霊夢に引っ張られ、入った灼熱地獄への道は確かに熱かった。熱かった、が。 「お〜、こりゃ快適ね。さっすが良也さん」 「なにがどう流石なのか、よくわからんが……」 入った瞬間、むわっときた熱気にあてられ、反射的に温度を操作。茹で釜のようだった空気も、いくらか和らいだ。 どうも、この中はサウナもビックリの温度だったみたいだけどなんとかなった。 「さっきのままだったら焼けるところだったわ。焼け巫女よ、焼け巫女」 「……お前は焼いたところで食えそうにないけど」 「食べないでよ」 食うか。 「……にしても、まだちょっと暑いわね。もう少し温度を下げて欲しいんだけど」 「無理だ。周りが熱すぎるからな」 『熱い』が『暑い』に変わっただけでもいいと思って欲しい。 僕の能力は、あくまでエアコンのようなものなのだ。周りがその性能を超えるほど熱ければ、当然効きは悪くなる。 以前会ったレティの能力の場合、あくまで『自分の周りの空気を低下させること』に対して効かなかったのであって、影響はそれなりに受けていた。 ……にしても、普通の寒さや暑さなら、大抵しのぎきれるんだけどなあ。 「ときに、霊夢。そろそろ手を離して欲しいんだけど」 地霊殿で見つかったとき引っ張られたままになっているので、現在、僕の手を霊夢が引いている形になっている。流石にこの格好は情けないし……その、飛ぶことでばたばた揺れている巫女服が顔に当たってうっとおしい。 「駄目よ。良也さんの能力は離れたら意味がないんでしょう?」 「そうだけど。なるべく近くにいるようにするからさ。それに、握っているところが暑くないか?」 「それはそうだけど……無理ね。ほら」 霊夢が指した方向には……えーと、妖精が、たくさん? 「避けるわよっ、抵抗はしないでねっ!」 「ま、待てっ! ぐえ!?」 霊夢に手を引っ張られて、妖精の弾幕を躱す。 「このっ!」 霊夢は弾を飛ばして次々と妖精を撃墜して行く。 すごい、と素直に感嘆した。威力も精度も、僕と比べるべくもない腕だ。 ほとんどの妖精を一発で沈め、しかもほとんど無駄弾がない。霊夢の後を付いてきた道にほとんど妖精がいないのも道理だろう。こいつの通った跡はぺんぺん草も生えないのではないか、という奮戦振りだ。 ……しかし、それでも妖精の量は凄まじい。出てきて即霊夢に落とされるも、その前に向こうも弾幕を撃ってくる。 まあ、要するにだ。 「ぎゃあぁぁぁぁああああ!?」 ぶんっ! と霊夢に引っ張られ、危ういところを弾幕が通過する。 「ああ、もうっ。面倒くさいわねえ」 さらに、ぽんぽんとその腕にどれだけの力があるのか、片腕だけで僕を振り回し……妖精の弾幕から僕を護ってくれる。 が、護ってくれているというと言葉面はいいが、好きに振り回されているこっちはなんていうのか、ジェットコースターに乗っている気分? 「や、やめろ霊夢! き、気持ち悪くなってきたっ」 「やめてよね、吐くのは」 なんつー言い草だ。 後で絶対に文句を言ってやる。 「はっ!」 霊夢が札を投げ、妖精はどんどん落ちていく。 僕はしばらく、霊夢に振り回されて、ジェットコースター気分を味わうのだった。 ……もういや。 「……ぐぐ、やっと妖精いなくなったか」 「ちょっと途切れただけだと思うけどね。あ〜、しかし暑いわ〜。動いたせいで余計に」 汗もかいていないくせによく言う。 僕なんて、振り回されただけで汗だくだというのに。あと目が回りすぎて吐きそうなんだけど。 「しかし、どんどん暑くなってくるな。僕の能力も、そろそろ意味がないぞ」 「良也さんがいなかったら、本当に焼けているわよ。じりじりってね。引き返したの、この辺からよ」 確かに、熱い。下ではぼうぼうと炎が燃え盛っている。 灼熱地獄かあ。元、とか聞いたけど、未だに健在ということなんだろうか? 「……それより、一回落とした猫がまた性懲りもなく来たみたいよ」 「猫?」 前を見ると……えっと、猫耳を生やした女の子? またかよ。 「一つ忘れてたっ! ここらで死ぬと焼けて灰すら残らないからねっ。やっぱりお姉さんはあたいが仕留めなきゃっ……ってあれ?」 猫耳少女は橙で慣れているけど、なんだあの子。変な荷車持っている。 しかし、焼けて灰すら残らないとはなんとも恐ろしい。確かに、下の業火はそれだけの熱がありそうだけど。 「なあ、霊夢。誰だあれ?」 「ここのペットらしいわ。何度も何度も来て、うっとおしいったらありゃしない」 「ペットねえ」 あれが猫らしい。……やっぱり普通の猫じゃないか。 「さっきはいなかったお兄さんを連れているね。誰?」 「えっと、この巫女の連れ」 連行されているという意味の連れだけどな! 「この人は私の冷房よ」 「こら」 「冷房? 確かにここは熱いけど、そのお兄さんって冷却魔法でも使えるのかい?」 似たようなもの……かなあ。 「まあいいさ。二人分の死体くらい、あたいは楽勝で運べる。貴方も一緒にあたいが運んであげるっ!」 息巻いて猫の少女は弾幕を放ってきた。 慌てて避けようとするけど……その前に霊夢に手を引っ張られた。 「ぐえっ!?」 またしてもーー!? とかなんとか思うが、さっきよりずっと強く振り回される。 見ると、それも納得。かの猫耳少女の弾幕は、妖精の比ではない。 「妖怪『火焔の車輪』!」 「げっ!」 スペルカードかよ!? 「やっば」 霊夢が小さく呟く。コイツがヤバイとか言うなんて……。 「れ、霊夢?」 「ごめん、良也さん。もしかしたら落としちゃうかも」 「おおぉぉぉおーーーーい!?」 勝手に連れて来ておいてそりゃないんじゃないか!? しかし、現実は無常だ。 あの猫耳少女が発動したスペルカードは、まるで網の目のように霊夢と僕を襲い、 「あ」 「ぐはっ!?」 霊夢自身は弾幕をかわすものの、その手に握られていた僕までは避けきれず弾を喰らい……まあ、普通に落ちた。流石に、霊夢も僕を連れたままスペルカードはキツかったらしい。 ……ってか、落ちてる落ちてる! 力が入らん、やばいっ! 「ごめーーんっ! 後で拾いに行くから!」 「今すぐ拾えよっ!?」 「後でね!」 ひゅー、と僕は落ちていく。……あ、そういえば下は炎だった。はっはっは、さっきみたいに地表に落下して潰れる心配はなくなったな。なにせこの業火なら落ちる前に焼死決定だ。 ――や、やばいっ! 「あっちっ!?」 ぎりぎりで身体の自由を取り戻し、浮遊する。 ……しかし、少し高く燃え上がった炎のお陰で、ちょっと焦げた。 慌てて上空に避難しようとするけど、 「……上には戻れんな、これは」 霊夢とあの猫耳少女の勝負の最中だ。 ここまでは弾幕は飛んでこないが、あと少し上へ行くと流れ弾の危険がある。 「うわっち!?」 ……しかし、ここにいても、時々炎が届く位置。温度操作の能力のお陰で『すごくすごく熱い』レベルで留まっているが、下手したら焼け死んじゃう。 焼け良也、か。洒落にもならねえ。 「水符『アクアウンディネ』」 とりあえず、水を生み出してみる……が。 「……焼け石に水かあ」 いや、灼熱地獄に水、か。 予想はしていたけど、一瞬で蒸発した。 そもそも、ここは水気が絶無なんで、水系の魔法なんかほとんど効果がないしなあ。 良也くん困っちゃう。 「でも、ま。心配することないか」 もう少し上に行ければ大丈夫だ。 そして―― 「また負けたぁ〜〜」 そして、霊夢が早々勝負を長引かせるはずもない。何度も戦ったって言ってたし、彼女は再生怪人(弱い)のはずだしな。 猫娘が落ちてくる。 ……ちょっと悩んで、受け止めに飛んだ。 『じゃ、先に言ってくるわ。流石に、この先にいるやつは良也さんが一緒だと勝てない気がするし』 ……などと言って、僕をこんな死地に連れてきた霊夢はさっさと行ってしまった。 やれやれ、自分勝手な。 でも、そんなのが霊夢らしい、と思ってしまう時点で僕は負けている気がする。 「あのお姉さんなら、お空を止めてくれるかな?」 「誰、お空って」 んで、僕はというと、件の猫娘とともに、灼熱地獄からちょっと離れた岩場で休憩中である。この娘も、霊夢との弾幕ごっこでダメージを受けているみたいだし。 「あたいの友達の地獄鴉。なんか、最近大きな力を手に入れたみたいでね。灼熱地獄に炎を取り戻して、地上へ侵略するつもりなんだって」 「……無謀な」 確かにこれだけの炎を操れているのなら『いい気』になるのも仕方ないけど、上には同じくらい恐ろしい力を持ったやつらが何人もいるのだ。 例え地上に出たとしても、返り討ちが関の山だと思う。 ……まあ、その鴉とやらも、霊夢が来た以上その命運はここまでだろうが。 「まあ、君の期待には答えてくれると思うよ、霊夢は。……もう、必要以上に」 コテンパンにするだろうなあ。あんまり無茶はして欲しくないんだけど。 「ふーん、強いんだ、やっぱり」 「まあ、あいつ以上の人間は僕は知らないなあ」 と、いうわけで僕は安心して休憩しているわけである。 ……あ、そうだ。 「君、名前は? いつまでも君とか呼ぶのは言いにくいんだけど」 「火焔猫燐さ、お兄さん。でも、名前が長いのは嫌いだから、お燐って呼んでね」 「オーケー。僕は良也だ、土樹良也。お兄さんでもいいけど……僕、妹いるぞ」 「まあ、癖みたいなもんだから、気にしないで」 ん〜、妖怪だからこんななりでも僕より年上だと思うんだけど……まあいいか。 「でも、お兄さんの近くは本当に涼しいね。あの巫女の言ったとおりだ」 ん〜、と伸びをして、お燐が寛いでいる。 地獄の熱気のせいで涼しいというには程遠いけど、それでもじかに熱気を浴びるよりはずっとマシなんだろう。 っていうか、身体の伸ばし方が、なんか猫っぽい。 「気に入った。どう? お兄さん。あたいに死体を運ばせちゃくれないかな」 「……いや、なんで死体? 気に入ったとか言いながら、物騒なんだけど」 「あたいは火車。亡骸を運ぶのが仕事の妖怪だからね。心配は要らない。怨霊になっても一緒に暮らせるよ?」 ……物騒な妖怪だ。地獄にいるんだから、そんなもんかもしれないけど。 そういえば、ここって怨霊がいっぱいいるよなあ。 要するに、妖夢んところにいた時と似たような状態か? あそこでの暮らしも悪くなかったけど……漫画もゲームも、インターネットもできないような環境に長居はしたくない。 「悪いけどパス。それに僕の死体を持っていくのは無理だと思うぞ?」 「へえ、自信満々だね。お兄さんもやっぱり強いんだ」 「弱い。でも死なない」 そう、『死』体は無理だ。すぐ生き返る。 でも、拉致られたら抵抗する術はないけどな。 「へ? 死なない?」 「そう、特技の一つだ。薬のおかげだけど」 これのお陰で、死亡フラグだけはなんとか回避できる。 例え『俺、この戦争が終わったら結婚するんすよ』とか『この中に犯人がいるってのに、一緒にいられるかっ』とか特A級の死亡フラグだって回避できるぜ。 割と無駄な使い方という突っ込みは却下だ。 「へえ〜。珍しいね」 「珍しいだろ」 はっはっはっは。 あ〜、それにしても、あの猫耳が気になる。別に猫耳フェチというわけじゃない。断じてない。 ただの猫好きだ、僕は。こりこりしたい。 でも、我慢、我慢。だって女の子なんだもの。 「きゃんっ」 ……はて、何故に僕の手は勝手に動いて猫耳を弄っているんだろう? 「ちょ、ちょっとお兄さん? なんなのさ」 「なにと言われても、なんとなく?」 橙は迂闊に触ろうものなら爪で反撃してくるけど、お燐はそんな感じがしなかった。だから撫でてみる。それだけだ。 猫っぽいとは言え、女の子になにをしているのかなぁ、と思わないではない。が、生憎と僕はただの猫好きではない。とてつもない猫好きなのだ。 撫ででも嫌がらない猫はとりあえず撫でてみる。オーケーね? 「普通の猫と違わないんだなあ」 「や、やめてよぅ」 「喉を鳴らしながら言われても」 身体は正直よのう、などと親父臭いことは言たりはしないけど。でも、本気で嫌がってはいない。 キャットマスターを自称する僕の撫でテクも衰えていないみたいだった。 「う、うにゃーん」 「うわ」 ぼん、とお燐が煙に包まれて……晴れた後には、普通の猫がいた。 そーかそーか。人間に化けることができる、ってことなのか? それとも人型が本体で猫にもなれるってこと? どっちでもいいけど。 猫となったお燐は、なにやら恍惚とした感じで手足を投げ出している。 「うう、お兄さんうまいねえ」 人語は喋れるらしい。猫の声帯でどうやって声を出しているのか謎だ。しかし、 「猫の姿になったか。じゃあ、遠慮はいらないな」 「にゃにゃ!?」 ぽきり、と指を鳴らす。 今までは女の子の姿だったから、耳以外は触れなかったけど、 ちょっと本気で可愛がってみようか。 | ||
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