僕は天界に向かっていた。 理由は簡単。天子のやつが『今日は歌の日ね』とか言って天界に行ってしまったからだ。 ……別に僕はそんなのどうでもいいんだけど、霊夢のやつが、 『ここのところサボり気味ね……良也さん、ちょっと行ってガツンと言ってやって』 とか僕に命令したのだ。 ……なぜ僕? お前が自分で言えばいいじゃないか、と思わないでもなかったが、まあ天界という場所に興味もあったので了承した。前来たときはほとんど見物できなかったしな。 ついでに、とあるブツをリュックに入れてきたことだし。あんな綺麗な場所なんだ。さぞやいい塩梅に違いない。 ああ、ちなみに、妖怪の山については、もう僕なんぞはスルーだ。噂によると、天気の異変に気付いた輩は霊夢だけではないらしく、何人も天界に向かっていたらしい。 射命丸が言っていたが、そろそろ天狗たちもこの異変が収束するまでは黙認することにしたそうだ。 ……まあ、話に聞く『山を登ったやつ』の名前を聞く限り、さもありなんというところだが。 「あ、衣玖さんだ」 天界に向かう雷雲を突っ切っていると、龍宮の使いである衣玖さんがいた。 向こうもこちらに気付いたようで、独特のふよふよした動きでこちらにやってくる。 「こんにちはー。どうも、衣玖さん。先日はどうも」 「どうも、良也さん。あれから総領娘様はどうですか?」 「いや、今天界のほうに帰っているらしいんですが。なんでも今日は歌の日だそうで」 え? と衣玖さんがハテナ顔になる。 「……天界はいつも歌と踊りの毎日ですが。もしかして、総領娘様、下界の生活に飽きたのでは」 「飽きたって。最低限神社の復興まではしてもらわないと困るんですが」 「なんだかんだで自分で言い出したことはやりきるのでそれは大丈夫だと思いますが……。しかし放っておくと完成が十年、二十年遅れることはありそうですね」 おいおい……。そんなことになったら霊夢のやつはキレて、天界全部に喧嘩を売りかねんぞ。 「わかりました。総領娘様に会ったら、私からも言い含めておきましょう」 「お願いします。……あ、そうだ! 衣玖さん衣玖さん。モノは相談なんですが」 「はい?」 そうそう、前思いついてすっかり忘れていた。 「衣玖さんのドリル! 僕に教えてくれませんか!?」 「はい?」 ……衣玖さんは良く分かっていない様子。あんな見事なドリル技を持っているというのに! 「これですか?」 と、以前見たドリルを実演してくれる。 ……おお、感動だ。羽衣が螺旋状に回転し、なんか周囲に雷まで纏っている。天子との弾幕ごっこで見たとき、ぎゃりぎゃりという擬音が聞こえたのは気のせいじゃなかった。 「しかしこれは羽衣を使った技なので……」 「じゃあそれくださいっ!」 「あげられませんっ」 べしっ、と羽衣で叩かれた。……布のはずなのに、えらい衝撃が襲ってきた。 「お、おお〜〜〜」 痛い痛い痛い。地味にほっぺたが痛い。まるでビンタされたみたいだ。布で叩かれただけのはずなのに。 「これは身に着けると、人間でも空を飛べると言うありがたい代物。貴方に上げるようなものではありません」 「……空は飛べるから、そっちはいいです」 「でしょう。第一、必ずしもこの羽衣でなくても、丈夫な布を使えば使えるのでは?」 丈夫な……丈夫な……って、そんな曖昧なアドバイスで使えるわけがねえ。 「あの、じゃあ布を用意できたとして技の使い方は?」 「くいっ、として、ぎゃんっ、って感じですが」 わけわからんっ! 「も、もうちょっとわかりやすく」 「空気読んでください」 ……え〜〜? 結局、衣玖さんからはなんら具体的なアドバイスはもらえなかった。 いいさ、こうなったら自力で開発してやる。……さて、そうすると、布じゃなくてもドリルっぽいのを用意する必要が。 あ、そういえば天子のやつも岩をドリルみたいにして飛ばしていたな。むしろこっちのほうが目があるか? 土符を適当に改造して…… 「はて?」 なんてどうでもいいこと(我ながら本当にどうでもいい)を考えていたら、いつの間にか天界に到着していた。 しかし、肝心要の天子の姿が見えない。 っかしいなあ。前、来たときはここで思い切り弾幕ごっこをやってたっていうのに。 「あっちの島かな?」 どうも、天界と言うのは一つじゃないらしい。今僕が立っている地面以外にも、いくつかの浮き島っぽいのが雲海から覗いている。 ……ってか、考えてみたら雲の上なんだよな。うわ、そう考えるといきなり足元が怪しく思えてきたぞ。いくら空を飛べるからって、これほどの高度だと流石に怖い。 「うー、わー、高ぇ〜」 恐る恐る、天界の淵から下界を覗いてみる。 緋色がかった雲に遮られてほとんど見えないけれど、時折雲の切れ目から見える地上はもう遠すぎて眩暈がする。 でも怖いもの見たさからか、一度は目をそむけたものの、ついついもう一度覗き、再び恐怖に震える。 ……うむむ。なかなかスリルがある。 「あれー? 良也じゃん〜。なに、また来たの?」 「……萃香?」 聞き覚えのある声に振り向いてみると、萃香が自慢の瓢箪をくるくるさせながら歩いてきていた。 瓢箪を持っている方とは別の手には齧りかけの桃がある。 「そういえば、お前なんで天界にいんの? 前来たときもいたけど」 「ちょいとここの土地の一角を譲り受けてねぇ。しばらくこっちで歌と踊りとお酒三昧の生活さ。ただ、料理は地上のほうが美味いけどね」 桃を齧って、萃香がため息をつく。っていうか、羨ましい生活をしている。たとえ飯が地上のほうが美味いと言っても……あ、でも。 「でも、天子のやつは『天上の美味』がどうとか言っていたぞ」 「そりゃ、出るところに出れば美味い料理もあるんだろうけど。私ゃ天人じゃなくて鬼だからね。そこらに生っている桃くらいしか食べるものがない」 桃かあ。密かに大好物なんだけど。天界の桃ね…… 「僕にもくれ。どんなのか食べてみたい」 「いいよ。ほれ」 もう半分くらいになった桃を、萃香が投げてよこしてきた。 形が不揃いのためか、微妙にそれた桃をキャッチする。 「うわっ、汁で服がべたべたになったじゃないかっ」 「はっはっは。ごめんごめん。ああ、桃ならあっちにいっぱい生っているよ。案内しよう」 ……うぬぅ、萃香め。あとで覚えてろ。 なんて心の中で悪態を付きつつ、萃香の後ろを付いていく。 んで、もらった桃を食べ……美味っ!? なんだろ、瑞々しいのに水っぽくない。齧った瞬間、濃厚で甘い汁が口の中を満たして、果肉自身の甘みもあって、今までの桃は偽者かと思うほどの味になっている。 も、桃一つとってこれか……。むう、天子のやつが、地上の飯を『土臭い』と一蹴するのも判る気がする。 でも、確かに萃香は気に入らないだろうな。酒には合わない。 「ほれ、ここだ」 案内された土地は……桃、桃、桃。桃の木が鈴生りだった。うわぁ……桃狩りに行っても、ここまで立派な果樹園はそうそうないぞ。 「これ食べていいの?」 「いいんじゃない〜? 私は、仕方ないからつまみにして食べているし」 贅沢すぎね? まあいい。遠慮なくもう一個。 ……ンまい! もう一個、もう一個。 「そふぉだ。萃香、ひょいとひひたいんははな」 「口の中のものを食べてから喋りなよ」 「……んぐ。萃香、ちょいと聞きたいんだがな」 喋っている合間にも、桃を齧る。行儀が悪いのは分かっているが、美味いんだよコレ。 「天子のやつがどこにいるか知らないか?」 「天子? あの天人かい。さあ、そういえば今朝は見かけたけどねえ」 あ、やっぱりこっちに帰ってきていたんだ。 「あいつになにか用?」 「いやいや。あいつ、神社の復興ほっぽりだして帰ったからさ。霊夢がおかんむりなんだよ」 「そりゃ怖い」 萃香は肩をすくめる。そーだよねー、怖いよねー。 「しかし、今どこにいるかはちょっとなあ。自分ちにでも帰っているんじゃないか? どこにあるかは知らないけど」 「そっか。……まあ、探すかあ」 面倒くせえ。ここに来ればすぐ会えると思っていたのに。 天界見物も、この桃園だけで十分だよ。 「なんだ、そんなことなら、萃めてやろうか?」 「え? いいの」 「いいさ、別に。ちょいと待ってな」 萃香は人差し指を天に突き立て、何かを念じる。 「……よし。これでそのうち来るだろう」 「すぐじゃないのか」 「まぁね。基本的に、生物は萃めにくいのさ。近くにいれば物理的に吸引すりゃいいけど、そうじゃなけりゃ『なんとなくこちらに来る』ようにするしかない」 ほほう。……ってことは、しばらく時間が出来た、ってことか。 「そうだ。なあ良也。久々に呑まない……」 「ん? なんだ?」 リュックに大事に仕舞っておいた一升瓶と乾き物を取り出していると、萃香が話しかけてきていた。 「すまん、聞いていなかった。なんだって?」 「いや、呑まないかって言ったんだが……準備いいなぁ」 「だって、ここで一杯やってみたかったんだよ」 景色も綺麗だし。桃はつまみにはちょっとアレだけど、口休めには丁度いい。 「おおっ、しかもしっかりつまみも持ってきているじゃないか」 「少ないんだから、ちゃんと分けるんだぞ」 「はいはい〜」 本当は一人で呑もうと思ってたんだけど、思わぬ相方が出来てしまった。 イイネ。一人で呑むより、二人のほうが良い。 んで、気が付くと、いつの間にか萃まっていた天子も一緒に、ぐでんぐでんになるまで呑んでいた。 ……帰ったら、霊夢に怒られた。 | ||
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