「お雛さーん。毎度おなじみのお供え物を持ってきましたよ」 一度持っていってから、たまに頼まれるお雛さんへのお供え物の配達。……別に、お雛さんは他の連中と違って、かなり穏やかだから、いいんだけどね。 しばらく待つ。 すると、草むらから、厄神様が現れた。 「ありがとう、良也。いつもご苦労様ね」 「いえいえ。別にこれくらい。里の人達のお雛さんへの感謝は相当なものですし。あ、僕からも日本酒一本入れときましたんで」 「でも、貴方には関係ないのに」 まあ、確かに。 どうにも僕の能力の範囲内に入ると、厄は無効化というか……なんやらよくわからんが、お雛さんからは見えなくなるらしい。 厄っていうのは、要するに悪い方向の影響力、みたいな感じなので、今までの経験上、効かないのはわかるんだけど。 なんでだろうね。 「いやあ、でも、僕結構金溜め込んでますし。そのくせ、こっちに住んでいるわけじゃないですから……」 こういう機会には積極的に使うようにしている。 溜め込みすぎているなら、お菓子を売る頻度を減らそうかとも思うのだが、固定客がけっこう付いてしまったのでそれもちょっと躊躇われる。 ……うーん、見事義理と人情に雁字搦めになっているなあ。 「そうなの……たまには、お礼をした方が良いかしら?」 「いや、別に気にしないでいいですよ」 「そう言わないで。これから時間はあるかしら?」 聞かれる。 うーん、まだ日は高い。これから博麗神社に帰って、まったりするだけの予定だから、無論時間はある。 「大丈夫ですけど」 「なら、今からうちに来ない? お礼をするから」 ……うむ? お礼? 家にご招待? もしかしてそれって……アレな感じのアレ!? 「はっ!?」 「?」 いやいやいや、ないだろう。落ち着け、僕。 お雛さんは確かに美人だし、幻想郷には珍しいくらいのいい人な神様だが、だからってそんな。不敬だぞ。 「なに? どうしたの」 「なんでもないッス」 「……今、丁度私が漬けていた梅酒がいい具合だから、ご馳走しようと思っていたんだけど。もしかして、別なのを期待させちゃったかしら?」 「なんのことか僕にはさっぱりわかりませんっ!」 お雛さんの瞳にからかうような光が宿っている。……おかしいよ、なんでそんなに鋭いんだよ。 「そっちがいい?」 「……いえ、フツーに梅酒で」 「ふふ、まあそれがいいなんて言ったら、流石に私も弾幕で応戦せざるを得ないけど」 だからさー、そんなこと言わないでー。男の子は繊細なんだから。 お雛さんの家……樹海の忘れ去られたような隙間に建てられた小さな小屋に案内された。 着くなり、お雛さんは台所の棚をごそごそし、 「これよ。ここら辺の梅を漬けたお酒。薬草とかも一緒に漬けたから、滋養にもいいわよ。多分」 と、梅と、何種類かの草と一緒に漬け込まれたお酒のビンを取り出した。……それはいいんだけど、 「た・ぶ・ん?」 「言葉の綾よ。ちゃんと調べてあるから、中の薬草は大丈夫」 「薬草『は』?」 「もう、疑り深いわね」 いや、だって。ずっと前、魔理沙の作った焼酎で痛い目に遭ったからな……。警戒するのも当然というか。 「……まあ、ちょっと。私が厄を溜め込んでいたせいで、もしかしたら少し変な風になっているかもしれないけど」 「もしもーし」 先ほども言ったように、厄というのは悪い方向の影響力。生物だけではなく、道具などの無生物にも宿る。所謂呪いのナントカってやつだ。 食べ物にまで宿るなんてのは、流石に予想外だけど……可能性はある。 「薬酒ならぬ、厄酒ってことですか?」 「うまいことを言うわね」 誰もうまいことを言えとは言っていないけどな! そんなのをお礼に出すお雛さんって、もしかして天然ですか? っていうか、僕実験台? 「お雛さんだって飲んで大丈夫なんですか?」 「私? 私は大丈夫よ。厄神なんだから」 それって、変質した後のものには意味がない気がするんだけどなあ。そして、なにか妙なことになっていることを言外に認めましたね。 「それにもしかしたら、とんでもなく美味しくなっているかもしれないわよ?」 「……一体どういう根拠で?」 「他人の不幸は蜜の味、って言うじゃない」 すんげえ後ろ向きなフォローをされた。 ん〜、まあ、死にはしないだろ。なんだかんだで、お雛さんがそんなひどいことをするとも思えないし。 「んじゃ、頂きます」 「じゃあ、はい」 と、小さなコップに入れられた梅酒を一気に呷る。 カーーッ、と熱い液体が喉を通って行き、胃に収まる。……む、味はまあ、普通の梅酒だったけど、なんだかポカポカしてきた。 「……なんか効いている気がします」 「そう? よかった。じゃあ私も飲もうかしら」 「やっぱり僕を実験台にしましたね?」 「そんなことはないわよ。大丈夫だって思っていたし。……うん、うまく出来ている」 自分も飲んで、そう納得するお雛さんに釈然としないものを感じるが……まあいいか。 「うーん、いい感じ。お供え物の中に、つまみになりそうなのもあったんで、それ持ってきましょうか」 でも、里の人達のお供えに僕が手を出すのはどうだろう…… いや、でも、墓前に供える饅頭とかも、手を合わせた後だったら食べてたしな。神様に奉納した後なら問題ないか? 「いいの? でも、今日は貴方へのお礼のつもりで招いたのに。つまみくらい私が……」 「じゃ、お酌してくださいよ、お雛さん」 うん、それで十分過ぎるほど僕は嬉しい。 「ふふ……いいわよ。じゃあ、はい」 「どうも」 たおやかな仕草で、酒を注いでくれるお雛さん。……ああ、いいなあ。 お雛さんへ、お返しをしつつ、幸せを噛み締める。 ……大体、普段博麗神社とかに集まる連中は、乱暴すぎるんだよ。酌してくれはするけど、適当だしさあ。みんながお雛さんみたく女性らしければ僕の苦労はもうちょっとマシになるだろうに。 「……なにか、感極まっていない?」 「いえ。でも、お雛さんとは落ち着きますね」 「なにそれ」 ふふふ、と笑う仕草も、また可愛らしい。 厄を司る、というと最初は怖いイメージがあったんだけど、それは大きな誤解だってことを再認識する。 ……同じ神様でも諏訪子とかは……いや、あえて言うまい。そういえば、小町は一応神様なんだろうか? 死『神』だし。どうでもいいけど。 しばし、お雛さんと酒を酌み交わす。 時折ぽつぽつと、思い出したように言葉を交わす以外は、静かな空気。……安らぐ。 「そういえば、お雛さんに聞きたかったんですけど」 「なに?」 「空を飛んでいるとき、お雛さんくるくる回っているじゃないですか。あれって一体なんの意味が?」 気にはなっていたのだ。彼女は、空を飛ぶとき、いつも回転している。目が回らないのか、ちょっと心配なんだけど。 「あれはね、厄を集めているの」 「……はい? 集めて……?」 「そう。あの回転運動が厄を集める補助になっているのよ。渦潮の中心に、船が吸い寄せられるように」 よ、よく意味がわからない。 呪術的に意味がある動作……ってことになるんだろうか? 確かに螺旋運動ってのは色々と意味があったと思うけど。 「そ、そうなんですか」 「そう」 神様ってのは、やっぱりよくわからないなあ……。 「……でも、それって、その動きをやめれば、厄も溜まらないってことですか?」 「溜まらないってことはないけど……そうね。儀式のようなものだから、止めれば普通の人より少し厄が多い、くらいになるわね」 「じゃあ、一旦止めれば、普通の人間も会えるんじゃあ?」 お雛さんには、普通の人間どころか、同じ神であっても、中途半端な力しか持たない者だと近付けないそうだ。 別に、お雛さんが不満を漏らしているわけじゃないけど、でも寂しい話だと思う。 「そうね。そうかもしれない」 「なら、そうすればいいじゃないですか。お祭りとかに来てくれると、僕も嬉しいし、お雛さんも楽しいでしょう」 言うと、お雛さんは笑顔で首を振った。 「でも、私が集めなかった分の厄は、確実に誰かを不幸にするわ。それを見過ごすわけにもいかないでしょう」 「む……それは、そうかもしれないですけど」 でも、言ってみればそれはその人の問題で、お雛さんは関係ないと思うんだけど。 「それに、そう言ってくれる人がいれば、それで十分、私は嬉しいわよ」 「……むう」 そんな風に言われちゃったら、僕がなにかを言えるはずがない。 ……むーん、お雛さんがそれで良いって言うなら。まあ、仕方がないのかも……。 「って、あっ」 「どうしたの?」 「その、お雛さん? お雛さんの厄って、僕の近くにいれば、他の人に移ったりしませんよね」 「……ああ、そうね。貴方の周りって、厄がなんだかよくわからない風に無力化されているから。なくなるわけじゃないみたいだけど」 「なら、僕と一緒なら、人里とかも歩けるんじゃないですか?」 僕の提案に、お雛さんは少しだけ驚いた顔をして、 「……そうね、そういうことに、なるかしら」 「じゃ、今度一緒に行きましょう」 四六時中僕と一緒じゃないと駄目だってのは、ちょっと嫌かもしれないけど。 それでも、僕が手を差し出すと、お雛さんはしっかりと握ってくれた。 「……そうね。じゃあ、お願いしようかしら」 数日後。 初めて里に姿を現した厄神様に、里の人達は恐れ敬いつつも、歓迎したとか。 | ||
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