本日は博麗神社で宴会。
 まあ、いつものことと言えば、いつものことなんだが、今日はちょっと違うところがある。

 いつもなら、まあ何人か参加できない連中がいたりするもんなんだけど、今日は一部いつも来ない人間(妖怪)を除いてほぼフルメンバーだ。
 ……しかし、そのほとんどと知り合っている、というのも我ながらけっこうなものだなぁ。

 なんて思っていたら、霊夢が乾杯の音頭を取る。僕は、日本酒がなみなみと注がれたコップを掲げ、まず半分ほどを呑み干した。

「っぷはぁ!」

 さて……今のところ、それぞれ親しい者同士でつるんでいるようだ。
 が、僕は一人。

 ちょっと寂しいから、どこかのグループに混ざりに行こうかな。


















 で、まず僕が来たのは永遠亭の皆さんのところ。
 僕が来るなり、鈴仙は『げっ』と顔を引き攣らせるが、まあ気にしない。その誤解を解くためにも、彼女と話す必要があるし。

 でも、

「永琳さん、どうしてあの二人を近付けさせたんですか」
「お互い、顔を見つけた途端、すぐに対峙したわよ。止める隙なんてありゃしないわ」

 僕の視線の先では、今にも殴り合いに発展しそうな険悪な空気を振りまいている輝夜と妹紅の姿が。
 お互い、顔を突き合せて酒を呑んでいる。すぐ近くにいると言うに手酌で、黙々と。まるで先に酒を置いた方が負けと言わんばかりのペースで呑んでいる。

「まあ、呑み比べしているだけ健全さ。どうもあの二人、普通の喧嘩には飽きたらしくね。今はむしろ、相手をどれだけ凹ませられるかで勝負しているんだよ」
「慧音さん、貴方も妹紅を止めたりしないんですか?」
「こういうのも仲良くなるきっかけになるかもしれないだろう?」

 なぜか永遠亭のメンバーと共にいる慧音さんは嬉しそうに言うけど、あの二人を見て、それでもそんなことを言えるんだからこの人は凄い。
 僕にはあの二人が『お前、なかなかやるな』『へへ、お前こそ』とか夕日の川原で友情を深め合う場面など、想像も出来ない。

「まあ、宴会をぶち壊しにするような弾幕ごっこをやらなきゃ、それでいいですけど」
「なんだい、良也くん。冷たい言い方だな。あの二人の間に入れるのは君しかいない」
「慧音さん、ゴー」
「私には荷が重いさ」

 なんつーことを言うんだろう、この半獣さんは。
 前、僕はあの二人の間に入って、思い切り勝負のダシにされたんだけど。

「いやいや、僕はやりませんって。それより、宴会を楽しみましょう」
「ふう、まあ良也の言うことも確か。貴方もお酒どう?」

 永琳さんがそう言って、僕と慧音さんの双方に酒を注いでくれた。
 無論、ありがたく頂く。

「鈴仙ー、一緒に呑まない?」
「呑みません。っていうか、師匠からも離れてください。師匠、この人間の近くにいると妊娠しますよっ!」
「ぶはっ!」

 さ、酒吹いたじゃねぇかっ!

「れ、鈴仙っ。人聞きの悪いことを言うんじゃない! っていうか、僕は別に妊娠させるようなことをしたことは一度も……」

 うわっ、僕なにカミングアウトしているんだっ!?

「嘘おっしゃい。いつも虎視眈々と私を狙って……」
「狙ってない狙ってない。て、てゐ! なんか言ってやってくれ」

 どうも酒が入って、口が悪くなっている鈴仙に対して、てゐに助けを求める。

 ……助けを求める相手を間違った、ってことに気付いたのはその直後だ。

「鈴仙、大丈夫」
「なに、てゐ? あの人間を庇うの?」
「いやいや、あいつはロリコンだから。十三歳以上は女じゃねえ、とか、前私に手ェ出したとき、そんなこと言っていた。だから大丈夫」
「なんですってぇ!?」

 ちっがーーーーうっ!!

 ていうか、ひどい侮辱だぞそれ!? 僕の人格が疑われ……慧音さーーん!? なんですかその眼はぁ!?

「りょ、良也くん。君という奴は……まさか、とは思っていたけど」
「まさか――なんですか!? 僕ってば、慧音さんの信用度そんなに低かったんですか!?」
「い、いや。大丈夫。世にそういう趣味の男がいることは十分承知している。少し前は、そのくらいの年齢で結婚することはざらだった。双方合意の上ならば、私はなにも言う気は……」
「あ、思い切り強かn……」
「それ以上はNGだぁぁぁぁぁああああああああ!!」

 僕を性犯罪者に仕立て上げるつもりかこの兎!? そんなことをしてこいつに一体どんな得が!?

「良也、貴方。破廉恥だとは思っていたけど、ここまでとは」
「鈴仙、落ち着け。仮に僕がそういう行為に及んだとしよう。だが、てゐなら僕くらい簡単に殺すだろ?」
「寝込みを襲ったのかもしれない。前の私のときのように」

 あれ耳触っただけですよねっ!?

「え、永琳さーん、助けてーー」
「ふむ……妖怪と蓬莱人、か。どんな子供が出来るのか、ちょっと楽しみね。普通に半妖の可能性が高いけど、もしかすると変な反応を起こすかも」

 マッドに助けを求めた僕が間違っていたっ。

 このままだと、鈴仙にシメられる。……くっ、こいつの主人に助力を求めるしかないか。

「輝夜っ! ちょっと!」
「なによ、こっちは忙しいのよ」

 妹紅から視線を逸らさずに返事をする輝夜だが、こちらはこちらで切羽詰っているのだ。無理矢理にでも助けてもらうぞ。

「え? ちょっと、割って入らないでよ」
「すまん、でも鈴仙をどうにか鎮めてくれ!」

 輝夜と妹紅の間に入る。両者、不機嫌になるが……まあ、さっきまでも不機嫌だったんだから大したことはないだろう。

「はあ……どうしたっていうの、イナバ。この人間がなにかしたの?」
「姫様、どうかそのロリコンを引き渡してください。ここらで引導を渡さないと、また新たな犠牲者が!」

 鈴仙の中で、僕は一体どんな悪人なんだ……

「へえ、ロリコン……」

 そして何故に眼を爛々と輝かせるかな輝夜は!

「再三にわたる私の誘惑に理性をなくさないからどうしたものかと思っていたけど……ロリコンじゃ仕方ないわね」
「待て!? かなりヤバかったぞっ!?」
「そうだったの。ふふふ……」

 ニヤニヤする輝夜。これはこれで嫌だけど、ロリコンという誤解を持たせたままはもっと嫌だっ。

「おい、それは聞き捨てならないぞ」

 と、そこで口を出したのは妹紅。

「な、なんだよ?」
「良也、お前、輝夜なんぞに誘惑されるんじゃない。まったく、確かに顔は良いかもしれないが、それだけじゃないか」
「あら、ひがみ? 顔はよくない、性格も体型もよくない女はすっこんでなさい」

 いやぁ、妹紅も美人だと思うけどなあ。……はい、僕の言葉なんて聞いていませんね。

「なんだと!?」
「少しは淑女らしい所作でも身に着けたらどうかしら? 千年も生きておいて、まさか男が出来たことない、とか言うんじゃないでしょうね?」
「貴様は出来たっていうのか!?」
「寄ってくる男は四桁はいたんだけどね。面倒だから全部振ったわ」

 四桁かあ……たぶん、本当なんだろうなあ。
 しかしお前ら、もう僕のこと気にしていないね? 鈴仙が、なんか座薬っぽい弾幕を構えているんだけど、助ける気ナッシングですね?

「さて、逃げるか」
「待ちなさいっ!」

 とりあえず、逃走を開始した。

 酔っ払っている鈴仙の攻撃なら、なんとか躱し切れる。と、とりあえず、適当に会場から離れて撒こう!























「うあー」

 ふらふらと、博麗神社に戻ってくると、もはや宴もたけなわ。鈴仙はやはりけっこう酔っていたらしく、途中で力尽きてしまった。

 抱えて帰ってきて(意識は微妙にあったから、すげぇ眼で睨まれたけど)、永琳さんに引渡し、僕は一人ふらふら。

「あれ、良也じゃないかい。どうしたの、やつれてんよ、なんか」
「……小町。……と、映姫まで」

 こりゃ珍しい。この死神と閻魔が宴会に参加したことは今まで数えるほどしかなかった。
 なにせ、死者は四六時中、それとも昼夜を問わず来る。その死者を捌く二人は休みなどない……はず。

 小町はその割には頻繁に出歩いているけど。

「先ほど会場を抜け出していましたね。呑みすぎですか」
「いや、ちょっと……」

 映姫の質問に、言葉を濁す。
 いかに事実無根とは言え、さっきのロリコン疑惑を映姫に知られたら、どんな説教をされるかわかったものではない。僕も学習するのさ。

「まったく、せっかくの宴会を盛り下げるような真似は慎んでもらいたいものです」
「……映姫、楽しんでる?」
「無論です。一人冷めた態度でいると、場に伝染します。宴は楽しむもの。皆がそれぞれ楽しんで初めて、宴会は成功と言えるのです」

 一部、既に潰れているやつがいるけど、それはいいんだろうか。

「いいですか、そもそも……」
「ちょ、ちょっと待った。説教も場を白けさせるだろ?」
「む……そうですね」

 映姫はちょっと不満そうだった。
 僕と小町は顔を合わせて苦笑い。……この閻魔様も、いい人ではあるんだけどなあ。

「ん? 良也、盃は?」
「ちょっとなくした」
「じゃあ、これ使えば良いよ。誰かが忘れていったやつだけど」
「気にしないよ。使う」

 と、大きなぐい飲みを渡されて、そこに酒をもらう。

 ずっ、と呑むと、鈴仙との追いかけっこで疲れた身体にアルコールが染みた。

「酒の量はくれぐれも自重するように。酒は百薬の長とも言いますが、呑みすぎると毒に転じます」
「ああ、弁えているよ。……で、ときに映姫」
「なんですか?」
「君、呑んでもいいの?」

 見るところ、霊夢たちとさほど変わらない年齢に見える。
 連中は気にせず呑んでいるが、倫理に煩い映姫が呑んでいるのは意外と言えば意外。

「なにを言うかと思えば。私は知っての通り閻魔ですよ? 年も相応に重ねています。私が呑むのには、なんら問題はありません」
「ああ、そうなんだ……。ちなみに、霊夢たちは? お酒は二十歳からだけど」
「外の世界の法律で、私の判断が変わることはありません」

 ……得意の説教をかますかと思ったけど、それはしないらしい。
 酒には甘い……っていうのは幻想郷共通なのか?

「それより貴方、以前言ったことをちゃんと実践していますか?」
「……霊夢の世話をしろという奴?」
「それ以外にも、色々と貴方の悪い点を挙げたでしょう。改善しようとしていますか? 私にはどうもそういう風に見えないのですが」
「さ、さっき、説教をするのは無粋だと言ったじゃないか」
「どうなんですか?」

 ヤバイ、もしかして説教上戸か。
 嫌な上司タイプ。あっ、小町逃げやがったっ!

「そもそも、いつも小町を誘ってサボらせて……。前も、一緒にお酒を呑んでいたでしょう? 幽霊を待たせて。死神の仕事の邪魔をするとは、本当に地獄に落ちたいんですか」
「あ、それは誤解。誘っているわけじゃなくて、遊びに行ったら、たまたま小町が呑んでてご相伴に預かっ……」
「なんですって?」

 ひえ、すごい冷たい感じ!
 さ、さっき宴会を楽しまないと――って言っていたのは嘘か!?

「小町! 貴方という人は!」
「きゃん! すみませんー!」

 離れて様子を伺っていた小町を一瞬で見つけ、映姫が説教を始める。
 ……僕も一緒に。

 僕と小町は、一緒に説教を受け、また新たに友情を深めたのだった。


















 うう、ひどい目にあった。

 一応、映姫の言葉に嘘はなかったのか、本日の説教はかなり短縮されていたが、それでもしんどい。
 これで、説教の内容は全然覚えていないと言ったら、あとでひどいだろうなあ。

「と、とにかく、東風谷こんにちはっ!」
「あ、先生」

 今度来たのは守矢神社の面々のところ。
 まだ新参者と言ってもいい彼女たちだけど、少なくとも神様二人は十分に馴染んでいる様子だった。

「や、良也。呑んでる?」
「ああ……とか言いつつ、注ぐんだな、諏訪子は」
「まぁね」

 神の一柱から酌を受け、ぐいっと呷る。
 はあ……そろそろ酒の量が危険域に入ってきたな。でも、なんだかんだで意識ははっきりしているから、大丈夫だろ。

「早苗、な、な? もう一杯くらい」
「もう駄目ですってば」

 神奈子さんが東風谷に酒を勧めている。もう駄目、ということは、少しは呑んだのか?

「諏訪子、東風谷はどれくらい酒呑んだ?」
「コップに半分、日本酒を」

 コップに半分かあ。本当に弱い人ならそれだけで真っ赤になるけど、東風谷はまだうっすらと頬を染めているくらい。
 まだまだイケルと思うんだけど、本人は頑なに拒んでいるなぁ。

「いいじゃないか。良也も来た事だし」
「それ関係ありませんよね!」
「むう、リクエストとあらば仕方ない。僕自ら酌をしてあげよう。東風谷、コップをこっちに出しなさい」

 心得た様子の神奈子さんから一升瓶を受け取り、東風谷に向かって構える。

 東風谷はちょっと涙目で『ひーん』とか言っている。……こんなだから苛め、もといかわいがられるんだよなぁ。

「わかった、東風谷。ほんのちょっとだ。指一本分くらい。ほら、これだけ」

 指を横に立てて、入れる量をアピール。東風谷も適当なところで妥協した方が追及から逃れられると思ったのだろう。しばらく悩んだ後、

「じゃあ、お願いします」
「うむうむ、潔いぞ」

 観念してコップを前に出してくる東風谷。

 キュピーン! と、自分の眼が光った気がした。

「ふン!」
「ああああ!! なにを入れているんですか先生!?」

 東風谷の抗議は無視して、一升瓶を傾けたまま固定! 食べ物を大切にする東風谷は、コップを避けるわけにもいかず、注がれていく酒を絶望的な眼で見ている。……そこまで嫌がることないじゃないか。

「ふう、ミッションコンプリート」

 いえーい、と神奈子さん、諏訪子と親指を立てあう。

「ひ、ひどいです先生! 指一本分って言ったじゃないですか」

 コップの底から指を横に立てて『これだけ、これだけっ』とアピールする東風谷。ふっ、甘いな。

「これだけ、だよな?」

 指を『縦』に立てて、自分の入れた量をアピール。
 ほぼコップの三分の二ほどの量。……ちょっとオーバーしているけど、まあ誤差の範囲だ。

「縦!?」
「僕は一度も横とは言っていない」

 詭弁だろうなあ、自分でも分かっている。ほら、案の定東風谷が凄い抗議するような眼でこちらを見ている。

 でも知らないもーん。

「先生……あとでひどいですからね」
「いいよ、ひどいことしても。でもそれは、それを呑んでからだ」
「いよっ、早苗のちょっといいとこ見てみたい!」

 親父だな、諏訪子。
 しかし、これって立派なアルハラですよね。アルコールハラスメントで訴えられたら、僕はもとより神奈子さんも諏訪子も勝ち目ないなぁ。
 折り良く今日は、裁判ごとに関してはプロ中のプロである閻魔様までいることだし……

 だ、大丈夫、だよな?

「はあ……ふう。……んっ!」

 ぐい、と東風谷はコップの中身を一口、深呼吸してから呑みこむ。そんな嫌いな食べ物を食べるかのようにしなくても。

 しかし、食べ物を粗末に出来ない性格が災いしたなあ。なにがなんでも、自分の皿とかコップとかに入れられたものは完食しないと気がすまないらしい。
 だからこうやって、無理して酒を呑んでいるんだけど。

「ふう、はあ」
「東風谷、ゆっくりでいいぞ。ほら、つまみ」
「あ、ありがとうございます」

 大皿からいくつか味の濃いつまみを持ってきて、東風谷に渡す。ゆっくり、食べ物と一緒に呑めば、少しずつ慣れるだろう。
 前のときは、ちょっとそこらへんを忘れていたからひどいことに……

「ん」
「あ、あれ?」

 変だ。つまみを普通にスルーして二口目に行った。
 だ、大丈夫かな?

「もう、お酒は苦手だって言っているのに」

 とか言いながら三口目。僕と諏訪子と神奈子さんは、視線を交差させ、これはヤベェと認識をあわせる。

「神奈子様も、諏訪子様も、無理に呑ませないで下さいよ」
「あ、ああ。悪かったね。でも、早苗と一緒に呑みたいじゃないか」
「そう言っていただけるのはありがたいですけど」

 そこでやっと東風谷はつまみに箸を伸ばす。それに安心したのもつかの間、次に東風谷は二口連続で、コク、コク、と日本酒を嚥下した。

「ふう、まだ美味しさがわかりません。料理に合う、っていうのはなんとなく分かりますけど」
「原料は米だからなあ。御飯に合うものには大抵合うよ」
「そっか、なるほど……」

 東風谷の疑問に一般的な回答を返す。
 ……うーん、本当に大丈夫か? つまみ食って、酒の残り、全部呑んじゃったけど。

「おかわり」
「い、いや、東風谷。今日呑むのはそれだけでいいんだ。あ、そうだ、水かジュースか持ってこようか?」
「おかわりです、先生。早くお酒に慣れて、神奈子様や諏訪子様と一緒に呑めるようにならないと」

 なんか百八十度意見が変わっているんですけど!?

「か、神奈子さん」
「おっと、酒を注ぐのは先生の役割だよ。私に振るんじゃない」
「諏訪子っ!」
「あーうー」

 こ、この二人は。
 ぼ、暴走しつつある東風谷を、僕に押し付ける気か!?

「先生」

 ほら、なんか眼が据わっているよ、東風谷! 声も、なんかドスが効いているし!

「三度目です、先生。おかわりをお願いします」
「……はい」

 僕は、半ばやけになって注いだ。
 とりあえず、コップに半分ほど。

「……む」

 凄く不満そうだったので、なみなみと注いだ。東風谷は満足げに微笑み、コップに口をつける。

「……神奈子さん、一緒に呑みたいって言ってましたよね、僕はこれで失礼します」
「あ、ちょっ! しまっ」
「神奈子様。私がお注ぎします」

 若干、ワイルド分が入った東風谷の相手は、僕では勤まらない。
 一瞬の隙を突いて席を立った僕は、癒しを求めて白玉楼の妖夢のところに向かった。
















「おわっ、危ねっ!?」

 白玉楼の二人の所に来た僕に、割と勢い良く振られた剣が体のすぐ傍を走り抜けた。……き、斬れてな〜い。

「妖夢、なにをするんだっ」
「あれ〜? 良也さん。良也さんこそー、そんなところにいると危ないですよー」

 ……酔っ払いだ。完全無欠の酔っ払いだ。
 僕も酔っ払いだが、今ので一気に頭が冷えた。

 慌てて彼女の主人である幽々子のところに避難する。

「幽々子っ、あれなんとかしてくれっ」
「なんとか、と言われてもねえ。妖夢は私の言い付け通り剣舞を舞っているだけだけど」

 お前が原因かっ!?

「ほらほら、酌をしてあげるから、妖夢の舞でも見ながら呑みましょう」
「……いや、危ないから、あれ」
「今集まっている連中の中で、アレが危険なのは貴方だけ……いえ、貴方も危険じゃないでしょ、別に」

 ……まあ、酔っ払いの剣で怪我するようなやつがいるとも思えないけどさ。僕は怪我しても問題ないし。

「それに、ほら」
「なんだよ?」

 幽々子が妖夢を指差す。その指は、微妙に妖夢の下の方に向けられていて……よくよく注視してみると、妖夢が危なっかしい足取りで舞うたびに、スカートが危うい角度で翻っていた。

「おいっ!?」
「あ、今じっくり観察したでしょう? 助平ねえ」
「阿呆かっ」

 誤魔化すように、幽々子の近くにある徳利をつかんで、コップに入れもせずに一気に呷る。

 この亡霊の姫様は、従者が辱めにあってもいいっていうのか? 許可出してくれるならじっくりたっぷりねっとり凝視しちゃうよ、僕。

「……そういうわけにもいかんか」
「あら、青少年の葛藤は理性が勝ったのかしら?」
「的確すぎてムカつくな、おい」
「貴方が単純すぎるのよ」

 否定できない自分が情けない。
 でも、そんな気持ちになりながらも、眼はついつい妖夢を追ってしまって……とりあえず、後で猛烈に申し訳なくなりそうなので、僕はとっとと止めに入った。

「妖夢、おい」
「なんですかぁ? 邪魔しないでくだしゃい」
「もはや呂律が回ってないな……」

 もともと剣舞をやれという命令を受けたところからして、相当酔っていたことは間違いないけど、身体を動かしてさらに酔いが回ったんだろう。
 いつもの雷のような剣速は見る影もなく、思い切り体が流れている。

 なので、ちょっとした隙に懐に潜り込んで、腕を掴むくらいは楽勝だった。

「うあ、なにするんですかー」
「はいはい、幽々子はもういいって言ってたから、こっちで僕に酌をしてくれ」
「むむ、良いでしょう、その挑戦、受けました」

 なんの挑戦なんだろう……

「さぁさっ! 早く来てください、良也さン!」
「はいはい……」

 まあ、たたっ切られることはないだろうと、僕は妖夢の隣、幽々子の向かいに座る。

「あら、お帰りなさい。ハプニングを演出して、妖夢にセクハラするかと思ったんだけど、しなかったわね」
「……なんでそんなことを思うのか、理由を聞かせてもらえるか」
「だって男は狼だもの。女は哀れな羊よ」

 ……狼を食い殺す羊が多すぎるんですが。

「はいっ、良也さん、どうぞっ」
「零すなよ」

 妖夢の酌を受ける。案の定、乱暴な注ぎ方だったが、まあ良しとする。

「んっ」
「なに、そのコップは。水?」
「私にもお酒を下さい!」

 なんだろうね、この娘は。酔いすぎて、元の人格が欠片もない。
 これ以上呑ませていいものかどうか……主人である幽々子に視線を向けると、にっこり笑顔で首を縦に振られた。

「……んじゃ、どうぞ」
「ありがとうございますっ」

 深く頭を下げて、僕の酒を受けた妖夢は、僕のコップと無理矢理乾杯してきた。

「さあ、呑み比べ勝負です」
「……勝負ってそれか」
「はいっ。では不肖魂魄妖夢、呑みます!」

 ぐっ、とまるで一気飲みでもするかのような勢いでコップを傾ける妖夢。僕はというと、別に一気飲み勝負でもないので、さっきまでと同じようにチビチビと……

「きゅ〜」
「だぁ! 倒れるなっ!」

 そして、妖夢は眼を回して倒れた。

「あらあら、今日は早いわね」
「どんだけ無茶な飲ませ方をしたんだ、幽々子」
「そうねえ。ちょっと、ね」

 なにがちょっとか。

「はいはい、妖夢は私が見ているから、貴方は好きに呑んでいなさい。まったく、この娘は世話が焼けるんだから」

 幽々子が苦笑して、妖夢の傍に歩み寄り、その膝に妖夢の頭を乗せた。

「あら、それとも自分の膝で寝かせたい?」
「いいよ、別に。っていうか、呑ませたの幽々子なんだから責任ぐらい取れ」
「呑ませたわけじゃないんだけどねえ」

 言い訳は見苦しいぞ。どう考えても、妖夢が自分からここまでへべれけになるほど呑むとは思えない。

 さて……じゃあ、妖夢も倒れちゃったことだし、僕は僕で別のところ行くか。
 なんか、妖夢の髪を梳いている幽々子は、ゆっくりさせておいたほうがいい気がするし。




















 そろそろふらふらになりつつある僕は、次に紅魔館の連中のところに来た。
 レミリア、咲夜さん、パチュリーに加え、普段は出席率が悪い美鈴と小悪魔さんまでいる。

「や、呑んでるか?」
「もちろん。こっちはワインだけどね。良也も呑む?」

 丁度空にしたところだったので、レミリアからワインを一杯貰った。

「……いい味だな」
「当然。今日の宴会のために持ってきたとっておきだもの。今年取れたヴィンテージものよ」

 ねえ、とレミリアが従者を自慢するように微笑む。咲夜さんは謙虚な姿勢を崩さず、はい、と答えた。

「新しいのに、ヴィンテージ?」
「私は時を操る程度の能力を持っているので」

 すげぇ、なんかすごい応用の仕方だ。つまり、この人の手にかかれば、味噌だろうが醤油だろうが一晩で出来る。漬物はもちろん、時間のかかる煮物だってすぐだ。

 便利だ。
 便利なんだ……けど、なにか間違っていないかその能力の使い方?

「私も、咲夜みたいな従者が欲しいわね」
「パチュリー様。私、私」
「小悪魔に不満はないわよ。でもねぇ、こういう使い勝手の良い能力を持った従者がいれば、色々と楽ができそうなのよ」

 ふう、と我が魔法の師匠がちょっと羨ましそうにレミリアを見る。

「あげないわよ」
「誰もくれとは言っていないでしょ。たまにこうやって、新しいヴィンテージワインを呑ませてもらえば十分」
「はは。私はレミリアお嬢様のメイドですが、紅魔館に住まわれている以上、お客様の要望も可能な限り叶えますわ」

 咲夜さんがそう締めくくったところで、従者談義は終わったらしい。

 でもなあ、僕も欲しいな、メイドさん。従者、などという無粋な呼び方はノーサンキュー。やっぱりメイドさんだよ。いくら有能でも『家政婦』と『メイドさん』の間には絶対に越えられない壁がある。
 執事なんざ論外。最近は執事喫茶などというメイド喫茶をパク……インスパイアされたものも出てきているが僕は断固認めない。

 現代日本でメイドさんを雇うなど、無理無茶無謀であることは百も承知しているが、しかし人間諦めたらそこで終わりだ。
 理想は十代前半……もとい後半から二十代前半までの可愛いor美人のメイドさん。家事能力はこの際最低限でもオッケー。それメイドとして無能だろ、とかいう奴は前に出て来い、ぶっ飛ばす。

 あと、スカートはロングね。咲夜さんは例外的にミニでも似合っているが、やはりメイドさんといえば紺のロングスカー……

「おかわりはいるかしら?」
「あ、ああ。貰うよ。レミリアもいるか?」
「ありがとう。ここであんたの血を二、三滴混ぜるといい感じになるんだけどね?」

 いかんいかん、ちょっとトリップしていた。
 酔ってんのかなぁ。多分、酔っているに違いない。まさか僕がここまでメイドさん好きだったとは。

「美鈴も呑んでるか?」
「あ、はい。頂いています」

 紅魔館メンバーで一人紹興酒を呑んでいる美鈴が、笑って返事をしてくれた。
 門番である美鈴は留守を任されることが多く、宴会に参加するのは割と珍しい。

「留守は大丈夫なのか?」
「妖精メイドがいるから多分……」
「妖精メイド……働いているところをみたことがないんだが」

 紅魔館には主人が三食昼寝付き給料なしというトンデモナイ待遇で迎え入れた妖精が大量に働いている。
 ただ、連中は咲夜さんが命令しないかぎり決して働かないので、はっきり言って穀潰しもいいところだ。さすがに可愛いメイドさんが欲しいからって、連中はちょっと……というほど働かない。

「まあ、お嬢様の許可は頂いたので、今日は私も存分に呑ませてもらいますよ」
「お、そっか。紹興酒は珍しいけど……ほれ、美鈴、空いているぞ」
「あ、これはどうも」

 とくとく、と紹興酒の瓶から美鈴の器に液体を注ぐ。中国酒はあんまり一般的じゃないけど、美味しいのかね? チャイナ服の美鈴には似合ってはいるけど。

「呑んでみます?」
「じゃあ、ちょっとだけ」

 丁度先ほどレミリアから注いでもらったワインを呑んでしまったところだ。なにか、今日はペースが早い気がするが、こういう日も悪くはない。

 んで、もらった紹興酒を呑むが……うーん、微妙。あんまり好きな味じゃないが、そのうち慣れる感じ。

「う〜」
「あはは、お嬢様も咲夜さんもパチュリー様も駄目ですからねえ。良也さんも駄目ですか」
「ごめんー、せっかくくれたのに」
「いえいえ。私は私で楽しませてもらいますんで」

 ふむ、これで紅魔館メンバーは全員、か。

「いつも気になっていたんだけど、フランドールは連れてこないのか?」
「……聞きにくいことをあっさり聞くわね、あんた」
「だって、紅魔館の方のパーティーには参加するようになったじゃないか」

 前、僕が無理矢理パーティーの席に立たせてから、フランドールも一緒にするようになったとか。
 別に、こっちに連れてきたっていいと思うんだけど。

「まだまだあの子は不安定なところがあるからね。あんまり外に出したくないし、本人も出たがらないのさ」
「不安定ねえ……」
「別に、あんたが面倒見るって言うなら連れてきても構わないよ? ただ、万一癇癪起こしたら責任は取ってもらうけど」
「うっ……」

 その責任をどうやって取ったいいのか、すげぇ怖い。
 でもなぁ、加減は一向に覚えないものの、最近は少しは落ち着いてきた気がするし、大丈夫だと思うんだが。

「ま、まあ霊夢とか魔理沙とか、フランドールのこと知っているやつらだけ集めて一回やってみたらいいんじゃないか?」
「……そうね。じゃあ、言いだしっぺがセッティングをしなさい」
「僕っ!? 幹事は魔理沙の仕事だろ。あいつきっとノリノリで段取ってくれるぞ。」

 うん、その様子が眼に浮かぶようだ。

「駄目よ。その方がフランも喜ぶでしょうし」
「そうかなぁ?」

 確かに懐かれつつあるという自覚はあるが、魔理沙も魔理沙で『弾幕ごっこをしてくれるやつ』として相当気に入られているぞ。本人が言っていた。

「じゃあ、楽しみにしているわ」
「勝手に決めて……。わかったよ。そのうちな。僕、そろそろ行くわ」

 そう言って、紅魔館の席を立つ。

 ……さて、相当酔ってきたな。メイドの妄想が暴走した辺りで気付いてたけど。
 おおう、ふらふら、する〜〜〜












「あれ? 紫、良也が倒れているよ」
「寝ているのよ。……さてどうしましょうか?」
「しっしっし、鬼の前で寝こけるなんて、良也も迂闊だなぁ」
「今後、こういうことのないよう、警告してあげるというのはどうかしら」
「それだね。墨ある?」
「もちろん」

 そんな会話が聞こえた気がした。

























「……ん?」

 チュンチュン、という小鳥の声と、まぶたを焼く太陽の光で眼が覚めた。

 むくりと起き上がると、ガンガンと頭が痛む。周囲は空の瓶やら皿やらなにやらが散乱し……

「ああ、寝ちゃったのか」
「起きたの?」

 後から声がかけられる。確かめる必要もなく、こういうときに声をかけてくるのは、

「霊夢か、おはよう」
「おはよう。……『油断大敵』」
「は?」

 いきなりなにを言いだすんだ?

「『鬼参上』、『肉』……ってなにそれ」
「それはこっちの台詞だ。なにを言っているんだ?」
「顔に書いてあるわよ」

 はあ?

 顔に触れてみる。……ん? なんか、こう違和感が……

「なんじゃこりゃあ!?」

 触れた指先に黒が付着している。
 れ、霊夢の言うとおり、顔になにか書いてある!?

「誰かの悪戯かしらね」
「誰のかはわかりきっているだろ!?」

 萃香だっ! あと、キン肉マンネタがある時点でスキマの疑いも濃厚だっ!

「か、顔洗ってくるっ!」
「行ってらっしゃい。ああ、そういえば今井戸には……」

 霊夢が何かを言いかけるが、無視してダッシュ。
 ええい、恥ずかしい。とっとと顔を洗……

「ん? 良……也? プッ!」
「ま、魔理沙ぁ!」

 ガッデム! こいつも泊まっていたのか!

「だから言ったのに」
「もっと早く言ってくれよ!」
「言う前に行っちゃったじゃない」

 腹を抱えて笑い転げる魔理沙と、呆れた様子の霊夢。

 今日もまた、幻想郷は問答無用なまでにいつもどおりであった。



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