「……さて、幻想郷探検もいよいよ大詰め」
「探検だったんですか」

 いやだって。ここって未開の秘境みたいなもんだし。

「でも、意外と広いところなんですね。隠れ里みたいなところと聞いていましたから、もっと狭いかと」
「確かに、ちょっとした町くらいはあるよなぁ」

 下手したら市クラスかもしれない。ちゃんと計ったことないから分からないけど。

「ああ、そういえば。まだ冥界と三途の川には逝ってないけど、逝ってみるか?」
「め、冥界? 三途の川?」
「ちなみに、東風谷の想像通りで正解。死後の世界を生前に体験できるのもここの売りだ。閻魔様のお試し裁判もあるぞ」

 東風谷は引きつった笑みを浮かべる。……うんうん、わかるわかる。

「え、遠慮しておきますっ!」
「そうか。まあ死神にはまた会う機会もあるだろ。あいつサボってここら辺歩いていることもあるから」
「……死神とまで知り合いなんですか」
「あ、平気平気。死神っつっても、ぶっちゃけただの三途の川の渡し守だから」

 別に、小町自身が命を奪うわけでもない。
 っていうか、あいつとは割といい酒呑み友達だし。たまに酒を差し入れに行って一緒に呑んで、ついでに一緒に映姫に説教されているほどのマブだし。

「はあ」
「あそこの閻魔の説教は一種の名物だ。閻魔に地獄逝きを宣言されると洒落になんないぞ、マジで」
「そ、それは確かに……」
「ま、僕はどうせ死なないからいいんだけどねー」

 今思うと、永琳さんに割と感謝だ。死後、地獄に行くと分かっているなら、死なないに越したことはない。
 まあ、映姫のあれは、むしろ地獄逝きになって欲しくないからこその苦言という説もあるが……そうすると、やっぱり言うことは聞いておいた方がいいんだろうか?

「いや、まあ難しい話は置いておいてだ」
「はあ」
「とりあえずここが、博麗神社の境内だ」

 で、幻想郷案内の最後は博麗神社だったりする。










「なによ、良也さん。そいつ連れてきて」
「まあいいだろ。霊夢も待ってろ、お茶淹れてくるから」
「え? なんで先生が……」

 家主が目の前にいるのに、と東風谷は不思議顔だが、ここでは不思議でもなんでもない。一緒にいる魔理沙だって、当然のような顔をしているだろ。

「僕がここにいる間は、いつの間にか僕がお茶係になってんだ」

 任せとけとばかりに手を振って、台所に向かう。

 慣れた手順なので、躓くこともない。魔法で火を熾し、薬缶にかける。数分ばかり待つと、僕と霊夢の好みの熱めのお湯になるので、お茶葉を投入した急須におもむろに注ぐ。

 味が出るまでの間、湯飲みの用意をして、お盆の上において配膳。
 ……おっと、前買った煎餅出しておくか。

「お待たせ」
「は、早いですね」
「ふん、年季が違うっての」

 いまだ火を熾すことにすら手間取っている東風谷に追いつかれるつもりはまだまだない。
 どうも、風の属性に偏っているせいか、それとも術を生活に活用するという意識が足りないせいか、東風谷はこの手の技能は微妙に苦手だったりする。

 まあ、地力が違うので、一度コツを覚えてしまえば僕などあっという間に追い抜いてしまうだろう。
 それまではせいぜい、いい気にさせて欲しい。

「おっと……あちち。お前の好みは微妙に熱すぎなんだよなぁ」
「それは霊夢にも言ってくれ。たまたま、僕とこいつの趣味が合っただけだ」

 魔理沙の文句を適当にあしらい、茶を啜る。……ん、我ながら今日も美味く淹れられた。

「七十点ってところね」
「辛いな。僕的には九十点だ」
「このくらいで上限と思ってちゃまだまだってことよ」

 精進しなさい、という霊夢も、昔は三十点台が普通だったし、上達は認めてくれているらしい。
 むう、そろそろ紅茶にでも手を出そうかな……。微妙にあっちの味も気になり始めたところだし。と、なると咲夜さん……は怖いから小悪魔さん辺りに教授してもらって。

「……本当に、先生は前からここに来ているんですね」
「なにを今更。東風谷、それは最初に言ったと思うけど」
「そうなんですけどね。色々と知り合いの方も多いですし、たくさんの場所を知っていますから疑ってはいなかったんですが」

 東風谷は一瞬言葉に迷って、お茶を掲げて言った。

「その、馴染んでるなぁ、と思って。やっと実感できたと言うか」
「まぁ、一番ここにいる時間が長いからな。でも、それを言うなら、僕が最初に行ったのは白玉楼だし、紅魔館にも割と入り浸ってるし。人里だって……」

 それぞれで相当馴染んでいると思うけど。

 ……ああ、そうか。白玉楼は連れて行ってないし、紅魔館では魔法使い、人里では菓子売りという身分だから、外の僕と一番ギャップが少ないのがここでの姿なのかもしれないな。

「煎餅いただきっ」
「いただくのはいいが、一回に一枚にしとけ。行儀が悪い」

 両手に三枚もの煎餅を確保した魔理沙を注意して、僕も胡麻煎餅に手を伸ばす。
 ……むう、美味。茶も美味いし、やっぱこれだよなぁ。

「ほれ、東風谷も食べろ。ここの煎餅は美味いんだぞ」
「あ、はい」

 海苔煎餅を一口齧った東風谷は、ちょっと驚いた顔をして『美味しい……』と呟いた。
 ふふふ……人里のゲンさんの煎餅は一味違うだろう。あの人の店に行けば、醤油の焼ける香ばしい匂いで……う、もっと買ってくりゃ良かったか。

「お、そうだ。来週あたり、宴会を開きたいと思うんだが」
「は?」

 魔理沙の提案に、東風谷はぽかんと口を開く。

「前、やったばかりじゃないですか。私のところの歓迎会で」
「一ヶ月も前の話じゃないか。むしろ、間隔が開きすぎたって思ってるくらいだ」

 なあ? と聞いてくる魔理沙に、僕と霊夢は同時に頷く。うんうん、そろそろ酒の味が恋しくなってきたところだ。いや、普段から家で呑んでるけど、宴会での酒はまた別なんだよって。

「み、未成年がそんな頻繁に……」
「前も言ってたな、それ」
「お酒を呑むのにも年齢制限があるなんて。外の世界も案外つまらないところね」

 東風谷、諦めろ。ここの人間はほとんど飲兵衛だ。鬼や天狗にゃ敵わないが、僕だってそうだし。

「大丈夫、外の世界だって大っぴらに呑まなきゃ黙認状態だ」
「な〜んだ、そうなの」
「でも、堂々と呑めないのはなぁ」

 そうは言うけど、霊夢、魔理沙。お前らはどっちにしろ呑みすぎだと思わなくもないぞ? 体が出来ていない頃は、アルコールは良くないんだぞ?
 ……まだ、体の出来ていない年頃だよな?

「先生もっ!」
「なんだよ、僕は成人だぞ」
「霊夢たちを止めてくださいよっ」
「悪い。最初はそう思いもしてたんだけど、僕、割と人のこと言えない」

 僕だって中学くらいから割と人目を憚らず呑んでたし。流石に居酒屋には行かなかったけどさ。微妙に身長が伸びきらなかったのはそのせいかね?

「ま、東風谷。月に一回以上の宴会はココの名物だ。少しは呑めるようになっとけよ」
「そ、そんなぁ……」
「苦手か? またチューハイ持って来てやろうか?」

 聞くと、力なく首を振られた。

「私も、あのシュワシュワしたのは駄目ね。もうちょっと美味しいのをお願い」
「別にお前のために持ってくるわけじゃないんだが……」
「あ、私は焼酎がいいな、焼酎。面白いのがたくさんあるって、前良也言ってたよな?」
「そりゃ、外じゃ焼酎ブームだし……。っていうか、魔理沙、お前は自作の茸焼酎呑んどけ、茸」
「いやぁ、また失敗しちまってなぁ」

 失敗しちまってなぁ、じゃねえよ。前ん時、どんだけ被害を被ったと思っている。

 しかし、東風谷はチューハイも駄目か。むう、じゃあ梅酒がいいかな? 割る用のソーダでも持ってきてあげて甘くすれば。

「ま、最初は少しずつでもいいさ。そのうち慣れるよ、東風谷も」
「別に慣れる必要もないと思うんですけど」
「ある。なぜならそこに酒があるからだ」

 同時に頷いてくれる霊夢と魔理沙。うむうむ、同意が得られて何より。

「な、なんですかそれ!?」
「真理だ」

 一言で切って捨てる。

 守矢神社の二柱の神様も、東風谷に酒に慣れて欲しそうだったし。
 次の宴会は、東風谷に酒を呑まそうの会かな。













 追伸、酔った東風谷は割とワイルドだった。



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