「筍、筍、と」 僕は、永遠亭がある迷いの竹林に筍を取りに来ていた。 え? なぜかって? 僕が筍御飯を食べたいからだよ。決して、僕が幻想郷に来るなり『筍御飯が食べたいわ』とか言い始めた霊夢にパシられているわけではないので、ソコんとこヨロシク。 いいよねぇ。春の味覚、筍御飯。若竹煮でも作って、今日の晩御飯は筍尽くしといこうか。 「ふーむ、しかし、割とないな」 竹林の入り口あたりは、既に人里の人たちが取っていったのか、筍が見当たらない。 これだけ大きな竹林なら、奥に行けばたくさん残っているだろうけど。 「ああ、そうそう。奥に行くんだったら、永琳さんたちにも挨拶しておくか」 竹林の奥に足を踏み入れて、ふと思いつく。 第一、あの人たちの薬のせいで、僕はこんな身体にされてしまったのだ(性的な意味ではなく)。別に、そのおかげで死亡フラグを回避できているのだから文句などないが、一言二言、言っておくことと聞いておくことがある。 以前、永夜の異変を解決しに来たときは迷いに迷ってしまったが、妖精が暴れてまくっていたあの時と違い今は空を飛べる。 それに、二回も永遠亭には行っているのだ。大体の方角はわかる。 軽く宙に浮き、竹林を見下ろす位置にまで来て、飛翔。 ほどなく、目的の日本屋敷に到着した。 「やれやれ……しかし、相変わらず立派な屋敷だこと」 こんな屋敷を、この人里離れた竹林でどうやって維持してんだろ。見た目にも明らかに古い建物なんだから、補修とか絶対必要なはずなんだけど。 「お?」 さて、どうやって中の人に呼びかけようか、と思案していると、見たことのあるウサミミが庭をよぎった。 「やあ、こんにちは。今日は、あんた一人かい?」 「ああ。ちょっと筍を採りに来るついでに。久しぶり、てゐ」 油断ならぬ兎は、相変わらず偽者臭い笑顔を貼り付けて出迎えてくれる。 まあ、僕をどうこうしたところで、この娘っ子に利益があるわけがないので、過剰に心配する必要はないと思うけど。 「いいねぇ、筍か。うちも、今日はそうするかな」 「いいんじゃないか? ……で、ところで永琳さんとかいるかな。ちょいと聞きたいこととかあるんだけど」 「お師匠様ならいるよ。鈴仙は、今人里に薬売りに行っているところだけど」 「ああ、そっか。評判は聞いてるよ。愛想はないけど、薬の効き目は確かだってな」 人里によく行く僕は、鈴仙……というか、この永遠亭がけっこう前から置き薬を始めたことを聞いている。 興味があったので、どうなのかと顔見知りのおじさんに聞いたところ、そんな評価だった。 愛想かぁ……こっちの詐欺師っぽい方なら、愛想だけは無闇に振りまきそうだ。でも毒が入っているかもなんて思わせるような売り子は駄目だな、うん。 その点、鈴仙は無愛想ながらも、仕事だけはキチっとしそうだ。薬の説明が、専門用語のオンパレードでわけがわからんそうだが。 「鈴仙も最初は本当に嫌がってたけど、最近はそうでもないかなー。あんだけ人間が苦手だったのに」 「そうか」 む、もしかしたら、人里で見かけるたび、おちょくっていたのがいい方向に動いたのかもしれん。……ないか。 「で、お師匠様だったね。案内するから、まあ上がってよ」 「ああ、じゃ。失礼して」 靴をキチッと揃えて上がる。こんだけ立派な屋敷だと、普段はこういうのは雑な僕でも、そういう気分になった。 「そういえば良也、あんた小金溜め込んでんでしょ?」 「……いきなりなにを言うかと思えば。まあ、そこそこだ」 菓子の売れ行きは好調。そして、博麗神社の賽銭に消える分以外は茶菓子やお茶葉くらいしか買わないので、そこそこに溜まっている。 こっちの金を持っていたって、買える物は限られてくるけど。 「じゃ、その金でちょいと賽銭でも入れてみない? 幸運は約束するよ」 そして、てゐがどこからともなく賽銭箱を……って、ちょっと待て。 「なんだそれ。なんで賽銭箱を持ち歩いてんだ。つーか、それって賽銭っていうのか?」 「えー、いいじゃない。ちょっとした幸せを期待して入れるのがお賽銭でしょ。じゃあ、私と会った時点でそれは約束されてるし」 そういえば、この兎の能力は『人間を幸運にする程度』の能力……に、似合わねぇ。 「ちなみに、お前の能力、今までの経験から考えるに僕には効いてないからな」 なにせ、異変の時には鈴仙に間諜呼ばわりされるし。他にも色々。どこに幸運があったのか、と聞きたい。 「じゃあ、入れてくんないの?」 「……ま、とりあえず気持ちだけな」 向こうの世界で言う、五円くらいを投入してやる。 嬉しそうに賽銭箱を揺らしてエヘヘと笑う仕草は、まあ可愛いと言えなくもないかもしれない。 多分、これがこいつの手口だ。 「お師匠様ー、お客様ですー」 賽銭を入れたことに気を良くしたのか、弾むような声で、てゐは永琳さんの所に案内してくれた。 「あら」 中で、なにかの試薬を試験管に入れていた永琳さんは、僕の方を振り向く。 「久しぶりね。以前の宴会以来かしら」 「そうなりますね。鈴仙とは、たまに人里で遭遇しますけど」 「そう。よく見てるのね」 いやまあ、あのウサミミは目立つし。 「んじゃ、私はこれでー」 と、去っていくてゐ。 あ、そういえばてゐもたまに人里で見かけるな。声をかけたりはしないけど。 「そういえば、薬は飲んだのよね。確認はしていなかったけど、そう聞いているし」 「……ええまあ。おかげさまで、死ななくなっちゃいましたよ」 「後悔してる? それとも、私を恨んでいるかしら」 「いや別に」 妹紅のことを考えるに、不老不死ってのはなにかしら苦悩があるらしいが、今の僕にはわからない。 まあ、死に別れることが多くなるのは確かだろうけど。 「そう、それはよかった。お礼のつもりの品で恨まれたら、悲しいし」 「というか、なんであんなのを」 「そうね。前のときは、ちゃんと使ってもらえなかったから。意地かしら」 えっらい意地もあったもんである。 「んで、過ぎたことはいいとして、今の自分の身体のことがイマイチわからんので、教えてもらいたいんですけど」 「いいわよ。……というか、聞きに来るのが遅すぎるくらいだと思うけど」 む、そういえば、既に半年近く経っているしな。神社の宴会なんかでは顔を合わせることもあったけど、そういうのを聞くこともなかったし。 ま、ぶっちゃけて言えば、あまり興味がなかった。死ななくなった、というのは利点だけど、別段それ以上知る必要も感じなかったし。 「だけど、私から説明することもそう多くはないわ。貴方は今、決して死なず、老いない。それだけ」 「情報がなにも増えていない気がするんですけど」 「仕方ないでしょう。蓬莱の薬は『不老不死』の薬なんだから。不老不死になった、でおしまい」 「じゃ、絶対に死なないんですか? たとえば、全細胞を気で消滅させても」 魔人ブウでも生きていられない処置だけど。 「死なないでしょうね」 「うわぁい」 すっげえ化け物じゃん。今更ながら。 「じゃあ、世界の終わりまで生きていける、ってことですか?」 「さあ? 絶対、とは言えないわ。永遠に生きる、ということを証明するためには、永遠の時間が必要だもの」 いや、そうだけどさぁ。 「というか、見た目も変わらないですよね。……どうしよっかなぁ、外の世界の生活」 後十年……いや、ギリギリ引っ張って十五年くらいはなんとかなるとしても、それ以上だと不思議に思われることは間違いない。 いっそのこと、こっちに引っ越してきてもいいんだけど、僕はまだまだ外の世界に未練がある。たとえば来週発売のコミックスとかね。 「そぉねぇ」 永琳さんは少し悩んで、戸棚から二つの瓶を持ってきた。 中には……赤い丸薬と、青い丸薬。 「あの、もしかして」 「一応、外の世界を生活の場にしている貴方のために作った薬よ」 「いや、それはいいんですけど。その、この薬って、もしかして……成長したり、若返ったりするという……」 永琳さんはちょっと驚いた顔をして『よくわかったわね』と言ってくれた。 やっぱりメル○ちゃんか! メ○モちゃんなんだな、コノヤロウ! 「青い方の薬で、一年分、加齢するわ。赤い方は一年分若返る」 はあ、と曖昧に頷きながら、二つの薬を受け取る。 ……なんだろう、気を使ってくれたのは嬉しいんだけど、どうにも納得できないというか。 「まあ正確には、実際に年齢を変えているわけじゃなくて、フェイクだけどね。外見と自分の肉体に対する認識だけをちょっと弄って……」 長々と専門用語で説明をする永琳さん。 ……ああ、あの弟子にしてこの師あり、か。わっかりやすい師弟関係だな。 「そ、そういえば、輝夜は?」 あまりに長々と説明が続くので、適当なところで話をぶった切った。 半分以上……というか、ほぼ全部が意味不明の説明なので、勘弁して欲しい。 「輝夜なら、今朝まで起きていたからまだ寝ているんじゃないかしら」 「……相変わらず夜行性か。というか、仕事しているんですか」 「しているわよ。盆栽の世話」 それは仕事というのか、オイ。 ええい、本当に姫みたいな奴だな。仕事は家臣に任せて、自分は優雅な生活か。……世の姫が聞いたら怒るかもしれない。 「寝込みを襲うのは結構だけど、一度くらい死ぬ覚悟をして行くように」 「嫌だな……そんな命がけの夜這い、というか昼這い」 「もし気に入られているんだったら、割とすんなり行くかもしれないわよ? 平安の昔にも、夜這いをしようとする連中はいたんだし」 現代日本の性風俗と、平安時代のそれとを一緒くたにしないで欲しい。僕にだって、それなりの道徳はある。 「まあ、昔の連中は、壁の隙間とか垣根の下とかから、輝夜を一目でも見たい、って輩だったけど」 「……情けないっつーか、男は昔っからそうなんだな」 あれだけの美人だ。気持ちはわからんでもないけど……うーむ。そんな性別・男の情けない過去なんて聞きたくもなかった。 「と、いうわけで行ってきたら? 私は、貴方は案外気に入られていると思う。もしかしたら、すんなりさせてくれるかもしれないわよ?」 「……おーい。なに開けっぴろげな」 若干、顔が赤くなってしまいますよ? 「初心ねぇ。もしかして貴方、いい人いないの?」 「いるように見える?」 「見えるわよ」 なに、一体いつどこでキャラ付けをミスった? 永琳さんの僕への印象がそんなだったとは。 「……ま、焦ることはないわ。私たちも、貴方も、寿命は永遠。夜這いする機会くらい、何度でもあるから」 「なんで僕が夜這いしたいという方向に話が行っているんでしょうか」 勝手に言い出して、なにを勝手に僕が輝夜に夜這いしたい、と結論付けている。このマッドサイエンティストめ。 「ぉはようー。永琳。御飯はある?」 「あら、早いのね」 僕の質問には答えず、永琳さんはいきなり扉を開けて入ってきた輝夜を迎える。 ……っていうか、オイ。寝巻きが乱れまくってるぞ。かなり際どく。 ついでに髪もいつもよりはボサボサで、目を擦って、寝惚けているらしく相当ふらふらな有様。……にも関わらず美人って、本気ですげぇ。色香もハンパねぇ。 余りに目の毒だったので、僕は視線を逸らした。 「……あら、そこで目を逸らしているのは良也じゃない」 「いいから服をちゃんとしろ」 面白い玩具を見つけたような声色で(事実そうなんだろう)、輝夜が話しかけてくる。 「なに? 欲情した?」 「してないよっ!」 「ふーん、そうは見えないけど」 などといいつつ、輝夜は僕に近づいてきて…… 「ふぁあ!? な、なにをする!?」 首筋を、つつと指でなぞった。こそばすぎて身悶えする。 「あ、面白い」 「面白いっつったか今!?」 「うん」 即答した輝夜は、今度は背中を指一本でつつ〜と撫でた。 服越しだって言うのに、指が通った跡だけ妙に熱く、僕はびくって反応しちまったんだよコンチクショウ。 「や、やめろっ!」 「……本気で初心ねぇ」 呆れたような声を上げる永琳さんに助けを求めるも、百パーセント輝夜の味方らしく、ニヤニヤ笑うばかりで頼りにならん。 「くっ、もういい。聞くことは聞いたし、もらうもんはもらったしっ! 永琳さん、この薬ありがと!」 これ以上ここにいては、なにやらとっても嫌な予感(いい予感かもしれないが)がするので、僕は脱兎のごとく逃げ出した。 「あ、逃げた」 「ヘタレね」 好きに言ってろ! 僕は、僕はなぁ! 「師匠、ただいま帰りまし……きゃあ!?」 などと思って、前方の注意をおろそかにしていたのが悪かったのかもしれない。 僕は、突然目の前に現れた人影に正面衝突して、見事なまでにすっ転んだ。 「ててて……す、すみません、大丈夫です、か?」 途中で、勝手に言葉が止まった。 なにせ、僕を見返してくるその目は、とっても赤い狂気の眼だったからして。 「真昼間から押し倒すなんて……ケダモノね」 「あ、いや、誤解。ただの交通事故」 慌ててどこうとするが、鈴仙の眼に縛られたように、なかなか身動きが取れなかったり。 ……狂気とか、そういうのじゃなくて、純粋に怖いから。 「誤解なら、どうしていつまでどかないのかしら?」 「御免、目を瞑ってくれると助かる」 それは、僕的には単に怖い目を向けないでくれ、という意味だったんだが……まあ、その、なんだ。 客観的に見て、押し倒されている女に『目を瞑れ』なんて……あらぬ疑いをかけられても仕方ないよなぁ、なんて言った後で気付いた。 顔を赤くした鈴仙は、指鉄砲をこちらに向ける。 「な、に、を、いきなり言っているんですか貴方はぁ!?」 「ぐはぁ!?」 鈴仙の座薬弾が、アッパーカットっぽく僕の顎をかち上げる。 「おー、おー、飛んでる」 「おいしいわね……」 あっちの月の主従コンビがなんか言っているし。 ……ああ、なんでだろう。どうして僕がラブコメもどきなんてしているんだろう。僕、なんか悪いことしたっけ? なんて思いながら、僕は床と接吻を交わすのだった。 | ||
| ||
前へ | 戻る? | 次へ |