ぼけー、っと宙の一点を見つめながら、意識が再起動するのを待つ。

 寝過ぎた後みたいな倦怠感と思考速度の遅さ。……えっと、一体なにがあったっけ? なんでこんな岩ばっかりのところに……

『おーい、良也ー? 生きてるー?』
「ぅぉーぃ」
『声が死んでるね……』

 えっと、これって萃香の声か。
 どこから……ああ、なんだ? 霊夢の陰陽、玉?

「む……。おはよう」
『あ、起きた』
「悪い悪い。ちょっと死んでた」
『やっぱりね。あの高さから自由落下じゃあ、人間にはちょっとキツいだろうし。下は岩肌だし』

 うん、だんだんと思い出してきた。
 さっき、あのパルスィっていう妖怪と弾幕勝負をして……妬ましい妬ましいという彼女の八つ当たりにより、僕は見事に落下したわけだ。

 意識がなかったからわからないけど、多分頭が潰れたトマトみたいになっていたんだろうなあ。はっはっは……。
 怖いよ、オイ。考えるだに、スプラッタすぎるよ。

 ま、まあ、血液も全部再生の材料にされたお陰で、そんな跡は見当たらない。気にしないことにしよう。

「あ〜、やっと頭がはっきりしてきた。脳が潰れるとやっぱり駄目だな」

 前、フランドールに全身焼かれたときもそうだっけ。とんとん、と頭を叩いて覚醒を促す。
 ……なんかこう、むやみやたらに死ぬことに慣れている自分が嫌。そろそろ三十回くらいいったか?

『その感覚はよくわからないけど、元気になったんだったら、そろそろ行った方がいいよ。霊夢が、地底で一番嫌われている奴のところに着いた。これ以上奥に行かれると、追いつくの難しいよ』

 嫌われ……?
 一体、どんな妖怪だ、それは。強くて怖い、というのはあっても、嫌われるというのはあんまり聞いたことないぞ。

「そんなに嫌な奴なのか?」
『いやあ、性格は大人しいよ。礼儀正しいし、基本的にはいい奴なんだが……』
「はあ?」

 嫌われる要素が見当たらない。っていうか、この幻想郷で『大人しい』なんて形容が似合う奴なんてごく少数しか思い浮かばないぞ。

『まあ、あんたには多分わからない。それより、旧都に急ぎな』
「旧都って?」

 そういえば、スキマも言っていたっけ。旧い都……?

『地底に追いやられた妖怪たちが作った大都市。私も地上に上がる前はそこにいたよ』
「……よくはわからんが、バイタリティ溢れる妖怪たちだな」

 光も届かない地下世界に街なんてよく作ろうって気になったもんだ。

 ふむ、ちょっとわくわくしてきたかも?
















「すっげぇ……」

 旧都にたどり着いた僕の第一声はそれだった。
 いや、だって本当にこんな立派な街があるとは思わないもんよ。

 明るさこそないものの、それ以外は人里よりむしろ発達しているように見える町並み。せいぜい村レベルを想像していた僕の想像はかなり甘かったらしい。

「って、それでもっ、攻撃はあるんだな!」

 妖精の攻撃を躱し、反撃の霊弾を撃つ。
 こちらも霊夢が暴れたせいなのか、だいぶ数は少ないけど……。ほら、RPGでも町の中ではイベント戦闘以外起こらないはずじゃん?

『そりゃ、妖怪の都市だからねえ。見知らぬ人間が来たら、そりゃ喰おうとするさ』
「喰おうとしてんのか!?」
『もしかしたらね』

 うわあ、鬼が言うと洒落にならない。っていうか、そういえば萃香も最初の頃は僕を喰おうとしていたっけ?
 冗談だったと思いたいが、冗談交じりで喰ってきそうだから怖い。

 と、適当に妖精たちをあしらいながら進んでいると、途中でまたしても女性が立ち塞がってきた。

「はっ、今日は千客万来だねっ! 付いてきな!」

 弾幕を放ちながら、女性はそんなことを行って旧都を飛ぶ。
 その弾幕の密度、威力ともにまさに一級品。しかし、それでも手加減しているらしく、女性に内在している霊力は地上の最強クラスの連中と遜色ない。

 まさに相手に不足があるどころか十分というか溢れすぎているというか。
 とにかく、そういう強敵なわけだ。某超インフレ系バトル漫画主人公の言葉を借りるとあれだ『オラ ワクワクしてきたぞ』。

 もちろん、そういう熱血主人公でないところの僕は尻尾を巻いて逃げた。即決だ。

「って、コラコラコラ! 弾幕には弾幕をもって答えるのが礼儀じゃないのかい!」

 なんか勝手なことを言っているけど……。僕はついさっき、弾幕に答えて脳漿をぶちまけたところなのだ。

「……もう死ぬのは嫌なんスけど」
「なんだいなんだい。この旧都で暴れている剛の者が弱気なっ!」
「いや、なんつーか成り行きっていうか。剛の者とか始めて聞く評価だし」

 っていうか、最弱クラスの妖精相手に無双してたって、ぶっちゃけ大したことないでしょ。

『勇儀』
「あん? その声……また萃香か? おいおい、今度は人間の巫女じゃなくて人間の男になったのか」

 ククク、と陰陽玉の方を見て笑う……えっと? 勇儀、さん?

『いやいや、前を行く巫女の方は別の頼りになる奴が付いているもんでね。私はこっちを見物さ』
「はは、そいつもお前さんの知り合いかい? さっきの巫女みたく、力比べをしたいねえ」

 こっちを楽しそうな目で見てくる勇儀さん。
 ぼ、僕はバトルマニアじゃないんですがっ!

「私は、萃香と同じ山の四天王。名を星熊勇儀。人間、お前は?」

 山の四天王……聞いたことあるぞ。今は天狗が支配しているあの妖怪の山に君臨していた鬼の強いやつらのことだ。
 ……当の萃香がそうらしい。一緒に呑んでいる時言っていた。

「僕は、土樹良也だけど……」
「よっし、土樹。いっちょやらないか?」

 構える勇儀さん。早い、早すぎる。自己紹介即決闘とか。

 そして僕は、そんな勇儀さんにすぐさま両手を前方でクロスさせ、

「やりません」
「はあ? おいおい、ここまで来て逃げるこたぁないだろう」

 ここまで来てとか言うけど、僕は別に来たくなかったんです。
 知り合いらしい萃香にフォローを頼むべく、陰陽玉をぺちぺち叩く。

 やれやれ、とため息をつく声が聞こえ、次いで勇儀さんに対して萃香が言った。

『あ〜、勇儀。良也は確かに私の呑み友達だけど、喧嘩のほうはさっぱりだ。見逃してやってくれ』
「情けないねえ。それでも男かい」

 呆れたように見てくる勇儀さんだが、僕は断固として抗議したい。

 男だから、弱いんだよっ! と。
 大体、こっちに来てから、強い男というのを見たことがない。森近さんは口は達者だけど、直接戦闘はからっきしだし、人里の男衆も妖怪退治できる人なんてほんの一握りだ。

 逆に、女性で強い奴となると……両手両足の指を使っても足りない。

「まあ、いいか。さっきの巫女で、十分楽しんだしね」
「あ、その巫女……霊夢がどこに行ったのか知りたいんですけど」
「ああ? 怨霊がどうのと行っていたから、そこら辺を見張っている奴のところを教えてやったよ。向こうに見えるあの屋敷だ。地霊殿という」

 屋敷かあ。屋敷とか鬼門なんだけどなあ。

 紅魔館然り、永遠亭然り。異変の元凶となっている奴は大概でかい家に住んでいるもんだ。白玉楼もそうだっけ。
 そして、地霊殿……名前の雰囲気も、なんだか似ているぞ。

 しかしまあ、どこも中に入ってみれば、そんなに悪い連中ばかりでもなかった。手土産があれば万全だったが、友好的に接すればなんとかなるかもしれない。

「ありがとうございます。とりあえず、行ってみますよ」
「お前さんみたいな根性なしで大丈夫かねえ……。あそこの当主は意地悪いよ」
「……萃香、話が違うんだが。確かいい奴とか言っていなかったか?」

 言うと、萃香は快活に笑った。

『はっはっは。基本的には、と言ったろう? 普通の人間や妖怪とっては、性格関係なしに意地悪い奴さ。でも、ま。良也なら大丈夫』
「どういうことだい?」

 勇儀さんが不思議そうにするが、んなの僕が聞きたい。

『行ってみりゃわかる。……お、とか言いながら、その当主を霊夢が倒したみたいだよ?』
「おお、本当にあの巫女やるねえ」

 早っ。
 しかし、そうか。当主――つまりは一番犯人っぽいのを倒したか。やれやれ、これで霊夢が引き返してくれば、合流して一緒に帰れるハズ……

『あ、でも、今度はペットを退治するとか言ってる』

 ガク、と肩が落ちるのを感じた。

『どうも、怨霊やら間欠泉やらは、あいつんところのペットの管轄らしい』
「とりあえず、そんな大事なものをペットに任せるなと言っておけ……」
「いや、あそこのペットはなかなかやるよ。あそこの猫や鴉はそこらの妖怪よりずっと強い」

 どういうペットだ一体。それ、本当に猫や鴉なのか? 化け猫と鴉天狗じゃないのか。

 しかし……どうやら、僕はまだまだ帰れないらしい。



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