東風谷にとりあえずここで生きていける程度に知識を教えたとはいえ、実はまだまだ危なっかしい。

 彼女の外の友達である山本からの手紙を届けないといけないし……。ってなわけで、僕は幻想郷に来ると、なるべく守矢神社に顔を出すことにしていた。
 せいぜい茶を飲んで話を聞く程度だけど、そのくらいでも役に立つ。……と勝手に思っている。

「あ。よう! にとり!」

 途中、川のほとりでひなたぼっこをしているにとりを発見した。手を振って声をかけると、眠そうな眼を擦ってこちらに手を振り返してくれた。

「や。あんた、今日もお山の神社かい?」
「まあな。実際、あそこの評判ってどうなん?」

 道中、妖怪の山の麓とかも通るので、こうやってたまにあそこの評判を聞いている。今のところ、おおむね良好。縄張りを荒らされた天狗の反応がちと心配だったけど、射命丸や椛の話によると、特に不満を抱くものはいないらしい。

「けっこういいよ。頻繁に宴会を開いているし、ここらの妖怪であそこを悪く思っている奴はあんまりいないんじゃないかな」
「そっか。それはよかった」

 ここの連中が宴会好きで。それとも、この場合はそれを見越して宴会で信仰を深めたと考えるべきかね?
 本当にそういう作戦だとしたら、神奈子さんだな、発案・実行役は。諏訪子や東風谷にはちょっと荷が重い。

「んじゃ、僕は行くよ」
「あ〜、そうそう、また今度さ、外の世界のコンデンサとハンダを買ってきてよ。やっぱ外の世界製は精度が違うからねえ」
「すまん、僕は文系だ」

 コンデンサとか言われてもわからんぞ。えっと、回路の部品だっけ? ハンダはハンダ付けとかあったはず……
 とか、そんなレベル。ってか、どこで売っているんだ、そんなもん。

「あ〜! 待ってよ、代金は払うからさぁ〜」
「当店では理科の実験用具は取り扱っておりませんー!」

 逃げた。
 いや、ほらね。やっぱりよく知らない商品を取り扱うのは商売人としていかんと思うのですよ。詭弁だと、笑わば笑え。ぶっちゃけ面倒くさい。











 で、河童から逃げ出すようにして妖怪の山を登った。
 相変わらず、守矢神社に行くルートに限っては、天狗に呼び止められることはない。余計なところに入り込まないよう、ちゃんと監視はされているんだろうけど。

 まあとにかく、天狗のシマで悪さをするような妖怪やら妖精は……まあ、滅多にいるはずもなく、僕は無事守矢神社に到着した。

 いつもなら、ここで二パターンに分かれる。

 東風谷が境内を掃除していたら、そのまま世間話をしながら賽銭を入れて願い事。
 東風谷が母屋の方にいるなら、そちらに行ってお茶を頂く。

 なんだけど、今日はその二つのパターンに当てはまらない風景が展開されていた。

「……スキマ?」

 境内にいるのは、言わずと知れた隙間妖怪八雲紫。はて、そういえば最近見かけていなかったな。

「んで、神奈子さん、か」

 そのスキマと相対して何事かを話しているのは、この守矢神社の主である神奈子さんだった。
 はて、妙なツーショットだ。共通点といえば、この幻想郷の女性にしてはちょっと年が……もとい、落ち着いた大人の女性ということだが……

「あら、良也じゃない」
「こんにちは。スキマ、ちょっと久し振り」
「そうね、ちょっと久し振り」

 苦笑しながらスキマが返事をしてくれた。

「神奈子さん、こんにちは」
「やあ、また来たのか。生憎と、今日は早苗は出かけているけど」
「あれ? どこに行っているんですか? っていうか、一人で大丈夫ですか?」

 まだ、あんまり一人で出かけるほど慣れていないと思うんだけどな。

「里の方に食料を仕入れにね。……良也、足繁く様子を見に来てくれるのは正直ありがたいけど、そこまで過保護にすることはないよ。自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分で判断しなきゃ身に着かないこともある。
 いつまでもあんたにおんぶに抱っこじゃ、早苗もいつまでも慣れやしないからね」
「いやぁ、東風谷は僕以上にある意味慣れていると思いますが」

 異変の片棒担いだりねっ!

「丁度いいわ。良也も聞いていきなさい」
「……スキマの話は大抵僕にとって不利益になるから嫌だ」
「あのねえ? 聞いて頂戴、という要請じゃないのよ。聞いていきなさい、と私は言ったわ」

 抵抗は無意味ということか。まあいいけどさ。

「まったく、神が二柱もいて、とんだ不手際だわ。外の世界に籍を置くものが突然いなくなっちゃ、怪しむ者もいるでしょうに」

 ? 東風谷の話、か?

「ああ、それは悪かったよ。一応、田舎の方に戸籍は移したんだけどね」
「少し調べれば、東風谷早苗という人間が失踪したんだっていうことは分かる。一昔と違って、現代は人一人が消えるにはそれなりの準備が必要なのよ? まったく、隠蔽工作に随分時間がかかっちゃったじゃない」

 隠蔽、工作? なにやら不穏な単語だが。

「スキマ、なにしたの」
「なにって、あの東風谷早苗っていう人間が『自然に』いなくなったように見せかけるため、ちょっとした根回しを」
「……それって、裏社会的なこと?」
「そうなるのかしら。良也も、新しい戸籍とか欲しい? 別人名義で口座を開設できたりするけど」
「いらん」

 なんでこの妖怪はそんなに外の世界のことに通じているんだ。元々謎な妖怪だったけど、さらに謎が深まった。ていうか、犯罪……

「どうやったらそんなことができるんだよ」
「ま、ちょっとしたコネとお金があれば誰でも出来るわよ」
「そんなコネとお金は誰でも用意できません」

 見ろ、神奈子さんも苦笑いしているじゃないか。

 ……ん? でもすぐ顔を引き締めて、スキマの前に立ったな。
 で、笑顔なんだけど全然眼が笑っていない表情で、左手を前に出している。

「いやいや、世話をかけたね。えっと、八雲紫だったか」
「ええ。好きに呼んでくれて結構よ、八坂」
「まあ、同じ八が付く者同士、仲良くやろうじゃないか、八雲」

 二人は絶対腹に一物あるような笑顔を浮かべて握手をする。……うわぁ、なんかこう、大国同士の和平とかこんな感じっぽいなぁ。
 なんか、ぴりぴりとした緊張感があって心臓に悪いぞ、これ。

「お、良也じゃん。いらっしゃい」
「諏訪子か!」

 おお、良かった。あんまり毒のなさそうなのが来てくれたっ。
 よし、僕は大人二人からはちょっと離れて、諏訪子と遊んでよう。うん、邪魔しちゃ悪いし。

「そっちのは……妖怪だね。へぇ、アンタみたいな妖怪がまだ現代に生き残っているんだ」
「あらあら、もう一柱の神も来ましたか。御機嫌よう」
「諏訪子、こいつは八雲紫。早苗の外の世界での痕跡をなくしてきてくれたらしい」
「ふぅん、それはありがと」

 あ、あれ〜? なんか諏訪子もこう、怖い感じになっちゃいましたよ?
 こう、警戒心剥き出しというか。いや、スキマに対してのその反応は限りなく正しいと確信している僕ですけどねっ。

「私としては、貴方たちと敵対するつもりはないわ」
「私たちもそうさ。八雲と争ったって、一文の得にもならない」
「そうね。……でも貴方たちは、博麗神社に営業停止を迫ったそうじゃない? この幻想郷においてあそこがどれだけ重要なのか、そこだけは認識しておいて貰う必要があるわ。幻想郷で暮らすのならね」

 あ〜、なんだっけ。博麗大結界の基点なんだよな、確か。
 それ以上は知らん。営業停止したら結界もなくなるのかね。

「そもそも、あそこはね」

 あ、なんか長い話になりそうだ。
 ……ふむ、今スキマの注意は神奈子さんと諏訪子に向いている。

 さて、関係のない僕は、とっとと消えようかな。こっそりとね。

「待ちなさい」
「は、はひっ」

 視線はこちらに向けず、声だけをこちらに向けて、スキマが僕を制止した。抜き足差し足で立ち去ろうとした僕は、瞬間固まってその場に直立不動の体制になる。

「さっき、聞いていきなさい、と言ったのをもう忘れたの? ここからが本題よ。博麗の重要性、入り浸っている貴方も少しは覚えておきなさい」
「え〜、霊夢が重要とか言われても、僕にはさっぱり」
「言葉の上だけでもいいわ」

 そんなこと言ってたら、マジ聞き流すぞ〜。
 しかし、神奈子さんと諏訪子は完全に聞く体勢だし……そんなに興味のあることかね?

「どうせ話すなら東風谷も一緒に……」
「彼女はもう博麗神社に無茶なことはしないでしょう。最低限、ここの神が知っていればいいわ」

 贔屓だ! 僕もこんな長くて退屈そうな話聞きたくねぇーー!












 ……んで、スキマのありがたいお話は、東風谷が帰ってくるまで続いた。
 僕は憔悴した。内容を一つたりとも覚えていないのは、当然の話である。



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