「にゃーん」

 と、お燐は四肢を投げ出して、十分以上に寛いでいた。
 うむうむ、我が猫撫でテクニックでこれだけ気持ち良くなってもらえると、僕としても嬉しい。

 ……しかし、あれはどうにかならんのか。

「あ〜〜、あっちは元気だぁね」

 この灼熱地獄跡全てが振動するような衝撃。……言うまでもなく霊夢と、お燐曰くの地獄鴉さんとの弾幕戦の余波だ。

「元気とか言う次元か? あれが。ほれほれ、この辺りを触ってみると……」
「うぉう、そこそこ〜にゃ〜〜」

 そういえば、あの間欠泉のそもそもの発端の神奈子さんは、核融合炉を作ろうとしていたらしい。
 詳細はわからないが、その力をその鴉とやらが使えるんだったら、そりゃ強いだろう。……霊夢、消し飛んだりしないよな?

 ちょっと気になったので、お燐を撫でる右手はそのままで、左手で未だ僕の後ろを付いてきている陰陽玉をこんこん叩いた。

「おーい? 今、霊夢はどうなってんの?」

 しーん、と沈黙が返ってくる。やれやれ、向こうも霊夢のサポートで手一杯ってことかな。

 しかし、流石にこれだけの衝撃だと、安否が気になり始めたぞ。あいつが負けるところなんか想像できないけれど、決して無敵というわけでは……いや、多分、違うんじゃないかと思うんだが自信はない。

「おーい? 助けとかもし必要だったら、かなり嫌だし全力で拒否すると思うけど、行かなくもないぞー?」

 死なない、というのが唯一の特技である僕。無論、嫌だし他に手があるなら是非是非そちらを使ってもらいたいが、助力に行って足手まといになることはない。最悪弾除けには使える。

 ……あー、でも嫌だなあ。遠くからでもはっきりわかるこの威力なら、痛みを感じる間もなく逝けそうだが、死ぬのは嫌。

「あ、やっぱ今のなしで……」
『あー、あー。こちら八坂神奈子。良也、聞こえてるかい?』
「あ、あれ? 神奈子さん?」
『お、本当に聞こえた。いやあ、そっちの景色も見えるし、便利だねえ、これ。テレビ電話なんかよりずっといいじゃないか。誰にでも使える代物ってわけじゃないみたいだけど』

 どうも、神奈子さんが向こう、つまり博麗神社にいるらしい。なんで?

『おおー、すごいすごい。やほやほー、良也聞こえてるー?』
「諏訪子まで。え? なんだ、どうした」
『これ面白い。ちょっと良也、地獄のほうを見てよ。……おおー、前行ったときよりずっと炎が威勢いいねえ。って、ん? 君君、その猫はなにかね? 可愛いじゃないか』

 ……諏訪子、僕の話を聞いてくれよ。

『あー、ちょっとどきな、諏訪子。えっとね、良也。簡単に話をするよ』
「ああ、はいはい」
『巫女のほう、どうやら苦戦しているみたいだ。まあ、八雲のやつは負けるはずがない、って言ってたけどね。
 でもまあ、一応こうなったのは私たちの責任だしさ。少し手伝ってやりたいんだよ』
「……それでなぜ僕に? 霊夢の陰陽玉を通じてやればいいじゃないですか」

 お燐の喉をごろごろしながら聞く。
 確か、スキマが僕の陰陽玉を通じて弾幕を撃っていた。多分、手伝うってのはそういう意味だろう。

『許容量、ってのがあるんだってさ。一度にサポートできる妖怪は一人きり。巫女のほうは三人が交代でやっているから、私たちは手出しできないんだよ』
「はあ、左様ですか」
『ってなわけでねっ、良也にちょっとご足労願おうってわけだよ。私と神奈子がさ、手伝うから』

 という諏訪子の力強いお言葉。
 うーん、別にいいんだけどさあ。なんていうの、オプションより弱い自機ってのアリなのかねえ?

『早苗もいるよ。ほら、早苗』
『あ、あの、先生? 聞こえていますかー?』
「……東風谷まで。東風谷は関係ないんじゃないのか?」

 聞くと、陰陽玉の向こうで、チッチッチ、という音が聞こえた。

『風祝たるもの、神の責任はとって然るべきさ』
「絶対それって風祝とか関係ないよな」
『細かいことは気にしないの。じゃあ、お願いねー』

 諏訪子の無責任な要請。

 霊夢が争っている、この灼熱地獄の中心地点を見る。
 ……行きたくないなあ。

「ま、仕方ないか」
「おや、お兄さん。行くの?」
「まあ、一応な。死にそうだったら逃げてくるつもりだけど」
「死なないって言ってたから大丈夫だと思うけど、気をつけてねー」
「お燐も。また後で撫でさせてくれ」
「いいよ。気持ちよかったからねえ。いよ、この猫殺し」

 殺したりはしない、殺したりは。
 それに、僕だって野良猫相手だと懐いてこないのもいるぞ。お燐は人間慣れしているからこうだっただけだろう。

「今度、マタタビでも持ってくるよ」
「え? いいの? いやあ、地底じゃなかなか手に入らないからありがたいよ」

 だろうなあ。

 まあ、そんな感じで、お燐とは別れた。


















 幸いにも、霊夢たちの戦場までの道では妖精には一切会わなかった。

 ……まあこれだけの弾幕戦だと、雑魚は逃げるだろう。まごうことなき雑魚である僕自身も逃げ出したい。

「……なんだあれは」

 ひく、と頬が引き攣る。
 なんで地底に太陽があるんだ、と聞きたくなるような熱量。それなりに距離は取っているし、温度操作もしているんだけど、じりじりと肌が焼ける。髪の毛は発火しそうだ。

 それを操っているのは一人の女の子。背中には鴉の羽根、そして右手には……なんだあれ、棒?
 とにかく、そんな奇妙な出で立ちの女の子が、小さな太陽を連続で撃ちだしている。あれがお燐の言っていたお空とやらだろうか。……怪物だなあ。

 そして、そんな攻撃を当然のように避けて、反撃までしている霊夢も立派な化け物だ。

「ねえ、神奈子さん、諏訪子。あれはちょっと、僕の手に負えないっつーか」

 陰陽玉に話しかける。近付いただけで消し炭になってしまいそうだ。

『大丈夫、大丈夫。ちゃーんと守ってやるから』

 神奈子さんの心強い言葉。しかしあの弾幕を見る限りそれもどれだけ信用できるやら……

「本当ですか!? 本当ですよね? 嘘だったら泣きますよ。涙もすぐ蒸発しそうですけどっ!」
『あんまり情けないことを言わない方がいいよ。早苗もいるんだから』

 諏訪子にそんなことを言われて、言葉に詰まってしまう。た、確かに東風谷にこれ以上軽蔑されるのは、僕としても遠慮したいところだが……

『大丈夫ですよ、先生。私の風はあんな炎に負けたりしません』
「……本当に?」

 聞くと、東風谷は少し沈黙する。妙な間に僕はたらりと冷や汗を流し、その汗はすぐ蒸発した。

『た、多分』
「やっぱり自信がないんじゃないかっ!」

 それも仕方ないと思うけど。

 よく見ると、霊夢さえも劣勢に立たされているように見える。
 死んだりはしないと思う。でもなあ……

「ええい、男は度胸!」

 ぱんっ、と両頬を張って、弾幕の中心に向かって飛ぶ。

 後退したくなる気持ちを抑え……られないので、とりあえず目を瞑って真っ直ぐに。

「良也さん!?」

 霊夢の声が聞こえるが、なんというのかその声に反応したらもう動けなくなりそうなので、ど真っ直ぐに。

『よし、良也、よくやったっ!』

 神奈子さんの声が聞こえ、僕の後ろに付いている陰陽玉から強力な弾幕が放たれるのを感じる。

『私もっ!』

 今度は諏訪子の声。これまた、強力な攻撃……更に、東風谷の声が聞こえた気がしたが、その前に僕の意識は飛んでいた。

 ……うん、一瞬すごい熱さを感じたから、あの小型太陽に巻き込まれたんじゃないかなあ、と後で思った。



























 意識が浮上していく。目が覚める。
 ぼんやりと開いた目に映るのは、えーと……どこかの屋敷?

「あ、目が覚めた」

 どこ、ここ?

 ……はっ!?

「し、知らない天井だっ!」
「元気みたいね。心配することもなかったかな」

 上体を起こしてみると、傍らに女の子……って、この子、霊夢とやりあってたあの地獄鴉じゃないか。

「えっと? お空、でよかったかな」
「お燐から聞いたの? そうよ」

 背中の鴉羽根は相変わらずだけど、棒だった右手はなにやら普通の手になっている。あれは戦闘用か?

「うーん、あれからどうなったの?」

 どうにも状況が掴めない。この記憶の途切れ方からして、死んだのは間違いないと思うが。

「どうもなにも、私はあの巫女に負けちゃったわ。……さとり様からもちょっと叱られちゃったし」
「……まあ、当たり前といえば当たり前だなあ」

 うん、お燐が言っていたが、地上侵略とかなんとか? あんまり褒められるようなことじゃないだろ。

「で、でも貴方が割って入らなきゃ私が勝っていたんだからっ」
「それはどうだろう?」

 霊夢がちょっと苦戦していたのは確かだけど、あの程度であの巫女が負けるようなら、今までの異変だって成功していたはずだ。
 まあ、結論から言うと僕がちょっと勇気を出したのはあんまり意味がなかったのだけど、たまにはそういうのもいいだろ。うん。

「ま、元気になったみたいだから、私は行くわよ」
「ああ、看病してくれたたのか。ありがとう」
「別に。単に、私のせいだから見ていただけよ。あんたは勝手に治っていたし。さとり様の言いつけだったし……」

 ふむ……まあ、確かに礼をいう必要もない気がするけど。まあでも一応礼儀? とかなんとかそんな感じで。

「……で、行くってどこに?」
「あの巫女、迷惑料だとか言って地霊殿で宴会を開かせたの。さとり様のとっておきのお酒まで持ち出させて」

 なんだとう!?

 くっそ、霊夢の奴め……僕にも呑ませろっ!

「どこだ! 今回の僕も十分迷惑を被ったんだ。僕にも呑む権利はあるっ!」
「え? 廊下を出て右の方にあるお座敷……でも貴方」
「右だなっ!」

 駆ける、駆ける、駆ける。

 しばらく走ると、なにやら騒がしい声がする部屋があった。……あそこかっ!

「おーいっ、僕にも呑ませてくれい!」

 宴会の席に、突撃を敢行。

 中には、鴉やら妖精やら怨霊やらと一緒に、さとり、こいしの姉妹と霊夢……あと、ここに来るまでにあった妖怪たちもいた。
 ……うわあ、もう敵対とかそういう雰囲気じゃないなあ。

 そして、なぜに皆さん、しーんとしていらっしゃるんでしょうか?

「……良也さん」
「なんだ」
「そういうのはせめて酔ってからにしてくれないかしら?」

 澄ました顔で言って、霊夢はくいっと杯を空ける。
 ……はて、酔ってから、なにを?

 そして、僕の背筋が凍りつく。

 ……僕は多分、あのお空の攻撃で全身消滅してしまったんだろう。今までも数度経験がある。
 さて、ところで。そんな時、一体どんなことが起こった? さあ、思い出してみよう。

 絶望的な面持ちで僕は自分の体を見下ろす。






 ――次の瞬間の絶叫は、多分地底中に響いたんじゃないかと思います。



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