「む、霊夢は……いないか」 いつも通り、幻想郷に来た。 入り口である博麗神社の境内に降り立ち、周りを見渡しても霊夢の姿がない。 さて、屋内にも……いる気配がないな。靴がないし、おでかけか。 「ふむ」 別にいついつに来る、とか示し合わせているわけではないので、こういうこともある。この場合、僕はとっとと菓子を売り捌きに行くのがいつものパターンなのだが、ちょいと喉が渇いた。 「お茶を貰うぞー」 別に断る必要も感じられないが(なにせ僕の身銭で買った茶葉だ)、今はいない霊夢に一応一声かけておく。 さてはて、茶菓子はないが、午後のティータイムと洒落込…… 「……オイ」 「ぉー。良也じゃん。おひさー」 「久しぶりだな……萃香」 台所では、ここしばらく顔を見てなかった鬼が一人で呑んだくれていた。 「っていうか、相変わらず昼間っから酒か。自重しろ。……って、つまみ塩かよ」 なんつー渋いチョイスだ。 「いやぁ、こういうのも悪くないねぇ。ぺろり、ぺろり、っと」 「塩壺から直接舐めんな。汚いだろうが」 「おっ、失礼だね。これが美味いんじゃないか。お前さんも舐めるかい?」 お断りである。 大体塩て。ちゃんとした固形物をつまみにしないと、腹痛めるぞ……とはこの鬼には言うだけ無駄か。 「……チッ、つまみ作ってやるから、少し待て」 「おお、いいのかい? 悪いねえ」 「代わりに、その酒僕も貰うぞ」 「……さっき、昼間から酒がどうとか言ってなかったかい?」 「僕も昼間から呑む酒は大好きだ。なにを言っているんだ、お前は」 はいはい、と萃香がやる気なさげに手を振る。 ……さってと、なにを作るか。 一応、博麗神社で料理しようと、外の世界のスーパーで食材は買ってきている。 豆腐、きゅうり、大葉、豚肉に春キャベツ、その他諸々…… 「豆腐は冷奴でいいか。きゅうりは……面倒だからそのまま切っちゃえ。味噌添えて……」 あとは豚肉は冷しゃぶ風に。春キャベツは、こいつもそのまま切るか。イワシ……は塩焼きで良いや。 簡単、かつ手間のかからないメニューを中心に、つまみを揃えていく。割りと節操がないのはご愛嬌…… 「よし、用意したぞ。呑ませろ」 「うお、早いねえ。ていうか、手抜きじゃん」 「文句は言うなよ。ほれ、梅干もあるぞ」 去年、霊夢が作ったというやつの残りだけど。まあいいや、そろそろ梅の季節だし。 「んぐ……適当に漬けてあんのに美味い。霊夢が作ったね?」 「よくわかるな」 「こんな出鱈目な塩加減なのに美味くできんのはあの巫女くらいさ。……ほい、酌」 トクトク、と陶器の器に萃香の瓢箪から酒が注がれる。 くい、と傾けると、相変わらずの味が喉を駆け抜け、ぶはぁ、と酒臭いであろう息を吐き出す。 「美味い。萃香はズルイなぁ。なんだ、その便利な瓢箪は」 「えっへっへ。いいだろう?」 「くれ」 「やらん」 すげなく却下して、萃香は瓢箪に口をつけグビグビと呑む。 いいなぁ、無限に酒の湧き出る瓢箪。しかも、味も上等だし。 「ぷはぁ! 大体、あんたが持ったって、私の十分の一も活用できないだろ?」 「そりゃあ、三百六十五日呑みまくっているお前ほどはなぁ」 むう、しかし欲しいなあ。 「まあまあ。言ってくれりゃあ、いつでも呑ましてやるから」 「それはありがたいけど、お前、ふらふらしててなかなか掴まらんからな」 「じゃあ、宴会でも開けば? 自動的に私はそこに行くよ」 ……はあ、これだし。 萃香からおかわりを頂き、飲み干す。 腹から熱が上がってくる。 「うん、もう一杯」 「はいよー。結構、つまみも美味いね。思ってたけど、いい腕じゃん」 「霊夢は、味には厳しいからな……」 呑む。 さらに、熱が頭を支配する。 う、うわははは! テ・ン・ショ・ン・上・が・っ・て・き・た! 「オーレッ!」 シャツを脱いで、マタドールっぽく構える。理由は特にない。強いて言えばたまたま今日のシャツが赤だったからだ。 「なにやってんだよー、良也は馬鹿だなぁ」 「マタドールを知らないのか、馬鹿め」 「またどーる? なに、それ」 ふっ、そうだな。幻想郷では、牛は農耕用。洋風の家で食用にするくらい。闘牛の文化は日本にもあるが、マタドールは知るはずもないか。 「牛と戦う聖戦士のことだ。こうやって赤い布で牛を興奮させて、突進を誘発し」 ひらり、と赤いシャツを振る。 「蝶のように舞い、蜂のように刺す! さあ来い萃香。退治してくれるわ」 「私は牛じゃないよ。ったく」 「なにぃ? 鬼だって角あるし、牛の親戚みたいなものだろうが」 ピクッ、と萃香の頬が反応する。 うむ、マズったかもしれん。 「鬼を牛と一緒にするなんてねぇ? 出会った頃より逞しくはなったけど、危機感が足りないのは変わってないねぇ」 「いやもう、マジすんません」 ニヤリと笑って掌に霊弾を生み出す萃香に、土下座せんばかりの勢いで謝り倒す。 萃香は気勢を削がれたのか、嘆息して呑み直した。 「まあ、すぐ謝ったんだから許してあげるけど、あんまり鬼を馬鹿にしない方がいいよ」 「改めて確認しているところだよ」 ちょっとチビりかけた。 相変わらず、種族のことを馬鹿にされるとキレんのな。 「でもさ、実際けっこう強くなったよね、良也」 「ん? そうか」 はて、確かに妖精には負けなくなったけど、逆に言えばその程度だ。 「うん。力比べでもしようか」 「パス。いくらなんでも、お前とまともにやり合えるほどじゃない」 「ちぇ、酒の勢いでやりゃあいいのに。さっきの『マタドール!』とか言ってのける威勢はどうしたんだい」 お前が冷や水かけたから鎮静化したんだよ。 「ちぇ。……って、お。つまみがないね」 「おお、売りモンだが、食うか?」 リュックに手を伸ばし、お菓子の数々を出す。 「甘いのはちょっとね。塩辛いのはあるかい?」 「ポテトチップでいいだろ」 「うん。乾き物だしね」 袋を破って、二人してポリポリやる。 うーむ、やっぱりポテトチップはのり塩だよなぁ……うす塩も捨てがたいが、やはり僕のスタンダードはこれだ。ガーリックとかなんとか、変わり所も美味いけどね。 「萃香。酒を」 「あいよ」 もう阿吽の呼吸で、萃香の酌を受ける。 こっちも酌したいけど、こいつは瓢箪から直接呑んでいるので注ぐことができない。 むう、受けてばっかりじゃ心苦しいな。 「はい、萃香。コップ持って」 「ん? あ、ああ」 「ほい、そこに注ぐ」 萃香から半ば強引に瓢箪を奪い、持たせた器に注ぐ。 「なぁ、なにがしたいんだい?」 「さあ、ぐいっとイケ」 「まあ呑むけどさ……」 一息で呑み干しやがった。 ま、まあ、これでちゃんと返したことになるぞ、参ったか。 「……で、瓢箪返してもらっていいかい」 「どうぞどうぞ」 「なにをやりとげた男の顔をしているのかな、こいつは」 むう、呆れが混じっている。 ま、いいか。どうせ明日になれば忘れてるだろうし。 ああ〜、なんか今日はイイ。どこまでも呑めそうな気分。……ふむ、やっぱりつまみは追加するべきかな。 「つまみ、追加作ってくるわ」 「おお〜う。包丁で手切らないように気をつけな」 「大丈夫。なんか、最近傷を負ってもすぐ治るようになった」 不老不死の効能だろう。超便利。 んで、つまみを作ろうと台所に立ったあたりで、母屋の中に誰かが入ってくる気配がした。いや、誰かっつーより霊夢だ。 「ただいまー……って、酒臭っ!」 家主のお帰りだ。 「おかえり、霊夢。呑んでるぞー」 帰ってきた霊夢を迎える。 「ぞー」 萃香もいっしょに手を上げて迎えた。 「あ、あんたたちねえ。人の神社で、なにを勝手に呑んだくれているの?」 「いいじゃん。この台所は、ある意味僕の土俵だ」 うん、霊夢だって料理はしているだろうけど、こっちに僕が来ている時はほぼ僕の領域だしね。 「ったく、あんたたち……」 あ、怒るか? 「私にも呑ませなさい!」 「言うと思った」 ですよねー。 | ||
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