そろそろ新生神社が完成しつつある頃。なぜか妖夢に白玉楼へと誘われた。

「なあ、妖夢。改めて聞くけど、なんで?」
「いえ、幽々子様がお呼びなので」

 はて、最近幽々子を怒らせるような真似をしたっけか。してないよなあ……。ふむ、手土産にどらやきも持ってきていることだし、噛み付かれたりはしないだろうけど。

「ああ、そういえば。神社の復興も随分進んでいましたね」
「そうだな……。天子のやつがようやく本腰を入れてきた、ってところか。ほら、今日もちゃんと工事の指揮してただろ?」
「あの天人様、真面目にやっているんですかね? 私はどうも信用できないのですが」

 気持ちはわかるけど、信用するしかないだろう。博麗神社には人里の大工に依頼するような金はないんだから。……って、あれ?

「妖夢って、天子と知り合いだったっけ?」

 この子が、初めて会ったような相手をここまで悪し様に言うとは思えない。
 僕の知る限り、二人に面識はなかったと思うけど。

「ええ。私も以前の異変を調査しておりまして。それで、あの天人様の所に行き着きました。その後は……まあ、いつものように」
「……そうだな、いつものように、だな」

 やりあったな。
 ったく、普段は大人しいくせに、いざ事を構えるとなったら、幻想郷でも指折りの喧嘩っ早さだからな、妖夢は。口癖は『斬る』だし。

「私のほかにも、あの天人様とやりあった者は大勢います。幽々子様も、私の前に天界に出向いていたとか」
「ええ? あいつが妖夢も連れずに?」

 なんか、自分ちで食っちゃ寝しているイメージだった。異変解決に乗り出すような気概もあったのか……ちょっと見直したかも。

「幽々子様ならそこで異変を解決することも出来たんでしょうけどねえ……。でも、もっと異変を長引かせるように、と天人に言うだけ言って、帰ってきたそうです」
「……はい?」

 なぜに異変を長引かせる? いや、幽々子が異変を解決する理由はないかもしれないけど、解決しない理由もないだろう、そこまで行ったんだったら。

 なんて疑問は、冥界の門を潜り抜けた途端、吹っ飛んだ。

「寒っ!? ……ゆ、雪!?」

 冥界に入ると、雪景色が広がっていた。……わけわからん。

「ええ。これが、幽々子様が起こした天気だそうです。ちょっとした工夫で、自分の望みの天気にしているとか」
「あっ! これも天気の異変か!」

 なるほど、幽々子らしいといえば幽々子らしい。夏に雪を降らせる辺り、遊び心が利いている。
 しかし、天子の起こした異変はそろそろ収束に向かっている。天気の異常もほとんどなくなり、すぐにこの雪も解けるだろう。

 ……しかし、今はまだまだふかふかの雪だ。地面に降りて触ってみると、よくわかる。

「まったく。雪かきする者の苦労もわかってほしいものです。こんな時期に雪が降ったせいで冬物の服も出さなくてはいけなくなったし……良也さん?」

 後ろで妖夢が何かを言っている。

 しかし、僕はそれも耳に届かず『キャッホーイ!』とか叫びながら雪だるまを作りにかかっていた。


























「気に入ってもらえてなによりだわ」
「いや! テンション上がるって。夏に雪だぞ!?」

 そりゃ、雪だるまの一個や二個作りたくなるものである。
 白玉楼の庭には、僕が作ったでかい雪だるまが二体、デンと鎮座していた。二体目は妖夢の協力を得て作成したものである。なんだかんだで、始めてみると妖夢もノリノリだった。

「呼んだのは他でもないわ。この雪を、一緒に楽しもうかと思ってね。貴方、なかなか掴まらないんだもの。溶けちゃうかと思ったわ」
「それは悪かった」

 そういや、最近天界に行ったりしていたしなあ。

「幽々子様、お持ちしました」

 と、幽々子に言われて台所に行っていた妖夢が、お盆に湯気を立てる銚子とお猪口を二個持ってくる。

「ほら、雪見酒よ」

 その銚子を手に取り、幽々子がお猪口を渡してくる。

「……ついこないだも呑んだ気がするんだけどな」

 しかし、確かにこの雪景色は肴には申し分ない。
 幽々子から、燗した日本酒を注いでもらい、ぐいっ、と一気に煽る。

 かー、と熱いものが喉に滑り落ち、胃を暖める。

「幽々子も」
「はい、ありがとう」

 幽々子にもお返しをする。
 お猪口いっぱいにした酒を、幽々子はくー……と呑んでいった。

 ふぅ、と息をつき、お猪口を置く。……う、

「ん? 呑むでしょ?」
「も、もらう」

 息の吐き方が艶っぽかったんで、ちとドキリとしてしまった。……落ち着け、僕。相手は幽々子だぞ、コラ。

「っとと……。ありがと」

 もう一度幽々子から酌してもらった酒を、今度はちびり、ちびり、と呑む。
 それを見て、幽々子は手酌をして、再び、くいっと煽った。一瞬、幽々子の表情を覗き見すると、別段フツーだ。……ふう、やはりさっきのは僕の気の迷いだったらしい。

「どう? 夏の雪もなかなか乙なものでしょう?」
「そうだなあ。なかなか見ることないし。海外にでも行けばあるんだろうけど」

 でも、そんなお金はないし、そもそもその国ではそれが普通なんだろう。日本の夏に雪が降ったのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。

「ただ、避暑にはちょっと寒いな」
「そうね。良也、少しだけ暖めてくれるかしら?」

 聞きようによってはドキリとする台詞だが、その意図するところは違うだろう。僕はちょっと外れかけた思考の軌道修正をして、気温をちょっとだけ操作した。
 もちろん、雪景色に見合う程度に。あまり暖かすぎてもアレだし。

「酒で芯から温もるし、こんなもんでどうだ?」
「ああ、ありがとう。暖かいわねえ。これはいらないかしら」

 幽々子は『どてら』を脱いだ。

 どてら……いや、こっちでは普通なんだけどさ。

「あ、片付けてきます」
「ええ、お願い」

 妖夢にどてらを渡し、幽々子は再び酒を呑む。僕も自分で酒を注ぎ、ちびちび呑む。
 なんとなく、落ち着いた雰囲気だ。

 なんか酒呑んで熱いのか、幽々子の着物がちょっと乱れかけているのが気になるが。……気にするな、心頭滅却だ、僕。あれは幽々子なんだからさ。ほら、僕の持って来たお土産のどらやきを早々に一人で食っちまったやつなんだから。

「雪ももう溶けてしまうわねえ」
「……そうだな」

 僕が来たときはまだちょろちょろ降っていた雪も、もう降っていない。気温は低いが、太陽は夏らしい輝きを取り戻している。
 もはや、この幻のような雪景色が溶けてしまうのも時間の問題だろう。ぐちゃぐちゃになったあと、庭の手入れは大変だろうが。

「ふう、ちょっと酔っちゃったかしら」
「早いよ。お前、普段はザルのくせに、この程度で……

 言葉が詰まった。

 ……幽々子は、足を崩してて顔をちょっと紅潮させて、その、なんだ。妙に色っぽいんだが。

 妖夢、ヘルプだ。このしっとりした雰囲気をなんとかぶち壊してくれ。こんなの僕のいる空気じゃない。……た、助けてー!

 心の中で悲鳴をあげる。……あれ? なんか幽々子がちょっと近づいているような。
 ……おーい。近いよ、なぜに膝に手をつく。

「ねえ、良也」
「な、なんだ?」

 なんか、声まで耳に絡みつくような色気を放っているしっ! なんだ今日の幽々子は? もしかして、これは夢か? ……そんなわけはない。このリアルな感触が夢だとは思えない。

 ……ぎゃああああああ!? 顔がちっけええ!!

「ふがっ!?」

 ……鼻を抓まれていた。

「……なにをする」
「いや、面白いかなあ、と思って」

 カラカラと笑う幽々子は、すでにいつもの雰囲気だった。

「……で、なに? さっきのは」

 さっきの空気が霧散したのはありがたいけど、なんか納得いかないぞ。

「いやね。最初、貴方ちょっとドキっとしたでしょ?」

 ばれてる。……いやいやいや。

「してねえ」
「だから、たまにはこっちの方面でからかうのもいいかなと思って」

 いいかなと思って、とか。……勘弁してくれ。




 で、その後、妖夢がどてらを片付けて帰ってきたので、僕と幽々子は連携して妖夢に酒を呑ませた。

 ……雪が降っている以外は普通の一日だったな。雪合戦でもすればよかったかもしれん。



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