守矢神社の二人の神様から、博麗神社に沸いた間欠泉について聞いてしばらくして。

 僕は、博麗神社の方に帰ってきた、んだけど……

「お、霊夢、そこだそこだっ!」
「あ〜、やっぱり人が飛んでいるのを見ているだけだとストレスが溜まりますねえ」

 なんか鬼と天狗が増えてた。

「あら、良也、おかえりなさい」
「た、ただいま、スキマ」

 なにゆえ、コイツは我が物顔でお茶を飲んでいるんだろう? 家主の霊夢はどこに行った?

「霊夢なら、地底の異常を調べに潜っているわよ。ほら、これがその映像」

 と、スキマが指差すのは……えっと、鏡? なにやら、その鏡は妙な映像を写している。
 えっと、岩肌……洞窟? んで風景が急激に後ろに行っている、と。

「なんだこれ?」
「霊夢の陰陽玉にちょいと細工をしてね。まあ、テレビカメラみたいなものだと思ってもらえばいいわ」
「……はあ」

 どうせ、理屈は聞いてもわからないだろうから、そういうものだと理解しておく。

『ちょっと、なによ。そっちは随分盛り上がっているじゃない?』
「うわっ!?」

 その鏡から、霊夢の声が聞こえたっ!?

「え、えっと? 霊夢?」
『あら、良也さん。帰ったの?』
「……これ、通信機能まであるのか」
「一応ね。私達妖怪は地底には立ち入ることはしないっていう約束だから。人間である霊夢に調査を頼んだの」
「間欠泉が噴き出る異変のことか? あれなら、どうも神奈子さんと諏訪子の仕業らしいぞ」

 具体的なところはよくわからないけれど。
 で、僕がそう言うと、鏡テレビに齧りついていた射命丸が目にも止まらぬ速さで僕の前に来た。

「本当ですかっ。やはり私の調査は正しかったんですね……。一体なにをしたのか教えてくださいっ!」
「知らない」
「まあまあ、これで部数が増大したら、ちょっとはコレ、差し上げられますよ?」

 射命丸が人差し指と親指でわっかを作ってみせる。……でもなあ、別に僕、こっちでのお金に困ってないし。

「知らないものは知らない。灼熱地獄跡がどうとか言っていた気がするけど……」
「灼熱地獄……ふむふむ、それで?」

 それ以上はわからん、と射命丸の取材をばっさりぶった切って、スキマに向き直った。

「ってわけらしいから、異変ってわけじゃないみたいだぞ? 霊夢も引き返させたら……」
「そういうわけにはいかないわ。大体、私が問題にしているのは間欠泉じゃない。怨霊の方よ」
「怨霊?」

 ああ、そういえば。間欠泉のオマケのごとく地下から霊が出てきているんだったな。

「私は地上の妖怪を地底には進入させない。その代わり、地底の連中は怨霊を鎮める。そういう約束だったのに、この有様よ。守矢の神たちはその辺り、なにも言っていなかった?」
「聞いていないなあ……」

 怨霊ねえ?

「とにかく、霊夢はこのまま異変を解決してもらうわ。もちろん、貴方も」

 さて、そうすると、霊夢の活躍をこのテレビで見ておくか。
 あいつの戦いっぷりを見るのもいい肴に……なんですと? 僕も?

「ま、待てっ。理由を話せ。何故に僕が理由もないのに、そんな摩訶不思議アンダーグラウンドへ行かなくてはいけない!?」
「簡単な話。地底にいる連中は忌み嫌われる能力の持ち主ばかりだもの。ただ、貴方の能力とはとても相性がいいわ。手助けにはなるでしょう」
「相性がいいか!?」

 今まで本気で相性がいい相手なんていなかったように思うんですが!

「もちろん。相手を病気にさせる奴もいるけど、貴方は関係ないしね」
「……いや、確かにそうだけど」

 で、でもわざわざ僕が危ない橋を渡らなくても、霊夢が勝手に解決してくれると思うんだっ!

「じゃ、これスペアの陰陽玉ね。これ持っていれば、こちらと連絡は付くから。
 ……まあ、霊夢の方ばかり見ているから、あまり話せないでしょうけど」
「な、なあ、スキマ。考え直せ。僕が行っても役に立つどころか足を引っ張るに決まっているぞ」
「あら、それでもいいわよ?」

 ニコリ、とスキマは笑う。……な、なんでなんでしょうかー。

「貴方、少し修羅場に揉まれたほうがいいわ。永遠を生きる者にしては、色々と緩すぎるから。あと、ついでにせいぜい足掻いて楽しませてね?」
「んなっ――! そんな理不尽な……」

 文句を言おうとしたまさにその時、スキマが手に持った扇子を振る。
 それだけで、僕の『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力は解除され、

「おっ」

 足元に隙間。
 口を開けた空間の亀裂に僕は吸い込まれ、

「覚えてろおおおおおお!!?」
「はい、忘れました」

 僕は……遠く遠く、地下深くへと落ちていった。

 ……とは言っても、隙間を通っている以上、移動時間は一瞬だ。
 すぐさま、ぺっ、と隙間から吐き出され、地面に落ちる。

 あまりに一瞬のため、空を飛ぶ暇もない。……要するに、

「いってぇえ!?」

 僕は、無様な格好で地面に叩きつけられてしまった。
 全身の痛みで、しばらく悶絶する。

「あ、あのスキマめ。いつか仕返ししてやる」

 岩肌に打ち付けられて、痛む尻をさすりつつ、僕は毒づいた。

 まあ、奴に仕返しする……そんな日も、数百年後くらいには来るだろう、きっと、多分。
 痛みが収まってくると、スキマの理不尽な仕打ちに対する怒りもだいぶ覚めてくる。

 まだ、自分が行かなくてはならない必然性が見つからないが……
 まあ、神奈子さんたちからも、間欠泉の異常については話をつけてくれ、って頼まれているし……霊夢を止めに行くのも、いいか。

 さて。そう決まったとして、どっちに進めばいい?
 多分、さっきまでの話の流れからして、これが地底に続く道なんだろうけど……前後に続いていて、どっちがどっちかわかりゃしない。

 とりあえず、下っぽい方向かな……
 と、僕は自分から見て後ろの方へ向き直り、

「え、えいっ!」
「ぐはぁ!?」

 上空から可愛らしい掛け声が聞こえてきたと同時……僕の脳天に、鈍い衝撃が走った。

「ぐ、ぐぐ、ぐぅ……」

 一歩、二歩と倒れまいと頑張るものの、急激に意識が遠くなっていく。
 暗くなっていく視界の端で、すたこらさっさと逃げて行く……桶に入った女の子?

 ……なんだ、そりゃ。

 地底に降りて、僅か一分足らず。
 僕は、一度目の気絶を体験した。

 スキマの、呆れたようなため息が聞こえたのは、多分気のせいじゃないと思う。



















 ゆっくりと意識が浮上して行く。
 頭が痛い……えっと、なんだっけ? 確か、地底への道で、なんか桶っぽい女の子に頭を強打されて……

「う、うぉ!?」

 思い出し、慌てて起き上がる。
 こんな危険一杯のところで寝ていたら、知らないうちに喰われていてもおかしくない。

 警戒心全開で周囲を見渡すと……あれ? また女の子?

「おお、目が覚めたかい?」
「えっと、君は……」
「黒谷ヤマメ。まあ、好きに呼んでくれ」

 ヤマメ、ねえ。
 とりあえず、自分の名前もヤマメに教える。

「へえ、良也、ね。あんた、人間だよね?」
「そうだけど」

 生粋ではないかもしれないけど、人間だ。
 ここは必要以上に強調しておきたい。

 魔法が使えるけど、人間である。首がもげたり心臓が潰れたりしてもほんのり生き返ったりするけど、人間なんだ。
 自分で言ってて、ちょっと疑わしくなってきたけど、僕はあくまで普通……のはず。

「あ、そういえば、君が見ててくれたのか? なら、ありがとう」
「別に。見つけて十分も経たないうちに目を覚ましたし、なにをしたってわけでもない。畏まらなくていいよ」

 でもな。感謝の心は忘れてはいけないだろう。

「しかし、人間が地底にねえ。なにかの祭りかい? さっきも巫女っぽい人間が降りてきたし……」
「あ、いや。それは僕の連れというか、そいつを追いかけてきたというか」

 ……しかし、この娘。服がちょっとボロボロだ。

「で、もしかしてなんだけど。その巫女に、ぶっ飛ばされたり、した?」
「まあ。独り言の多い奴だったよ。なんとなく、争いになってね」

 またかよ。
 霊夢も、少しは自重したほうがいいと思う。むしろ戦わずに済むなら戦いを避けて進んだ方が異変解決も早まるんじゃないだろうか。

「ごめん」
「いいさいいさ。私も楽しかったしね」
「悪いな。あの巫女は、一度進み始めたら手が付けられないんだよ」

 もう猛獣かなにかと思った方がいい。猛獣の方がいくらか理性的な気がするけど。

「まあ、しまいには私の能力を使おうか、と思ったくらいだし。人間にしてはかなり強いよね」
「……能力?」

 スキマは、地下世界には忌み嫌われる能力の持ち主ばかりがいると言っていた。
 ……一体、どんな能力なんだろう。あんまり、喰らいたくはないな。

「『病気を操る程度』の能力さ。なんなら、黄熱病にでもかかってみる?」
「や、やめれっ!」
「ははは……。まあ、嫌だろうねえ。私だって、無闇に病気にしたりはしないさ。なんせ、病気になったら一緒に遊ぶことも出来やしない」

 そう言って笑うヤマメ。

 ま、まあ、どんな能力を持っていようが、それを濫用しないなら別に怖がることはないか。
 んなこと言ったら、幽々子とか反則すぎるしな。

 ちょっとビビってしまったが、上の連中の方が凶悪なことを思い出して、なんとか気を落ち着かせる。

「で、どうだい? あの巫女と同じように、私とやりあうかい?」
「パス。僕はあいつほど強くなんかない」

 ああ、割と好戦的なのね……。だが、悪いけど僕はそういうのは苦手なのだよ。

『やればいいじゃない。今なら霊夢とやって、力も落ちているから勝てるかもしれないわよ』「
「す、スキマ、か?」

 僕の後ろの方にふよふよと付いてきていた陰陽玉から声が聞こえる。

『ええ。そっちの土蜘蛛もやるつもりみたいだしね?』
「あ、あんたはさっきの巫女と独り言を繰り広げてたやつっ!?」

 ……それ、独り言じゃないだろう。

『ええ、まあね。じゃ、霊夢の方が次の奴とやりあうみたいだから、頑張ってね』
「勝手に話を進めるな! そしていなくなるなっ!」

 陰陽球をガンガン叩くけど、返事がない。……くっ、こっちから向こうの映像は見えないのか!? 文句を言いたいのにっ。

「まあ、そう嫌がるんじゃないよ。地下に落とされた妖怪の力を見せてやるから、さっ!」
「う、おっ!?」

 いきなり弾幕撃ってきやがった!?
 なんとかかわすけど……でも、僕はやりあう気はないんだって!

「や、やめろっ!」
「あれえ? 本当にやる気ないの?」
「ない、あるわけないっ! ねーよ!」

 そっかー、と頬をぽりぽりするヤマメ。……あ、もしかして回避できる?

「でも、私はやる気満々なのよねっ!」
「うわぁいっ!?」

 続く弾幕を、宙に飛び上がって回避する。
 ……地底とは言え、広さは十分。飛んで回避することも簡単だ。

「くっ、やってやらぁ!」
「ようやくやる気になったかい!」

 ええい、確かにスキマの言うとおり、今のヤマメは霊夢との弾幕ごっこの影響か、僕より弱い霊力しかない。
 ……なんとかなるか!?

「土符……『ノームロック』!」
「罠符『キャプチャーウェブ』!」

 そして、ヤマメとの弾幕ごっこが始まった。



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