山の上へ、上へと向かっていたら、いつのまにか雷雲渦巻く魔境に突入していた。

「こ、東風谷ぁ!? 引き返さないか!? 雷とか危ないしっ!」
「大丈夫です、滅多に雷なんて落ちるもんじゃありません」
「雷雲の中でもその法則は適用されるのか!? 今にも感電しそうで怖いんだけど! だから一旦引き返して、雷雲がなくなってから来れば!」

 東風谷の近くはずっと穏やかな晴れ間だったんだけど、流石に雲海の中では天気も変わらないらしい。……っていうか、アグレッシブすぎるぞ、東風谷。

「だって先生。この上に犯人がいるんでしょう?」
「い、いやそうらしいけどっ」
「なら、止まるわけにはいきません」

 アグレッシブだぁーーーー!

「むっ!? 先生、止まって下さい!」
「と、止まって大丈夫なのか? なのか!?」

 ひひゃっ!? なんか近くに雷落ちたんですけど!

「おやおや、天狗でもないし、河童でも幽霊でもない。人間がこんなところでなにをしているんですか? 珍しいですわ」

 ピカッ! という雷鳴とともに現れたのは……えーっと。なんかこう、落ち着いた感じなんだけどやけに目にまぶしい緋色の衣装を着た、女……性?
 ……また妖怪かっ!

「ん? よく見ると、貴方は人間よりもむしろ神に近いですね? 半神……いえ、現人神? ますます珍しい」
「貴方こそこんなところでなにを? この雷雲の中を泳いでいるなんて、只者じゃありませんね?」

 東風谷東風谷、僕たち人のこと言えない。怪しいのは確かだけどさ。

「私はある異変を伝えるだけの龍宮の使い。天を漂う緋色の霧はその前兆。緋色の雲はやがて大地を揺らすでしょう」
「!? 大地を揺らす?」
「そう、地震のことです。もうすぐ大きな地震が起こります。私はそれを伝えに……」
「いや、ちょっと待った」

 女性の話を遮る。

「……なんでしょう? 空気を読まない割り込みは嫌われますよ?」
「いやいや、関係のある話だって。えーと……」
「永江衣玖です。どうぞお好きなように」
「それじゃ、衣玖さんとやら。もうすぐ、って言うけど、今朝博麗神社ってところで局地的大地震が起こったぞ」
「なんですって? おかしいわねえ」

 衣玖さんがちょっと悩むような仕草をする。
 んで、その衣玖さんの前に東風谷が立った。

「……なんでしょう?」
「先生、犯人がわかりました」

 犯人? って、この状況でいう犯人って、

「貴方ですね。この異変とやらを起こした犯人は」
「はい? なんのことでしょう。異変? この緋色の霧は自然現象。地震が起こる前は、いつもこのような雲が出るのです」
「自然現象? こちらの先生の話では、どうも天気を変える緋色の霧は人の身から立ち上っているそうですが?」
「なんと。そうすると、もしかしてこれはすべてあの方の……」
「ふん、語るに落ちましたね」

 東風谷ー。僕にはあの人が全然事情を把握していないだけに見えるんだけど。
 ってか、塾時代から思っていたけど……割と思い込み激しいな、東風谷。

「さあ、今すぐこの異変を止めて、守矢の分社を壊したことを謝罪するならよし。そうでないなら」
「だから、それは誤解です。私は地震を伝えるだけで、起こしたり鎮めたりするのは天界の」
「そうですか……残念です。反省の色が見えませんね」

 東風谷が守矢神社式お払い棒を構える。……やべっ。

「さあ、喰らいなさい、神の怒りを。秘術『一子相伝の弾幕』!」
「うわっ!? や、やるんですか!?」

 ……逃げよう。はっちゃけた東風谷の弾幕から、生き延びる自信がない。



















「……ここ、どこ?」

 雷雲の中を彷徨い、とりあえず当初の目的どおり上に向かっていたら……
 なんか変なところに出た。

 眼下には雲海。相当上空のはずなのに過ごしやすい気候。
 高原植物だろうか? なんか見たことのない花が咲き誇っている。

 えっと。う〜〜ん?

「あれ〜〜? 良也じゃない。天界まで、なんの用?」
「は?」

 なんかいやに聞き覚えのある声。
 振り向いてみると、瓢箪を口に付けながらこちらに千鳥足で歩いてくる鬼が……

「萃香?」
「ぷはぁ〜〜。うん。や、こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは……って、お前、なんでこんなところにいるんだよ。っていうか、ここどこ?」
「ここは天界。なんで私がここにいるかっていうと、日向ぼっこしたりみんなでお酒を呑んだりするため」

 相変わらずわけがわからん。
 しかし、天界? 天国ってことか? もしかしてまた、知らないうちにあの世とこの世の境を越えちゃったのか?
 ……有り得る。

「しかし、良也まで来るとはねえ。ささ、せっかく花も綺麗なんだし、酒でも一杯」
「あ、ああ」

 萃香の盃を受けて、一息に飲み干す。

「お、いい呑みっぷりだ」
「朝から色々とあってな。むしゃくしゃして……って! 待て。もしかして、ここに天気の異変を起こしたやつがいるんじゃあないのか?」
「……呑んでから聞くのか。ああ、いるよ」

 考えてみれば、そいつがすべての元凶なんだ。さっきの衣玖さんの言葉をよく考えてみれば、緋色の霧は地震の前兆。そして、妙な天気はその緋色の雲によって起こされた。

 そして、緋色の雲を作り出した犯人はここにいる。

 僕が神社に潰されたのも、復活して裸を披露することになったのも、東風谷が怒って僕を雷雲の中引っ張っていったのもそいつのせい。
 ええい、考えると八つ当たりしたくなるぞ。八つ当たりじゃないけど。

「で、そいつはどこにいるんだ?」
「さっきまでここにいたんだけどねえ。あんたが来るなりどこかに雲隠れしちゃった。そこらへんの雲に紛れて隠れているんじゃない?」
「雲だけに?」

 ええい、これだけの異変を起こしたやつが、なんで僕ごときから逃げるんだ。
 しかし、探すのも面倒だし、第一闇雲に探して見つかるとも思えない。雲だけに。

 萃香と視線を交わす。

「……萃香。酒一本でどうだ?」
「五本だねえ」
「高い。二本とつまみのするめ」
「ふむ……まあ、その辺で妥協してやるか」

 萃香が指を天に立てる。
 その行為にあんまり意味はないと思うんだけど……まあ、気分の問題なんだろう。僕も意味もなくポーズとか取ってみようかな……

 なんて、のんびり考えていると、雲海の中から一つの影が引っ張られてきた。

「あああああ!?」
「ほい、萃めたよ」

 ナイス。

「ちょっと、そこの鬼! なにしてくれるの!?」
「いや、酒二本とするめが」
「買収じゃない」

 もう少しエレガントに小麦色のお菓子とでも呼んでくれ。
 ……しかし、また女の子かあ。

「えっと、君が異変を起こした犯人?」
「うっ」

 なんだ? 顔を赤くしている。……恥ずかしがり屋さん?

「その、答えて欲しいんだけど? もしもし?」

 恥ずかしがり屋とは、また今までいなかったタイプ……

「ああ、良也。天子はまともに話せないかもよ」
「なんでさ」
「こいつが博麗神社を潰した地震を起こしたからな」
「……罪の意識?」

 そんなのを感じるくらいなら、最初から異変なんて起こさなきゃいいのに。しかし、そうするとあまり責めすぎるのも可哀想かもしれない。

「いや、違う違う。異変を起こしたんだから、その顛末を観察するのは当然だろう? んで、あんた地震が起こって死んだ後、なにをした?」
「なにをしたって……」

 その、復活した。非常に不本意な形……で!?!!?!?

「ま……ま、さか」
「私も見てた。なかなか見事だったよ。なにが、とは言わないけど」

 ぎゃああああああああああああああああ!?

「あ、死んだ」
「……いっそ殺してくれ」

 死ねないけど。

 恥ずかしくて、地面に穴掘って埋まりたい。霊夢や魔理沙のみならず、ロリ鬼や、さらにはまだ会ったことない女の子にまで見られていたなんて、僕のアイデンティティ崩壊の危機。

「……う」
「それで、君は?」

 犯人と思われる少女は、聞くと僕から視線をそらし、

「ちょ、ちょっと待って。始めからやり直すから」
「はい?」

 んで、少女は消える。
 ……逃げた? もはや追いかける気力もないけど。

 ――天にして大地を制し

 は? なんか聞こえてきた。

 ――地にして要を除き

 さっきの女の子の声?

 ――人の緋色の心を映し出せ!

 どすんっ! と重い音を立てて、先ほどの少女が僕の目の前に立つ。

「ふん、巫女が来るかと思ったら、その腰ぎんちゃくの男とはね。異変解決の専門家じゃないと、意味がないって言うのに」
「……えーと」

 僕は一体、どうやって反応すればいいんだ?
 誰か、教えてくれ。



前へ 戻る? 次へ