ときに、ちょっと前に天気の異変を起こした天子のやつは、今もたまに地上に降りてきている。

 今までは日帰りで来ていたのだが、僕のアドバイスを受けて博麗神社の近所(というほど近くもないが)に最近建てた本人曰く小ぢんまりとした屋敷。
 庶民の僕の感覚からすると、かなりデカイ部類に入るその屋敷を拠点に、時々泊まりで遊びに来ることにしたそうな。

 子供が一人でいいのん? と思ったけど、お供に無理矢理連れてこられた天女さんの話だと、むしろ天界の方では厄介払いができて嬉しがっているくらいらしい。

 ……まあ、そんな可哀想なエピソードはスルーしてやるとして。

 改めて、屋敷を見ると、こいつはすごい。

 新しい上、大きな屋敷に、揃っているのは天界の美味い食べ物。世話役の天女に、観賞用の四季折々の花まで天界の秘密技術で咲き誇っていたりして、いたりつくせりの環境だ。

 ……でもなあ。

「お前、もしかしなくても友達いないだろ。僕しか来ていないとか」
「……うるさいわねえ」

 心底不機嫌そうに、僕の対面に座る天子が返してくる。

 今回、別荘の完成を記念して、宴会――とまではいかないが、ちょっとしたお茶会を天子は企画したのだ。
 文々。新聞にまで『暇な奴はタダだから来なさい』的な広告を出した上、以前の異変で関わった連中は直接声までかけたそうだが……

 結局、開始時間を三十分過ぎても、ここに来ているのは僕だけだった。一応、霊夢には声かけたんだけど、今から昼寝だの一言で一蹴された。

「なんで来ないのよっ! 地上の泥臭い連中が、本来なら一生飲むことのできない天界のお茶に、とびっきりのお菓子まで用意したのにっ」
「……とりあえず、僕は仮にもホストがその態度はどうかと思うんだが」
「なによ。態度って」

 わかってねぇのか。
 ……いや、わかってないというより、勘違いしているな。天人は無条件で偉い的な発想だ。僕的には駄目だと思う。

「あー、あー。ところで、天子。たった一人だけだけど、はるばるやってきたお客に、茶は出ないのか?」
「……はいはい、わかったわよっ! あんた、お茶持ってきて」

 そして、世話役の天女に全てを任せるこの傲慢さ。……いや、紅魔館でも咲夜さんが全部淹れているけどさあ。こいつのは、どうかと思うよ。うん。

 他人のそんなところにまでケチをつけるほど、僕も暇じゃあないけど。

 やがて運ばれてきたのは、匂いだけで美味しいと決め付けられる、薫り高いお茶だった。

「ほら」
「お、ありがと」

 天子が手ずから、急須から茶を注ぎいれ、僕に渡してくれる。

 飲む前に香りを楽しんでみると、どこか花のような匂いが鼻腔をくすぐった。
 ……えっと、なんだっけ。この花。記憶のどこかを刺激する匂いなんだけどなあ。

 なんて疑問を抱きながら、茶を啜る――と、

「美味っ」

 なんか、これ本当にお茶? と聞きたくなるくらい、僕が想像するお茶像とはかけ離れた飲み物でした。

「ふふん。びっくりしたようね。まあ、私にとっちゃこれくらいはいつも飲んでいるものだけど」
「いや、お前のいやみが気にならないくらい美味いな、これ」

 お茶菓子である干菓子も絶品。
 こっちの饅頭も……おお、皮は薄いのにしっかりと自己主張していて、さらに餡子の……やめとこう。僕に料理番組をやるセンスはない。

 たった一言だ。

「美味い」
「ふふん、それはなにより」

 あー、美味いものの魅力はすごいなあ。
 いつもの天子の、ちょっと傲慢な感じのする笑顔も、今ならばちょっと可愛いんじゃない? と思える。

 ……はぁ、うまうま。



















 で、お茶を飲みながら話す話題は自然と地上の話になった。
 天子はこれから本格的にこちらに遊びに来るそうで、楽しめそうな場所を聞いてきたのだが……

「……人間の里と香霖堂とかかな。遊べる、っていうか珍しいのは」
「なにそれ。里は知っているけど、たいしたものなかったわよね。香霖堂ってのは……ああ、魔法の森近くにある、あのゴミ屋敷」
「ゴミ屋敷言ってあげないでくれ。あれで大切にコレクションしているんだから」

 しかし、天子の奴本当に地上に詳しいな。里はともかく、香霖堂まで知っているなんて。

「そっか、でもあれって外の世界のものなのよね。まあ、話の種に見に行ってみるのもいいか」
「あそこ、本気で商売するがあるのかどうかわからないんで、一発お前の財力でガツンと買ってやってくれ」
「気に入ったものがあればね」

 あると思う。天子はなんというか、珍しもの好きな気がするし。それに、買い物に行ったらガツンと買うタイプだ、多分。

「お茶のお代わりが欲しい」

 気が付くと、湯飲みの中身は空になっていた。急須の方も確か全部飲んだはずだから、追加が必要だ。

「はいはい。あんた、お願いね」

 またさっきと同じ天女さんに渡す。その人に、僕は軽く頭を下げて、話題を元に戻した。

「あと、見所って言えば……うーん、妖怪の山とか太陽の丘とか。あ、三途の川とかどうだ?」
「三途の川って。死神どもがわらわら出てくるじゃない。一応、天人は理に逆らって生きているんだから、下手したらそのまま三途の川を渡ることになっちゃうわ。……まあ、私が負けるわけないけど」
「へ? そんな裏設定があるのか」
「裏も何も、常識よ」

 久々に言うが……それは常識じゃねえ。

 はっ、いかん。久々? 今までも色々非常識なことがあったのに……。最近、僕の常識というものが揺らいでいる気がする。
 早急に復旧せねばなるまい。

 ……面倒だな。

「まあいいか。そうだな、他に面白いところは……」

 個人的には、この屋敷が立っている森なんかは自然たっぷりでリラクゼーションに最適だと思うのだが、そういうのにはまず興味ないだろうな。

 えっと、紅魔館とか永遠亭とか白玉楼とか、僕的には見所たっぷりというかオモロイんだが、あそこは前天子とやりあった奴しかいないし。

 ああ、そうだ。

「強いて言えば、こっちの宴会はすごいぞ、色々と」
「そう? お酒は天界で呑み飽きたけど」
「そうは言っても、前の起工記念祭じゃ、お前も楽しそうにしてたじゃないか」
「……まあ、あの時は全員ボコって気分よかったし」

 はいはい、ツンデレツンデレ。とりあえず、そういうことにしておこう。

「今日だってお茶会じゃなくて宴会だったら、何人かは集まったと思うぞ?」
「そ、そう?」

 あ、ちょっと興味持った。
 流石に、参加者一名は寂しかったんだろうか。

「今からでも宴会に変えないか? 僕も、天界の酒はもう一回呑みたいし」
「……それはいいけど、駄目よ。また連中に声をかけに行くの? 間抜けじゃない」

 間抜けと言えば間抜けか? じゃあ僕が声をかけに……駄目だな。流石にそんなことしたら天子の面目丸潰れじゃん。
 ……仕方ないか。

「まあ、とりあえず酒持ってきてくれ。とびっきりのやつ」
「はあ? なに、あんたと二人で呑むの?」

 まあいいけど……と、ブツブツ言いながら天子は付きの人に言って酒を持ってこさせる。
 用意されたのは……なんか、前衛芸術っぽいガラスの瓶に入った透明の液体。

「……これは何の酒だ?」
「製法的には日本酒と一緒よ。まあ中身はそんじょそこらの酒が束になっても勝てない品質だけどね」
「ふーん……」

 その瓶をしげしげと眺めて、そうなのかー、と納得する。前呑んだ天界の酒も、そういえばこういう凝った容器に入っていた気がするし。

「ま、いいか。……萃香ー? 実は近くに散っていたりしない?」

 萃香の奴は、今もたまに身体の一部を霧に変えて幻想郷に撒いていたりする。それで色々なところを見ていたりするらしい。
 こういう新しいところには、いる気がするんだけど……。

 声をかけてしばらく待って、なんか白いのが一箇所に集まり始め……やがて、鬼の姿を形どった。

「わっ」
「……よう、萃香」

 ちょっとビックリしている天子をよそに、僕は手をシュタっと上げて挨拶。

「あいよ、しばらく。良也も勘がいいねえ。気付かれないよう、あんたの傍には寄らないようにしてたのに」
「別に、いてもいなくてもよかった。いなかったらいなかったで、博麗神社にでも捜しに行ってたし」

 まあ、その手間が省けてよかった。

「話は聞いてたか? 宴会をやりたいんだが、面子が足りない。萃めてくれ」
「いいよ。その酒、味見させてくれるんならね」

 僕は苦笑して、萃香に酒の瓶を投げた。

「へへ、サンキュ。……よし、連中はもう少ししたら来るはずだ」
「へいへい。じゃあ、来る前に始めて悔しがらせてやるか。……天子。瓶もう一本追加だ」
「え、あ、うん」

 ちょっと戸惑った様子の天子だったが、すぐに気を取り直すと、二本目の酒とぐい呑みを二個持ってこさせた。
 ……このぐい呑みも、いい形しているんだよなあ。

 天子が、ついでに天女たちにつまみの作成を命じている間、見事な意匠を施されたぐい呑みを眺める。

「やれやれ……この小鬼の力を借りるのね」
「まあ、便利だし。なあ?」

 トクトク、と注がれる酒を尻目に、萃香に同意を求める。

「鬼を便利に使うもんじゃないよ、良也。そのうちしっぺ返しが来るからね」
「そりゃ怖いなあ……。まあ、乾杯といこうじゃないか」

 酒呑ませときゃ忘れるに違いない。僕はぐい呑みを前に差し出して、乾杯を促す。
 それを見て、萃香はやれやれと肩をすくめて瓶を前に差し出した。……コイツの呑み方については、もう今更とやかく言わない。

「ええ、それじゃあ、私の別荘の完成を祝って」
「旨い酒に」
「あ〜、僕は……もうなんでもいいや」

 思いつかなかった。
 そして『乾杯』と三人の声が唱和した。

 そのまま一杯目を飲み干そうとした瞬間、天子の庭に一つの人影がすごい勢いでズザザーッ、と滑り込んでくる。

「おいおい、なんだよ。お茶会と聞いてやって来てみれば、酒呑んでいるじゃないか! ズルイぞ、私にも呑ませろ」
「……魔理沙。お前今何時だ?」
「へ? 時間? あ〜、昼過ぎて、そこそこ時間過ぎたくらいだな」

 コイツは、萃香の能力で来たのか、それとももともと来るつもりで豪快に遅刻しただけなのか。
 ……あまりに早すぎるから後者だろうか。

「まあ、いいさ。おい、天子。私の分の器もくれ」
「……わかったわよ」

 天子が、魔理沙の分を用意し、酌をする。
 ありがとな、と魔理沙が人好きのする笑みで答え、その一杯を飲み干す頃、他の連中もぞろぞろと萃まり始めるのだった。

 ……やれやれ。また今日も、呑みすぎてしまうなあ。



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