とりあえず、地底の異変も、僕のちょっとした事件も含めて終了。

 しかし、結局間欠泉だけは残り、気侭な温泉ライフを過ごせるようになったということは、多分大団円と言っていい決着だろう。
 アレだ。エロゲーで言うハーレムエンドとかそんな感じ。ハーレムが駄目なら、真・正ヒロインルート?

 ……でもまあ、魔理沙が作ったという浴場は一つきり。人数的に考えて、そちらは女湯になるわけだ。前は使わせてもらったけど……ほら、鉢合わせとかになると殺されるじゃん?

 で、仕方なく、僕が土系魔法とかを駆使して、夜なべして自分用の小さな湯船を作ったんだが、

「……気になる」

 三メートルほどの高さの仕切り。
 その向こうには、僕が作った二〜三人用の小さな風呂ではなく、旅館もかくやという豪勢な露天風呂が広がっている。
 女湯であるそちらには、現在霊夢と魔理沙と、あとは霊夢に力を貸していた妖怪三人が入っている。

 今日は『色々会ったけど仲直りしようの会』。
 今回の異変については、霊夢が核融合炉計画について守矢神社の人たちを『そういうことするなら一言言ってからやれ』とか言ってボコボコにし、これで全てが解決した。

 で、全てが終わったということで、固めの盃……宴会をしようという計画だ。
 地霊殿の皆様と守矢神社の方々は、現在宴会の準備の真っ最中。まあ、異変のペナルティとしてはたいしたものではない。

 で、準備が終わるまでに汗を流そうと、今回の発端となった温泉に入っているわけなんですが、

「あらー、霊夢もおっきくなってきたわねー、もみもみーとかやったほうがいい?」
「んなお約束はいらん!」

 スキマの声が塀の向こうから聞こえるが、一言で切って捨てる。
 一体どこでそんな漫画的、あるいはゲーム的お約束を覚えてきたんだろう。

 しかし、気にしてはいけないとどれほど言い聞かせても、僕もほらオトコノコなわけでしてね。一枚の壁の向こうに、妙齢の美少女、美女たちがキャッキャウフフしているとなるとあれだ正直気になります。

「いかんなー」

 こんこん、と頭をたたく。

 なまじ、空を飛べば楽に仕切りを乗り越えられるからタチが悪い。
 慎重にやればバレないんじゃない? とかなんとか絶対ありえない妄想を語る心の中の悪魔を、『んなわけねぇだろ』と封殺する。

「あ、こら萃香。風呂ん中で酒を呑むんじゃないわよ」
「んあー、霊夢も呑むかー?」

 入浴中に酩酊するのがどんだけ危険かわかっているのだろうか。

「風呂上がったらたくさんつまみもあるから我慢すれー」

 一応、一声かけておいた。

「良也まで。うっさいなあ。温泉中にお酒呑むのは風物詩だろ?」
「まあ、気持ちはわからなくもないけど」

 ああ、確かに僕もこう、湯船にお盆を浮かべて酒呑む、ってやるのは憧れていたな。
 まあ、こんな小さい湯船に浮かべるのは間抜けだけど。

「じゃあ、私もご相伴に預かり……ああ、相変わらず、貴女の瓢箪のお酒は格別ですねえ。流石は鬼」
「お、天狗はイケる口か。ほれほれ、もっと呑め」
「あ、こら。私にも寄越せ」

 射命丸が抜け駆けして呑み始め、お前なんでいるの? と聞きたくなる魔理沙が更に萃香に強請る。
 あいつら、折角さとりたちが準備してくれてんのに、ここで前宴会を始める気か。

「こらこら、私を忘れてもらっちゃ困るわ」
「私もよ」

 当然のようにスキマと霊夢も割り込み、五人は萃香の瓢箪で酒盛りを始めたようだった。
 やれやれ……見えやしないけど、絶対男子には見せられないあられもない格好で呑んでいるに決まっている。

「良也も呑むー?」

 と、そこで萃香から思わぬ声がかけられた。
 ビクリ、と背筋が伸びた。

「の、呑むって、どうやる気だ?」
「ん? ……ああ、私ゃ別にこっちに来てもいいと思うけど、他の連中はヤバいか」

 確かに、向こうの連中の中で唯一萃香だけは混浴してもどーでもいい外見をしているが。

「良也とも呑みたいけどねー。ま、いいや。ほれ」

 ぽーん、と瓢箪が飛んでくる。慌ててそれをキャッチした。

「あっぶないな。割れでもしたらどうする気だ」
「割れやしないよ」

 ……ああ、そういえばこの瓢箪、格闘にも使っていたな。

 きゅぽん、と栓を抜き、ゴクゴクと二、三口嚥下する。かー、と熱い液体が喉を通り胃まで入った。

「あんがと」

 投げ返す。多少目測を誤ったけど、その程度はまるで問題なく、向こうの手の中に入ったようだった。

「あー、でも、ここまでくるとつまみも欲しいところね」

 霊夢が至極当たり前のことを言う。……いや、だから上がってから呑めと。

「うーん、準備している連中に言って、出来ているつまみでも持って来させるか?」
「いや、何様のつもりだ魔理沙」
「いいだろ、それくらい」

 なんていうのかこいつらどうにかしてくれ。

「……もう、僕上がるぞー」
「あ、じゃあ良也さん、つまみを持ってきて」
「断る」

 女湯に持ち運んだ時点で、イヤンバカーンッ! という展開になりそうな気がする。当然だがバカーンは爆発の擬音ね。

 手拭いで隠しつつ、簡易的に作った脱衣所(萃香作)に向かう。
 ……やれやれ、十分温まったつっても、この季節の夜気は寒いな。




















 で、上がってみると、中々に豪勢な感じで宴会の準備が整いつつあった。

「おー、美味そう」

 唐揚げを一つ、口に運び、そのジューシィな味わいに感激する。

「あ、こら。つまみ食いするんじゃないよ」
「一つくらいいいじゃないですか、神奈子さん」
「私も食べたいのにー」

 と、文句を言っているのは諏訪子。

 この神様コンビは座敷に腰掛けて、準備の手伝いもしていない。
 しばらく待っていると、東風谷とさとりさんが料理を運んできた。

「すみません、神奈子様。少々どいてもらえますか」
「ああ、はいはい」

 その姿はまるっきり休日ごろごろするお父さんと家事をするお母さんといった風情。駄目駄目だな、この神様。

「さとりさんって料理できたんだ」
「うちは使用人とかいないからね。ペットには料理は出来ないし」 

 ……ああ、それで。
 向こうで猫と鴉の組み合わせが寛いでいるのか。あとでちょっかいかけてみるかなー。

「そういえば、こいしは?」
「一応、来るって言ってたけど……どこにいるのかしらね」

 どこの妹もそんなものなのか……。どこの妹とは言わないが。

「ああっ、諏訪子様、またつまみ食いしましたねっ」
「唐揚げなら良也だよ」
「先生っ!」

 おっと、矛先がこっちに来た。

「あー、ごめんごめん。もうしないから」
「まったく。行儀が悪いんですから……」

 文句を言いながら、東風谷は台所に、

「な、なんで良也にはそれだけしか言わないのさっ。私にはもっと厳しいくせにっ」

 向かう前に、諏訪子に突っ込みを入れられていた。

「だって先生はまだ一回目じゃないですか」
「くぅ〜、ズルいぞっ」

 ビシッ、と諏訪子に指をつきつけられた。
 ズルいと言われましても。

「あ〜、あれだ。信頼度の差?」
「いえ、別にそういうわけでは」

 一瞬で否定されましたよ。……いいもんねー。諏訪子とか神奈子さんに対する東風谷の信仰具合くらい知っているもの。

 ちぇ〜、と口を尖らせつつ、猫と鴉のところに向かう。

「あ、お兄さん。お風呂はどうだった」
「よかった。ああ、お空のおかげだな。ありがとう」
「ふん、まあ当然ね」

 なにが当然なのか。っていうか、反省していないね、君。

「ああ、お燐。そういえば、前約束したマタタビ持って来たぞ」
「うわ、ありがとうお兄さん」

 多めに持ってきたから……よし、ここでちょっと使っちゃうか。
 向こうのペットショップで買ってきたマタタビの粉末と原木を持ってくる。

「にゃーにゃー」

 お燐は猫形態になって興奮気味にだんだんと僕の足を叩く。
 ……あー、はいはい。どうにも、さとりのペットという立場からか、式神である橙よりだいぶ猫っぽいなこの子は。

 粉末を与えてやると、酔っ払ったように機嫌よくごろごろ鳴き始めた。

「うにゅ? なにそれ」
「マタタビ。猫にマタタビって言うだろ?」
「ん〜、知らない。どれどれ」

 僕の手の平からマタタビの粉末を一つまみ取り、口に運ぶお空。

「ぺっぺ。なにこれ」
「だからマタタビ。鴉にマタタビは聞いたことないけど」

 左手でお燐をあやしつつ、お空とお話しする。
 どうも、彼女は鳥頭らしく……はっきり言うとちょっと足りない。まあ、そうでもなければ地上侵略なんてしようとは思わないだろうけど。

 でも、彼女とは共通の話題などない。仕方なしに、彼女の能力のことを聞いたり。

「で、その力をもらったときになんとも思わなかったのか?」
「いや、得したなあって」

 ご尤もだけれども。

「この力のおかげで灼熱地獄には火が戻ったし、貴方たちも温泉に入れる。ちょっとは私に感謝しなさい」
「……そのおかげですっごい面倒ごとに巻き込まれたんだが」
「あれ? 貴方って勝手に巻き込まれに来たんじゃなかったっけ?」
「余計なことは覚えているのな」

 でも、それは誤解だ。僕は巻き込まれたのである。あのスキマのせいで。

「それで、あっちに君にその力を与えた神様がいるわけだけど。お礼とか言わないの?」
「んー、どうにもあの二人があのときの神様か確信が持てなくて」
「いや、そうだって」
「あんなだったかなー?」

 鳥頭だ。

「うちのペットと仲がいいのねぇ」
「うわっち!?」

 いきなり後ろから声をかけられて、少し飛び上がりそうになった。
 思わずお燐を撫でる手に力が入り『みぎゃっ』と声がした。……ごめんよ〜。

「な、なんだこいしか。びっくりさせるな」

 この子、気配ないんだよねえ。僕は近く――能力範囲内まで来たらわかるんだけど、そんなに接近されてから気づいてもびっくりすることに変わりない。

「ふふーん」

 得意げに笑って、こいしは猫状態のお燐を抱え上げる。

「この子はうちのペットなんだから。誘惑しちゃ駄目よ」
「してない」
「口じゃどうとでも言えるわ。見なさい、この脱力した様子を」

 いや、まあ確かに。マタタビアンド僕の撫でテクのおかげでふにゃふにゃになっているが。

「ってか、今までどこにいたんだ?」
「そこら辺をふらふらしていたわ。地上はやっぱり地底と違って面白いわね」
「ふらふら……って」

 無目的な奴だな。人のことを言えた義理はないかもしれないけど。

「私はそれで楽しいからいいの。さって、ごはんごはん」
「まだ準備中だぞ……」

 まあ、こいしならつまみ食いしても誰も気づかないかもしれないけど。でも、料理はなくなるわけで、そのとばっちりは誰に行くんだろう?

 僕だろうなあ、と思い当たり、その首根っこを押さえた。

「うわっ。なに?」
「もう少し待てば宴会が始まるから、もうちょっとここで待て」
「お腹空いたんだけど」
「ちょっとは我慢しろ、欠食児童」

 本当に子供っぽいし、間違いじゃあない。しかし、この三人に囲まれているとどうにも……幼稚園か小学校の先生になった気分になってしまう。
 ……見た目はもうちょい上なんだけど、こう言動がね。もっと下に見える。

「あ〜、良いお風呂だったわ。……あ、準備も出来ているわね」

 霊夢が、湯上りで肌を上気させながら、歩いてきた。来ている服は浴衣だし、どう見ても温泉旅館のような光景。

 その後ろから、ぞろぞろと似たような格好の皆さんが来て……やっとこさ温泉に浸かっていた連中が戻ってきたようだった。
 やれやれ、女は長湯だなぁ。僕の倍以上入っていたぞ。

 ……まあしかし、連中の湯上り姿というのも割と貴重な気がする。別にドキっとしたりはしないけどさ。
 ああ、霊夢は見慣れてるから却下。どーでもいい。

「あ、美味そうじゃないか。どれどれ」
「ちゃんと乾杯をしてからです」

 魔理沙が伸ばした手を、東風谷が弾く。
 ……もう少しさあ、普段より色気があるんだから、それらしい行動をしてほしい。一瞬で覚めたぞ。

「じゃあ、とっとと始めましょう。ほら、良也さんとそこの年少組。とっとと来なさい」

 年少組とか言うな。まるで僕が年少組に囲まれて悦に入っている変態みたいじゃないか。









 そうして。
 地底でやったのより、さらに盛り上がりを見せた宴会の夜は更けていった。



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