さてはて、妖怪の山までやってきた。 霊夢は今頃、小町とガッツンガッツンやっている頃だろうし……仕方ない、一人で行くか。 と、守矢神社に向かういつものルートを辿っていたら、いきなり暴風と言えるような強い風と雨が体を叩いた。 「ちょっとちょっと! こんな嵐の日に山に入るなんてっ!」 「……射命丸か」 「射命丸か、じゃないわよ。まったく、貴方は自分が死なないと思って、ズケズケと。いつか痛い目に合うよ?」 ああ、割と本気で心配してくれているのかもしれない。いつもの取材モードじゃなくて、真面目モードだ。 「いや、あのさ。射命丸。もしかして、ここのところずっとこんな天候じゃないか?」 「知っていてここに……って、んん?」 射命丸は強風の中、器用にメモ帳を取り出し、こめかみをぐりぐりする。 二ページ、三ページとめくり、目がキラリと光った。 「むむむ!? 確かに、ここしばらく、行く先々、ずっとこんな天気でした。もしや、外の世界で言う異常気象とやらが幻想郷に攻め込んできたのでは!? こ、これはいい記事になりそうです」 「いや、あのさ。射命丸」 「なんでしょう!? ああ、そうそう、土樹さん。外の世界の異常気象は、こんな感じなんですかねぇ?」 「……似たような天気もあるかもしれないけど、でもこれ違う。この天気、射命丸の周りだけ」 「はい?」 僕の言うことをすぐには理解できなかったのか、射命丸が逡巡する。 ……しかし、小町もそうだったけど、魔理沙の雨程度ならともかく、どうしてこんな変な天気でおかしいと思わないんだ、こいつら。おおらかすぎないか? 「むむむ? 言っていることが良く理解できないのですが」 「いやさ、山に入るまでは晴れてたし」 「山の天気は変わりやすいのです」 「いや、射命丸に会うまではそれはそれは穏やかな登山日和だった」 「わ、私が雨女と言いたいんですか!?」 こいつ、もしかしてわざと呆けているんじゃないだろうな? 態度が嘘臭すぎる。 「ふむ……つまり、天気を操っているものがいると? おお、それはすごい異変です。次の新聞はこれで決まりですね!」 「わかってるよな? お前、絶対わかっているよな!?」 「なんのことやら。土樹さんに聞くまで、そんな事態になっているとは露とも」 絶対に嘘だ。大体、自他共に認める情報通で、そこかしこに足を運んでいる射命丸が、この天候の異常に気付かないわけがない。 っていうか、小町の言うことを信じるなら、この山こそが犯人の住処への入り口。山をシメている天狗がなにも知らないとは思えないぞ。 「……もう行くぞ、僕」 「あやや? 今日は巫女は動いていないんですか?」 「動いてるよ。今は小町相手に弾幕ごっこの真っ最中。たまたま、今日は僕が早かっただけ」 「ほうほう……それは興味深い。密着取材ですね」 「付いてくんな!」 「いえいえ、私のことはほら、カカシかなにかと思ってください。なんならずぅ〜〜っと離れていますんで」 盗撮じゃん。大体、射命丸が近くにいたら天気がこんな風雨に変わると言うのに、気付くなと言われても。 「……勝手にしろ」 「はい、勝手にしますー」 じゃ、と射命丸は先の宣言どおり姿を消す。しかし、天気は相変わらず強い風と雨で、近くにいることはすぐわかる。 ……ウゼェ。 「あれ? 先生……なんでずぶ濡れなんですか?」 とりあえず、妖怪の山ということで東風谷のところに寄ってみた。 「ついさっきまで雨に打たれていたから」 「? 今日……というか、ここ最近、雨なんて降っていませんよ」 そりゃね。例によって、ここの上空にもあの緋色の雲があるし、ここは別の天気が支配しているんだろう。普通の晴れ。でも、なんていうか、ぬくい感じ。 ……ん〜、小春日和? もうそろそろ本当に春だけど。 「いや、ちょっと異変が起こっててさ。天気が変なんだよ」 「異変……ですか?」 よく分かっていない風な東風谷。あ〜、そういえば、東風谷が来てから異変らしい異変ってなかったっけ? 「異変ってのはあれだ。なんていうか……幻想郷全体の馬鹿騒ぎ? 春夏秋冬のありとあらゆる花が咲きまくったり、夜が明けなかったり、理由もなく毎日宴会があったり」 「……よくわからないんですけど」 「言ってて僕も思った」 今考えると、改めて僕って変な経験しているんじゃね? 「ま、まあとにかく。どっかの暇をもてあました馬鹿が、変なことを起こすんだよ。幻想郷の恒例イベントみたいなもので」 「はあ……」 「で、今回は天気がおかしいわけだ。見ろ。アレがその原因だ」 緋色の空を見せると、東風谷はびっくりする。 「ちょっと前から、雲の色がおかしいなぁとは思っていたんですけど……。あんなに色が変わっちゃって」 「どうも、小町が言うにはその人の気質に合った天気になるっていうんだけど」 ……ああ、それなら僕的癒し系の東風谷が、こんな穏やかな天気だと言うのも頷ける。 射命丸とか、なんだあの攻撃的な天気は。 「さっきまでは射命丸が雨と風起こしてた」 「それでずぶ濡れですか。風邪引きますよ」 「前風邪引いて、抗体ができたから大丈夫だ」 今はしっかりと温度を調節しているしね。 「しかし異変って。いつ終わるんですか?」 「霊夢が解決するまで。今回は早いぞ。霊夢のやつ、神社潰されて怒っているから」 「え!?」 東風谷が驚く。……そういえば神社のことは話していなかったっけ? 「だ、だだ大丈夫なんですか!?」 「僕は一回死んだ」 「ええ!?」 ああ、もう。東風谷はまだまだ甘いなあ。 「だ、大丈夫……そうですね」 「不老不死っつったろ」 「いまだに信じられません」 安心してくれ。僕もたまに信じられないときがある。もしかして、このまま生き返らずに死んじゃうんじゃないかな〜、と不安になったことは一度や二度ではない。 「ところで、守矢の分社は無事ですか?」 「倒れてたけど」 うん、神社本体や母屋に気を取られていたけど、確かにぐちゃぐちゃに倒壊していた。 「……そうですか」 「あ、あれ? 東風谷さん? なんか怖いっスよ」 なんかスイッチ入った? 「おーーいっ! 土樹さーん!」 「射命丸? なん……だぁっ!?」 後ろから射命丸の声が聞こえたと思ったら、射命丸は次の瞬間には僕の隣に地面を滑りながら着地していた。 ……速ぇよ、鴉天狗。 「ちょっと、博麗の巫女が山に強引に入ろうとしているので止めてきますね」 「なんで? 霊夢は異変を解決しにきているだけだぞ」 「いやはや、組織には面子というものがありまして。一応、止めるポーズくらいはしておかないと駄目なんですよ。せめてこの神社に来る道ならば、まだ言い訳も効いたんですがねえ」 仕方のないことです、と射命丸は諦め顔。 しかし、ってことは、 「僕、これから、そのルート外れて上へ行く気満々なんだけど。もしかして、僕も止められるか?」 だとしたら仕方がない。おとなしくここで事態の推移を見守るまでだけど。 「うーん、いいですよ。私からみんなに言っておきます。手を出すなって」 「え? いいの?」 「ネズミの一匹程度なら問題ありません。巫女はライオンか狼みたいなもんですからねえ」 ……いまいち釈然としないんですけど。 ネズミかあ、僕は。 いや、僕と霊夢のパワーバランスはそんなもんだろうけど。 「ふむん、じゃあ、ちょっくら行ってみ……」 「待ってください、先生」 「は、はい?」 低い声。東風谷はなんか怒っている。口答えをするな、と僕の本能が全開で叫んでいる。 「私も行きます。分社とは言え、守矢神社を傷つけた者には、相応の神罰を下す必要があります」 「そ、相応ってどれくらい?」 「相応は相応です。私だって鬼じゃありません。反省しているようなら良し。そうでないなら……」 そ、そこで言葉を区切るなっ! 怖いだろっ! 「あは〜、まあ仲良くやってください。守矢の神はうちと約定結んでいるんで、勝手にしてくれってな感じで。じゃ、私は行きます」 「あ、待て射命丸っ!」 「せいぜいがんばってくださいねー」 ああ……行っちゃった。 「さあ、行きますよ先生。神様をなめた報い、受けさせてあげましょう」 「……もうどうにでもしてくれ」 僕の個人的な恨みは、そろそろどうでも良くなってきたな…… | ||
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