幻想郷に幽霊が溢れるお盆の季節も過ぎ、そろそろ秋の気配が感じられたとある一日。 中高生は夏休みで乱れまくった生活リズムを直すのに四苦八苦しているであろう時期。 まだまだ夏休みは折り返しですよというお気楽な大学生である僕は、久しぶりに冥界に来ていた。 「そろそろ落ち着いたみたいだな」 お盆を過ぎても、まだ幻想郷の幽霊密度は半端ではなかったのだ。ここの図々しい幽霊達は、つい最近まで現世に居座っていた。 毎日、妖夢が半泣きになりながら(僕の主観)、幻想郷中を駆けずり回って幽霊を冥界に返していた記憶も真新しい。 ごく一部の人間の話であるが、幽霊を冷房にしようと捕まえたりしてたもんだから苦労もひとしおだったろう。 そんな姿も見かけなくなって、妖夢にご苦労様とでも言おうかと、手土産持って冥界に来たわけだ。 勝手知ったる白玉楼の庭に降り立つ。 「おーい。妖夢。来たぞー」 ……しーん、と沈黙が返ってきた。 留守? いやあ、考え難いなあ。間違いなく幽々子はいるはずだし。 『ど、どういうことですかっ!?』 あれ? 妖夢の声が聞こえる。えっと、あそこは幽々子の部屋か? 僕の声、聞こえていなかったんだろうか。 そう思いながら、突然現れてびっくりさせてやろうと幽々子の部屋に近づく。 『納得いきません。説明してください!』 ん? なにやら険悪な雰囲気。基本的に幽々子に絶対服従の妖夢がこんなに声を荒げるなんて珍しい。 『説明もなにも、暇を上げると言っているだけだけど』 な、なに!? 暇……妖夢が、白玉楼をやめる? おいおい! 「ちょっと待て!」 思い切りツッコミを入れざるを得なくなって、スパーンッ! と障子を開けて部屋に入った。 「りょ、良也さん?」 「良也? 貴方、女性の部屋に声もかけずに入ってくるなんてどういう了見なのかしら?」 気分は『話は聞かせてもらったっ』。 とりあえず、幽々子は土産の饅頭の箱を渡して黙らせつつ、その間に真意を問う。 「おいおい、思わず聞こえちゃったけど、妖夢に暇を出すだって? 幽々子、お前それでどうやって生活していくつもりだ?」 幽々子の生活は妖夢に依存している。そりゃもうどっぷりと。 一日三食のごはんからおやつの支度。この馬鹿広い庭の手入れ。来客の応対、と。 幽霊に出来る仕事は幽霊に任せているみたいだけど、妖夢がいなくなったら、幽々子の生活が回らなくなるくらい一目瞭然だ。一時期、一緒に暮らしていた僕が言うんだから間違いない。 「そ、そうですよ。本日の昼食だって、釜揚げうどんにするつもりだったのに」 ……あ、いいな、うどん。幽々子の目が覚めたら、ご相伴に預かるとしよう。 「今日のご飯くらいは、どうにかするわよ。冷や飯があったから、適当に自分で作ります」 「い、いえ。しかし、明日は……」 「明日? 明日は貴女がちゃんと作るのよ」 ??? なんか話が噛み合っていない気がする。 「とりあえずね。こんな不名誉な記事を書かれない程度に、羽を伸ばしてきなさい」 と、幽々子は自分の傍に置いてあって新聞――文々。新聞を妖夢に見えるように広げる。 えっと、なになに……『白玉楼の庭師は無給無休!? 冥界の強制労働の実態』。 ふむ、要するに、妖夢はあれだけ働いてお給金も貰ってないし、一年中休みがない、ということが書いてある。 ……そっかー。確かに、言われてみれば。 「え、えっと? つまり?」 「貴女も良也も勘違いしていたみたいだけど。休日を上げる、って言っているの。ほら、お小遣いも」 と、割とずっしり中身が詰まっていそうな布袋を妖夢に渡す。 「じゃあ、たまには自分でお茶も淹れましょうかね。ああ、丁度いいわ。良也、貴方、ちょっと妖夢を連れ出してあげて頂戴。 この子、放っておいたらいつものように仕事しかねないから」 人里にも休んでいることをアピールしておいてね、と幽々子は言いながら台所の方へ向かう。 ……と、思ったら、襖から顔を覗かせ、口元を扇子で隠して、 「朝帰りでも私は構わないわよ」 「するかっ!」 光速でツッコミを入れた。 「それにしても、休日ってどういう風に過ごせばいいんでしょうか?」 とりあえず、人里に行ってみようか、と空を飛んでいる最中。妖夢はいきなりそんなことを聞いてきた。 「……んな哲学的なことを聞かれても」 「哲学的なんですか?」 ボケに素で返さないで欲しい。 しかし、本気で休みなかったんだな。休日どうやって過ごそうかの選択肢が一つもないとは。 「そうだなあ。普通は趣味とか?」 「趣味……剣の修行、ですかね」 いやだから。修行とか何とか、そういうのじゃなくてさあ。 「まあ、あとはのんびり寝たり、お茶飲んだり」 「しかし、幽々子様は天狗にあのような記事を書かれたのが不満のようですから。私はちゃんと休日を満喫している、とアピールしないと」 真面目だなあ……。別に幽々子の評判なんて、気にすることないだろうに。そもそも、大多数の人間や妖怪にとって、ほとんど会うことないやつだし。 「それなら、とりあえず人里で昼ご飯でも食べよう。弁当も持ってきていないんだろ?」 「そうですけど……。幽々子様からお預かりしたお金をむやみに使うわけには」 確かに小遣いレベルでぽんっ、と渡す金額じゃなかったけど、今までの妖夢の働きを考えれば安すぎるくらいだというのに。 「いいだろ、別に。使えって言われたんだから。それともなにか。西行寺家って、そのくらいのお金で潰れるほど貧乏なのか?」 「そ、そんなことはありませんっ」 ですよねー。第一、現世のお金の有無が、冥界にまで影響するなんて……いや、地獄の沙汰も金次第というし、わかんないけどさ。 「オススメの店はちゃんと教えるよ。今日はうどんを作りつもりだったんだろ? 美味いうどん屋があるからさ」 「はあ……」 妖夢の料理は上手だが、やはりプロではない。本職が庭師の妖夢と、うどん一筋四十年の親方とては、流石に比較するのが間違っているだろう。 ……僕なら妖夢に軍配を上げるけどねっ! ムサいおっさんが作ったうどんと、美少女が作ったうどんじゃあ、別の意味で格が違うっつーの。 「いや、でも本当に美味しいからさ」 「?」 「なんでもない」 「しかし……そうですか。楽しみです」 だろうね。人間でも、人間じゃなくても、美味しいものの魅力には抗えるはずがない。 それだけは妖怪でも変わらないところだ。……その美味しいものが人間だったりしたら、全力でストップかけるが。 「あ、そろそろ着きますね」 「ああ。そうだな」 僕と妖夢は、揃って人里に降りた。 「いや、本当に美味しかったですっ。良也さんがオススメするだけのことはありますね」 「人里でもすごい人気だからな……」 開店してすぐ満席になる。なんとかそれほど待ち時間もなく座れたけど、もうちょっと遅れていたら三十分くらい待つことになったかもしれない。 僕はざるうどん、妖夢は掻き揚げうどんを頼んだ。美味かった。 「うどんのコシに、汁の味……。それに天麩羅の揚げ方も見事でした。これは早速試してみないと」 「そういえば、コツを聞いてたな」 「ええ。良也さんが口利きしてくれて助かりました」 ……あそこの主人は甘党だからな。 袖の下(チョコレート)を渡せば快く教えてくれた。まあ、どうあっても競合にはなりえない半霊だし。 「しかし、まだ日は高いですね。なにをしましょうか」 「うーん、もうちょっと腹がこなれたらおやつっていう手もあるんだけど」 成美さんトコの洋風喫茶でケーキなんていいかもしれない。……でも、さっきうどん食べたばかりだし。 「ああ、そういえば。そろそろ新しい湯飲みが欲しいと思っていたところです。買い物に付き合ってもらえますか?」 「ん? ああいいぞ」 湯飲みねえ。ここで新しい着物とか言わない辺りが妖夢だなあ。 いや、服装に頓着する奴は僕の知り合いには極端に少ないけど。いつも同じような服だし……。同じ服を何着も持っているやつもいる。 なにを隠そう、僕も服を選ぶ基準はとにかく安いことだし。 「よっしゃ。じゃあ行くか。僕の使っている湯飲みもそろそろ替え時だし」 「はい」 そして、里で一番大きな店に入る。 あれやこれや、と妖夢と一緒に選ぶのは楽しかった。店の人は人魂を連れている妖夢にあまりいい顔はしなかったけど、まあそれは勘弁して欲しい。 結局、僕は特に装飾のない大きなやつを、妖夢は蓮の花をあしらった湯飲みをそれぞれ買った。 さて、そういえば、一緒に買い物なんてして初めて気づいたが……これってデートか? 「? どうかしました」 「……なんでもない」 ないな。 僕はもとより、妖夢の方は欠片もそんな気はない。僕だけ盛り上がっても空しいだけだ。 畜生、幽々子が朝帰りなんて言わなければ、そもそも意識することもなかったのに。 あ〜あ、面倒だ。 「はあ、こんなにのんびりしてもいいんでしょうか。いつもならそろそろ幽々子様のおやつを作っている時間……」 「いいんだよ。今頃僕が持っていった饅頭でも食べているよ」 おやつの時間を待つまでもなく、とっくに食べられていると思うが、そうフォローしておく。 大体、幽々子がいいって言ったんだ。なら良いに決まっている。 「よし、じゃあこっちもおやつだ。里唯一の洋菓子を食える店にゴーだな」 「ええ? いえ、湯飲みも買えたし、そろそろ私は満足かなぁ、と。幽々子様も心配ですし……」 「何も言うな。僕に付いて来なさい」 というか、僕が甘味を食べたくなった。パフェを一人で食べるのはちょっとどうかと思うので、なんとしてでも付き合ってもらうぞ。 ……んで。 なんとか妖夢をなだめすかして成美さんの店でデザートを頂き、なにやら溜まっている愚痴を吐き出させていたら、もう夕方になってしまっていた。 本来なら、流石に日が暮れる時間にはバイバイするつもりだったのだが……まいったことに、妖夢と酒が呑みたくなった。 渋る妖夢を口先三寸で丸め込み、僕がやってきたのは…… 「よぉ、やってる?」 里からちょっと離れた森の中。 見つからなかったら素直に諦めようと思っていたんだけどなあ。こういう時に限ってあっさり見つかる、ミスティアの八目鰻の屋台は。 「ん? ああ、いらっしゃい。そっち空いてるよ」 どうも、先客がいたようだ。 ……しかし、この人。なんでまたこんなに見覚えのある後姿をしているのか。 「あれ?」 「幽々子様っ!?」 偶然とか言うレベルじゃねーぞ。後を追ってきていたのか? 「あら、二人とも。貴方達も呑みに来たの? 私も、夕飯作るの面倒になってねえ」 しれっとした顔。……もしかしたら、本気で偶然なのかもしれん。既にけっこう酒入っているみたいだし。 「そうだよ。ミスティア、熱燗と蒲焼二つ。妖夢はお酒なににする?」 「え? あ……わ、私は冷やで」 「あいよー」 ミスティアが、串に刺した八目鰻を二つ取り出し、炭火で焼き始める。同時に、てきぱきした動作で燗をつけ、妖夢の前に置いたコップに酒を注いだ。 ……しかし、こいつも続くなあ。正直、妖怪が始めた屋台なんてすぐ飽きてほっぽりだすかと思っていたけど。 人間の常連客も増えているみたいだし。 でも人間が来た場合、酔い過ぎると逆に喰われかねないから気をつけなければいけないそうな。客商売としてどうよとかいう次元じゃないな…… 「どう? 堪能したかしら?」 「あ、はい。お陰様で楽しませてもらいました」 朱に染まった頬をして聞いてくる幽々子に、妖夢は慌てて答える。 「呑めば?」 「い、いえ。良也さんの熱燗がまだ届いていないので」 「お待ち。熱燗ね。蒲焼はちょっと待って」 って言っているうちに届いた。 「じゃ、乾杯と行きましょうか?」 「なににだよ」 なんでもいいけど。 「妖夢の初めての休日に」 初めてかよっ! とツッコミたいのをぐっとこらえて。 僕と妖夢と幽々子は、チーン、と乾杯をした。 | ||
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