「山本ー。この後、ちょっと残ってくれるか?」 いつもの塾講師のバイト。授業を終えてから、僕は一番前の席に座っていた女生徒に声をかけた。 前の文化祭で、喫茶店のチーフをやっていた山本理奈だ。 「え? なに、土樹先生? もしかして、次は保健体育の授業だぞグヘヘヘヘとか言って、私のうら若き肉体を!」 「悪いが、そういう意味でお前に興味は持てない」 「ちぇー」 なにがちぇー、だ。 他の連中もわかっているのか、笑いながら様子を見ている。 「先生、もしかして山本に手ぇ出す気ですかー?」 「出さない。それなら、お前が付き合ってやれ」 「いやー、俺にはちょっと荷が重いですねー」 あっけらかんと笑うその男子生徒は、手早く荷物を整理し、鞄を持ち、 「重いとか言うなーー!」 「んじゃ、先生さいならー」 逃げるように帰っていった。 ……なんだかなー。 「で、先生。なんの話? この前のテストの話……じゃないよね」 「ああ。山本にしては珍しく平均点取ったからな」 うん、最近頑張っているみたいで、結構結構。 ……さて、皆大体いなくなったみたいだし、いいか。 「はい」 「はい?」 懐に大切にしまっていた手紙を渡す。反射的に受け取った山本は、その手紙を怪訝な目で観察した。 「ラブレター? いや、マジで? 冗談のつもりだったのに」 「……違う。開けてみろ」 「開けてみろって、手紙を渡すくらいなら直接話せばいいじゃん。男らしくないよー、そういうの」 「それは僕からの手紙じゃないって。開ければ分かる」 なによもう、とぶつぶつ言いながら、封筒を開け、中身を取り出す山本。中には数枚の便箋と、写真が一枚。 「これって……」 「東風谷からの手紙。預かってきた」 山本は、東風谷の一番の友達だった。幻想郷に行く、という話は出来ないが、元気でやっているという報告をしたかったらしい。 もちろん、僕としても断る理由はない。なんだかんだで仲の良い友達がいなくなったことで、山本もいつもほどの元気はなかったし。 「……そっか。元気でやってるんだ」 写真は、中央に東風谷、両隣に守矢の神様が並んでいる写真。撮影、現像は天狗の手によるものだ。なかなか良く撮れていると思う。 便箋の文章を二度ほど読み直した山本は、大切に封筒に仕舞った。 「とりあえず、東風谷は元気でやってるよ。それじゃあ、それだけだから」 「ちょっと待った!」 ぐわしっ! と肩をつかまれた。 「……なんだ? 別に、礼をする必要はないけど」 「お礼はとりあえず置いておいて……なんで先生がこの手紙持ってきたの?」 そんなことか。 「あー、東風谷が引っ越したところって、郵便も届かないような田舎でな。たまたま、そこに知り合いがいる僕が東風谷と再会して……。こっちに帰るついでに持ってきたんだ」 「早苗が引っ越したところって?」 「それは秘密」 あまり幻想郷のことを広めるのもよくない。例え教えても、実際連れて行きでもしない限り信じられないだろうし。 「なんでよ。先生? ちょっとくらいならエロいことしてもいいからさー。ね? 教えて」 「絶対僕がしないって分かってて言ってるだろう、山本」 「バレた?」 ったく。講師をからかうのも大概にしておけと言うのだ。大体、僕が万一本気に受け取ったらどうするつもりだったんだ? 「まあ、色々と大変なところなのは確かだけど、東風谷は大丈夫だよ。ああ見えて、東風谷も色々と大変な女の子だったから……」 うん、まさか霊夢とガチで喧嘩できるとは思わなかった。結果は負けだったけど、あそこまで出来るならそこらの雑魚妖怪など片手であしらえるだろう。 そんな東風谷なら、幻想郷でもうまくやっていけるのは間違いない。少なくとも、僕よりはずっと馴染めるだろう。 「わ、先生、早苗と仲良くしているみたいじゃん」 「こっちの知り合いだってことでな。ちょっと向こうでの生活を世話することになった」 と、言っても必要最低限のことを教えれば大丈夫だろう。時間をかければ覚えられたことを、僕はちょっと早めに覚えてもらうくらいのことしかやっていない。 「ふーん」 「なんだよ。その全然信じてなさそうな『ふーん』は」 「いや、早苗を誰が落とすかトトカルチョ。先生の倍率も悪くなかったけど、まさか、ねえ?」 トトカルチョて。確かに東風谷は大層おモテになっていたそうだけどさ。 「別に落としてなんかいない」 「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」 違うというのに…… 「ったく。それで、返事書くか? 書くんだったら、届けてやるけど」 「うん、じゃあお願いします。今度持ってくるから」 「あいよ」 さて、と。この後は、講師のミーティングがあるし、とっとと行くか。 「そんじゃなー、山本。寄り道しないで帰れよ」 「先生」 「ん?」 振り向いて見る。山本は、鞄を持って背を向けていたが、しっかりとした声で、 「あんがと」 「気にするなー」 さて、ちょっといいことした気分? 「東風谷ー。土樹郵便店の配達だぞー」 次の休日。山本からの手紙を携えて、僕は守矢神社にやって来た。 境内を掃除していた東風谷は、ぱっと笑顔になって駆け寄ってくる。 「あ、理奈、なにか言ってましたか」 「さあ、どこに住んでるのかとか、元気でやっているのか、とか。とりあえず元気だとだけ言っておいた」 「そう、ですね。ここのことを言う訳にもいきませんし」 まあ、僕は山本一人に言うくらい、なんてことないと思うんだけどね。 でも、信じてもらえないのは間違いないので、嘘つき呼ばわりされるよりは隠しておいたほうがいいって所だ。 「あ、写真、入っています」 「ん? ああ、東風谷も入れてたから、お返しだろ」 東風谷が慎重な手つきで封筒から写真を取り出す。ちら、っと見えたけど、山本だけじゃなくてクラスのみんなで写真を撮ったらしい。 それを見て、東風谷は嬉しそうな笑みを浮かべる。 「東風谷ー。手紙くらいなら、いつでも送ってやるからな」 「ええ、ありがとうございます、先生」 礼を言う東風谷は、便箋の方を読み進め、 「え?」 唐突にボンっ、と顔が赤くなる。 「なに、どうかした?」 「な、なんでもありませんっ!」 いや、さっと手紙を後に隠されて、気になるじゃないかおい。 「んー?」 「ひ、人の手紙を勝手に読まないでください!」 「気になるじゃないか」 むう、しかし無理矢理はよくない。仕方ない、諦め…… 「あれー? なにこれ」 で、いきなり登場した諏訪子が、東風谷が後手に隠した手紙を奪った。 ……どっから出てきたんだ、こいつ。 「んー? あっはっは」 「ちょ、諏訪子様! 返してください!」 「良也、見なよ、ここ、ここ」 いけない、と思いつつも諏訪子が東風谷の手から奪った手紙を見る。 「えっと……『先生とお幸せに』……?」 や、山本。思いっきり勘違いしてる!? 違うと何度も何度も言ったのに! 「ふーん。そういうことだったんだぁ」 「っていうか諏訪子まで!? お前は全然違うって知っているだろ!」 「いやいや、男女の仲は、わかんないもんだよ。私の知らない間にそういう関係になってたって不思議じゃないね」 いやいや、不思議だって。僕と東風谷が、だなんて、摩訶不思議アドベンチャーだって! 「あのー、諏訪子様? 先生と私は、決してそのような……」 「でも最近、幻想郷の案内とか言って、二人で色々行ってるじゃん。デートじゃないの?」 んぐあっ! た、確かに見ようによっちゃそうかもしれないけどっ! っていうか、指摘されるまで全然気付かなかったよ! 「えっと、それは違います」 「いいっていいって、隠さなくて。いいんじゃない? 面白い男だし」 「……いえ、その。私と付き合うなんて、先生にも失礼では」 「そうなの?」 諏訪子が聞いてくるけど、んなことあるわけがない。むしろ、僕が東風谷と釣り合うかという問題がですね。 「ほら、首振ってるよ」 「と、言っても……。失礼ですけど、私は先生のことを男性としては見れないというか」 あ〜〜、そうね。きっと、そんなこったろうと思った。 「と、とりあえずこの話はここでおしまい! 東風谷、返事書くなら書いてこいよ」 「え、ええ。わかりましたっ」 誤魔化すように東風谷を母屋に送って、僕と諏訪子は二人だけになる。 「……はあ。諏訪子。あんまりからかうなよ」 「いひひ、早苗は色恋沙汰には疎いからねえ。少しは覚えてもらいたかったのさ」 「色恋ねえ……」 何度もラブレターとか告白とか受けていそうだけどな。 「それなら、香霖堂の森近さんのこと、東風谷格好いいって言ってたぞ」 「森近?」 「半妖の人。眼鏡かけた文系美青年。変な人でもあるけど」 うん、割とお似合いな気もする。応援しちゃうよ、僕。 「あんたねぇ、仮にも神職の人間を妖怪に嫁がせる気かい?」 「問題あんの?」 神様だって『神様』って種族の妖怪みたいなもんだろうに。 「はあ……あるに決まってんだろうに」 「それは失礼」 どことは言わないけど、妖怪がフツーにたむろしている神社があるから、問題ないのかと思ってた。 「ま、早苗の色恋は後々の課題として」 「あー、勝手にやってくれ。僕とは関係ないところで」 「あんたにも関係あるかもよ? でもまあ」 諏訪子はニ、と笑って頭を下げた。 「ありがとう。早苗、友達と別れて寂しがってたからさ。あんたがいてくれてよかったよ」 意外に素直な言葉に、面食らう。 僕はなんとなく気恥ずかしくなって視線を逸らした。むう、ここまで感謝されると、なんだ。居心地が悪いっつーか。 「こ、これくらいお安い御用だって」 手紙の一つや二つ、実際朝飯前だ。 「そお? じゃあ、私もなにか頼もうかな。……ああ、たしか今月発売のコミックスがねー」 「俗っぽい神様だなっ!」 神奈子さんといい、現代かぶれしすぎっ! ……まあ、結局。 東風谷と山本の文通は、しばらく続くことになり、僕はその手紙を届ける役目を仰せつかったんだってさ。 | ||
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