さて、今は冬である。 僕の周りは暖かい空気に包まれているが、しかし世間では風邪が大流行だ。 ……時に、僕の能力は寒波は防げるけど、菌は防げない。 なにが言いたいのか、というとだ。 「……ダリィ〜〜」 僕は現在、絶賛風邪気味である。 今朝、自分の部屋で起きたときは大丈夫だと思っていたんだけど、幻想郷に来るまでに悪化してしまった。こんなことなら家でおとなしくしておくんだった、と後悔するも遅い。 「とっとと釣って帰ろう」 だが、ここでは食料は自力で調達しなければならない。 流石の霊夢も、こんな体調の僕に無理強いするほど非道ではない(一応休めと言ってくれた)が、栄養のあるものを食わないと体が持たない。 一応、趣味でもあるし、気温を調節できるから外でもぬくぬく過ごせるし……と、僕ははるばる湖まで釣りに来ていた。 ……まあ、僕と霊夢の二人分なんだから、二、三匹釣れば十分だろう。あとは神社で寝てよう。 もうすぐ、チルノが縄張りにもしている湖に到着する。 さて……と、今日はどの岸辺で釣ろうかね。 などと周囲を見渡しながら着地しようとしたのが、失敗だったのかもしれない。 「あれ?」 目測を誤ったのか、それともこの体調不良のせいか、僕は陸地ではなく、湖の冷たい水の中へ…… 「ちょっ!? タンマ!」 とは言っても、勢いは止められない。 ってか、つめてえええええええええええ!!? 「うえ……ひどい目にあった」 腰まで冷たい水に浸かってしまった。ギリギリ空中でストップしたから全身ずぶ濡れは避けられたけど……。 やっぱ、冬の水は冷たい……。外気を調節できるから、微妙に冬ってこと忘れていたけど……。 「……いっぺん帰って乾かしたほうがいいか」 やれやれ、と一旦陸に上がろうとして、 「どーーーーんっ!」 「はあ!?」 突然、目の前に現れた小さな足が、僕にドロップキックをぶちかました。当然、僕の体は湖にダイビ〜ング♪ 「ぐばぁぼぼぼがががはぁ!?」 み、水飲んだ!? は、鼻から入って……ってか、空気空気空気! んで、冷てぇえええええええええええええええ!!!! り、陸地はどっちだ。溺れて前がまったく見えない! 「ぐはっ! ……はぁ、はぁ、はぁ……。」 手探りで何とか陸地を見つけた。 ……ぐ、ど、どこの誰だ。こんな半端ない真似をしてくれやがった野郎は。 「いえーい! 大成功!」 「キャハハハ! 見て見て、ずぶ濡れだよあいつ!」 ハイタッチを交わしているのは……よく悪戯しに来る光の三妖精ども。 ……ふふふ、そうか。最初、着地点を誤ったのも、サニーのやつが湖の幅を誤魔化していたから、と。 「そこに直れてめぇら! 今日という今日は勘弁しないぞこらぁ!?」 「怒った怒った!」 「ほら、早く散って。逃げるよっ。合流はいつものトコ!」 スターの指示に、他二人は素直に従って、全員ばらばらに逃げる。 ……くっ! 「待てコラ、サニィィーーーーー!!」 「な、なんで私を追ってくるのさ!?」 「お前が一番の実行犯だろうが!」 「計画したのはルナだよーー!」 聞く耳もたん! で、僕はずぶ濡れの体のまま、サニーミルクのやつと追いかけっこを繰り広げた。で、最終的には、姿を消したサニーに逃げられた。 ……長い回想だった。 これが、本日の午前中に起こった出来事。 まあ、そんなことをしたら、当然だと思うのだが……風邪を拗らせた。もうこの上なく。ていうか、布団から起き上がれない。 「良也さん? 一応、お粥作ったけど、食べる?」 「お、お〜。世話になるな、霊夢」 「別に、病気のときくらいは優しくするわよ」 ……こいつ、本当にこういうときしか優しくないからな。 「どうする? 一応、永琳のところの薬あるけど?」 「飲む。あそこのは効くから……」 頭痛と鼻水と熱がひどい。症状が少しでもましになるんだったら、否応もない。 「じゃ、とりあえずはおなかに何か入れないとね。ちゃっちゃと食べて」 「……ああ」 意外に丁寧な作りの卵粥をいただき、一匙…… 「うっ……」 なんとか、飲みくだす。い、胃がものを受けつけない。食欲がないのはわかっていたけど、食えないとは。 「悪い霊夢。なんか食欲ない」 「ええ? それじゃ薬も飲めないわよね」 「だな。……水だけ飲んで、大人しくしとくよ。粥は置いといてくれ、後で食えるようなら食べるから」 水差しから水分補給。 ……とりあえず、あとは寝とこう。一日寝てれば、少しは体調も良くなるだろうし。 「仕方ないか。動かすわけにも行かないし……」 「んー、霊夢、おやすみー」 「ああ、ちょっと出かけるから、大人しく寝ていなさいよ」 「はーい」 手をひらひらさせて出かける霊夢を見送る。 一人暮らしを始めてから、病気のとき一人で寝るのには慣れたもの。かなり体調が悪いことは確かだが、霊夢に看病を無理強いしたくない。 あ〜、ぼーっとしてきた。 こりゃ、三十八度以上熱があるな……水もうちょっと飲んどこう。 ……寝るか。 「む、う」 寝付けねぇ。眠気はあるんだけど、こう鼻水が詰まっているし、だんだん関節も痛くなってきたし、寝っぱなしだから腰も違和感あるし、寝れない。 それでもなんとか寝ようと努力していたら、なんかさらにぼーっとしてきた。 睡眠と覚醒を交互に繰り返す。 なんか時間の感覚が曖昧になっていて、枕元の携帯電話を確認すると三十分は過ぎていた。二、三分くらいしか経っていないと思ったのに。 くっそ、なんかまた熱が上がった気がするぞ。寝汗かいて気持ち悪いし……着替えるか。一応、シャツと下着の替えは持ってきているし……。布団もべちょべちょだけど……これは替えるの面倒だな。 布団からあがると、汗をかいているため体が冷える。 慌てて能力で気温を上昇させるが、どれだけ上げても一向に暖かくならない。むしろ寒気が……ぐう、やはり布団の暖かさでないと駄目か。 とっとと着替えよう。えっと、鞄……あった。 んじゃ、気持ち悪いシャツとトランクスはぱぱっと脱いで…… 「良也、来たわよ。大人しく寝て……」 あ? 「な、ななな……」 「れ、鈴仙!? なんでここに!?」 喉を痛めているせいか、変な声が出る。 いやさ、それよりも……風邪を引いている僕よりも赤い顔(ついでに眼も)で、鈴仙の視線は……その、パンツを上げようとしている僕の、 「いやぁああああああ!!」 「待て! 僕は悪くな……」 人差し指を向けられ、全力で回避行動。 今の体調で鈴仙の弾を受けたら流石に洒落にならな…… 「……あれ?」 だが、いつまでも衝撃は来ない。 恐る恐る顔を上げると、鈴仙が顔を伏せ、左手で必死に右手を押さえていた。 「……早く、着替えなさい。体を冷やすものじゃないわよ」 「は、はい」 鈴仙が視線をそらしてるうちに、ぱぱっと着替えて布団にリターン。……う、汗で濡れている。気持ち悪い。 ……しかし、余計な体力を使った。あれだけ動いただけなのに、もう息が切れている。 「その、鈴仙? なんでここに」 「霊夢に呼ばれてね。良也が体調が悪いみたいだから往診して欲しいって。霊夢本人は移されちゃ敵わないって、永遠亭にいるわ」 ……霊夢。うーむ、ありがとう。また今度礼はする。 「本当は師匠が来るべきなんだけど、師匠は忙しい方だから。助手の私が来たってわけ」 「そりゃありがたい」 「で、症状は?」 それからは、割かしテキパキと医者らしく(いや薬師のはずだけど)問診を進める。 鈴仙も、やっぱりちゃんとした薬師なんだな。 「やっぱり風邪ね。熱は……」 「感覚からして、相当高いと思うけど」 「三十九度、超えているかもしれないわね……」 体温計などという便利なものはないので、額に手を当てて計測する鈴仙。……ああ、手が冷えてて気持ちいい。 離れる手に、ちょっと名残惜しいものを感じながら、僕は続けての鈴仙の質問にも答えていく。 「鼻水、関節痛、喉に頭の痛み……ほとんど全部じゃない」 「あと、腹の具合もちょっと」 「体弱いのね……。私もてゐも、今年は風邪引いていないわよ?」 妖怪と比べんな。 「とりあえず、水分はちゃんと取ること。葛湯とか生姜湯とかいいわ。あと、食欲なくても無理にでもご飯は食べること。消化にいいものっていういのは当たり前だけど」 「う〜〜、わかった。で、とりあえず鼻水だけなんとかなんない? 気持ち悪くてしょうがないんだけど」 「そうね……鼻水は、この軟膏を塗ればすっきりするわ。でも、これだけ高いと熱のほうもなんとかしないといけないし」 鈴仙が差し出した軟膏を早速塗って、効果を待つ。……おお、やっと鼻で息ができるようになった。 これで安眠できるかも。 「とりあえず、解熱剤を投与しましょうか」 「解熱? ああ、了解。確かに、そろそろぼーっと加減が危ない」 四十越えたら、いろいろとヤバいしな。 「飲み薬? ならなにか胃にものを入れておかないといけないんじゃ」 「心配らないわ。座薬よ」 What's? 「今なんと?」 「だから座薬。坐剤と言いましょうか? 入れるから、四つん這いになって肛門をこっちに向けて」 きゅっ、とお医者さんがするような手袋を嵌めた鈴仙が、紡錘形の固形物を摘んで、無感情に要請してくる。 思わず、尻を手で隠して部屋の隅に退避した。 「ま、待て、落ち着け。さっきは思い切り悲鳴上げてた癖に!」 「さっきのは貴方の痴漢行為。今からするのは医療行為よ。恥ずかしがるほうが不自然でしょう」 「痴漢というところに突っ込みたいのは山々だが、それよりもなによりも、鈴仙に肛門を晒すなんて御免蒙る!」 い、いくら医者でも、年頃の美少女にそんな醜態を晒せるほど、僕は男を捨ててはいないっ! 「これ、よく効くのよ。小一時間もあれば、熱は下がるし、だいぶ楽になると思うんだけど」 「鈴仙に座薬入れられるくらいなら、苦しんだほうがマシだ!」 なんか、元気になってきた気がするしね。ふん、ふんっ! ……あ、やっぱ駄目だ。 「はぁ……私もやりたくないのに。わかったわよ。注射ね、注射」 「そ、それならオーケー」 注射嫌いはとっくに直してあるので。 鈴仙は、医療品が詰まっているらしい鞄から注射器を取り出して、もう一つ取り出した容器の中身を入れる。 ぴっ、と軽く注射器の背を押して液体を押し出しているところなんて、まんまお医者様だ。 「ったく、慣れてないんだから動かないでよ? 間違えて空気入れちゃうかもしれないんだから」 アルコールで湿らせた脱脂綿で、僕の右腕の中辺りを擦って、鈴仙は言った。 「お、恐ろしいことをさらっと言うなよ」 「冗談よ。……ん、打つわよ」 チクリとした痛み。 続いて、ゆっくりと鈴仙が注射をしていく。 すべての液体が注射されたところで、鈴仙は注射針を抜いた。 「はい、おしまい。あとは安静にしてなさい」 「ういー」 「あ、一応見舞いにみかん持ってきたけど食べる?」 「あ、それくらいなら食べられるかも」 果物くらいならなんとか、というところだが。 わかったわ、と鈴仙は頷いて、皮をむいてくれる。あ〜、いいなぁ。うん。 「っと、その前に」 「? どうした?」 鈴仙は、鞄の中からもう一つ注射器を取り出す。ん〜? また別の注射を打つのか? 「いやね、師匠が病気中の蓬莱人の血液のサンプルが欲しいらしくて。どっちかというと、こっちがメインの用事なのよ、実は」 「……は?」 病気中の蓬莱人の、血液? 採血すんのか? え? 「以前、師匠も風邪を引かれてね。ま、そういうわけで、サンプルを頂くわね」 「ま、待て! 体調不良の人間の血液を血液検査でもないのに抜くなぁああああ!」 「あら、これは立派に活用するわよ」 録に動けないことをいいことに、鈴仙は僕の血液をたっぷり採って行った。 ……くそう、優しさに感動した僕の気持ちを返せー。 | ||
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