基本的に、僕が酒を呑むのは、酒の味が好きだからだ。
 旨い料理と旨い酒。酩酊状態の気分の高揚が嫌いなわけじゃないけど、やはりそれは二の次、三の次で、旨さがなにより大切だと思っている。

 時々楽しい時間をすごすことが一番になることもあるが……まあそれは余談だ。

 そんな僕でも、時には我を忘れるほど呑みたいことだってある。自棄酒はガラじゃないんだけど、たまにはそういう気分の時もあるのだ。

 そう、例えばほとんど初対面の連中ばかりの宴席で全裸を披露してしまった時とかね。悲鳴を上げたのは僕だけだったけど。

「ぐぉうぅ〜〜」

 しまった、思い出してしまった。
 今考えても、あれは手痛い失敗だ。地霊殿の人たちには、あれで僕は変態扱い確定である。……欝だ。

「な、なに唸ってんの?」
「気にするなミスティア! お酒おかわりっ! あと串揚げもう二本!」
「……ペース早いなあ」

 呆れた様子のミスティアだけど、それでもしっかり一升瓶からコップに注いでくれるのは、なかなかに板に付いた店主っぷりだと思う。
 屋台の店主モードのときは、少なくとも妖怪らしく人間を食べたりはしない。いつまでもぐずぐずしていると危険だそうだが、今のところ屋台に呑みに来て喰われた人間というのは聞かなかった。

 地底から帰ってきた翌日。
 僕は一人、心の傷を癒すべく、そんな夜雀の屋台で呑んだくれていた。

 注がれた酒を、半分ほど一気に呑み干して、酒臭い息を吐く。更に残っている串焼きを食べ、追加で蒲焼を注文した。

「はいはい、っと。上がるまで一曲いかが? 〜〜夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ♪」
「もう歌ってんじゃん。……そうだな、なるべく暗くてもの悲しい曲を頼む。そう、僕のこの沈んだ気持ちで共感できるようなやつを」
「人は暗夜に灯を消せぇ♪」

 聞けよ。リクエストくらい答えてくれよ。
 ああ、もういいや。BGMは微妙に気分とは合っていないけど、いつまでも落ち込んだままでいるのもよくない。この曲が、もしかしたら気分を盛り上げてくれるやも……

「おっと、土樹さんも呑んでいるんですか? あ、店主。私には焼酎を。あと串揚げを三本お願いします」
「あいよ〜」
「ってなに突っ伏しているんですか。ほらほら」

 射命丸が隣に座っていた。
 思わず顔をテーブルに向けて隠すも、すぐさま起こされる。

 ……こいつはアレだ。僕の痴態を知っている人間(妖怪だけど)の一人だ。陰陽玉を通じ見ていたらしい。

「……なにしにきた」
「呑みに来たんですよ。屋台に来て他にすることがありますか? ああ、以前取材はしましたけど」
「取材? 取材だと? これ以上僕を辱めて楽しいか」

 僕のあの失態を記事にする気かこの鬼――もとい天狗め!

 そんな思いを込めて睨むが、射命丸はどこ吹く風と焼酎を傾けた。

「あのですね。昨日のアレを記事にするほど、私は落ちちゃいませんよ。文々。新聞は清く正しい新聞なんですから。そりゃ、異変の顛末は今まとめているところですけど」
「……嘘くせえ」

 こいつは一体、どの口で清く正しいなどと言うのか。色恋ネタが欲しいとか、ゴシップ紙みたいなことを言っていたくせに。

「何を失礼な。私は真実しか記事にしません。そして公に出来ない真実を伏せる程度の分別はあるつもりです」
「……本当に?」

 それなら、僕は射命丸に一杯奢ってもいいぞ。それで少なくとも、昨日の失敗はそれほど広がらないはずだ。口コミは侮っちゃいけないけど。

「ええ、もちろん。それに、異変の事を載せるだけで紙面がいっぱいいっぱいなんですよ。山の神様たちにもインタビューしなきゃいけませんし」
「ああ、そっかぁ」

 そういう理由なら、まだ納得できる。
 ……よし。

「射命丸。その一杯は僕の奢りだ。ミスティア」
「はいはい」

 言うと、ミスティアは勘定を書き変えてくれた。

「口止め料ですか? いやあ、悪いですねえ」
「このくらいはな。んじゃ、異変解決に乾杯ー」

 チン、と射命丸とグラスを合わせる。

「ああ、そうそう。土樹さんに聞いておきたかったんですが、あの地霊殿……でしたっけ? あそこの妖怪たちの印象ってどんな感じでしたか?」
「なんで?」
「いや、それはほら。今まで謎に包まれていた地底の連中のことも知りたいというか」

 んー。

 思い返す。
 途中で出会った妖怪はともかくとして、地霊殿の住人――古明地姉妹にお燐にお空。お空とはあまり話していないけれど、全般的に……

「そうだなあ。地上の連中よりずっと穏やかそうな連中だったな」
「む、それは聞き捨てなりません。その言い方だと、私たちが穏やかじゃないように聞こえるじゃないですか」
「どの口が言うのか……」

 なんかスキマが地底にいる妖怪は忌み嫌われる連中ばかりだとか言っていたが、とりあえず鏡を見てからもう一度言えと言いたい。

「ちぇ、ひどいですねえ。店主、もう一杯ください」
「は〜い」

 そんな風にして、若干取材の雰囲気が混じりながらも、射命丸と一緒に呑んだ。

























 射命丸はまだ記事をまとめないといけないとかで、二、三杯呑んで早々に帰ってしまった。
 でも、僕はまだまだ呑み足りない。今日は自棄酒なのだ。追加で酒と蒲焼を注文する。

「呑みすぎじゃない?」
「まだ序の口だょうじょ」
「呂律が回っていないし……」

 やれやれ、とミスティアは肩を竦めて注文に応えてくれる。ボケは華麗に流された。

 まあ、呑み過ぎって言っても、僕は幻想郷では小金持ちなので、代金の方は大丈夫。アル中で死んだことは何回かあるし、体調面も問題ない。

 ……む。

「ミスティア、ちょい僕厠」
「はいはい」

 串を炭火にかけ始めたミスティアにそう告げて、近場の草むらに入る。
 ……まあ人里から離れたところで商売をしているこの屋台に、トイレなんてものが付いているはずもなく、そこら辺で済ませるしかない。

 拭く紙がないから、大は無理だけど。オトコノコはこういう時は便利。

 適当に済ませて、水場で手を洗い、屋台に戻ってくると――

「あれ?」

 客が三人ほど増えていた。ふむ……まあいいか。
 酔いのせいで多少ふらつくものの、なんとか元の席に戻り、

「あれ? 良也じゃないか。良也も呑んでいるの?」
「……諏訪子?」

 なにやら、隣に座っていたのは山の上の神様だった。その向こうには東風谷と神奈子さん。
 守矢神社の面子が勢揃い、か。

 どうも、東風谷だけはなにやら僕から目を逸らしてしまっているが……って!

「あ、あのぉ、東風谷さん? つかぬことをお伺いしますが、もしかして貴方も私めの地底での醜態を見ておられましたか?」

 そ、そういえば、東風谷も陰陽玉の向こうにいたんだよなあ……。妖怪連中は最悪まだ流してくれたからいいとしても……東風谷に見られていたら、僕は死ぬぞ、精神的に。

「い、いえ。神奈子様に止められましたから、見てはいません。顛末は聞きましたけど……」
「神奈子さんグッジョ!」
「いや、まあね」

 泣きながら親指を立てる僕に、神奈子さんは苦笑する。

「それでですね。……そ、その、先生?」
「な、なんだ?」

 しかし、最悪の事態は避けられていた、とは言っても、やはり僕のしたことに変わりはないわけで。どんな非難の声が来るか、と身構える。

「す、すみませんでしたっ!」
「ほわい?」

 しかし、その予想に反して、東風谷はふかぶか〜と頭を下げてきた。何故? 理解できない。

「その、私の風で守ってあげるはずだったのに、全然駄目で……。先生があんなことになったのも、そのせいですよね?」
「……ああ、そういうこと」

 あまりに意外で全然思い当たらなかった。
 でも、仕方ないと思う。流石の東風谷でも、あんな小さな陰陽玉を通じた遠隔の力で、あれだけの力を防ぐなんて無理だろうし。大体、死ぬこと自体は覚悟していたし。

 そのあとのアレは……まあ、脳がやられるとぼーっとしちゃうからなあ。僕の注意も足りなかった。

「いいよ、いいよ。いくら東風谷でも、あの鴉の力は無理だったでしょ?」
「でも……」
「ほら、早苗。本人もこう言っているんだ。もう気にすることはないんじゃないか? ほら、お酒呑んで元気を出しな」

 言いつつ、諏訪子が東風谷に酒を勧める。
 ……むーん?

「もしかして、東風谷を元気付けようの会?」
「そんなところさ。噂の屋台も覗いてみたかったしね。酒呑ませりゃ、早苗も元気になるかなぁ、と」
「……いや、酒の入った東風谷は元気とかそういう次元じゃあ」

 ワイルドという言葉が最適だ。なんていうのか、普段大人しい人ほどストレスを溜め込んでいますよね、っていう典型。
 しかも、その時のことを覚えていないのだからタチが悪い。

「まあ、そうなったらそれはそれで」
「んっく」

 あ、東風谷もう呑んでいる。
 ……成長したなあ。昔の『アルコールは二十歳からです』と主張していた純真な彼女はどこにいったのか。

 いや、この前守矢神社に行った時、すでに幻想郷に染まっているのはわかっていたけどね。なんだ『常識に囚われてはいけないのですね』って。

「んく……ぷはっ。先生、本当にすみませんでした」
「いや、だからいいって」
「いえいえ、お詫びに、このお酒でも……」

 呑み掛けのグラスを差し出してくる。……あれ? これって間接――とかなんとか気にするほど子供でないよ、うん。

「じゃあ、もら……」
「嘘です。あげません」

 と、東風谷は残りを一気に飲み干してしまった。

「……諏訪子、この風祝なんとかしてくれ」
「今日は変身早いなあ」
「変身!?」

 確かにこの変わりようは変身としか言いようがない気がするけどっ!

「ときに先生」
「……なんでしょうか」
「グラスが空じゃないですか。店主さん、先生におかわりを。私にも下さい」

 ……いや、いいけどね。
 素直にミスティアから酒を頂き、三分の一ほど空ける。その間に、東風谷の方は半分は空けていた。

 早い、早いよ。

「神奈子さん、一体普段東風谷にどういう飲ませ方を」
「いやあ、いつもはここまでペース早くないんだけど」

 東風谷なりの自棄酒なのかなあ。と、なると少しは僕にも責任があるわけか……

「いいぞ、東風谷。僕もちょうど今日は潰れるまで呑むつもりだったんだ」
「普段はヘタレなのに、今日は男気溢れていますねっ!」

 ……ヘタレ。

「あ〜あ、落ち込んじゃった。早苗、いくら本当だからってもうちょっと言い方ってもんがさあ」
「にゅ?」

 赤くなった顔でハテナを飛ばす東風谷。
 ……いいさいいさ。所詮、酒席での戯言。まさか本当に思っては……いるかもしれないけど、多分今日の記憶僕無くすだろうし。

「よっしゃっ! 乾杯だっ」
「はい、乾杯ー」

 かなり出来上がっている東風谷を乾杯をする。
 少し呆れたように杯を重ねてくる二柱の神様。

 段々と落ち込んでいたのがどうでもよくなりつつ、僕は酒を空けた。

















「あ゛〜〜」
「ほら、あんた、いい加減にしておきな」

 えっと……あれ? 東風谷たちはぁ。
 んーと、帰ったんだっけ? ああ、そういえば諏訪子と神奈子さんが二人で東風谷を抱えていってたっけぇ?

「ふ、勝ち!」

 所詮、まだ酒を呑み始めて間もない女の子。僕と張り合おうとするのは無理なのだよ!

「なにが勝ちなんだか。ほらほら、さっさと勘定払って帰りな」
「むう……ほれ」

 財布ごと渡す。
 ミスティアは、中からお金を抜き取って、返してくれた。……妖怪って意外と律儀だよなあ、なんて考えているような気がするがぼーっとしてわけわからん。

「帰れる? ……無理っぽいね」
「なにおう、余裕だよ、余裕ー」

 飛ぶ。
 落ちる。

 痛い痛い痛い。

「はあ、どうしたもんか」
「だからー、自分で帰れるっつーの」
「妖怪に食われるのがオチだと思うけど」
「はっはっは。僕が妖怪にむざむざ食われるとでも!?」

 僕は無敵なのだ。うむ。

「……はあ。って、あれ?」

 ん? なんか新しい人影が隣に立って……誰だ? よく見えない。

「お、巫女じゃないか。あー、連れて帰ってくれるの?」
「まぁね。ったく、帰ってこないと思ったらまだ呑んでたの。帰るわよ、良也さん」

 霊夢ー?

「よ、っと」
「うわ、やめろれいむー」
「ちょっと、暴れないでよ」

 肩に担がれ、宙に飛ぶ。
 ……なんだろう、すごく情けない絵面じゃないか、これ。

「呑みすぎね」
「まあ、ちょっとー。っていうか、お前はなぜ普通なんだ。お前も、確か僕のアレを見ていたんじゃ」

 地霊殿の宴会に突撃した裸の僕。唯一の人間である霊夢は、全然気にした様子もなかった。男慣れはしていないはずだが。

「見ていないもの。すぐ視線を逸らしたから」
「そ、そーなの?」

 ……あー、よかった。と湯だった頭で考える。

「しかし、重いわねえ」
「ん〜〜」
「寝ちゃったの? ねえ、良也さん?」

 なにか声が聞こえるけど……安心したら眠気が。

「まったく。これで、昨日弾幕で助けてもらった件、チャラにしてもらうからね」
「……んー」
「むしろこれは貸しかしら……あ、ちょっと、本当に寝るんじゃないわよ」




















 次の日、起きたら草むらだった。
 近くの地面には『重いのよ!』と書いてある。

 ……はて?

 まあ、この前の件の落ち込みがなくなったので、とりあえずよしとしよう。



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