ……パチュリーは、そろそろ上級見習いの試験をするか、みたいなことを言ってたけど」

 まだ見習いだったのか、と驚いたが、どうも魔法使いの道ってのはそうとう長く険しいようだ。
 まあ、魔道の道っていうのは、本気で極めるなら捨虫の魔法を覚えて不老になること前提の道なので、十年、二十年じゃあまだまだひよっ子なんだろう。パチュリーも確か百年だか二百年だか生きているらしいし……

「ふーん、よくわからないわね」
「わからないのか」
「やっぱり、そういうのを知るには『これ』が一番かしら」

 アリスが指鉄砲を向ける仕草をする。

「……勘弁してくれ」
「なによ、意気地のない」

 アリスはいいやつなんだけど、ここの女の子たちは基本的に弾幕ごっこを遊びと捉えているからなあ。時々、ついていけないことがある。
 ……時々じゃないか。

「大体、戦闘力と魔法使いの腕はまた別だって聞いたぞ」

 魔理沙は、魔法使いとしてはパチュリーよりずっと下だが、戦闘力では上回っているらしいし。

「それでも、直接見れば大体わかるわよ。……まあいいわ、別にそれほど興味もないし」
「ないのかよ」
「ないわね」

 冷てぇ。

「そういえば、この森には確か魔理沙も住んでいたけど……」

 ふと思いついて、名前を出してみた。
 別に、それほど大した考えあってのものじゃない。単に、近所に住んでる同じ魔法使いなんだから、交流があるんだろうと思っただけだ。

「あ、馬鹿」
「へ?」

 なので、いきなりそんなことを言われて、面食らった。

 ……だけど、すぐその理由はわかった。

「ん? 私のこと呼んだか?」

 と、いきなり魔理沙がリビングにずかずか入ってきたため。……いつの間に入ってきたんだよ。あ、上海を手に摘んでいるし。

「……不法侵入ね」
「何を言う。ちゃんと玄関から堂々と入ってきたぜ」

 家主の人形を摘んでいるのはどう釈明する気だ? 大方、入るのを止めようとした上海を捕まえたんだろうが。

「ってか、お前ら美味そうなの食ってんじゃん。私ももらうぜ」
「あ、こら!」

 アリスが止めるのも聞かず、魔理沙はお茶請けのクッキーをひょいひょいと口に運んだ。
 我が物顔め。

「いつもこんな感じ?」
「こんな感じよ……ああ、もう。貴方が名前を出すからよ。噂をすれば影、という言葉を知らないの?」

 そんな諺を体現するのはこの魔法使いくらいじゃないかと思うんだが。

 え? 僕が悪いの? んな非難がましい目で見なくても……ああ、上海まで。魔理沙にぶんぶん振り回されて嫌なのはわかるけど、僕を睨むのは筋違いだぞー。

「ってか、魔理沙。上海離してやれよ」
「ん? ああ、そうか。なんとなく持ったままだった」

 なんとなくって。

 ぽーい、と魔理沙が投げた上海を、僕がナイスキャッチする。あ、なんか頭打ったみたいで、手で脳天押さえてる。……む、可愛い。真剣に欲しくなってきた。

「お持ち帰りしてもいいか」
「駄目よ。返しなさい」

 ひょい、とアリスが僕の手に収まった上海を抱き上げる。……むう。

「なあ、アリス。私の分の茶はないのか?」
「あんたは……上海」

 しぶしぶ、といった感じで上海が台所に向かう。

「あ、私のはレモンと砂糖たっぷり入れてな。あとアイスで」
「……なんつー我侭な」
「なんだ、客を満足させるのがホストの本懐だろう? 私はここんちの接待に協力してやっているだけだ」

 傍若無人だなあ。アリスも呆れてる。

「勝手に押しかけたくせに」
「まあそう言うな。ご近所のよしみだ」
「それ、あんたが言うことじゃないわよね」

 確かに。

「はっはっは。まあ気にするな。っと、良也。待っている間、お前の茶もらうぜ」
「って、お前!」

 いつの間にか、僕のカップをぶん捕った魔理沙が、実に美味そうに僕の紅茶を飲む。

「まあ、気にするな」
「気にするわっ」

 くっ……こ、ここまでされると、多少お仕置きしてもいい気がするな。

 ちょっとトイレ、と言って、僕は上海のいる台所へ向かった。
 小さい身体を目一杯使って薬缶に火をかけている上海の肩を叩く。

「?」
「ふっ、ちょっと魔理沙に、一泡吹かせてやらないか?」

 と、さっき採って来た薬草の入った籠を見せる。
 一応、人体に有害なのは除いて……おお、そうだ。この、身体にはいいけどすげぇ苦い薬草を入れてやろうか。これなら、煮出せば色合いは紅茶と似たような感じになるし。

「どうだ?」

 上海はちょっと迷ったそぶりを見せるが、僕がとっとと薬缶の中にその薬草を入れると、黙々とそれを使ってアイスティーを作り始めた。
 無論、砂糖は抜きで。レモンは入れて、匂いを誤魔化す。

 最後に氷をたっぷり入れて冷やせば……特製薬草茶(アイス)の完成だ。
 ふっ、魔理沙。苦味にうろたえるがいい。

 ちょっとした悪戯に、久々にウキウキしながら、上海とともにリビングに戻る。

「お。遅かったな。良也。そんなにでかいのだったのか?」
「……お前、一応恥じらいとか持てよな」
「そういうの見せる相手ができればな」

 いないのかよ。いや、いないだろうけどさ。

 やれやれ、とそんな魔理沙に呆れていると、上海が魔理沙に例の薬草紅茶を配膳した。
 ふふふ……さあ、飲め。

「お、サンキュ。いただきま――」

 さあ、いけ。そして、僕の姦計に嵌るのだ!

「…………」
「ん? どうした魔理沙。ぐいっと飲めよ」
「……お前なあ」

 魔理沙が立ち上がって、僕に近付いてくる。紅茶を持ったまま。

「な、なんだ……?」
「これ、ちょっと匂いが変だな……。こりゃアレだ。名前は忘れたが、あの白い花を咲かせる奴だろう?」

 げ、バレてる。

「な、なんのことやら……」
「そうか。……まあ、それはそうと、さっきはお前のお茶を取って悪かったな。さあ、飲め」

 げっ。

「い、いや、もう喉渇いていないからいいよ」
「まあ、遠慮するな、よっ! っと!」

 一瞬の隙を突いて、コップを口につけられた!?

「ぐ、ぐはっ!? ひゃめろぉ!?」

 苦い、苦い苦い! 僕甘党だから苦いの駄目なんだよ!

「はっはっは、私をハメようなんて、百年早いぜ!」

 たかが、飲み物入れ替えたくらいで、ここまでマジになるなよっ!









 まあ、その後は、僕が罰としてちゃんとしたお茶を淹れさせられ、
 魔法の森での、魔法使いのお茶会は終わったのだった。



前へ 戻る? 次へ