本日も、お菓子の売れ行きは順調。

 ほぼ全てを売り捌き、残りはポテトチップ一袋とガム一個。
 そこで客足はなんとなく途絶え、こいつは持ち帰っておやつにするかなあ。でももうすぐ晩御飯の時間だしなあ、と思っていると、

「あの、この二つ、もらえますか?」
「東風谷?」

 妖怪の山に居を構える守矢神社の巫女さんが、はにかむような笑顔でそう告げた。

「了解。二つで……まあ、いいや。おまけでこんだけ」
「あ、いいんですか?」
「まあ、守矢神社にはあんまり賽銭入れてないし、お布施代わりにな」

 下手に賽銭を入れるより、あそこの神様はよっぽど喜びそうだ。
 東風谷は苦笑して、僕の告げた金額をがまぐちから取り出す。

「ん、確かに。で、今日はおつかいか?」
「はい。持ち運びは、意外に大変で困ります」

 お菓子を買い物袋に入れながら、東風谷はため息をついた。
 そんな東風谷の後ろには……米が一俵と、味噌が入っていると思われる壷。あと日本酒の瓢箪が三つに、醤油が入っていると思われる瓶。更に、お菓子を入れた買い物袋はぱんぱんに膨らんでいて……一言で言うと、とんでもない量だった。

 女三人の暮らしとは思えないが、守矢神社は山の妖怪の宴会の場にもなっているそうだし、このくらいは必要なんだろう。

「……それ、全部持って帰るのか?」
「はい。それがなにか?」
「いや、重くないか」
「いえ、これくらいは。まとめ買いした方が楽ですし」

 なんでもないことのように言う東風谷は、次々と背後に置いてある荷物を抱え始め……なんとまあ、全部持って浮き始めた。

 そんな非常識な光景に、一瞬顔が引き攣る。……いや、わかるよ。東風谷だって立派な幻想郷怪物組の一員。これくらいの重さは朝飯前だろう。
 でも、どうにも東風谷に対しては、外にいた頃の女学生な印象が強くて、まだ時々違和感を覚えてしまう。

「あ〜」

 全然へっちゃらに見えるのだけど、流石にここまでたくさんの荷物があるのだと、男として見過ごすのはいかがなものか。重さはともかくとして、持ちにくそうだし。
 丁度、菓子は売り切れちゃったんだよなあ。

「……東風谷。運ぶの手伝おうか?」
「え? いえ、そんな。これくらい、なんでもありませんよ」
「っていうか、手伝わせろ。なんか見てて不安な感じだ」

 言って、一番持ち辛そうな米俵を奪う。
 ずしっ、とした重さが全身にかかり、そのままでは一歩も動けないような気分になる。

「っと」

 ――なんて、そんなことはない。
 重さ六十キロの米俵くらいなら、僕でも持ち上げられる。

 身体能力を霊力でちょっとだけ水増ししているおかげだ。強化の割合は、霊夢とか魔理沙に比べると全然だけど、日常生活を送るにはちょっと分不相応な程度には強い。

 ……弾幕戦だと、あんまり意味ないんだけどね。っていうか、我ながらそろそろ色々と人間離れしてきた気がする。

「あ、どうもすみません」
「いいよ。丁度、妖怪の山の方に用事もあったし」

 嘘ではない。っていうか、そうでもないと流石に手伝おうとは思わなかった。

「用事ですか?」
「ああ。天狗に使い捨てカメラを納品しに行く」

 以前、射命丸や椛やにとりに売り払った使い捨てカメラ。
 写真という文化はあるものの、高級なため一部の天狗しか持っていなかった。そこへ、ただの下っ端哨戒天狗である椛がカメラを使い始めたのである。

 なんだあれは、という話に当然なり……かくして、僕はたまにではあるが使い捨てカメラを天狗たちに売ることになってしまっていた。

 河童たちの解析により、フィルムの交換が出来るようになっている。
 耐久性などに難があるため何度も使えるものではないが、多くの天狗が写真を撮れるようになった。今や天狗の社会では、今までカメラを持っていなかった連中を中心に、ちょっとした写真ブームになっていた。

「そういえば、山の天狗たちが写ル○ですを持っていたような」
「けっこう高いから、たまにしか売ってないんだけどな」

 それでも、売値はこっちのお金ならかなりの高値で買い取ってくれる。
 そして、それ以上に、天狗に対して恩を売ることが出来るのがおいしい。……まあ、だからなんだって話もあるけど、幻想郷じゃ天狗はかなりの勢力だし、そのうち役に立つこともあるだろう。

「さて、行くか」
「あ、はい」

 東風谷を伴って、妖怪の山へと飛ぶ。

 ……米俵は意外と重かった。落としそうになって、東風谷に怒られた。

























「先生。少し待っていてください。お茶を淹れてきますから」

 と、どこぞの巫女にも見習わせたいくらいの気遣いを見せる東風谷を、笑って見送る。

 守矢神社の母屋の居間。ここにはそれなりに通してもらっているので、けっこう慣れている。

「良也ー。これ開かないんだけど」
「ああ、はいはい。貸してみれ」

 東風谷がいなくなってから、いそいそとポテチの袋を取り出して、開けようと格闘していた諏訪子が、とうとう諦めたのか僕に差し出してくる。
 ……無論、ギザギザしたところから破ればこんな労力は要らないのだが、真ん中の折り目のところから開いて……所謂パーティー開きにするつもりなのだろう。

「ん? 意外と難しい……」

 滑ってなかなか上手くいかない。

「ふんっ!」

 勢いをつけてみるも、結果は同じ。手が油っぽのかなあ? と思ってごしごしするが、開けられなかった。

「負けるな、良也っ」
「任せろ」

 諏訪子の声援を受けてリトライ。……でも、無理だった。ぐ、くそ。

 ぬぬぬ……普段ならここで諦めるんだけど、妙にムカつく。たかがポテチの袋のくせして、なんて頑丈さだ。

「……フツーに破ればいいだろ。なんならハサミを持ってきてやろうか?」
「神奈子さん、やらせてください」
「そうそう。神奈子は黙ってて」

 そーかい、と、大人な方の神様は呆れたのかそれ以上何も言ってこない。
 ふっ、大人にはわかるまい。ここでギザギザから破ったりハサミを使ったら、なんか負けた気がするのだ。なににとは言わないが、あえて言えば人生に膝を屈すると言えばいいだろうか。

「ぬぅっ! ぐぐぐ……」

 な、なんなんだ、この袋の固さは。既に大人気ない腕力攻撃に移りつつあるのに、まったく破れる気配がない。滑るせいもあるけど。

「良也、貸して。こうなったら私が、ミシャグジパワーで」

 神の霊力を立ち上らせる諏訪子に、流石にそれはどーだろー!? と、ツッコミを入れる。
 大人気ないってレベルじゃない。神気(かみげ)ない?

「ちぇっ。じゃあ、良也はそっちもって。両側から引っ張ろう」
「おお、それはいいな」

 小学生みたいなことしてね? とちょっと頭の中の冷静な部分が警告するが、なんか妙にテンションの上がった今の僕には届かない。
 袋の半分ずつを諏訪子とそれぞれ持ち、掛け声をかけて一気に――!

「あ、諏訪子様っ。もうすぐ夕飯ですから、おやつはまた明日ですっ」

 ……破ろうとした瞬間、お茶を持ってきた東風谷に止められた。

「あ」
「あ」

 でも、勢いは止まらず……ポテトチップの袋は、盛大に破れ、中身をぶちまけた。

 しーん、と沈黙。今に散乱したポテチの香ばしい匂いに、場違いながら胃袋が刺激されてぐ〜っと、鳴った。いや、ほら、夕飯も近いし、ね?

「……」

 無言でちゃぶ台にお茶を置き、部屋の隅に立ててあった箒を手に取る東風谷。

「あ、いや! 早苗。私が掃除するからっ」
「そうそう。僕もほら、落ちてるくらいならまだ食べられるしっ」

 畳に落ちたポテチをひょいひょいと口に運ぶ。……三人から『うわなにこいつありえねぇ』って目で見られた。え? 普通だよな。ほら三秒ルール。とっくに三秒越えてるけど。

「……え、えっと。掃除なら任せろ」

 その場の微妙な空気を誤魔化すように指を一本立てる。

「風よ……」

 地を這うような風を起こし、埃などと一緒に散らばったポテトチップを集める。
 ふとした思い付きから開発した生活用の便利魔法だ。掃除機をヒントに、風系魔法の応用で埃とかを集める。

 ここは繊細なコントロールが必要だ。下手なことをすれば、スカートが捲り上がって血を見る羽目になる。つーか、パチュリーのところで練習してたとき、たまたま咲夜さんが来てて血を見た。中は見てなかったのに。

 東風谷や神奈子さんの足元をさらうときは特に慎重に。諏訪子? こいつはどうでもいい。

「ふう」

 こんもりと、一箇所に集まったポテチの山。……本当なら、このまま食べてしまいたいのだが、流石にさっきの空気に逆戻りはゴメンだ。

「どんなもんだ」
「はあ……先生って、意外と器用なんですね」
「器用っつーか。こういうのは、出力が弱い方がやりやすいからな」

 下手に強い魔理沙なんかはこういうチマチマしたのは出来ることは出来るけど苦手っぽい。元々の出力が弱い僕ならでは、と言うと情けないやらなんやら。

「っていうか、東風谷も風使うんだから、こーゆーのは得意だろ?」
「いえ、私はこういう用途で能力を使おうと思ったことがないので……」

 苦笑しながら、東風谷は思い出したように急須を手にとって、湯飲みに注ぐ。

 人数分のお茶が揃ったところで、客用らしい湯飲みに手を伸ばした。

「ふーん。でも、こういうのは便利だぞ。霊夢も、生活に能力を有効活用しているし」

 神奈子さんが風神なせいか、基本風系なんだよなあ、東風谷って。こんな僕の似非掃除魔法なんか目じゃないくらい効率的な掃除が出来そうだが。

「でも……」
「別に、便利な力なんだから活用すりゃいいのに」
「わ、私の力は神聖な力なので……」

 『奇跡を起こす程度』だっけ。
 でも、よく言われることだけど、別に力自体に善悪なんてないと思うわけですよ。善悪がないから掃除に使っていいというのも、なんか間違っている気がするけど。

「いいんじゃないか? 楽な方がいいだろ」

 ……あ、当の神様から言われちゃった。

「か、神奈子様っ」
「早苗は固く考えすぎなんだよ」

 と、子供の方の神様も言い切っちゃう。
 ……そうなんだよねー。やっぱり、長生きしている人はそこらへん達観しているね。

「こっちは掃除機とかないから大変じゃないか?」
「もう慣れました。炊事洗濯掃除、バッチリですよ」
「ならいいけどさ」

 無理に勧めるつもりもない。

「……しかし、御飯すら焦がしていた東風谷も成長したみたいで何より」
「い、いつの話ですかっ」
「いや、面白かったんで」

 腹減りすぎて青い顔になってたっけ。あの頃に比べれば、東風谷も馴染んだものだ。
 ……馴染みすぎて、ちょっとアレな方向に進化を遂げつつある気がするけれど。

「ふふーん、うちの早苗の料理は美味いよー」

 諏訪子が、自分は食うだけの癖して偉そうに言い張った。
 でも、羨ましい……。

「そりゃあいいな。僕は、神社にいると料理はさせられる方なんだけど」
「いいように使われすぎじゃないか?」

 そうかもしれない。
 ……でもなあ、なんていうか、そういう役割にハマっちゃったんだから仕方がない。

「よっしゃ、早苗。今日は良也に手料理を振舞ってやりな」
「……え? いいの?」

 諏訪子からの意外な申し出に、僕は目を見開いた。
 え? なにそのイベント。やっべ、これってかなりいい感じじゃないか? いつの間に東風谷ルートに入った、僕。

「はあ。三人分も四人分も、手間は大して変わりませんし、いいですけど」

 と、東風谷は別になんでもないことのように同意する。……つまらねぇ。もっとこう、恥ずかしがるとかさあ、なんかリアクションが欲しいわけよ。僕的には。

「よし。これで良也もオチるね。女の手料理、それも早苗のとくりゃ、靡かない男はいないし」
「オチるかっ!」

 いくら僕でもそこまで単純ではない。多分。

 しっかし……霊夢のところはどうするか。まあ、僕が帰らなかったら、自分でなんとかするか。

 と、向こうの巫女は見捨てることに決定して、僕は東風谷に向き直った。

「んじゃあ、東風谷。よろしく。……あ、御飯は焦がさないでくれよ?」
「しませんっ」

 悪戯心でそんなことを言うと、東風谷は赤くなって否定するのだった。
 ……ああ、やっぱ東風谷はいいなあ。染まってきたと言っても、まだまだ普通だ。















 んで、その日は守矢神社で晩御飯をご馳走になった。
 お約束のように、その後酒が入り……ワイルド東風谷が降臨したが、それはまた別の話。

 ……いや、やっぱり東風谷、こっちに染まりつつあるぞ。



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