東風谷が幻想郷に来ちゃうという、トンデモナイ事件が起きた秋もそろそろ終わり。 幻想郷には、冬の気配が訪れつつあった。 なんて気取った言い方をしてみたけど、気配って言うかもうこれは完全に冬だな、うん。雪積もってるし。 寒いし。秋の間は切っていた温度操作を再開しましたよ。 しかし、この能力は相変わらず便利だ。エアコン要らず。おかげで、夏冬の我がアパートの電気代は普段とほぼ変わらない。苦学生(多分)である僕にとって、これはありがたい。 ……さて、冬である。 冬といえば、鍋だろう、ええみんなっ!? ってなことを、博麗神社で主張したら『その通りっ!』との同意が得られ…… 現在、僕は鍋の材料を求め、人里へと飛んでいた。霊夢と、一緒にいた魔理沙は鍋の準備をしている。 こう、博麗神社の炬燵の中で縁側から覗く積雪を見つつ、鍋を食べながら一杯。 うん、幸せすぎて死ねる。 ……はて、昨年も似たようなシチュエーションがあったような。 「あ、良也っ!」 びくっ、と背中が跳ねる。 確か去年、今日のようにありえないくらい寒い日、鍋の材料を買いに人里に向かう途中、冬の妖怪に出会ったような…… 恐る恐る振り向いてみると、予想に反してチビの氷の精が勝ち気な瞳でこちらを見ていた。 「……あー、チルノ? おひさ」 「なによ、そのやる気のない顔は。こんないい日なのに」 「なんでって……これだけ寒いと、人間は普通調子悪くなるの」 確かに僕は周囲の気温を操作できるという特殊能力を持っているが、それは外出するための最低限に抑えてある。あんまり季節感のない服装をしていたら、外の世界では不都合があるし。 「えー? あたいは元気になるんだけどなぁ」 「氷の妖精と一緒にするな」 前々から思っていたが、チルノは馬鹿だ。人間と妖精、妖怪の区別も、イマイチ付いていない気がする……。自分が妖精だってことくらいは分かってると思うけど。 「と、いうわけで遊ばない? ほらほら」 「氷を飛ばすんじゃない」 飛んできた氷の弾を、ぺしっ、と弾く。当然、奴が本気になればこんな簡単に弾いたりは出来ないけど、今のはちょっとじゃれてきているようなものだ。 しかし、ここの娘たちの遊びって弾幕ごっことイコールなのか? 「駄目駄目。これから僕は鍋の材料を買いに行かなくちゃいけないんだから」 「なべ?」 「知らないか? こう、土鍋に出汁を張って、いろんな具材をぶち込んでだな。全部煮込んで、みんなで囲んで食べるっていう、冬の風物詩だ」 「熱いの?」 「熱い」 いらない、とチルノは断る。……まあ、当然か。 しかし、折角会ったんだから、遊んでやりたいという気持ちはある。なんだかんだで、チルノは子供だし、弾幕ごっことか物騒なのじゃなければ…… ふと、眼下を白く染め上げる雪が目に付く。 ぬう……雪、か。 「よし、チルノ。大ちゃんも呼んでこい。一時間後に博麗神社に集合だ」 「え? なに?」 考えてみれば、まだ夕飯には早い時間。それまで、動いて腹を空かせるのも悪くない。 「雪合戦だ!」 そして、博麗神社の境内には、寒い寒いと文句を言っている霊夢と、こういう勝負事にはけっこう熱くなるタチである魔理沙。 んで、僕とチルノと大ちゃんの五人が集った。 ルールはごくシンプル。『雪玉をぶつけろ』 相手が泣いて『ごめんなさい』というまで勝負は付かない、非道のスノウボールデスマッチである。当たり前の話だが、霊力・能力の使用は厳禁。っていうか、使ったら僕が死ぬ。 「あの、誘ってくれてありがとうございます」 「いやぁ、気にしないで。チルノの歯止め役は大ちゃんしかいない。あいつがルールを破って氷を使いそうになったら突っ込みを入れてくれ」 「はい」 にこやかに微笑む大ちゃん。うむ、妖精ではあるけど、生粋の良識派だな。 「あ、でも、勝負は別だぞ。僕は容赦しないからな」 「はい、私も一生懸命やらせてもらいます。勝負ですから容赦はしませんよ」 あ〜、霊夢あたりに、大ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。もうちょい、素直さというものを身に着けろというのだ。 「ふんっ、泣かしてやるからね、良也っ」 「それはこっちの台詞だ。チルノ、今のうちに降参しておいたほうがいいぞ」 ハッスルしているチルノを大人らしく華麗に受け流し、僕は余裕の笑みを浮かべる。 案の定、あからさまなその挑発にチルノは乗った。 「キーー! あたいの最強っぷり、見せてやるんだから」 「はいはい、最強ガンバレ、最強凄いぞー」 「言ったなっ」 ……まあ、楽しんでいるようでなにより。 「霊夢……って、お前少しはやる気出せよ」 「始まったら出すわよ。今はもう寒くって。良也さんはいいわよ。気温関係ないんだから」 「言っとくけど、今は使ってないぞそれ。能力の使用は禁止っつったろ」 雪合戦の後半では、手がかじかんで上手く雪玉が作れない、投げられない。そんなのも含めて勝負だ。氷の妖精が参戦している時点でそれはアレだけど、でも僕はただの人間として勝負するのだっ! 「ふーん」 「だから霊夢も、面倒だからって空飛んだりこっそりお札を雪玉のなかに入れたりするなよ」 必殺、ホーミング雪玉とか卑怯にもほどがある。 「わかったわよ。普通にやればいいんでしょ? 普通に」 「ああ、そうだ」 霊夢も諦めたのか、ぎゅ、ぎゅと雪玉を作って両手に構えた。……なんか強そうだ。 さて、と。魔理沙に眼を向けると、うん、とお互い頷きあった。 「じゃあ、そろそろ始めるぜ!」 言いだしっぺは僕なのに、いつの間にか場を仕切っている魔理沙が雪玉を見せる。 「こいつを上に投げるから、これが地面に落ちたら開始だ。いいなっ!」 全員、頷く。 それを確認して、魔理沙は高々と雪玉を放り、自ら の手玉を作り始める。 緊張の一瞬、ぽてん、と魔理沙の放った雪玉が地面に落ち、 「よし、行く……ぞ?」 手始めにチルノに雪玉を投げようと構えたら、なぜか他の全員が僕を狙っていることに気が付いた。 「うおおおお!?」 計四発の雪玉のうち、三つは躱し、一つは手で打ち払った。 しかしそれは単なる序章。僕が投げの体勢に入る前に、次々と雪玉の弾幕が飛んでくる。 全てを捌くことは当然出来ず、どんどん僕は被弾していった。 「な、なんでお前ら僕ばっかり狙う!?」 問う。 この雪合戦はバトルロイヤルであって、断じて僕対他全員の構図じゃなかったはず。最初のルール確認をミスったか? 「え? あ、あの、その……私も容赦しないって……」 「ふんっ、あたいが最強だって思い知らせてやる、って言ったでしょ!」 「普通にやっているだけだけど」 「なんか面白そうだから」 上から大ちゃん、チルノ、霊夢、魔理沙。 あれ〜、なんだ、雪合戦前の会話がフラグだったのか? んなフラグいらねぇ! 「くっ、お前ら、オトコノコの力を甘く見るなよっ!?」 霊力なしである以上、純粋な身体能力で言えば僕が上だ。飛んでくる雪玉がぶつかるのも気にせず、雪玉を作る作る作る作る!! 「喰らえい!」 硬く、硬く作った雪玉を手に持ち、大人気ない力任せ攻撃。 でも、普段から弾幕ごっこなどという遊びをしている連中がその程度の攻撃を見切れないはずもなく、 ……大ちゃんですら躱した。そして、お返しとばかりに殺到する、先ほどまでに倍する雪玉。 「あぷ……!? く、口と鼻に……! ちょ、ちょい待ち!」 「えい、えいっ!」 ああ、大ちゃん。君、素直でいい子だけど、ちょっとは人の話聞こう! 「ふふん! まいったか!?」 「ま、まいった、まいった!」 って、言っているのに雪玉を投げるのをやめてくれないチルノ! 「れ、霊夢!」 「ん〜?」 あ、こいつ、もはや申し訳程度にしか雪玉投げてないっ。良く見てみると、今はチルノと大ちゃんしかロクに投げていない。反撃のチャンス! 「魔理……沙?」 差し引いて、魔理沙だけが僕の味方か――と思って見てみると……それが勘違いだということがわかった。 「おお、良也! これでもくらえっ!」 いや、そんなイキイキされても…… 僕は恐怖に引き攣った顔で、魔理沙の作った雪玉を見る。 それはもう、雪合戦の雪玉の範疇じゃない。例えるなら……そう、雪だるまの胴体だ。 どうやって投げるつもりだ? なんて疑問は、その雪だるま玉を魔理沙が両手で頭上に持ち上げた瞬間、吹き飛んだ。 ……っていうか、どうやって持ち上げているんだ。霊力使用禁止って言ったのに。 「どりゃああああ!!」 「ぎゃああああああああ!?」 逃げようにも、チルノと大ちゃんの攻撃により、視界が雪で埋まっている。 僕は、必死で回避しようと、右にジャンプし、 「ぶげっ!?」 真上から、雪玉に押し潰された。 「いやぁ、よく動いて腹減ったなぁ! 良也、鍋早く作ってくれ」 「魔理沙……お前ね、僕にあんなことしといて……」 「尋常の勝負の結果だろ? 恨むなよ。器が知れるぜ」 潰された僕はそのまま動けず、小娘四人がキャッキャウフフと雪合戦している最中、ずっと魔理沙作成雪だるま玉に押し潰されたままだった。 しかも、僕が脱落した後は、実に平和な雪合戦だったのが、さらに納得いかない。 「良也さん、お酒も忘れないでね」 「……わかった、わかったよ」 鍋の出汁もそろそろいい感じだ。とっとと火にかけて、作っちまおう。 台所にて、竈に火を起こし、出汁が煮えるまでの間に、具材を刻む。白菜、長ネギ、春菊…… ってな辺りで、後ろに気配。 「ん? 大ちゃん……と、チルノか。食べていくか? ……って、チルノは鍋駄目だっけ」 「ええ。私とチルノちゃんはそろそろ帰ります。その、今日は楽しかったです」 僕は早々に脱落したけどねー。 「どう? 良也、あたいが最強だって、わかったんじゃない?」 「ああ〜、雪合戦ではな」 考えてみれば当たり前なのだが。 雪玉自体の威力は、さほどでもない。しかし人間にはその冷たさが武器になる。 んで、霊夢は寒いからと早々にリタイア。大ちゃんも、途中で体力が尽きて脱落。魔理沙とチルノの一対一の決闘になったのだが、最終的に全身が冷えて動けなくなった魔理沙が降参して、チルノの勝利と相成った。 流石に、氷の妖精に雪合戦で勝つのは無理だったか…… 「へへーん、悔しいんだったら、いつでも勝負してあげるよっ」 「はいはい、じゃあいつでも来い。僕がいるときにな」 「また来るからね!」 「それじゃあ、さようなら」 チルノの威勢のいい声と、大ちゃんの丁寧な挨拶。……あ、そうだ。 「二人とも」 台所にあまっているみかんを二つ、それぞれに投げる。 「あ、ありがとうございます」 「ふん、敗者のけんじょーひんね。まあ、受け取っといてあげるわ」 「素直に礼を言えんのか」 どたばたとみかんの皮をむきながら二人が去る。 ……さて、鍋のほうはそろそろ具材の投入しごろか。 あ、酒も燗しないと。 んで、その日は、当初の予定通り、霊夢と魔理沙で鍋を囲った。体が冷えまくっていたので、鍋と熱燗はまた格別だった。 縁側から見える雪景色。ついでに、みんなで一緒に作った雪だるまが、なんともはや、いい塩梅だったのである。 | ||
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