むう。と、僕は守矢家の玄関の先で唸った。 身体はノックをする姿勢のまま、固まってしまっている。 先週……香霖堂に行ったときの失態が脳裏に浮かび、慌ててそれを払った。 別に、自分の趣味がオタク入っているからって、天地に恥じるところはないと思っているが、天地はともかく教え子には恥じる。 なんとかあの場は取り繕ったものの、さてはて、東風谷にどんな顔して会えばいいんだろう。 「あん? 良也じゃないか」 「あ」 なんて悩んでいると、玄関の扉が開いた。 「神奈子さん?」 「ああ。こんにちわ。早苗なら、今神社の裏手の方を掃除しているはずだけど」 「あ……そうなんですか」 つっても、足は動かない。どうしたもんか……今日は今日で、連れて行くところがあるんだけどな。 「どうしたんだい? なにかあったのか?」 「いえ、その……」 神奈子さんが尋ねてくるけれど、人様にいえるようなことでは……いや、この人は人間じゃなくて神様だっけ。 なら、相談しても、いいかな? 「その、実はですね」 ことの経緯を話す。 香霖堂に行った事、そこの店主にオタク趣味を仕込んだことがバレたこと、しかもフィギュアまでその店主は作っていたこと。 ……話すごとに、神奈子さんの顔は歪み、逃げるようにして香霖堂を退散したくだりで、とうとう噴き出した。 「ぶふっ! くっくっくっく……」 「笑いすぎです」 「くっ、ごめんごめ……ぷふぅ! はーっはっはは」 マジ笑いすぎである、この神様。神自重。 「いや、本当に悪かったって。くっく……。いやあ、なんだ良也、アキバ系ってやつだったのか」 「……まあ、一応」 その呼び方、好きじゃないんだけどな。 「あれか、萌え〜ってやつか」 「否定はしませんけど」 すげぇ馬鹿にされている気がする。 っていうか、俗っぽい神様だな、おい。 「なに、いいんじゃないか? 趣味の一つも持たない奴なんて、つまらないに決まっている。たとえ、世間体が悪かろうと気にするこたぁない」 「……世間体が悪いって、思っているんじゃないですか」 「気にするな。ちょっとした言葉の綾だ」 いいけどね。あまり公言するような趣味でもないし……。 「まあ、早苗については気にすることないよ。漫画やアニメが好きなくらいでどうこうなるほど、懐の狭い奴じゃない」 「すっげえ冷たい目で見られましたが」 「それはあれでしょ。十八禁のやつを話してからでしょ?」 む、そういえばそうだった気もする。別にアダルトだと明言したわけじゃないけど、パソコンのゲームなんて九割がた成人指定だって知っていたみたいだし。 「あの子はちょっと潔癖なところがあるからねえ。良也くらいの年齢の男の頭の中なんて、九割九分女のことで占められているって言うのに」 「いやいや、そこまで比率は多くありませんよ!?」 なんかえらいことを言われた気がする! 「ん? そうか? でも、大差ないだろ」 「ありますよっ!」 せ、せいぜい五割くらいだ。 「しかしまあ、二次元よりは三次元に目を向けたらどうだ? とは思うけどね」 「放っといて下さい」 「彼女いないの? 外の世界じゃあ女っ気はなさそうだったけど、こっちじゃ随分と女の子の知り合いが多いみたいじゃないか」 「いません。そーゆー色気のある話は、今まで一切」 んで、神奈子さんは意外そうに目を見開く。 「そりゃ意外だ」 「意外でもなんでもないでしょう。僕みたいなのを相手にするやつなんて、こっちにゃいませんよ」 輝夜とか、からかってはくるけど、あれは百パーセント遊びだし。 「くっくっく。初心と言うか、奥手と言うか。ほらあれだよ? 君の状況だったら、普通とっくに二桁は食っちゃってるよ?」 「……生生しい話はやめてください。そんなことしたら、殺されますよ」 「君、死なないとか言ってなかったっけ」 あ、東風谷と違って、神奈子さんは信じてくれているっぽい。 でもなあ。 「死なないからと言って、延々と殺され続けるみたいな仕打ちを受けるのは嫌です」 「それも立ち回り次第だと思うけどねえ。でも確かに、みんな並の女じゃないか。二桁は訂正しよう。でも、二人や三人はモノにしろよ、男なら」 好き勝手言っている。 んなことができるんだったらとっくにやって……やって…… 「やったら犯罪の奴がほとんどだなぁ……」 「ん? どうしたい?」 「なんでも。ところで、話を戻しますけど、東風谷の方はどうしましょう?」 「ああ、そうそう、元々はその話だったね」 すごい豪快な話の逸れ方だったな…… 「わかった。私のほうから話しておくよ。ちょっと待ってな」 「聞きますけど、なんて話すつもりですか?」 「そりゃお前。男のサガだってことを懇切丁寧に……」 「やめてくださいお願いですから!」 すっごく心が痛くなるんですが! って、もう行っちゃったー!? 「くっ……」 追いかけても、どうせ無駄だ。 それに、話している最中に割り込むと、それはそれで凄く居心地が悪い。 ……結果、僕は玄関先で体育座りして待つことになってしまった。 「あれ、良也?」 「諏訪子……神奈子さんは意地悪だな」 「あー、そうかもねー」 微妙に、諏訪子と親交を深めたりしながら。信仰じゃないのであしからず。 「あ、先生、お待たせしました」 「あ、ああ。こんにちわ」 東風谷が来た。 斜め後の神奈子さんがにやにやしている。東風谷の態度はいつもどおり……なにを話したのか、聞きたくもない。 「さて、今日はどこに行くんですか? こちらのものは全て新鮮で楽しみです」 「あ、あの、東風谷?」 「はい、なんでしょう?」 かんっぺき、いつもどおりになってる。なんだ? 神奈子さんは一体どんな魔法を使ったんだ? 特に魔力は感じなかったが。 「ま、まあいいか。僕は気にしないことにする……」 「はい。私も気にしないことにしました」 ……なにを? 「よし、行くか。東風谷付いて来い」 「了解です。先生」 飛び立つ。 東風谷は神奈子さんに手を振っていた。……で、その神奈子さんは、僕に向けて親指を立てる。 「気にしないのが吉なのかな……」 どうにも納得いかないけど。 「それで先生。今日はどちらに?」 「幻想郷の危険スポット筆頭、紅魔館だ。その中にある図書館に行く」 普通の人間だと、気軽に利用するわけにはいかない図書館だが、東風谷くらいの実力があれば、あそこは調べ物に最適だろう。こっちじゃインターネットとかないし、地味に情報の取得に苦労する。 「図書館?」 「すっごいぞ。並の市立図書館なんか目じゃないくらい蔵書がある。外の世界の本も、割合は少ないけど結構な数だ」 まあ、最近の本とかはないんだけど、それでもちょっとした調べ物くらいには十分だ。人里にも本屋はあるけど、流通自体ほとんどない。図書館みたいな公共の施設もない。 「はあ、でも危険スポットって?」 「あそこは吸血鬼の根城でな。何を隠そう、僕も何回も血を吸われている」 「ええ!?」 驚く東風谷。 当然も当然。吸血鬼なんぞ、まるっきりホラー映画の世界だ。 「吸血鬼に血を吸われたって、もしかして先生も……」 「あ、いや、どうだろ」 あれ? そういえば、吸血鬼に咬まれた人間は吸血鬼になるのがセオリー。でも、僕は血を吸いたくなんてないし、お天道さんに胸張って生きている。 なんだろなんだろ、と考え、ラノベ的思考で設定を模索する。 「えっと、多分、血を吸いきって相手を殺さないといけないとか、飲むだけじゃなくて自分の血を送らないといけないとか、そんな設定だろう」 「設定って……」 「気にするな。今までなってないんだから、これからもならないよ。多分」 「アバウト過ぎません?」 別に、吸血鬼になっても僕は構わないし。ほら、ちょっと格好良くない? 「本当に吸血鬼になっちゃっても知りませんよ」 「どんと来い、だ。……いや待てよ」 そういえば、吸血鬼に咬まれたら主に絶対服従じゃなかったか? ……今も大して変わらんか。 「いや、やっぱり問題なかった。さて、行くぞ東風谷」 「……本当に大丈夫かなぁ」 「先生を信じろ」 「信じたいんですけど、今までの行動を考えると……」 「か、過去を振り返るんじゃない。僕たちには輝かしい未来がある。ほら、あの夕日に向かって飛ぼう!」 まだ真昼間なんですけど、という東風谷の突っ込みを無視して、僕は飛ぶ。 教え子に信頼されないのは少々悲しいものがあるが……とにもかくにも、次は紅魔館だ。生きて帰れ……もとい、一度も死なずに帰れるかな、僕。 | ||
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