「ぃぃやあああああ!!」

 逃げる。もう、恥も外聞もなく逃げる。

「あ、逃げるなっ!」
「断るっ!」

 ヤマメの弾幕を、ランダムな動きでなんとか避けつつ、僕は地底の方へ。……考えてみたら、逃げりゃいいんだよ、逃げれば。
 勝てないのに、無理に戦うことなんてない。

「ふっ、光符『太陽拳』!」

 やけに使い勝手のいいまんが必殺技シリーズで目を眩ます。
 やはり、僕に合っているスペルなので、まだ五枚くらいストックはある。ここで使っても、何とかなるだろう。

「うわ!?」
「さらば!」

 ヤマメの目が利かないうちに、加速して距離をとる。
 ……まあ、一本道だから追いかけてくる可能性もあるけど。多分、見えないところまで行けば大丈夫だろう。そこまでしつこい性格じゃなさそうだったし。

 念のため、ある程度距離をとったところで、下に降り、僕の身長と同じくらいの高さの岩の陰に身を隠す。

 休憩がてら、しばらくそこで息を潜め、

「大丈夫、か」

 追ってこないことを確認して、大きく息をつく。

 やれやれ、やっぱり僕に弾幕ごっこは似合わないか。

 や、途中までは勝っていたんだけれども。
 ヤマメが落ちそうになったところで、ついやりすぎかなぁ、と思って手を緩めた結果、

 ……逆転されましたよ。ええ、もう完膚なきまでに。

 ここら辺が、咲夜さんをして『霊力が何倍になっても性格が……』とか言われた所以だろうか? あれぇ、僕ってそんな甘い人格していなかったと思うんだけどなあ。自己評価では。

『なんで逃げているのよ』
「……スキマ。お前は霊夢の方を見ているんじゃなかったのか?」
『さて、なんのことかしら?』

 間違いない。こいつ、僕の戦いを面白おかしく見物していた。

『それより、折角初勝利を飾れるところだったのに、なに手を抜いているのよ』
「……初じゃない。そこまで情けなくない」

 うん、多分。
 ほら、雑魚妖精とかは何匹も落としてきたしね?

『まったく……。妖怪は、あのくらいの高さから落ちたくらいじゃ死なないんだからね?』
「よく知っているが」
『もう。……あ、霊夢が旧都に着いたわ。また後で』

 旧都ってなんだ、と聞く暇もなく、スキマは引っ込む。……まあ、どうせ、いざとなったら話しかけて来るんだろうけど。

 はあ、しんどい。既にかなりの疲労感だ。
 しかし、ここで引き返してもまたヤマメに出くわすことになるだろうし、それ以外の妖怪もいるかもしれない。

 安全無事に帰還するためには、霊夢と合流するのが一番確実か……

 やれやれ。……行くかぁ。



















 しばらく飛ぶ。
 途中、妖精たちが襲ってくるけど、絶対的に数が少ない。さっきのヤマメと同じように、先行した霊夢がボコボコにした結果だと思われる。

 楽だからありがたいんだが、地底に来ても相変わらずだな、あいつ……。

「……そして、あれは誰だろう」

 見るからに憔悴した様子の女の子。
 服がボロボロ。もうこの時点で、彼女が霊夢にやられたというのは確実なんだけど。

 ああ、どうしようか。どこかに行くまで隠れていようかな。さっきみたいに喧嘩売られたら勝てる気しないし。

「……貴方誰よ」

 ……はい、先に気付かれちゃいましたね。

「こ、こんにちは。土樹良也と言います。ちょっとした通りすがりなんで、気にしないでください」
「待ちなさい。貴方、地上の人間でしょう? なぜここにいるの」

 バレてる!

「なんでって聞かれても……そう、不幸な事故というか、突発的偶然というか」
「さっきの巫女といい、明るい地上から来た人間ねえ。妬ましいわ」

 うぉい、いきなりなにを言い出す?

「……あの〜。一体貴方は?」
「私は、この地上と地下を結ぶ縦穴の番人。さっきも、ここを通ろうとした巫女の前に立ちふさがったわ」
「えっと、そして強引に突破されたんですね」

 あ、沈黙しちゃった。

 ……むう、初対面でいきなり過ぎたか? でも、あいつに突破されたからって、別に恥じるようなことじゃないと思うんだけど。

「水橋パルスィよ」
「は?」
「自分を討つ者の名くらい知っておきたいでしょう? 地上の光が妬ましい。貴方が男なのが妬ましい。妙に仕立ての良さそうなその服が妬ましい。
 ……貴方を討つ理由なんて、いくらでも作れるけれど、今回は作る必要はなかったわね」

 あ、あの〜? 妬ましい妬ましいと、僕と立場代われるもんならいっぺん代わってから言って欲しいんだけど。
 そして、なぜにやる気満々なんでしょうか?

 じりじりと、僕はパルスィから距離をとる。

「そう、私の敗北感を知らないその能天気さが妬ましいっ!」
「言いがかりだろ!?」

 放ってきた弾幕を、紙一重で躱す。

 ええい、誰が能天気だっ!? 僕ほど真剣な人間も幻想郷には少ないぞ、いや実際のところ!

「ちょっと待て! 僕もついさっき負けてきたところだっ!」

 この服のボロボロさ加減と擦り傷を見よ! と、パルスィに訴える。
 その訴えはなんとか届いたのか、パルスィの弾幕はすぐに止んだ。

「……本当に?」
「ああ、さっきヤマメって奴にやられた。いやぁ、痛かったし怖かったなあ」

 今思い出しても冷や汗ものである。
 まあ、根は悪い奴じゃなさそうなので、そのうちまた手土産でも持って会いに行こう。僕が気絶していた時に暴走した妖精に襲われていなかったのは、多分ヤマメのお陰だろうし。

「私の十分の一も悔しさを感じてなさそうだわ! 妬ましい!」
「ええ!?」

 とか言いながら、再び弾幕を放つパルスィ!
 ええい、そんなことにまで言いがかりをつけているんじゃねー! ネガティブなやつめっ!

『良也。そいつは橋姫。この世とあの世を未練で繋ぐ嫉妬の妖怪よ。倒しなさい』
「できるかボケ!」

 いきなり話しかけてきたスキマに一言で返す。
 さっきのヤマメとのやりとりで僕は消耗しているんだってのっ。

『ボケとはなによ。……仕方ないわねえ」

 なにかスキマが言っているが、もう聞いている暇もない。
 パルスィの放ってきた弾幕を躱すのに精一杯だ。こいつも本調子じゃないっぽいが、それでも避けきれない。

 弾幕第一陣はやりすごしたものの、続く第二波は……くっそ! 逃げれな……

「きゃあ!」

 ……あれ?

 当たるものと覚悟していた弾が直前で何かに弾かれ、更にパルスィにもなにか僕のものでない弾が襲い掛かっていた。
 ……僕の後ろに控えてる陰陽玉から?

『仕方ないから手伝ってあげるわ。今、霊夢は鬼とやりあっている所。鬼との力比べに手を貸すのは無粋だしね』
「鬼ぃ? 萃香とは別のか」
『そうよ。さあそんなことを言っている暇があるのかしら?』

 ないですね、はいっ!

 油断したところに迫ってきていた弾を躱し、反撃の弾幕を放つ。

「くっ!」
「……あ、なんか効いているっぽいぞ」

 よ、よし。ここは、スペルカードで更にごり押しだ!

「火符『サラマンデルフレア』!」

 僕の周囲に三十を越える火弾が生まれる。
 これでも、少しは成長しているのだ。弾の数も威力も、魔法を習い始めた頃とは比べ物にならない。

 ……流石に、コレをまともに喰らったら少しはダメージを与えられるはず。

「いっけぇ!」

 そう祈りを込めて、サラマンデルフレアの火弾を放つ。
 狙い違わず、総勢三十四の火弾はパルスィに直撃した。

「や、やりすぎた、か?」
『だから、敵に情けをかけるのはやめなさい』

 そう言って、スキマの声が聞こえる陰陽玉から、スキマのものらしい弾幕が放たれる。

「お、おい!?」

 もう向こうは弾幕も放ってきていない。
 さ、流石にこれ以上攻撃を加えるのはどうかと思うんだけど?

『……だからねえ』

 スキマの呆れたような言葉とほぼ同時、

「妬符『グリーンアイドモンスター』」

 あれ?

『あ〜あ、スペルカードを使う前に仕留めるべきだったのに。あのまま攻めていればなんとかなったわよ?』

 ええ〜? ちょっと肌とか服とかが焦げているくらいなんです、が!?

「ぎゃあぁぁぁぁああああ!?」

 なんか緑色の弾幕が追いかけてきますよ?
 逃げる逃げる逃げるっ! って、僕がいるところを追いかけてどんどん来るーーー!?

 ……あ、逃げ場なくなった。

『南無』
「縁起でもなブゲハゥッ!?」

 見事、落ちました。
 ……ああ、この高さから落下したらたぶん死ぬなあ。

 なんてのが、最後の思考。

 願わくば……起きたとき、服が無事でありますように。



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