「……なんだあれは」

 紅魔館に向かっていた僕は、霧の湖の直上でなにかが起こっているのを発見した。
 いや、なにかっていうより……

「弾幕ごっこ、か?」

 疑問系なのは致し方がない。
 なにせ、弾幕ごっこというには片方がちょっと強すぎた。

 押されている方はチルノだと思うけど……もう片方の弾幕には微妙に見覚えがない。なんだろう、岩? を飛ばして――

「あっ!」

 チルノが、相手の弾幕の直撃を受けた。そのまま、続く攻撃でトドメを刺され……いなくなった。要するに、死んだ。
 ……まあ、自然の延長である妖精は、すぐ復活する。そのうち、ひょっこり姿を現すだろうけど。

 でも、そうは言っても、知り合いが目の前で死ぬのは気分が悪い。一体、どこのどいつだ。と相手を睨み付ける。

「って、天子じゃないか」

 向こうもこちらに気付いたようなので、手を振ってやる。
 適当に手をひらひらさせて答える天子に、僕は近付いていった。

「貴方もたいがい暇よね。なにやっているのよ」
「お前みたいなニートと一緒にするな。僕はあそこに見える紅い館に用があるんだよ」

 ニート? と、天人が首を傾げるが、馬鹿正直に説明したりしてやらない。したら、多分理不尽に怒る。この、種族全部がニートみたいな天人は。

「それより、見てたぞ天子」
「なにを?」
「なにって、なにを弱いものいじめなんてしているんだ。言っておくが、すげぇ格好悪かったぞ」

 あれだけあからさまな力量差があるんだったら、ちゃんと手加減してやればいいのに。

「いじめていたわけじゃないわよ。弾幕ごっこよ、弾幕ごっこ」
「……ああ、弾幕ごっこだったな」

 でも、弱いものいじめだろあれは。

「地上の連中は、みんなやっているらしいから面白いのかな、と思ってね。それで、適当に勝負を挑んでいたんだけど……やっぱり駄目ね。幻想郷最強が、あの程度じゃあ。
 所詮、下賎な地上の輩の遊戯か」
「いやいや、待て」

 いきなり、なにかとんでもない勘違い発言があった気がする。
 え? 最強? あの程度って……チルノが?

「え? 確認するが、誰が最強だって?」
「だから、さっきの妖精でしょ。自分で言っていたし。ったく、確かに今までやった連中じゃ一番だったけど、雑魚は雑魚よね」

 ……今、もしかしてこいつはチルノと同レベルの馬鹿なんじゃないかって思った。

「お前な」
「な、なによ」

 ちょっと怯んだように、天子が睨んでくる。
 ……ああ、この拗ねたような感じ。やっぱりこいつ、子供っぽいな。

「前に、霊夢やら何やらと弾幕ごっこやっていただろうが!」
「え!? あれが!?」

 心底びっくりしたように、天子が目を丸くする。

 ……ああ、確かにこいつが霊夢たちとやったのは、なんか成り行きから近接格闘を多用する争いだったから、普段の弾幕ごっことは微妙に違っていたか。

 しかも、異変時は普段の弾幕ごっこと違い、割とマジでやりあうこともあるしな……。

 そんなわけで、天子はもしかしたら、前のアレを弾幕ごっこと認識していなかったのかもしれない。

「う、そ、そんなの知っていたわ。ちょっと貴方をからかっただけよ」
「……ああ、そうですか」

 ツッコミを入れるのも面倒くさくなって、適当に同意しておく。
 はあ、疲れる。

「とにかく。弾幕ごっこをやりたいなら、妖精じゃなくて霊夢とかにふっかけろよ。レベルってものを考えろ、レベルってものを」

 例えて言うなら、ボクシングの階級みたいなものだ。それならば、天子は間違いなくヘビー級。
 僕みたいなフライ級とは比べ物にならない。

 ちなみに、異変時は誰も彼も無差別になっちゃう。

「ふん。あの巫女なんて、前に勝ったからね。二度、同じ奴を痛めつけることもないわ」
「……困ったやつめ」

 大体、あんな近い距離の戦いだったんだから、剣を持っていた天子が優位に決まっている。普通の弾幕ごっこだと、そう簡単には勝てないと思うぞ。

「はん、言っておくけど、貴方は眼中にないわよ?」

 畜生め。

「……ふん。なら、いい奴を紹介してやるから、来い」
「ん? いいやつ?」

 ククク……僕はともかく、僕の知り合いをナメるんじゃないぞ。
 思い上がった天人め、幻想郷の恐ろしさを(僕以外の奴が)教えてくれるわ。

 友達を消されて、それなりに怒っているぞ、僕は。どうせ復活するから、怒りも大したことはないが。

「あの屋敷に行くぞ。付いて来い」
「ちょ、ちょっとちょっと。前の時、あそこの主人とメイドとはやりあったんだけど」

 ふん、甘いな。

「もう一人いる」
「え?」
「紅魔館には、レミリアの妹の吸血鬼がもう一人いる」

 面白そうじゃない、という顔をいつまでしていられるかな。


















 あれー、いらっしゃい良也ー。

 と、着くなりすぐに寄ってきたフランドールの背を押して、天子と対峙させる。

「ふん、子供か」
「え? なに、この人」

 侮って、見下す天子を、割と無邪気に見上げるフランドール。

「これが私の相手? 侮られたもんね。姉のほうには、それでも吸血鬼としての格みたいなのがあったけれど」
「まあ、性格的にな」

 ずっと閉じ込められていたせいか、フランドールはレミリアと少ししか年は違わないはずなのに、とても子供っぽい。外見とは一致しているんだけどな。

「? 良也、一体なに?」
「ああ、そこの……天子っていうんだけどな。弾幕ごっこをしたいらしい。けっこう強くて、僕じゃ相手にならないから、連れて来た」

 やっちまえ、とフランドールをけしかける。

「本気でやっていいの?」
「無問題だ」

 へえ、と、フランドールが嬉しそうに、底冷えのする笑顔を浮かべる。
 瞬間、周りの空気の温度が下がった気すらした。

 おお、目論見以上に、マジだな。
 こりゃ、離れていないと巻き込まれるかもしれん。

「ちょっ!? 良也、この子なによ!?」
「なにって、吸血鬼の妹だ。……ああ、そいつの能力は凶悪なので、使わせないよう気をつけること」
「禁忌『フォーオブアカインド』」

 あ、もう始めてら。
 四人に分裂したフランドールに、本格的に逃げないといけないことを悟る。

「ファイッ!」

 逃げしな、開始の宣言だけしてやった。

 そして、頑張れー、と天子に手を振り、僕は安全圏まで退避するのだった。

















『ま、まだまだね。楽勝よ、楽勝』

 と、僅差で勝利した天子を次に案内したのは迷いの竹林だった。

「……ここは、あの月の兎の住処だったかしら」
「そうだけどな。今日の目的はまた別だ。輝夜でもよかったけど……あいつは、面倒なこと嫌いだし、永琳さんが割って入ってきたらアレだからな」

 と、竹林にある掘っ立て小屋に案内する。
 こんな人里離れたところにあるのに、妙に生活観のあるそこは……

「ん? なんだ、良也。用か?」
「ああ、妹紅。ちょうどいいところに」

 なにやらボロボロになって帰ってきた妹紅に挨拶をする。

「なんだ、また輝夜と喧嘩か?」
「殺し合いだ」
「まあ、どっちでもいいけど。その風体からして……勝った?」
「ああ。ここのところ連勝中だ」

 別にそんなに嬉しそうになさげに、妹紅は言った。……結局、こいつも喧嘩はしたくないんだろうなあ。

「まあ、そんな妹紅に、もう一戦してもらいたい」
「はあ?」
「こっちの天人が強い相手を所望とのことだ」

 疲れているせいか、あんまり喋っていなかった天子を矢面に出す。

「ふ、ん。なに、そのボロボロの服。服もロクに買えないほど貧乏なのかしら」
「……喧嘩売ってんのか?」

 僕に目配せしてくる妹紅。僕の知り合いってことで、遠慮してくれているんだろうか。

「まさにその通り。弾幕ごっこがしたいんだとさ」
「ふ〜ん、いい度胸じゃねえか」

 ごき、ごきと指を鳴らし、炎を巻き上げる妹紅。
 ……うぉぅ。同じ蓬莱人だというのに、なにこのレベルの違い。

「や、やってやるわよ」

 と、天子は緋想の剣を構える。

 ……第二バトルが始まった。















 た、たた、大したことはないわね、ともう腰も立たない様子で、それでも強がりを言う天子を、一旦休憩させようと博麗神社に来た。

「ほれ、お茶だ」
「あ、ありがとう」

 なにやってんだか、という目でこっちを見ている霊夢を黙殺して、次は誰とぶつけてやろうかと考える。
 なんか、楽しくなってきた。

「はっ」

 いやいや、そんなことはないですよ。僕そんな酷い奴じゃないしね。
 でも……え〜と、あれだ。レベルの高い弾幕ごっこを見ることで勉強になる? みたいな。

「……ふ、ふん。弾幕ごっことやらも、まあまあ楽しいわね」
「楽しむ余裕あったのか……」
「天人を舐めないでよね。貴方みたいなひ弱な人間とは比べ物にならないんだから」

 あ、ムカ。

「って、僕のお茶菓子がない……」
「ん?」

 菓子鉢に入れていた煎餅がないと思ったら、いつの間にか現れていたこいしが、もぐもぐ食べていた。

「……お前ね」
「ごちそうさま。いやあ、地上は美味しいものがいっぱいね」

 それ、僕が外から持ちこんだ煎餅だっつーの。
 ……ん? よし。

「なあ、こいし」
「なに?」
「煎餅をくれてやったんだから、ちょっと言うことを聞け。……そこのボロボロ女といっちょ弾幕ごっこをやってくれないか?」

 提案すると、元々好奇心旺盛かつ意外と好戦的なこいしのこと。目をキラキラさせて、同意した。

「うんっ。そこのお姉ちゃんは強いの?」
「強いよー。もうすごく」

 無責任に言ってやる。

「ってわけで、天子。次の相手はこの子供だ。アーユーレディ?」
「や、やってやるわよっ!」

 扱いやすいなあ。


















 ……多分、負けた。

 うん、冷静に考えれば、天子の負けなんだけど、それを言うと『これだから人間は! 勝敗もわからないの!?』と半ばブチ切れて文句を言われたので、とりあえず天子が勝ったことにしてやる。

 まあ、その、なんだ。天子も頑張っていたし、ある一局面を捉えれば、天子の勝ちと言えなくもない勝負だった。

「……大丈夫か? 飛べるかー?」

 流石に悪いことをしたと思い、天界へ帰るという天子に付き添ってやる。
 ……いやあ、流石に僕の知る中でも十指に入る強さの連中を悉くぶつけたのは失敗だったかもしれない。

 あれ? 十? うーん、もっと上にいるか? どうだろうな。

「へ、平気よ。これくらい。まあ、いい運動にはなったかしら」
「その様でそれだけ言えれば立派だ」

 当然のように服はボロボロ、緋想の剣は僕が担がされている。
 それでも空は普通に飛べているようなので、なんとか妖怪の山までは来れた。

 ……でも山登りはきついかなあ。中腹を越えた辺りから、明らかにペースが落ちているし。

「よし、ここからなら守矢神社が近い。あそこで少し休憩させてもらおう」
「ま、また神社? もういいわよ、神社は」
「大丈夫。あそこは博麗神社と違って、凶暴なのが寄ってくることはあんまりない」

 っていうか、博麗神社が特殊すぎるんだけどね。

 渋る天子を説き伏せて、守矢神社へと向かう。

「や、東風谷」
「先生?」

 境内に下りると掃除をしていた東風谷がいた。手を上げて挨拶すると、掃除の手を止めて丁寧にお辞儀してくれる。

「……と、そちらは、いつぞやの天人様ですか」
「あのときの巫女、か」

 あ、東風谷が天子を睨んでる。
 そういえば、天子が起こした地震のせいで守矢の分社が壊れて、そのせいで東風谷は天子を敵視していたな。

「ほらほら、東風谷。過ぎたことだろ。いつまでも根に持つんじゃない」
「そうですけど」

 微妙に納得のいっていない風な東風谷は、それでも矛を収めた。基本的に温和な子だからな。

「ところで、なぜにあんなにボロボロなんですか、あの人」
「いや、ちょっと弾幕ごっこをやりたいというから、僕の知り合いの中でも強い連中と会わせたところ、ああなった。ってなわけで、少し休憩をさせて欲しい」

 天子も、トップクラスではあるのだが、流石に連戦はキツいんだろう。今日はそろそろ打ち止め……

「へえ、それで、なんで私がその強い連中に入っていないの?」
「……諏訪子」

 いつの間に現れたやら、守矢の神の一人が興味深そうに天子をじっと見ていた。

「……ここの祭神? ちみっちゃいけど」
「ち、小さいとはなんですか。諏訪子様はこれでも立派な神ですよっ」

 天子の感想に、東風谷が食って掛かる。
 でもなあ、僕も天子の意見に賛成なんだよね。

「で、なんだって、諏訪子?」
「だからー。良也の知り合いの強い奴……といえば、私でしょう」
「お前って強かったっけ?」

 いや、確かに土着神の頂点とか言って、強いのは知っているけど。でも、実際戦ったところを見たことあるわけじゃないからな。

「ふふん。そこの死に掛けの天人よりはよっぽど強いよ」
「ちょっと。聞き捨てならないわね」

 ……あ、また天子の妙に高いプライドが刺激された模様。

「それなら、どうする? 私と神遊びする?」
「上等じゃない」

 あ〜、そろそろ止めておいた方が。

 ……あ、聞いてはくれませんか。とっくに始めてますか。すみません。
























 ……結局、手加減してくれた諏訪子(意外に大人な対応)からかろうじて勝利をもぎ取った天子は、今度こそ帰るわよ、と天界に向かった。

 そして、天界と山の境界辺りに、なぜかスキマが立ち塞がっていたのである。

「いや、なんでだ」
「なんでって。なにやら面白いことをやっていたみたいだから、観察していたまでのことだけど?」

 どこから。はっきり言って、周囲にこいつの気配なんてのはなかったぞ。

「妖怪、か。悪いけど、あんたと遊んでいる暇はないの。疲れているんだから」
「疲れているっていうか、満身創痍……」
「なによ」

 余計なことを突っ込むと、天子が文句でもあるの? と言わんばかりに見てきた。
 ……いや、でもお前、今だと僕ともいい勝負をしそうじゃん。

「そうね、本当はラスボスとして私が立ち塞がろうとしたんだけど」
「いや、流石にそれは天子がかわいそう……」
「な、なにを言っているのよ。まだまだ私はイケるわよ」

 なんか、もはややせ我慢という領域をはるかにブッチ切って、天子が言い切る。

 っていうか、お前、もしかしてボコボコにされるのを喜んでいないだろうな。

「まあでも、流石にそれは可哀相だから止めてあげるわ」
「ちょっと。なによ、その恩着せがましい言い方は」
「恩を着せているわけじゃないわよ。……そうね、私の代わりに、そこの良也がお相手するわ」

 ……は?

「僕っ!?」
「そうよ。貴方はもう少し弾幕の腕を上げた方がいいし」

 なにその勝手な言い分!?

「……そう。そうね。私がこんなに疲れたのも、元はといえば貴方のせいだし」
「八つ当たりだよねそれ!?」
「今日の締めくくりには相応しいわ……さあ、行くわよ」

 そうして、天子と弾幕ごっこをする羽目になった。








 ……当然だけど、ボコボコにされました。はい。
 チクショウ、いくら満身創痍でも、勝てないものは勝てないよっ!



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