「まあ、貴方でも異変解決の巫女が来るまでの暇潰しくらいにはなりそうね」
「……はあ」

 さっきまで恥ずかしがって顔を伏せていた少女は、なにやら威厳がありそうな雰囲気で台詞を紡ぐ。
 こっちとしてもそのほうがやりやすいけど、なんだろうねこの娘。

「で? 君があの地震とか変な天気を起こした犯人でいいの?」
「そうよ。私は天界に住む比那名居天子。これは天界の宝、緋想の剣」

 取り出した剣を、天子とやらは大地に突き立てる。
 途端、足元が揺れた。

「っとっと」
「この緋想の剣で人の気質を集めて……集めた天の気で大地を揺るがす。神社の地震は小手調べ、これから幻想郷全体の大地を揺らすわ」

 ……いや、それ洒落になっていない。

「本気か? どんだけ被害が出ると思ってんだ」

 幻想郷全体、ということは当然人里も含まれる。家屋が倒れれば、死人だって出るかもしれない。

「ここは宙に浮いているから関係ないわ」
「いや待て」

 ものすごく自分勝手な理屈が飛び出したぞ。

「……なんで?」
「いつも楽しそうな貴方にはわからないわ。天界は退屈でねえ。毎日歌を歌ったりお酒を飲んだり踊ったり。そんなのばっかり」
「素直に羨ましいんだが」
「下界で人間や妖怪たちが遊んでいるのを見て羨ましかったの。ああ、私もああいう遊びに参加したいなあ、ってね。だから地震を起こした。そうすると、きっと巫女が私を退治にやってきてくれると思ったからね」

 ……ようするにこの子は自分が退屈だからと、博麗神社を地震で潰して、あまつさえこの先幻想郷全体を地震に見舞おう、と。

 ………………阿呆か。

「いやいやいや、待て! そんなの許されると思っているのか!?」
「誰に許しをもらう必要もないわ。私は私のやりたいようにやる。それに、異変なら巫女が解決しに来るんだから大丈夫でしょう?」
「そういう問題じゃない! 大体、やりたいようにやるって、僕を剥くのがあんたのやりたいことか!?」

 突っ込みを入れると、天子はあからさまにうろたえた。……ここが弱点かっ。

「そ、それは関係ないでしょう!?」
「あるわいっ! あのあと、僕がどれだけ惨めな気持ちになったと思う!?」
「知らないわよっ。それを言うなら、あんなのを見せられた私の気持ちも分かるって言うの!?」
「知るかっ! そして知る必要もないわこの痴女め!」
「痴……!? 言うに事欠いてそれ!? よりにもよって貴方が!」
「よりにもよってとか言われるようなことした覚えはないわバカタレ!」

 ええい、と顔を赤くした天子は緋想の剣を振りかぶる。

「もはや問答は無用ね。貴方の天気は見えないけれど、私の天気を見せてあげる。さあ、刮目しなさいっ! 有頂天の境地っ」
「お前は有頂天で『きゃっほーい!』とか言っておけばいいんだ!」
「本来の意味も知らないの!?」
「ある意味お前にぴったりだよ有頂天娘!」

 ガルル、と僕と天子は牙を剥いて向き合う。天子のほうは、今にも弾幕を仕掛けてきそうだ。
 うーむ、どうしたもんか、この我侭娘。まさか退屈だからと言う理由で異変を起こすやつがいるとは思わなかっ……

「……くそう。いそうだなぁ」
「なによ」

 残念なことに、レミリアとか輝夜とか、暇潰しに異変を起こしそうなやつは枚挙に暇がない。……いや、でも、連中なら博麗神社や人里を直接狙うことはしない……ハズ。

 じ、自信がなくなってきた。

「なに? 準備はできたの? じゃあ、やるわよ」

 緋想の剣を僕に向けて、天子が宣言する。
 ……しかし、こんな大規模な異変を起こすような輩と僕とで勝負になるはずもない。

 ここは、大人らしく話し合いだ。しかし、どうにも話し合いを聞いてくれなさそうな雰囲気……

「あ、よ、よしっ。萃香! 酒くれ!」
「いいよ〜」

 と、萃香が無限に酒の湧き出る瓢箪を、気前よく投げてよこしてくれる。

 サンキュ、と礼を言いながらそれを受け取って、天子に視線を送った。

「なに、自暴自棄? それとも、貴方はもしかして酔拳の使い手なのかしら」
「ふん、なにも弾幕ごっこだけが勝負じゃないだろう」

 ごくり、と瓢箪の中の酒を一口嚥下する。

「呑み勝負だっ!」

 実は、単に酒を呑みたいだけだというのは秘密である。




















「……ふぅん。いいわね。貴方とまともな勝負をしたって、つまらなさそうなんだもの」
「だろ? これなら公平だ」
「でも、公平と言うのはどうかしら? こちとら歌と踊りとお酒が仕事の天人。たかが二十歳そこそこの若造が太刀打ちできると思って?」
「お前、どう考えても見た目より下の年齢だろ」

 我侭なところとか我侭なところとか我侭なところとか。

「……それから、酒器くらい使いなさいよ。貴方と間接キスなんて私は嫌よ」

 あと、微妙に純なところとか。
 男の裸や間接キスくらいで取り乱すようじゃ、んな偉そうな口は聞けないぞ。見られた僕が言うのもなんだが。

 で、天子が虚空から取り出した二つの酒器で、酒を酌み交わす。

 酒が仕事というのは間違いはないのか、見た目にそぐわず天子は意外な酒豪っぷりを発揮して、一気飲みした。

「おお、いい呑みっぷり」
「当然。樽で持ってきなさい」

 んな無茶な。

「ぶはぁ〜〜」
「酒臭い」
「うるせ」

 あ〜、美味い。もう勝負とかどうでもいいや。とりあえず、こいつをここで引き止めとけばそのうち霊夢が来るだろうし。
 チキンとでもヘタレとでも、もうなんとでも呼んでくれ。

「それでー? さっきから退屈退屈言っているけど、そんなに暇なのか、ここ」
「まあね。毎日毎日変わり映えのしない毎日。そりゃ、十年、二十年ならいいけどね。長いこと続けていると飽きるのよ」
「ふん、その気になれば楽しいことなんていくらでもあるさ。たとえばあの雲。なんとなく熊に似ていね?」

 うむ、あっちのはケーキで、あっちはユーラシア大陸だ。そんな日常の何気ないことでも十分楽しめる。

「そんな暢気な楽しみはごめんよ。私は、刺激が欲しいの。異変を起こしてコテンパンにされてみたいのよ」
「……言っちゃ悪いが、その趣味はおかしいと思うぞ」

 せめて勝つこと前提で異変起こしてくれよ。最初抱いた怒りがもりもり萎えていくぞ。ていうかそれって……いや、何も言うまい。

「大体、暇なんだったら遊びに来ればよかったじゃん。別に誰が来ようが連中は気にしないぞ」
「私が?」

 キョトン、と天子が目を丸くする。

「はっ、なにを言うかと思えば。酒はも歌も踊りも、天界のほうがずっと美味いし上手いよ。わざわざ下に行くことなんて……」
「地上を覗くほど興味津々の癖によく言うな」
「の、覗きとか言うなっ!」

 そこに反応すんな。っていうか、まだ気にしているのか。僕はもうそろそろ色々あきらめつつあると言うのに。天人、というわりには初心なやつめ。
 ぐびぐび酒を呑む。

 よし、からかってやれ。

 自然な雰囲気で、酒を注ぐ振りをしながら聞いてみる。

「……で、僕の裸(ら)はどうだったんだ? 感想を聞かせてくれ」
「は、ええ!?」

 天子が顔を真っ赤にして、距離を取る。うぉぅ、すげえ勢いで後退ったな。

「いや、別に深い意味はないんだが。見られたのは恥ずかしいが、なんていうのか、女の子から見てどう思われるか、気になると言えば気になる」
「う……あ」

 むう、世の中のオジサンたちが若い子にセクハラする気持ちが少し分かってきた気がする。
 なんていうの? スゲー楽しい。

 酔っていないとこんなこと言えないけどさ。でも、そうか、だから酒の席でのセクハラが多いんだな……

「そんな太ってもいないし、悪くはないと思うんだが」
「や、やめなさいよっ」
「なにを? あ、ところで酒呑まないの? 呑み勝負は僕の勝ちってことでいいのか?」
「の、呑むわよ! 呑む。私に勝とうなんて百年早いわ」
「よし、それじゃあ負けたほうが脱ぐことにしよう」

 ……あ、勢いに任せてとんでもないことを言ってしまったかもしれん。
 流石にこれはマズいだろ。『冗談ぷー!』とフォローを入れなくては。

「な、なな……」
「あ、今のは冗談ぷー」
「なにを口走っているんですか先生ー!」

 ちゅどーん、と僕のいる辺りでいきなり爆風が起こった。
 どっかのラブってひなってする漫画のごとく空中に舞う男。それは僕。

 視界の端に、途中で分かれた青っぽい巫女の姿を認め、世のお父さんたちセクハラするとマジ身の破滅ですよー、とエールを投げかける僕であった。



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