「えー、こちらが紅魔館。かの悪名高いレミリア・スカーレットの居城です。悪魔だからって、悪魔城じゃないぞ、念のため」

 はあ、と気のない返事をする東風谷に、僕はスベったことも気にせず門へ案内する。

「なんか、紅くて綺麗な館ですね」
「見た目はなー。特に、優秀なハウスキーパーがいつも綺麗にしているし」

 庭も見事なものだ。あれ? 庭師は美鈴だったっけ。
 ……で、その美鈴はシエスタの真っ最中。

「また居眠りして……」
「え? 誰ですか、あの方」

 そう言えば、美鈴は前の守矢神社での宴会に参加していないから、東風谷とは初対面か。

「紅魔館の門番の紅美鈴。見た目は人間だけど、あれでもれっきとした妖怪……のはず」
「なんで自信なさげなんですか?」
「だって、美鈴の妖怪らしいところって、額にナイフ刺さっても生きているタフさだけだし」
「十分だと思いますが……」

 そうかも。でも、あれほど人間臭い妖怪も珍しいぞ、実際。

「美鈴ー? 起きろ。お客様が来たぞ」
「すぴー」

 気持ちのよさそうな寝息だなオイ。

「起きろって。咲夜さんに見つかったら、またお仕置きされ……」
「はっ!? 咲夜さん!? やってます、やってます。サボっていませんよっ!」
「………………」

 咲夜さんの名前を聞くなり、飛び起きやがった。普段、どれほど仕置きされているのかが容易に伺える反応だ。

「って、はれ? 良也さん?」
「涎、涎」
「おっと、失礼」

 口元をゴシゴシやって、美鈴は誤魔化すような笑顔を浮かべた。

「これは恥ずかしいところを見られてしまいました」
「安心してくれ。美鈴の恥ずかしいところなんて、しょっちゅう見ている」
「それもそうですねー」

 はっはっは、と笑い合う僕たち。いや、やっぱり人間っぽいぞ、美鈴は。

「おっと、それでそちらの方は一体?」
「あ、申し遅れました。山の上に引越してきました東風谷早苗と申します」
「これはご丁寧に。当家門番の紅美鈴です」

 お辞儀しあう両者。意外と相性が良さそうな気がする。

「美鈴は聞いてないかな。妖怪の山に神社が出来たっていう話。そこの巫女」
「聞いてますよー。暇潰しに文々。新聞は良く読んでいますんで」
「……意外なところに読者がいるな、あの新聞は」

 もしかして、大方の予想を覆して、けっこう人気があるのかもしれない。

「それで、その東風谷さんが一体紅魔館になんの用で?」
「ちょっと図書館を見せていただきたくて」

 東風谷の率直なお願いに、美鈴は困ったように唸る。なんだろう、なにか問題でもあるんだろうか?

「申し訳ありませんが、私の一存ではちょっと。一応、門番の身なので、お嬢様にお伺いを立てないといけないんですよ」
「魔理沙なんかはレミリアの許可なんか関係なく……」
「ちょっと聞いてきますね! ここで待っててくださいっ」

 僕の台詞を遮るように、美鈴が大声を張り上げて館に消える。……そんなに失態を知られたくないのか。いや、わかるけれども。

「魔理沙?」
「ああ、なんでもないなんでもない。あの魔法使いも、ここによく来るってだけの話。ここの図書館は魔法書の類も多いから」

 初めて会ったばかりで評価を下げてやることもないだろうと僕は気遣って、東風谷には適当に誤魔化しておいてあげた。あまり意味があるとも思えないけど。

「はあ?」

 わかっていない様子の東風谷。……まあ、うら若き少女が、門を流星のように突破し、図書館の本を強奪していくなんて図、普通じゃちょっと思いつかないだろうな。















 待つことしばし。
 後に咲夜さんと美鈴を伴って、レミリアが登場した。当然、日傘を装備している。なくても平気そうなもんだが。

「ようこそ紅魔館へ。守矢の巫女」
「こんにちわ、レミリアさん……でよろしかったですね」
「そうよ。貴方は早苗、だったかしら」

 東風谷とレミリアは優雅に挨拶し合う。
 ……東風谷は偉いなあ。見た目、完全に幼女だというのに、丁寧な態度を崩さない。最初、思い切りナメた口を聞いた僕とは大違いだ。

「さて、パチェの図書館を見たい、という話だったけど。あそこは確かに私の屋敷内にあるけど、図書館はパチェの持ち物。許可は本人に取ってくれる?」
「……そうだったのか」

 割と長いこと通っているのに、初めて知る事実だ。

「そうなの。紅魔館に入るのは構わないから。屋敷の中のことは良也がよく知っているわ」
「はい、ありがとうございます」

 ふむ、割とあっさり通ったな。霊夢といい、レミリアはもしかしたら巫女には甘いのかもしれない。

「んじゃ、とっとと行くか、東風谷。大丈夫、パチュリーは引き篭もりで若干暗いところがあるけど、僕の師匠で紅魔館では割と良識のあるほうだ。安心しろ」
「自分の師匠だという割には、散々な言い草ですね……」
「と、いうか、その言い方だと、私やお嬢様に良識がないように聞こえるのですが?」
「咲夜さん、僕はむしろ良識があると思っていたという事実が驚きです」

 へえ、とレミリアが亀裂のような笑みを浮かべる。

 ……ああ、そうそう。僕の悪いところは、変に馬鹿正直なところだよなぁ、なんて思っているうちにレミリアが指をパチンと鳴らしてそれを合図に咲夜さんが僕を拘束してあわわわわわ!?

「ちょ、待て!?」
「そういえば、しばらくぶりじゃない? 貴方の血を飲むのも」
「単に紅魔館に来るのが久しぶりなだけだよっ! 確か、この前来た時も飲んだろ!? 二日に一回じゃあ……」
「あんまり血を出さないと、濃度が高くなりすぎてよくないわよ?」

 初めて聞いたよ、そんな話っ!

「さ、咲夜さん!?」
「お嬢様。本日は腕からにしましょうか?」
「ええ、それでいいわ」

 どうも、血を出す位置によって味が変わるとか何とか。しかも、首筋が一番美味いらしいとかそんなどうでもいい豆知識をさて僕は何故持っているのでしょうか?

 半ば諦めの境地で、咲夜さんの採血の手腕を観察する。
 取り出したるは、ワイングラスとナイフ。片手で器用にその二つを持ち、ナイフを僕の腕に走らせ……

「やめてくださいっ!」

 鋭い声が、その行為を遮った。

「? えっと、東風谷」
「どうしたのかしら」

 僕とレミリアが同時に首を傾げる。

「なんで先生まで不思議そうにしているんですかっ!? ロクに抵抗しないまま、されるがままにされて……」
「いや、抵抗しても無駄だととっくに悟ってるというか」
「やっぱりメイドさんだからですか?」
「いや、違っ!?」

 わなくもない気がするけれども!

「とにかく、先生の血をみすみす飲ませるわけには行きません。そのまま続けると言うならば、この東風谷早苗が相手になりますっ」

 お祓い棒を構えた東風谷の周囲に、突風が巻き起こる。
 ……うーん、相変わらず、凄い霊力。まともにやりあったら、流石のレミリアでも苦戦は必至だ。

 ちらり、とレミリアの顔色を覗き込む。こいつは子供っぽく、好戦的だ。下手に喧嘩なんて売ったら、三割り増しで買ってしまいそうな……

「……ふぅ。わかったわよ。咲夜、良也を離してあげなさい」

 一瞬、殺気らしいものが出た気がするが、結局はレミリアのほうが矛を収めた。

「こんなことで本気になるのもね」

 僕、こんなこと扱いっすか。

「っと、咲夜さん、どうも」
「いいえ、私はお嬢様の命令に従っただけですから」

 しれっとレミリアの背後に待機する咲夜さんに、相変わらずパーフェクトメイドだなあ、と感心する。

「大丈夫ですか、先生?」
「ああ、僕は大丈夫。……っていうかな、東風谷。確かにアレは僕も嫌だけど、いつものことなんだからそんな殺気立つ必要はないんだぞ?」
「そ、そうなんですか?」

 東風谷が慌てた様子でレミリアたちに視線を向ける。ふん、とレミリアは嘆息して、屋敷に戻っていく。

「良也。久しぶりに来たんだから、フランにも会っておいてくれるかしら?」
「りょーかい」

 手を振って、レミリアを見送る。フランドールには、まあ帰りにでも会いに行こう。

「さて、行くか東風谷」
「えっと、あの」

 ああ、思い切り喧嘩を売ったことを気にしているのか。

「大丈夫。細かいことは酒でも呑んだらもう忘れているから」

 我ながらひどいとは思うが、実際そうなのだから仕方がない。

「はあ」

 納得いっていない東風谷も、そのうち幻想郷ルールに慣れることだろう。
















 ……で、図書館に着いた。
 大丈夫、今日は手土産に向こうのコミック(間違えてダブって買っちゃった)も持ってきたし、しばらく来なかったくらいでパチュリーが怒るはずがない。

「どうしました? 先生」
「なんでもない。入るぞ」

 キィ、と小気味良い音を立てて、扉を開く。
 視界一杯に広がるのは、相変わらずの呆れるほどの本棚……ではなく、

「良也ー!」

 どっかの幼女の靴の裏だった。

「ぺぎっ!?」
「もう、来ていない間に読んで欲しい本が溜まっているんだからねっ。とりあえず、かちかち山とー……良也?」

 生憎だがフランドール。ただいま僕ってば、首の骨がイヤーンな方向に曲がっちゃって、とても返事できる状況じゃないんだが。
 死んでいる最中は痛覚はほぼ無だけど、そうじゃなかったら相当痛かっただろうなあ。

「せ、先生!?」

 あー、東風谷。心配するな。ちょいと首の骨がコキャっとなっちゃったが、別に臓器がなくなったわけでもなし。このくらいならものの数分で治……

「あ、貴方っ! 先生になんてことを!」
「ん? だぁれ、貴方?」

 東風谷が身に纏う風が頬を撫でる。
 ヤバイなぁ。本気じゃん。いやはや、ここまで教え子に好かれて(?)いるのは嬉しいんだけど、フランドールはちょっと危険だぞー。

「なに? やる気?」
「ゃ、め」
「先生!? 生きているんですか!」

 勝手に殺すんじゃない。
 まだ身体は八割死んでいるけど、空を飛ぶ要領で身体を起こし、腕だけを気合で動かして顔を挟み、

「ふン!」

 グキキキキ! と無理矢理首の骨をまともな位置に……痛い痛い痛い痛い!! 生き返り途中で無茶しすぎたっ!

「うわー、相変わらず面白い身体だねー」
「……面白いの一言で済ませんな。あと、喧嘩はやめろ。東風谷も」

 フランドールと東風谷に念を押してから、首をとんとんと叩く。……ったく、また無意味に死んだぞ。

「えと、先生? 先程首の骨が完全に折れていたと思うんですが? あと、この女の子は?」
「首の方は、ほら僕ってば不死だから。こっちの女の子はフランドールだ」

 よろしくねー、と笑うフランドールだが、東風谷は少々引きつった笑みしか返せないでいた。
 いきなり奇襲を仕掛けてくる女の子相手だと、仕方ないか。

「っていうかパチュリーも見てたんなら止めろよ」

 図書館の中でしれっと本を読んでいた師匠に文句を言う。

「私じゃあ吸血鬼の蹴りを止めたりできないわよ」
「そうじゃなくて、やる前に口で止めることは出来なかったのか?」
「残念だけど、フランの気紛れを止めるのは私には無理よ」

 うちの師匠は相変わらず冷たかった。

 ……まあでも、わからんでもない。フランドールは、本当にじゃれ付いてきているだけなのだ。単に吸血鬼ゆえの筋力のおかげで、単なるじゃれ合いだけで僕が怪我するって話。
 レミリアはその辺は上手く加減できるけど、『まともな』人間とほとんど付き合ったことのないフランドールは力加減を知らない。

 実はこれと似たパターンで殺されたのが今まで三回くらいあったりする。紅魔館一の危険人物の称号(僕が付けた)は伊達じゃない。

「え、えっと……先生。不老不死って、まさか本当……」
「そうだって。ああ、そんなことより、彼女がここの主のパチュリー・ノーレッジ。宴会のときも来てたけど……影が薄いから気付いていなかったよな?」
「誰の影が薄いのよ……。貴方は確か、東風谷早苗だったわね? よろしく」

 『よ、よろしくお願いします』などと言いながらも、東風谷の眼は僕に釘付け。ん? 惚れたか。

「不老不死って……」
「まだその話か。ついさっきまで信じてなかったくせに。気にするなって。単に死んでも生き返るってだけだから」
「そんなことはどうでもいいから本読んでよー!」

 フランドールが背中に飛び乗ってくる。ぐふっ……わき腹に膝入った。

「そんなことって……」
「気にしても始まらないわ。この幻想郷の連中は、多かれ少なかれ変なところがあるものだから」

 喘息持ちの魔法使いに言われたくないぞ。
 ぐいぐいとフランドールに引っ張られながら、僕は心の中で突っ込む。

「でも、先生は普通の人間だったのに」
「それは私の認識とは違うわね。アレは、なんかこう……うまくは言えないけど、そこそこ変な奴よ」
「あの人でそこそこ、ですか」
「そう。そこそこ」

 ……そこそこの基準が知りたいところだが、とりあえず僕はフランドールに本を読んでやらねばならない。
 パチュリーは比較的まともだから、大丈夫だろう。パチュリーの言葉を借りるなら、幻想郷においてはちょっと変レベルだ。

「はーやーくー!」
「はいはい。今行くからちょっと待て」

 さてはて、こっちはこっちで、二回も死なないようにしないとな。














「……あ、そうそう、東風谷にこの図書館使わせてあげてもいいかな」
「別に構わないけど……。もしかして、今日来た用事ってそれ?」

 ちなみに、帰り際になるまで、すっかり本来の目的を忘れていた。



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