霊夢は遥か先に行ってしまった。

 しかし、冷静に考えてみると地震が異変って……まあ、ありえなくはないけど、ちょっと解せない。
 魔理沙の言うことを信じるならば、地震が起きたのは博麗神社だけ。軽い地震ならまだしも、神社を潰すほどの揺れとなると、これはちょっと尋常な事態じゃない。

 なにせ、博麗神社はある意味で中立地帯。ここに手を出す――それも、神社が崩れるほどの干渉なんぞ、するやつに心当たりはない。
 もちろん、僕の知らない妖怪の可能性もあるけど……さてはて、仮にも幻想郷の妖怪、それも地震なんかを起こせるほど力を持ったやつが、そんな軽率なことをするだろうか?

「なんて、考えてもなあ。下手の考え休むに似たり、ってか」

 僕は、探偵ではない。こんな乏しい証拠から、真犯人の目星をつけるなど無理だ。
 大体、どんな名探偵だろうが、たとえコ○ン君だって、こと異変に関しては霊夢の勘にはどーせ敵わない。

「……ーーい」
「ん?」
「おーーーい! 良也ぁ。そんな急いで、どこに行くんだい?」


 地上から声が聞こえたと思ったら、小町がいた。
 無視していくのも後が面倒なので、降りて挨拶をする。

「っと。よう、小町。なんだ、またサボりか」
「サボりとは人聞きの悪い。ちょっと仕事に暇ができたからね。休憩がてら散歩中さ」
「おいおい、死神は二十四時間、休む暇もなく幽霊を渡しているって言っていたのはお前だろ」

 それがなぁ、と小町は頬をかく。

「どうも、ここ最近幽霊の数が激減しているんだよ。なんだい、外の世界で不老長寿の秘法でも完成したのかい?」
「そんなの聞いたことないけど」
「だろうねえ。と、すると誰かが幽霊を斬っている、としか思えないね」

 おいおい。僕の知る限り、そんな真似ができるのは妖夢だけだぞ。いや、他の連中もやろうと思えばできるのかもしれないけど。

「妖夢はそんなことしないと思うけど」
「私もそう思うさ。でも、あいつ以外に疑わしいやつがいないのも確かだ。あとで確認しておこうかねえ」

 ふーん。まあ無駄足だと思うけど。

「ところでさ、小町」
「なんだい?」
「……どうしてここら辺だけ、霧が立ち込めているんだ?」

 そう、ついさっきまではここまで霧は出ていなかった。
 この霧は、朝霧という感じではなく……どちらかというと、川の近くで出てくるような霧。……ふむん、ここらへんに河川はなかったよな?

「そうかい? ここのところ、ずっとこの霧は出ていたよ。異常気象かねえ。くわばらくわばら」
「雷は出ていないぞ……」

 しかし、異常気象? そういえば、魔理沙の周りにだけ雨が降っているとか言っていたような。
 ふと空を見上げると、小町の上空にもあの緋色の雲が浮かんでいた。

「なあ、小町。あの雲、どう思う?」
「雲ぉ?」

 僕が上空を指し示すと、小町は戸惑ったように上を見る。
 そして、すぐさまその目を細めた。

「ふ……ん。なるほど、天気の気質も幽霊の気質も、どちらも本質的には同じもの。あたいの気質が吸い取られて、上空に溜まって……ってわけかい」
「さっぱりわからん」
「幽霊を斬っていたのがあの半人半霊じゃないってことがわかった、ってところか」

 妖夢の線は最初から疑っていないから。

「で? 名探偵こまっちゃんは、一体どんな推理を?」
「推理っつーか。なんらかの力で、あたいから気質が抜き取られて、それが天気を変えているってことだけわかったのさ。この川霧はあたいの気質の具現ってこと」
「……気質の具現とか言われても」
「あ〜、まああたいは霧っぽいやつ、と理解してくれれば良い」

 霧っぽい……。そうか?

「魔理沙は雨だったみたいだけど」
「ふ〜ん、あの娘は名前のとおり『霧雨』かね。薄いし暗いし地味だけど、優しい天気だ」

 あ、こっちはなんとなくわかる。魔理沙って、派手好きですごい魔法使う割には、どっか地味だよな。優しいところも、まあ心当たりはなくはない。

「あんたの天気にも興味があるんだけど……。ふむ、あんたからは気質が漏れていないねえ」
「そう? ってか、そういうのわかる?」
「漏れている、とわかってりゃ見ればわかるさ。あたいの体からも漏れている。でも、良也からはそういう気配がない。……残念だ、あんたの天気も見てみたかった」
「……どうせ、平凡な天気だから、知らなくても良い」
「平凡な気質、なんてものはあるようでないさ」

 ふあ、とサボリマスターの小町はあくびを一つして、くるりと向きを変える。

「さて、あんたのおかげで丁度良い暇つぶしを見つけた。適当に歩き回って、いろんな連中の気質を見極めてやろう」
「映姫に言い付けるぞ」
「おっとぉ、そいつぁ困る」

 小町と僕の距離が不自然に歪み、僕の目の前二メートル……ぎりぎり能力の範囲外のところまで、小町が一瞬にして移動した。
 そのままの動きで、小町は手に持った鎌を振りかぶり、ぴたりと僕の首筋に突きつける。

「へい、今度一杯奢るから、そういうのやめないかい?」
「……冗談に決まっているだろ」
「はっはっは、そうさね。あんたとあたいは、まさしくお互い様だ」
「僕はサボってなんかないぞ」

 講義にも割と真面目に出ているし。

「あたいにはそう見えないけどね。……ま、こいつは冗談だ」

 鎌をどける小町。
 こっちだって、小町が本気で斬るなんて思っちゃいないんで、別にどうとも思わない。

「どう、おまえさんも行くかい? 幻想郷の住人の、気質見物ツアー」
「よくわからない上に怪しげなところに連れて行かれそうだから嫌だ。この異変の犯人も見つけないといけないし」
「およ? 珍しいね、あんたがそんな動くなんて。いつもは動かされてばかりの癖に」

 ……否定できないのが悲しいが、これでも今回はちょっと怒っているのだ。なにせ、犯人のせいで僕は霊夢と魔理沙にセクシーヌードを疲労する羽目になったんだから。

「犯人はどこにいるか、小町は分かるか?」
「ん〜〜、そうさねぇ」

 とんとん、と鎌の柄で肩をたたいて、小町は上空を指差す。

「天気をおかしくしているやつなら、自分はその影響範囲の外にいると思わないかい?」
「……外?」
「その犯人がなにをしたいかは分からないけど、気質が必要なんだろ? 上空に溜まっているっていうことは」

 えっと、ここまで言われれば僕にも分かる。
 ……雲の、上?

「め、名探偵こまっちゃん爆誕」
「照れるねえ」

 いや、見事な推理だ。さすが幽霊(=気質)のプロ。
 そうと決まれば――!

「おっと、行くなら山から行きなよ。多分、そうしないと辿り着けないから」
「……なんで?」
「ちゃんとした入り口から入らないと、ただ高く飛ぶだけじゃ辿り着けない。真犯人は、あたいたち死神とはある意味縁の深い御仁だからね、多分」

 ……縁の深い? 死神と?
 不吉な予感しかしないのは気のせいか? もう帰ったほうがいいか?

「ふぁ……じゃあ、頑張って異変を解決してくれ。あたいは行くよ?」
「あ、ああ」

 う〜ん、どうするか。
 まあ、様子見に行くだけ、行くか。……いや、やっぱ怖いな。

「お〜い、小町ー。やっぱ、お前も付いてこない?」

 断じて一人で行くのが怖いわけではないのだが、やはり一人よりは二人のほうが安全だろうと、僕は小町を追いかける。

 と、霊夢の声が聞こえてきた。いつの間にか追いついたのか。

『あ、あんたはいつかのサボマイスタ』
『なんだそれ。あたいは、ちょいと気質見物ツアーに来ただけだ』
『そう、やっぱり貴方も天気を変えるのね』
『それはちょっと前にやった』
『その気も異変を起こした敵に利用されているかもしれない。潰させてもらうわ』

 ……うん、巻き込まれないうちに逃げよう。



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