それは、昨年秋の話。
 秋の神様と、厄神様。二柱の神様との出会いのお話。

 ……まあ、ぶっちゃけいつもどおりのノリだったんですけどね。懐かしいなあ。








「良也くん、明日は収穫祭だ。君も参加しないか?」
「収穫祭?」

 いつもどおり、お菓子を売りさばいた後。
 博麗神社に帰ろうと荷物を纏めていた僕に、里の人がそう声をかけてくれた。

「ああ、毎年この時期に、今年の豊作を神様に感謝する祭りをやるんだ」
「へえ。いいですね」

 しかし、お祭りか……明日は日曜。月曜に講義があるんだけど、祭りに参加すると明日中には帰れないかも。

「もちろん、酒も出るぜ。今年収穫した作物が肴だ」

 よし、サボろう。

「いいですよ。参加します。霊夢も誘ってみますけど……あいつ、来るかなぁ」
「毎年来ているよ。酒を呑みに」

 祭りなんだったら、巫女の仕事もあるんじゃないだろうか。それを、酒を呑むだけって。

「……ああ、そうだ。良也くんに頼んだらいいかもしれない」
「はい?」

 また別の人がそう言って、何かが包まれた風呂敷を取り出す。

「なんですか、それ」
「いや、里の人間じゃない君に頼むのも心苦しいんだけど。これは妖怪の山途中の樹海にいらっしゃる厄神様へのお供えものなんだ。そこにある社に、これをお供えするんだけど……」

 説明はこうだ。

 厄神様は人間の厄を集めてくれる大変ありがたい神様だが、近付くと溜め込んだ厄が移ってしまう。
 なので、普段は社に供えているのだけれど、やはり感謝の気持ちは手渡しで渡したい。

「慧音様に聞くところによると、君も割と強いんだろう? そういうのも、私たちよりは効かないだろう。そこで、これを直接渡して欲しいんだ」
「はあ、厄ですか……」

 会ってみないと分からないけど、その手のはあんまり効かない体質だったよな、僕。

「いいですよ。あそこら辺はあんまり強い妖怪もいなかったと思うし。ちょっと行って、届けてきます」
「おお、ありがたい。明日の収穫祭では、いっちゃんいい酒を用意してやるからなっ」
「はは。楽しみにしていますよ」

 荷物を受け取って、詳しい場所を聞き、僕は今度こそ帰路に着く。

 さて、妖怪の樹海っつーと。……ああ、こっちだっけ。
















 途中、野良妖精の不意打ちを喰らって、一回落ちたりしながらも……なんとかかんとか樹海に到着。

 不思議と、ここに入ってからは妖怪どころか妖精に襲われることもなかった。いかにもそういうのに襲われそうなシチュエーションなんだけど。

「これも、神様のご加護かな……。お、社発見」

 多分、例の厄神様の社と思われるものを発見した。
 古ぼけてはいるが、良く手入れされているように見える。

「おーい、厄神様ー!? ちょっくら、出てきてくれませんかー!」

 かー、かー、と樹海に僕の声が響く。

 待つことしばし。木の影から、一人の少女が姿を現した。……また女の子かあ。

「人間? お供えものなら、いつもどおりそこに置いておいて頂戴。これ以上近付くと、貴方に厄が……。?」

 厄神様が、言葉の途中で首をかしげ、ちょこちょことこちらに歩いてくる。
 手を伸ばせば触れ合えるほどの位置に来て、僕をしげしげと観察する。

 観察されてばかりなのもアレなので、僕も厄神様を見る。
 ……ここは、神様まで女の子なのかー、というのはいつものことなので置いておいて。なんか、おしとやかそうな女の子だ。大人しい、という感じではないけど、そんな無茶をするような感じじゃない。

 神様だからかなぁ。妖怪や妖精とはちょっと違った存在感だ。

「驚いた。貴方、厄がない……ううん、違うわね。厄が私の目に映らないの? 私の厄が移る様子もないし」
「あ〜、なんかよくわからないんですけど、そういう能力らしいです。詳しいことは僕には聞かないで」
「能力? 厄に通じる能力……じゃないわね。悪意を退ける、みたいな力かしら」
「だから聞かないでください。ただ、スキマが言うには『自分だけの世界に引き篭もる』という……」

 よくわからないわね、という厄神様の言葉に、僕も心底同意する。この能力、マジでどこまでできるんだろう……

「とりあえず、自己紹介ね。私は鍵山雛。厄神、というのはやめて。私、自分の名前好きだし」
「んじゃあ……鍵山さん? 雛さん?」
「お好きなように」

 さて、じゃあこっちではいつも名前で呼んでいるから、雛さんかな……。ああ、でも、二文字だとちょっと呼びにくいかも。

「じゃあ、お雛さんで」
「お雛さん? まあ、雛人形みたいなものだけれどね、私は」

 その呼び方が面白かったのか、お雛さんはクスクス笑う。
 そうして笑っていると、非常にこう、あの、あれだ。可愛い。

「それじゃあ、貴方は?」
「良也です。土樹良也」
「良也ね。よろしく」

 お雛さんは、ちょっと戸惑ったように手を差し出す。それを、僕は壊れ物を扱うように握った。
 ……いや、だって。ダンプに撥ねられても平気そうな他の連中と違って、繊細そうなんだもん。

「久しぶりね」
「なにがです?」
「人間と握手するなんて」

 ふーん。やっぱ、近付くだけで厄が移るからかな?

「ああ、そうそう。これ、お供え物です」
「ありがとう。……そっか。もう秋なのね」

 包みの中を開いて、お雛さんはそう呟く。
 中身は、さつまいもやじゃがいも、お米に栗、と、いかにも秋らしい作物の数々。

 あ、新米で作ったどぶろくもある。

「ありがとう。今日はこれで一杯やらせてもらうわ」
「……うわー、やっぱり酒呑むんですね」
「当たり前よ。お酒を嗜まない神様なんて、いやしないわ」

 言い切った!?

「ねえ、良也も一緒に呑まない? 誰かと一緒に呑むのは久しぶりだから」
「いいんですか?」
「もちろん」

 うーん、新米どぶろく……呑みたい。

「じゃ、ご相伴に預かります」
「そ、ありがと。じゃあ、あっちへ行きましょうか。私のねぐらがあるの。この樹海で取れた茸とかもあるから、この作物とそれを肴にしましょう」
「いいですねえ」

 うむむ……帰りが遅くなるかもだが、許せ霊夢。飯は自分で作ってくれよな。それとも、明日は収穫祭だから、今から腹を空かせておくか?


 はて、そういえば……。なにが『ありがとう』なんだろう?




















「……なあ、霊夢。まだ怒ってんのか? 夕飯の支度を忘れたことは謝るからさぁ」

 次の日。収穫祭に向かう道中で、僕は霊夢に思い切って尋ねてみた。朝から、どうにも態度が冷たい気がする。

「違うわよ。支度を忘れていたのはよくないけど、それで怒ったりはしないわ」
「じゃあ、なんだよ」
「新米どぶろくなんて美味しそうなもの、私も誘いなさい」

 あー、そーゆーことね。でも、ほら、いちいち博麗神社まで呼びに行くの面倒だったしさあ。
 こういうとき、携帯電話のありがたさが分かるな。ほんと、ない時代は待ち合わせとかどうしてたんだろ。

「今日は新米で作ったどぶろく、たくさん出ると思うぞ」
「そうね……。ま、いつまでも怒っているのも大人げないし」

 お前の口から大人げなんて単語が出てくるなんて驚きだよ。

「そうと決まれば良也さん。急ぐわよ」
「って、早い早いっ!」

 追いかけるのが精一杯の速度だ。ていうか、普段そんなにスピード出すほうじゃない癖に、ここぞとばかりに飛ばすな、こいつは。

「そ、そういえば霊夢っ! お前って、ま、祭りでぇ!」
「なに? はっきり喋って」

 こ、この速さで飛んでるのに無茶言うなっ!
 くぅぅぅぅ!

 て、あ。魔法だ、魔法。
 風の魔法で、うまいこと空気の抵抗を減らして……おおっ、うまくいった!

「霊夢、お前祭りでなにかしないのか?」
「なにかって?」
「ほら巫女なんだから、神事とかさ」
「前に頼まれたことがあるけど、いつの間にか言われなくなったわ」

 理由は……色々あるんだろうな。突っ込まないでおこう。

「わかった。もうなにも言うまい。好きなだけ呑んで食ってろ」
「言われなくてもそうするつもりよ。……って着いたわ」

 早いなー。
 霊夢のペースに合わせていたら、普段の半分くらいの時間で着いた。いつもこれだと疲れるからやらないけどさ。

 人里に降りてみると、既に始まっているらしく、中央の広場では皆さん赤ら顔で杯を空けている。

「うわぁ……盛大だな」

 人里のほとんどの人が参加しているんじゃないだろうか。妖怪や妖精もちらほら混じっているし。

「じゃあ、私は行ってくるわ。帰りは各自で帰りましょう」
「お、おい。一緒に行かないのか?」
「良也さんはこっちの知り合いがいるでしょう?」

 お前はいないのかよっ! と突っ込もうとしたら、既に霊夢は消えていた。

 ……うーん、煩い僕を遠のけた、のか? それとも気を使ったのか? わからん。

 仕方ない。適当に知り合いを探すかあ、と思っていたら、昨日、僕にお雛さんへのお供え物を届ける仕事を頼んだ大工のデンさんがこちらにやって来た。

「おお、良也くん。昨日はありがとう。ちゃんと届けてくれたかな」
「もちろん。挨拶もしときました。ついでに、誘われたんで一緒に呑みました」
「はっは……やっぱり、空を飛べる子は違うなあ」

 いや、僕を『空を飛べる連中』というカテゴリに括らないで。他の奴らと僕とでは、深くて長い川があるんだから。

「それで、デンさん? 後のはデンさんの娘さんですか?」

 良く見ると、デンさんの後ろに女の子がいる。お芋の香りを漂わせた、素朴な感じの女の子。……デンさんの娘にしては美人だな。

「おいおい、良也くん。こちらは今日の主賓の秋の神様、秋穣子様だ。あんまり失礼なことは言わないでくれ」
「神様?」

 僕がちょっと驚くと、穣子……さんは、不機嫌そうな声をあげる。

「そうよ、私は稔りを司る秋の神。貴方は一体どこの誰かしら?」
「……土樹良也です。外の世界から来ています。穣子さん、さっきは失礼しました」
「外の世界?」

 あ、興味を持ってくれた。

 そこから、僕の境遇を適当に話して、穣子さんはどうやらさっきの僕の言動は忘れてくれたらしい。

「へえ、お菓子をね。さつまいものお菓子も美味しいものだけど」
「ああ、僕はそっちも大好きですよ。取ってきましょうか?」
「ええ、お願いするわ」

 秋の収穫祭なので、その手のものも豊富にある。

 とりあえず、芋饅頭とどぶろくを手に、穣子さんのところに戻った。

「どぞ。酒も持ってきましたけど」
「いるいる! なによ、気が利くじゃない」

 ……本当、神様は酒好きばっかりなんだな。

「ん〜〜、美味しい! お菓子も美味しければ、お酒も美味しい! 幸せねえ」
「でも、つまみに甘いものはちょっと合いませんね。あ、デンさんも呑んでくださいよ。せっかく持ってきたんだから」
「あ、ああ」

 慌ててデンさんも杯を持つ。

「ほら、私が注いであげる」
「あ、ああ。こりゃ申し訳ありません、穣子様」
「別に、気にすることはないわよ。ほら、良也も」
「あいあい。ありがとう」

 んで、しばらく穣子さんと呑んでた。
 酔った。


 ……後でデンさんに聞くところによると、ああも適当に神様と接する人間は少ないとか何とか。穣子さんが怒ったりしないか、結構ひやひやものだったらしい。
 いや、少なくはないッスよ。少なくは。僕的にはかなり丁寧に接していたし。



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