さて、今日はクリスマスイヴだ。
 ……つっても、幻想郷じゃ、クリスマスなんて欧州のイベントはまるっきり無視されている。だから、去年も僕は外の世界で悪友たちと悲しい聖夜を過ごした。

 だから、今年もどうせそうやって過ごすとばかり思っていたんだが……

 なんでも、紅魔館では毎年クリスマスを祝ってパーティーを開いているらしい。

「……吸血鬼が、キリスト教のお祭り?」

 何が間違っているかって、何もかも間違えている。まあレミリアは普通に昼間にも外出するし、実は十字架が弱点ってのはあんまり当てはまらないのかもしれない。
 萃香も確か、鬼の弱点は他の致命的な弱点を隠すカモフラージュとか何とか言っていたし。

 でもなあ、節分のとき、リアル鬼がせっかくいるんだからと、豆投げたら火傷してたし……
 カモフラージュが、思い込みか何か知らないけど、ばっちり弱点になっているあたり、もしかして鬼というのは馬鹿なんじゃないだろうか。とりあえず、その後『鬼も内』とやってあげたけどさ。

「あー、美鈴ー。メリークリスマス」
「めりーくりすます。ようこそ、紅魔館のクリスマスパーティーに」

 クリスマスといえど門番の仕事に休みはないらしい。ちょっと寒そうに手を擦り合わせていた美鈴は、いつものように出迎えてくれた。

「美鈴は参加しないのか?」
「私はまた後ほど顔を見せますよ。本日のパーティーは内輪だけのものなので、お客様を出迎える必要はありませんし」
「あっそう」

 ……なら、なんで僕まで呼ばれたんだろう?
 確かにそこそこ通っているが、身内呼ばわりされるほど受け入れられているとは思えないんだけど。

「……なあ、美鈴。確認したいんだけど、まさか僕がメインディッシュなんてことはないよな?」
「な、ないと思います、が」

 歯切れが悪い! 嫌な予感しかしないぞ。

「参考までに、去年のクリスマスのメニューは?」
「えっと、普通だと思いますよ。ローストチキンとかビーフシチューとか。ちゃんとケーキもありましたし」

 うーむ。吸血鬼の館にしては普通だ。……全部血液を使ったブラッディディナーとかいうオチか?

「そういえばさあ。クリスマスつって、主に祈りをささげたりすんの?」
「いえ、普通のパーティーです。クリスマスっていうのは名目ですよ」

 なら、外の世界のクリスマスと似たような感覚でいいのか。流石に恋人同士の甘い意味は含まれていないだろうけど。
 ……ああ、そういえばなんで僕は、この男女がケシカランことをしまくる夜に、こんなところに来ているんでしょうか?

 そりゃ男だらけのクリスマス会よりはマシだけどさぁ。

 美鈴に手を振りながら、紅魔館に入る。……と、深々とお辞儀をした咲夜さんが待ち構えていた。

「いらっしゃいませ、良也様。さ、上着お持ちいたします」
「……なあ、咲夜さん。お願いだからその馬鹿丁寧な応対はやめてくれって」

 パチュリーの弟子としてここに来たときと、レミリアに招かれた客であるとき、明らかに態度が違う。
 前者のときも無礼な態度は(滅多に)取らないけど、客の客、という立場と、主人の客では、やはり応対がかなり違うみたいだ。

 はっきり言うと、むず痒い。

「はあ。そう言われるのでしたらそうしますけど。……あ、荷物持ちましょうか」
「いいよ。プレゼントくらい、自分で持っていく」
「プレゼント?」
「せっかくのクリスマスなんだから、クリスマスプレゼントくらい持ってくるだろう」

 どーせ見つかるとうるさいので霊夢にも渡しておいた。安もんだけど。
 紅魔館の人たちにも、一通りは……って、なにやら咲夜さんが考え込んでいる。なんだ?

「ちょっと」
「はい? って、なに? 咲夜さん」

 物陰に引っ張り込まれる。

「実はですね、貴方を呼んだのは他でもありません。一つ、お願いしたいことがあるんです」
「……なに? まさか、食材になれとか?」
「そんなわけないでしょう。お嬢様方は人肉は好みません。あくまで血液だけです」

 ……好まないだけで、食えることは食えるんだ。いいけどね、いまさら。

「これです」

 と、咲夜さんが取り出したのは赤い衣装。……どこに仕舞っていたのかは気にしないこととして……これって、

「いわゆる、サンタクロースです。付け髭もあります」
「……僕にどうしろと」

 いや、わかるよ? わかるけど……サンタっつーと、お父さんだろ? まだ僕そこまで年食ってないぞ。

「実は、妹様がサンタクロースの物語をお読みになって。枕元に靴下を用意しているんです。本来夜行性であらせられるのに、早く寝ていい子でいるそうです」

 悪魔が……いい子?
 いや、純粋だとは思うけど、子供ゆえの無邪気な残酷さがね。サンタクロース的にはいいのか?

「それで、僕にサンタに扮しろと?」
「有体に言えばそのとおり。私たちのほうでもプレゼントは用意していますが、被っているといけないので、どんなものを用意したか教えてもらえますか?」

 つっても、フランドールには普通のぬいぐるみだ。くまのやつ。

 と、いうことを伝えると、咲夜さんは『あちゃ』と小さく嘆息した。

「被った?」
「ええ、ばっちり」

 だよねえ。ぬいぐるみ欲しいって、当のフランドールが言っていたんだもんねえ。

「しかし、その大きさなら大丈夫でしょう」
「大きさ……?」
「ええ。お嬢様は張り切って、とても大きなぬいぐるみを用意されたのです」

 うわぁい、妹には甘いな。僕にはありえんくらい厳しいくせに。

「ま、サンタ役は承った。僕でよければやろうじゃないか」
「ええ。お願いします。では、参りましょう。パーティーの準備は既にできています。貴方と美鈴以外は皆着席していますよ」
「了解」

 さて、そうすると、酒は自重しないとな。



















 んで、まあパーティーのほうは粛々と進行した。
 ここのパーティーは、神社とかの宴会とは違い、割かし静かに進むからゆっくり料理や酒を楽しめる。宴会の騒がしさもそれはそれで楽しいけど、こういうのもいい。

 プレゼントのほうも、まあまあ喜んでもらえたと思う。レミリアにはハンカチ、フランには前述のとおりぬいぐるみ、咲夜さんには箒、パチュリーには本、で美鈴には門番の仕事の暇つぶし用の知恵の輪。
 ……まあ、安いのばかりだったけど。

 んで、本来は夜が深まるごとに元気になるフランドールは、サンタさんを待つんだ、と無邪気に笑って寝室に引っ込んでいった。

「……そろそろ、寝たころかな」
「ええ、いい時間ね。それじゃあ良也、衣装を」
「へいへい」

 レミリアにせかされて、僕は別室でサンタの衣装に着替える。
 いつの間に測ったのか、サイズはぴったり。ウエストが余っているが、これは中にタオルを詰めてでっぷり腹を演出する。

 髭も……と、普段髭薄いけど、こうやってみると髭を蓄えると、ダンディーなんじゃ?

「なに鏡の前でニヤニヤしているの?」
「き、着替え中に入ってくるんじゃない!」

 扉を開けたレミリアに抗議する。って、裸だったらどうするつもりだったんだ!?

「チンタラしている暇はないわよ。これをお願い」
「……マジ、でかいな」

 丁寧に包装された馬鹿でかいプレゼントを受け取る。下手したらフランドールの身長くらいあるぞ、これ。

「フランの寝床に行くときは気配を絶って行くこと。そういうのには疎いから気付かれないとは思うけど、念には念をね」
「寝ぼけて殺されるリスクもあるんだから、もちろんそうするよ」

 気配を絶つって言っても、僕は美鈴みたいな達人じゃない。
 どうも、隠れよう、隠れようと思って移動すると、能力で気配を消すことができるらしい。いや、自分じゃわからないけど、みんながそう言っているんだから多分そうなんだろう。

「……フランドールの部屋って、地下でいいんだよな?」
「そうよ。貴方も入ったことあるでしょう?」
「あるけどな……」

 さて、ベッドらしきものを見た覚えがない。
 奥にいく扉があったから、あの向こうか?

「吸血鬼だからって棺で寝ているとか……」
「普通のベッドよ。棺に入るのは日の光を万が一にも浴びないため。地下で寝ているフランに必要だと思う?」
「ないか」

 ち、棺の中ならばれにくいと思ったのに。

「仕方ない、行ってくる」
「行ってらっしゃい。フランにくれぐれも気付かれないようにね」

 親指を立てて、地下への階段に向かう。

 暗い、暗い、奈落へと続くかのような階段の前。
 前は本当、この下に怪物でもいるんじゃないかとビビってたもんだったけど、今じゃ別にもっと怖いのがいるって分かっているんだから、ビビらない。

 気配を絶ち、すばやく地下への階段を下る。無論、足音を警戒して、飛んで行った。

 おもちゃが転がっているフランドールの部屋を突っ切り、奥の扉へ。
 ここから先は入ったことのない領域。慎重に扉を開け、

「ん、う」

 なんていうか、寂しい部屋だと思った。

 部屋の中央に居座る真新しい天蓋付きのベッド。そして、この部屋の家具はこれだけ。後ろの、おもちゃがいっぱいの部屋とは大違いだ。

 まるで物語のお姫様が寝るようなベッドだが、ここのお姫様の背丈には少々広すぎる。レミリアと一緒に使ったとしても、全然余裕のある広さだ。

 っと、それより、プレゼントか。

 情報どおり、枕元に靴下が置いてある。……流石にあの中にプレゼントは入らないけど、とりあえずその上にでも置いてやろう。

 抜き足差し足でベッドの傍に寄る。

「んー」

 フランドールが寝返りを打つ。
 改めて見ると、本当にどっかのお姫様みたいな容貌だ。あと五、六年分成長してくれればな。

 ……あ、さっき僕がプレゼントしたぬいぐるみが一緒に寝てる。ちょっと嬉しい。

 レミリアたちからのプレゼントであるこっちのでかい方は、親になるのかなぁ……と思いながら枕元に……よし、プレゼント、設置完了。
 朝が楽しみだ。

 ……あれ? よく考えると、別にサンタの衣装に着替える必要も、そもそも僕が置く必要もなかったんじゃないか?

「むううー」
「やべ」

 小さく呟く。
 どうやら、突然横に現れたでかいプレゼントの気配に、フランドールが目を覚ましつつある。

 そっちの気配までは消せないよ、うん。息をしてないとは言え、圧迫感くらいあるだろうし。

 ……逃げの一手かな。

 そう思ったのと、フランドールが上体を起こすのがほぼ同時だった。

「……あれ」
「や、やぁ、メリークリスマス。では、僕は次の子供にプレゼントを届けなくてはいけないので、これにて失礼」

 今の僕は、赤い衣装に身を包んだ髭付きの紳士。バレるわけが、

「……良也?」

 バレテーラ。

「んー?」
「ふ、フランドール。これは夢だ。さあ、全力でベッドに戻れ」

 まだ寝ぼけているフランドールを全力で誤魔化しにかかる。
 サンタを信じている純真な思いを裏切りたくはないのだ。

「んー……えい」

 れ、霊弾撃ってきやがった!?

「ぐべっ!?」

 受け止めるが、寝ぼけているとは言え吸血鬼の霊弾は防ぎきれない。
 僕はあっけなくノックダウン。

 ……意識を失うのにも、そろそろ慣れてきたな。

 ずりずりと、襟を引きずられる感触だけ記憶に残しながら、僕は気絶した。























「………………何故?」

 んで、起きてみると、フランドールが添い寝していた。……ナニ? この状況。



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