幻想郷も、そろそろ秋の気配が深まってきた。 ……ところで、秋と言えばなにを思い浮かべるだろうか? 食欲の秋? 読書の秋? それともスポーツの秋か? 個人的には秋の夜長は漫画を読んだり思う存分ネットで遊んだりして過ごしたい。 しかし、これは共感できる人にしか共感できないだろうけど、 秋ってのは、収穫の季節なんだよ。 「うへぇ」 思わずため息……というか泣き言が漏れる。 目の前に広がるのは黄金の稲穂の群れ。視界いっぱいに広がる水田は、人の里のものだ。同じようなのが、あと五、六箇所あるらしい。 流石は黄金の国と謳われたジパング……なんて感心している暇はなく、これを僕一人で刈らないといけないらしい。 「……すみません。無理ッス」 「泣き言言うなよ。ほれ、米分けて欲しいんだろ?」 この田んぼの所有者である田吾作さんが、笑ってそう言う。でもねえ、 「分けて欲しいのは霊夢なんですが」 奴め、毎年ここの田んぼの収穫の手伝いをして、一年分の米を分けてもらっているそうだが、これだけの広さをどうやって…… 右手に持った鎌の感触が、やけに頼りなかった。 「ん? あそこの巫女に関することは、お前さんの管轄だろう?」 「違うんですが……」 妙な誤解が広まっている気がする。 しかし霊夢め……。なにが『今日の夕飯は私が作るから』だ。 それで、僕は騙された。うんと豪勢にするからね、それでちょっと頼みがあるんだけど、という言葉に釣られ、言われるままこの田んぼに来て……。 この辺一帯の稲を刈ってくれ、と鎌を渡された。 「まあ、一日とは言わねえよ。のんびりやってくれりゃいい」 「……はぁ」 一日どころか、一週間かけてもとても終わりそうにない。あの、僕明後日から大学行かないといけないんですけど。 稲刈り休みなんてないし……。 「じゃあ、よろしくな」 「あ……」 なにかを言う前に、田吾作さんは行ってしまった。 ど、どうすりゃいいんだろう。 ……そりゃ、実家でも米は作っているから、稲刈りの手伝いに駆り出されたことはある。でも、実家の稲刈りはコンバイン使っていたし……。 「考えても仕方ないか……」 とりあえず、今日だけは割り切ってやろう。明日からは、霊夢に押し付けよう。押し付ける……っていうか、元々あいつの仕事だ。 ため息を吐きながら、僕は目の前の黄金の障害へ向き直るのだった。 「こ、腰が、腰がぁ〜」 稲を刈って、ある程度溜まったら束ねて、田んぼの隅に運んで……なんて作業を一時間も続けたら、腰が痛くなるのは当然である。 ……引き篭もりの僕に、こんな肉体労働をさせるんじゃねぇ。 たくさんある田んぼの一つの、その三分の一も終わっていないし。 「まあ、しかし、こういうのも悪くないかもなあ」 感慨深く空を見上げる。 秋らしく高く見える空。風も涼やかで、腰の痛みさえなければ、ピクニックに来ているかのようだ。 腰が痛くなければ。 腰が……痛いんだよっ! 「あれ? なんであんたが稲刈りやってんの?」 「は?」 かけられた声に反応して後ろを向いてみれば……秋と豊穣の女神様がいましたよ。 「……穣子さん?」 「そうよ。で、なんで貴方が? この田んぼは田吾作んちのだったと思ったけど」 「霊夢が頼まれて、そこから僕に丸投げされました」 これなんて下請け? 「ふーん。……しかし、情けないわね。見たところ、まだ作業を始めて間もないんじゃない? もう休憩?」 「普段、部屋でごろごろしているだけの大学生に畑仕事なんて無理です」 「自分の食べ物も刈り取れないって、生き物として駄目じゃない?」 ……生き物として駄目とか言われた。 「まあ、ゆっくりでいいって言っていたし……」 「ひ弱ねえ」 言わないで。 「それにしても、なんで穣子さんが? 普段、あまり人里には来ないと思っていましたけど」 「まあね。でも、この季節は別よ」 穣子さんは、神様らしい超然とした笑みを浮かべながら、稲穂の稔りを眺める。 「稲が稔って、収穫の時期。一年の苦労が報われるこの時は、人間はみんな笑顔だわ。それを見るのが好きなの」 「……へえ」 なんとも神様らしいお言葉。 いや、穣子さんって、普段はフツーの姉ちゃんっぽい感じしかしないし、誤解していました。 やっぱり神様なんだよなあ。この分だと、ただの子供としか思えないあの諏訪子にも、神様らしい一面があるのかもしれない。 「でも、こうやって豊作なのは穣子さんのおかげじゃないですか。今年の収穫祭も、楽しみにしててください」 「……呼ばれれば行くけどねえ。前も言ったと思うけど、収穫の前に呼んでよね」 「まあまあ」 穣子さんが力添えしていたにしろ、していないにしろ、こうして豊作なのだ。秋の神様を呼ぶのは間違いなんかじゃない。多分。 「そろそろ続きを刈ったら? ほら、ここだけ遅いじゃない」 遠くに見える田んぼとこちらを見比べて穣子さんが言う。……仕方ないだろ。僕は手作業で稲刈りなんて初めてなんだから。 「へいへい。やりますよ。……ったく、腰が痛いのに」 「やっていればそのうち気にならなくなるわよ」 それはないと思うけど、時間を置いたら少しはマシになった。 うーん、と背伸びをして、腰を解す。なんとか痛みも和らいだ。 「じゃあね。収穫祭になったら、また一緒に呑みましょう」 「あいよー」 穣子さんを見送って、僕は鎌を手に取る。 ……さて、続きを刈るとするか。 真上に太陽が来る時間帯。額に汗を流しながら、親の敵のように稲を刈りまくっていると、後ろから声をかけられた。 「良也さんー? 応援に来たわよ」 そんな声に、振り向いてみれば、 「霊夢っ!」 僕をこの苦行へと叩き落した元凶の巫女がやってきましたよ。 とりあえず、今まで刈っていた稲を束ねてから、鎌を持ったままズンズンと霊夢の方へ向か…… 「痛い痛い痛い!!?」 と、腰に負担がかかりまくった状態でいきなり立ったもんだから、ハンパない腰痛が襲い掛かってきたっ!? 「ぐぉぉぉぉおおおー!?」 「……なにやってんの?」 ぐぬっ!? 事の元凶が偉そうにっ! 一瞬だけ痛みを忘れて、霊夢に猛然と抗議する。 「あのなぁっ! お前、人に農作業押し付けておいて……」 「あ、おにぎり作ってきたわよ。お茶もあるし、休憩にしない?」 きゅ〜、とお腹が鳴った。 「……ぐ」 「あら、疲れている良也さんを労いに来たって言うのに、その鎌はなにかしら?」 こ、こいつ。 いや、別にこの鎌でどうこうしようなんて考えていなかったけどさあ。もう少し、申し訳なさそうなポーズ位してもいいじゃん。 「……食う」 「はいはい。中身は梅干と佃煮よ。たくあんもあるわ」 なんだろうねえ。労働の後のお茶とおにぎりなんて、かなり強烈なコンボなんだけど……その労働が、無理矢理やらされているものだってあたりで差し引きゼロだよなあ。 なんて感想を抱きつつ、霊夢からお茶を受け取る。 ……あちち。うめぇ。 「はい、おにぎり」 「おう」 僕の握り拳よりでかいおにぎりを受け取り、かぶりつく。 絶妙な塩加減。疲れていることを想定してか、少々塩味を強く効かせたおむすびが胃にガツンとくる。 ……悔しいが、美味い。 「お前、料理上手いんだから、僕が来ているときも自分で作れよ……」 「あら、他の人に作ってもらったもののほうが美味しいものよ。楽だから」 「ツッコミ待ちか? ツッコミ待ちなんだな、このやろう」 しかし、腹に物が入っていくと、怒りもしおしおと萎えてしまう(塩味だけに)。 まあ、どうせ今日だけだ。明日からはなにがなんでも霊夢にやらせる。たまの健康的な農作業も、目を瞑ってやるか……。 「でも、意外ね。良也さんも私と同じで楽なのが好きだと思っていたのに」 「……何の話だ?」 「いや、だって。律儀に鎌を使っているじゃない。ほとんど進んでいないし」 こ、こいつ。人に押し付けておいて、一体なにを…… 「じゃあ、お前がやれよ。お前がやれっていうからやってあげてんのに、なんて言い草だ」 「だって。良也さんの魔法なら、私の術よりも農作業向きだもの」 違う? と霊夢はちょこんと首をかしげる。 ……ま、ほ、う? 「……シルフィウインド」 少し思いついて、手を振ってカマイタチを放つ。スペルカードも使わない適当な術式。 でも、指先から放った風の刃は、地面すれすれを這い、稲穂をザクザクザクザクと景気よく切って…… 「うぉいっ! なぜ気付かなかった僕!」 「……まさか気付いていなかったの? なんのために魔法を習っているのよ」 いや、少なくとも農作業のためじゃないけどさぁ! 「おかしいとは思っていたよっ!」 毎年霊夢がやっているとか田吾作さんは言っていたが、どう考えても霊夢がそんな面倒な作業をやるとは思えなかった。 そういうからくりか! 「私は符を投げたりしてたけどねえ。お札もったいないし。良也さんの魔法なら使い減りしないでしょ?」 「……霊力とか減るんだけど」 しかし、確かに魔法を使えばコンバインに勝るとも劣らない効率をたたき出すことが可能だ。 今のカマイタチ一発で畑の四分の一くらいは刈り取ったし…… 「ああ、でも纏めるのが面倒だな」 「そこは工夫よ。……まあそれより、おにぎりの残りをさっさと食べてくれない? 折角作ったんだから」 「はいはい……」 新しく魔法作ろうかな。切った稲穂を集めるような……なんかできそうな気がする。 「はい」 「おお、ありがと」 うむ、とりあえずは腹ごしらえだな。 ……結局、二日で全部終わった。 腰の痛みは残ったけどな……。湿布張っておこ。 | ||
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