は〜、魔法の森にここまで本格的に入るのは初めてだけど、確かにここの空気はけっこうクルものがあるなあ。

 などと、感想を抱きつつ、自生している茸やら草やらを採取する僕。

 本日は紅魔館の日。とりあえず、お約束どおり献血をしたりした後、パチュリー師匠に魔法の森行きを指示された。採取してくる植物のメモを持たされて。

 ……うん、まあそういうこと。なんでも、魔法薬作るから、材料取ってこいってことらしい。弟子としては当たり前の仕事なんだとか。
 ついでに調薬系のウィッチクラフトも教えてくれるってことなので、まあ授業料と思えばイーブンだ。

 ちなみに、今まで集めたのは各種ハーブ類に魔法の森の『赤い茸』『青い茸』『ドドメ色の茸』『紫色の茸』『なんか光っている茸』……後半は魔法の森の固有種らしく、正式な名前がない。こんなん覚えて役に立つのか?

 っていうか、魔法の茸、魔法の茸……マジックマッシュ……いや、これはヤバいか。

「えっと、次は……マンドラゴラ?」

 …………えーと。我が師匠は僕に死ねと? マンドラゴラは根を引っこ抜いたときに奇声を上げ、それを聞いたら死ぬとか、そんなのは素人でも知っている。

 つーか、あるのか? マンドラゴラ。いや、あるのか……だって、この魔法の森、しれっと野バラと野菊とタンポポと蛇苺とラフレシアが共存しているカオス空間だから。
 前述のハーブ類も、んなのあるわけねぇだろ、とか思ってたけど普通にあるし。

 魔法薬の材料が一通り図解で載っている辞典を片手に、周囲をキョロキョロ探す。

 ないなぁ……探すのに夢中になっていて気付かなかったが、既に日が暮れかけている。そろそろ帰りたいんだけどなぁ。しかし、リストはまだあと十種類くらいはある。今日中に持って帰るのは無理か……。

 まあ、明日続きを探せばいいだろう。幸いにして三連休。明日午前中潰したところで、まだ丸一日以上休みは残っている。

「むう、もうちょっと奥行ってみるか」

 でも、折角だから完全に日が暮れる前に、マンドラゴラだけ採っとこう。
 しかし、見つけたら見つけたでどうしよう……一回死ぬの覚悟で引っこ抜くかなぁ。ああ、こういうとき便利だ、不死って。

 なんて、甘いことを考えていたからよくなかったんだよなぁ。

「……見つからねぇ」

 腕時計を見ると、もはや午後八時を余裕で回っている。無論、日はとっくに沈み、魔法で灯した明かりがなければ一寸先は闇の状態。
 くっ、意地になったのがよくなかったかっ! し、しかしここで諦めるのも悔しいっ!

「マンドラゴルァ! 出て来いやぁ!」

 うむ、魔法の森の茸の胞子はヤバい作用があるな。辺にアッパーなテンションだ。

「そこかっ!?」

 色々テンパっていた僕は、一瞬、手元の図鑑と良く似た葉の影を発見して振り向く!
 そこには……おお、都合三時間くらい探し続けた、マンドラゴラがっ!

「よし、抜く!」

 一瞬の遅滞なく、その茎に手をかけ、引っこ抜く!

『ギャアアアーーーー!』

 気味悪い声が耳朶を鼓膜を脳みそを揺さぶる揺さぶる! ああ、いや、吐き気がヤバイ!

「うっ……」

 じたばた生きの良いマンドラゴラの根を抑えるが、それまでだ。だんだんと視界が暗くなっていき……僕は倒れた。

















「…………あれ?」

 眼が覚めたとき、僕は柔らかいベッドに寝かされていた。
 はて、おかしい。確か死ぬ前は魔法の森でマンドラゴラ採ってたはずなのに。

「あ、あった」

 客間らしい、ベッドと小さな箪笥しかない部屋の隅に、僕が薬草やら茸やらを集めて詰めていたズタ袋があった。袋の口からちょっと覗いているのは僕が苦労して採取したマンドラゴラだ。

「あら、起きたの?」

 と、部屋の扉が開いて、そこから見覚えのある金髪が顔を覗かせた。

「アリス? ここ、アリスんちなのか?」
「そうよ。びっくりしたわ。マンドラゴラの悲鳴が聞こえて、ちょっと様子を見に行ったら死んでいるんだもの」

 それでびっくりで済むのがここの住人の凄いところだ。いや、相手が僕だったからかもしれないけど。

「脈はすぐ戻ったみたいだけど、目を覚まさなかったからね。運んだのよ」
「それはどうもありがとう。世話になっちゃったな」
「本当にね。世話ついでに御飯も食べていく? 一応、二人分作らせたんだけど」
「あ、いいの? じゃあもらう」

 じゃあ、こっち来て、という呼びかけに、僕はベッドから起きる。
 死んでいた、とは言っても肉体的な損傷があったわけではない。マンドラゴラのアレは、どっちかというと呪いに近いんで、一度効力を発揮してしまえば後には響かない。

 眼が覚めなかったのは……たぶん単純に疲れてて寝入ってたんじゃ。

「しかし、作らせたって誰に?」

 使い魔か何かか?

「人形に。割と美味しいのよ」
「それって操ってるのアリスじゃあ……」

 素直に作ったと言えば良くないか?

「まあ、そうだけど。でも私は料理を作るよう指示しただけだし。特定用途なら、このくらいの自動化はできるんだけどね……」

 そういえば、アリスの目標は完全に自立した人形だっけ?
 人形と言えば、以前会ったメディスンはえらい物騒だったなぁ。

「? どうかした?」
「いや、大したことじゃない」

 うんうん。毒操るだけの不良人形なぞ忘れて、食事を貰うとしよう。すでにいい匂いが漂い始めているし。

 うーん、この匂いはシチューかな? 紅魔館以外で洋食はけっこう珍しい。

「おお、美味そう!」
「お客様に振舞うのは初めてだから、張り切ったのね」

 クリームシチューをメインにポテトサラダやクロワッサンというオーソドックスなメニューだけど、どれも良い香りだし、綺麗に彩られている。
 テーブルの向こうでは、上海人形に良く似た人形が、腕まくりをしてどうだと言わんばかりに僕とアリスにアピールしている。

「美味しそうだ。ありがとう」

 僕の胸辺りに浮かんでいるその人形の頭を撫でてやると、照れた仕草をして、若干慌てた一礼をして台所に引っ込んでいった。
 ううん……僕もああいう人形が欲しいなあ。ちょい少女趣味だけど。

「さあ、冷める前に食べましょうか」
「ああ。頂きます」

 席に着いて手を合わせる。
 シチューを一口口に含むと、優しい味がじんわりと広がって、なんともいえない幸福感に包まれる。

 と、同時に忘れていた空腹感が起き出してきて、僕はガツガツと食べ進める。

「さすが男の子ね」
「……いや、アリスに子扱いされるのはちょっと」

 アリスってば高校生にしか見えないのに。

「私、貴方より随分年上よ」
「知っている」

 だからおかしいよ、幻想郷。なんで若い女ばっかりなんだよ。

 しかしやけに腹が減っている。……っていうか、何時だ。……十一時? 深夜じゃねえか。

「……もしかして僕を待ってて、こんな時間に晩御飯に?」
「あんまり関係ないわ。私はいつもこんなものよ」
「夜型人間?」

 気が合いそうだった。

「そんなところ」
「ふーん。……って、あれ?」

 食事が半分ほど進んだところで、先程の料理人形がその身長よりも大きな瓶を一本持ってきた。
 ……ワイン?

「あら、ありがとう。気が利くわね」

 それでは、とまたしても一礼して、人形は去っていく。……本当に良く出来た人形だこと。

「どう? ワインもイケる口だったでしょう?」
「いや呑めるけどさ。今呑むと、帰れなくなりそうで……」

 っていうか、霊夢はきっとカンカンだ。

「別にいいわよ。さっきの部屋で良ければ泊めてあげるから」
「えええええっ!?」

 ま、待て待て待て。
 落ち着け、土樹良也。泊める? 泊めると言ったか、この人形師!

「あ、あのなぁ。仮にも女の子がそんなことを……」
「貴方、どの口が言うのよ」

 ……確かに博麗神社に毎回寝泊りしている僕が言うこっちゃないかもしれないけど、でもやっぱりあの巫女とアリスだと、緊張感がこう雲泥の差ですよ!?

「それに、前も泊まったじゃない」
「あ、あれは、人形作りを待っているという名目が」
「朝の珈琲も一緒に呑んだって言うのに」

 な、なんか誤解を招く表現だぞそれっ!

「それに、これ結構いいワインなのよ」
「もらおうか」

 いいワインだというのなら仕方ない。なんか呑んだことないし。



 んで、その夜はアリス宅で普通に飲み明かした。
 ……あれ? 本当に普通だったな。いつもなら、このあたりでこう……やめとこう、本当になったら嫌だし。



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