「も、もうすぐ付くぞ」 無言で付いてきた東風谷に言う。 「はい」 「……なぁ、東風谷。一応、言い訳させてもらっていいか」 今日、守矢神社から東風谷を引っ張ってから、ずっと疑惑の視線を向けられっぱなしだ。流石に、この状況はよくない。 ……大体、輝夜が悪いんだ。僕にセクハラばっかりするから。 あれから、逃げるように外の世界に返って、一週間期間をあけてこっちに来て……で、まだ東風谷は僕のことを誤解しているらしい。 「なんでしょうか? あの綺麗な方を口説いたときの武勇伝でしょうか?」 「……いやいやいや。あのな」 これがヤキモチとかだったら嬉しいんだが、現実はそう甘くはない。 東風谷の僕を見る視線はもう『このセクハラ野郎が』ってな感じ。甘い雰囲気など欠片もない。 だが、この一週間、僕も何もしていなかったわけじゃない。見事な一言で東風谷の疑惑を粉砕するっ! 「あのな……。僕に、そんな度胸や甲斐性があるとでも思っているのか?」 「…………」 東風谷は、考え込む。 なんか唸ってる。首を捻り、なんか百面相が面白い。 「はあ、自分で言うことですか、それ」 「まあ、認めるのは癪ではあるが、事実だったり」 仮に、本当に僕が輝夜を口説こうもんなら……どうなるだろう、想像したくない。でも、あんまりいい未来は想像が付かないなあ。 「信じて欲しい。僕は、そんな女にだらしない人間じゃないって」 「それは、そうかもしれませんけど」 あ、ここは東風谷も同意してくれるんだ。 確かに、少なくとも外の世界では僕の周囲に女っ気はなかったしな。例外は、塾生たちくらいだ。 「わかりました。信じます。でも、女性への接し方はちゃんとしてくださいね?」 「……むしろ、僕が連中に、男に対する接し方をちゃんとして欲しいんだけどなあ」 奴らに望むのは無理か。 「もう……。あ、あれは?」 東風谷は呆れたように嘆息して、前方になにかを発見する。ああ、もう着いたのか。 「あそこが今回の目的地……。魔法の森近くに居を構える、香霖堂だ」 「な、なんかシュールな光景なんですけど」 「気にするな。気にしても始まらない」 久々に来たけど、軒先の置物には毎回感心させられる。この店の顔とも言えるカー○ルさんとド○ルドが向かい合って、互いにメンチを切っている(ように見えた)。 「えっと、このお店(?)は一体?」 「ハテナを付けないであげて。ここは、幻想郷で唯一、外の世界の品を扱っているお店。まあ、ガラクタばっかりだけど、色々と雑事も引き受けてくれる。覚えておいて損はない店だ」 なんて、東風谷に説明すると、ガラリと店の扉が開く。 「ガラクタ、とは言わないで欲しいな。これでも、僕の貴重なコレクションなんだから」 「……せめて、そこは嘘でも商品と言っておきましょうよ。商売する気あるんですか?」 「気にしないでくれ。今のはちょっとした言葉の綾だよ。商売をする気はもちろん満々だ」 胸を張って言う店主に、僕はため息をつくしかない。 ここの商品が増えることはあっても、減っているところを見たことないんだけど…… 「ええと、東風谷。こちら、この香霖堂の店主の森近霖之助さん。宴会には参加してないから、初めてだよな?」 「あ、はい。はじめまして。東風谷早苗と申します」 慌てて東風谷が頭を下げる。それを見て、森近さんは人好きのする笑みを浮かべて返礼した。 「これはどうも。森近霖之助です。よろしく」 「はい」 「森近さん。彼女は妖怪の山に引っ越して来た神社の巫女なんだ。僕と同じく、外の世界出身」 「ああ、噂は聞いているよ」 ま、上がって、と森近さんは店の中へと入っていく。 「はあ……格好いい人ですね」 「ああ。そうかも」 東風谷が、ちょっと恥ずかしそうに言う。 確かに、よくよく見てみれば、森近さんは二枚目だ。眼鏡や肌の白さからして、文学系美青年というところか。 でも、彼女や奥さんがいるとかは聞いたことないなあ……。二十歳そこそこに見えるけど、半妖らしいから僕よりずっと長生きのはずだが。 ……性格、かな。 若干失礼なことを考えながら、東風谷と一緒に香霖堂に足を踏み入れる。 途端、東風谷が驚きの声を上げた。 「うっわー……。本当、色々なものがありますね」 「まあ、旧式だけど、パソコンまであるくらいだしなあ」 もちろん、電源がないから使えない。他にも、電化製品もいくつかあるが、幻想郷では問答無用の役立たずだ。 「はは、気に入ったものがあったら、買って行くかい? 初めてのお客さんだ。サービスしておくよ」 お盆にお茶を淹れて、森近さんがやって来る。 「いえ、あまりうちの家計にも余裕がないので……」 「それに森近さん。東風谷は外の世界出身だって言ったでしょう? ここにあるものも、別に僕や東風谷にとっては珍しくはありませんよ」 妙に懐かしいものが多いから、そういう意味では珍しいけれど。 「そうだったね。まあ、お茶でもどうだい? 外の世界の話も聞かせて欲しいしね」 「いただきます。ほら、東風谷も」 「は、はい。ありがとうございます、森近さん」 僕と東風谷は、それぞれ森近さんから湯飲みを受け取り、世間話に花を咲かせた。 と、言っても、やはり森近さんの質問に答える形になる。僕が大分話したんだけど、森近さんの外の世界への興味はまだまだ衰えないらしい。僕とは違う知識を持つ東風谷がこの場にいることも拍車をかけているんだろう。 んで、僕は失念していたんだ。 現時点で、森近さんが一番興味を持っている外の世界のものを。 「ところで、東風谷さん。一ついいかな」 「なんでしょうか?」 東風谷はすっかり森近さんに気を許したようで、笑顔で尋ねる。 「萌え、とはどういうものなのかな」 そして、その笑顔が凍りついた。 ……うわっ、東風谷にそれ聞くのか、森近さん。 「いや、良也くんに色々と尋ねているんだが、まだ概念を理解し切れなくてね。こんなのも作ってみたり、色々と頑張ってはいるんだが……」 なんて、フィギュアを取り出す森近さん。 だ、だからー。その頑張り方は方向性が異次元方向だと、何回言ったら…… 「先生?」 「待て東風谷。これは誤解だ。前、ちょっとそういうのがあるって言っただけで、ここまで突っ走ったのは森近さんが自分で……」 ここで東風谷にオタク野郎のレッテルを貼られるのは……いや、僕がオタクだってのは間違いないんだけど、フィギュアには興味ないんですよいやマジでー! 「い、一体なにを広めているんですか」 「誤解だって! 森近さんが異様に興味を持っているだけで、僕は止めろと何回も……」 「そうは言うけど、君だって尋ねれば割と答えてくれるじゃないか」 ど、同好の士が増えるのはなんだかんだで嬉しいんですよっ。 「趣味のことをとやかく言うつもりはありませんけど、幻想郷で広めるのはどうかと思いますよ?」 「やめてー。そんな目で見ないでー!」 うわなにこいつキモッ! とか! きっと東風谷はいい子だから思ってないだろうと信じているけど、だからっつって僕の居た堪れなさがなくなるわけじゃないんだってば。 「しかし、残念なのは外の世界のぱそこんなる式神がこちらでは使えないことだね。萌えの基本中の基本だというぎゃるげーなるものができないのが……」 「森近さん、ちょっと黙ってもらえますか!?」 ああっ!? また東風谷の目が冷たくなってる! 「ギャルゲー、ですか。クラスの男の子が盛り上がっているのを聞いたことがありますけど」 「ま、待て、東風谷。誤解するんじゃない。あれはとてもいいシナリオのものもたくさんある。そ、そう、絵と音楽付きの小説のようなもので……」 「おお、そこら辺を詳しく聞かせてくれないか?」 森近さんは黙っててー! 「そ、それに。えっちなものばかりだそうじゃないですかっ!」 「ぶっ!」 そ、そこを突くか! いや否定しないけど! 「そ、それはー、需要と供給っつーか。僕的にはそういうのはなくてもいいんだけど、メーカー的にはそうじゃないと売れないっていう、切実な問題が……」 きっと、多分あるんじゃないかな? と予測するわけですよ。 しどろもどろに説明する僕。 もちろん、ていうか当たり前のことだが…… これ以降、東風谷の僕に対する評価はさらに下落した。 | ||
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