それは、いつものように人里へお菓子を売りに出かけたときのことだった。

「んー?」

 ようやく暖かくなってきた空気を楽しみつつ、人里へ飛んでいると、ふと地上に黒い点があるのを発見。
 ……なにかなぁ? と頭を働かせ、一瞬でその解答を弾き出す。

「ルーミアか?」

 過去、何回か襲われたことのある宵闇の妖怪。幸いにも、昼間はいつも闇をまとっている彼女は、視界が狭い。とっとと逃げよう……というところで、そのすぐ近く……三メートルほどの位置に人間がいるのを発見した。

「げっ!?」

 明らかに、ルーミアはその人間を狙っている。
 いくらなんでも、あそこまで近くに行ってルーミアが気付かないと言うこともないだろう。人間のほうは女性……すぐ傍で息を潜めているルーミアに気付かず、植物――薬草かなんかか?――を採取している。

「くっ!」

 迷いも一瞬、僕はその二人へ向けて、全速力で向かった。

「逃げろっ!」

 加速しながらも、女性に声をかける。
 僕の声に反応した彼女は、やっとのことで背後に迫っていた闇に気付いて、悲鳴を上げ、

「いただきまーす」
「まーす……じゃねぇ!」

 弾幕を撃ちまくりながら、ルーミアと女性の間に強引に割り込んだ。

「いたっ!? あ、あー! あんた」
「ぃよう、久しぶり」
「今日はご飯が二人かぁ。食べきれるかなぁ? ねえ、食べていい人類」
「誰が食べていい人類かっ!?」

 ツッコミを入れながらも、隙をうかがう。

 さて、どうするか……
 正直、僕一人なら逃げるだけならなんとかなる。弾幕で牽制しつつ、人里まで行けばこいつも追ってはこれない。

 しかし、人一人を抱えて逃げるとなると……追撃があることを考えると彼女を無傷で逃がすのは無理臭い。

「仕方ない……」
「ん? どーしたの。お腹でも痛いのか?」

 ふっ、僕が貴様に襲われてこれまで、なんの対策も練っていなかったと思うなよ。
 いつの日か復讐(しかえし)するために、色々と考えていたんだよ。

 懐から、特製のスペルカードを一枚取り出す。

「やるのー?」
「やるか、ボケ」

 あいにく、喧嘩が嫌いなのだ、僕は。

「……目、瞑って」
「え?」

 背後の女性に、小声で呼びかけ、スペルカードを発動。

 ふっ、食らえ。コレが龍符、鉄符、超符に続く、まんが必殺技シリーズ第四弾!

「光符……『太陽拳』!」
「うわぁあ〜〜!」

 カッ! とスペルカードから閃光が溢れる!
 閃光が奔るのは一瞬……だが、闇の妖怪であるルーミアの目を眩ませるには十分だ。

 効果が劇的なのを確認し、背後の女性を掻っ攫って空に飛んだ。
 舞い上がったあたりで中指立ててファックユー。とりあえず、この仕草で前回の溜飲を下げた僕は、

「あ〜〜ばよ〜〜ぅ!」

 思い切り馬鹿にしつつ、全速力。
 一度離せば安心だが、念のため相当距離を取るまで全力で飛んだ。

 ちらり、と背後を振り返ると、追ってくる気配はない。……逃げ切った、か?

「ひっ、た、高い……」
「あー、すんません。でも、あのままあそこにいたら喰われていたし」

 ようやっと落ち着いたのか、自分のいる場所に気付いて怯える女の人。
 ……あ〜、そうだよねー。高いところって怖いよねー。最近、自分で飛べるからすっかり忘れていたが、人間、誰しも高いところの恐怖は拭いがたいのだ。普通は。

「もう少しで人里なんで、そこまで我慢してください。しっかり掴まってれば落ちませんから」
「は、はい」

 ぎゅ、としがみついてくる女性。……む、役得?
















「到着、っと」

 今度は特に何事もなく、人里に辿り着いた。いやはや、久々にちょっと肝が冷えたね。……久々でもないか。

「どうもありがとうございました」
「あー、いやいや、別にいいよ」

 深々と頭を下げてくる女性に、手を振る。
 半分くらい私怨が入っていたし、別に困っている人を助けるのは当然のことだし。前回、映姫に言われて、少しは気にしてたんだ、僕も。

「んじゃ、僕はこれで……」
「そんな。それじゃあ私の気が済みません。どうか、お礼をさせて下さい」
「礼……つったって」

 別に、お金とかが欲しくて助けたわけでもないんだが。

「丁度、私の奉公している屋敷はすぐそこです。せめて、お茶でも」
「……はあ、いいのかね」
「大丈夫です」

 変に言い切る女性に、別段断る理由もない僕は頷いた。

 案内されたのは、稗田、と表札のかかった大きな屋敷。
 ……僕も知っているぞ。人里でも有数の名家だ。確かここは……

「あら。南さん。薬草、採ってきてくださいました?」
「阿求様。ええ。薬草は採ってきたんですが……」

 うわ、何気にすげぇ南さん(名前判明)。あの状況でも、採ってた草はしっかり確保してたんだ。

「ですが? どうしたんですか。そちらのお菓子売りさんと関係が? はっ、まさか逢引!?」
「違います」

 即答された。ちょっと悲しい。

「いやね、ちょいと彼女が妖怪に襲われそうになったから、助けただけ」
「ええ! 良也さんが?」
「なに、阿求ちゃん。その疑いの眼差しは?」

 ちなみに、僕のお菓子販売の常連さんである。
 他の子供たちとはどこか違う雰囲気を持つ彼女だが、甘いものは好きらしい。南さんみたいな女中さんをたくさん雇っているくせに、自分の目で確かめたいからとわざわざ足を運んでくる。

「倒したわけじゃなくて、ちょっと怯ませて逃げただけだよ」
「なるほど」
「……納得されるのも、それはそれでどうなんだろう」

 こんな小さな子にまで舐められてどうする、僕。

「それはそれは。当家の者がお世話になりました。ささ、どうぞ上がっていってください。南さん、お茶の用意を」
「はい。私もそのつもりでした」

 なんやかんやで、上がることになってしまった。
 ……うーん、確かに、この大きな屋敷にはちょっと入ってみたかったけど、こんな形で入ることになろうとは。

「散らかっているけど」
「……なんで、客間じゃないんだ?」
「あら、貴方は今日もお菓子を持ってきているんでしょう? 美味しいお菓子は落ち着ける場所で食べたいの」

 案内されたのは、書斎っぽい部屋。そこら中に本が置いてあり、なにか書き物をしているのか墨と筆もある。

「それに、ちょっと南さんを襲った妖怪のことを聞いてみたいし」
「ルーミアか?」
「あら、宵闇の妖怪だったのね。……えーっと」

 阿求ちゃんは手近な原稿を手に取り、ぱらぱらと捲る。やがて、該当の箇所を見つけたのか、僕に見せてきた。

「え? なにこれ。……ルーミアの、紹介?」

 その原稿にはルーミアの能力や人間に対する友好度、危険度、能力や性格等等が詳細に記されていた。脇には、ルーミアと思しきイラスト(けっこううまい)まで添えられている。

「私が今執筆している幻想郷縁起の一部。妖怪に関しての情報は広く受け付けているわ。自薦も含めて」
「幻想郷縁起?」
「人間が妖怪にやられないようにするための資料よ。こういうのがあれば、妖怪への対処も楽になるでしょう?」
「ああー、なるほど」

 確かに、ルーミアの情報がこれだけあれば、普通の人間でもうまくすれば逃げることが出来そうだ。対策もきっちり載っている……えーと、闇に入っちゃいけない? 当たり前だろ。

「なにか、これに書き加えられるようなことはなかったかしら?」
「……目眩ましが有効」

 阿求ちゃんは、なるほど、と頷き、その原稿に一筆加える。

「じゃあ、目を眩ましたのね、良也さんは」
「まあ、魔法の応用でちょっと……」

 言葉を濁す。
 まんが必殺技シリーズは、使った後で妙に恥ずかしくなるのが欠点だ。技のイメージがしやすいから、スペルカードを作るのは簡単なんだけど。

「ふむ……こうなると、英雄伝に良也さんを入れるべきかしら?」
「英雄伝?」
「幻想郷の、ちょっと特殊な人間たちのことも書いているのよ。ほら」

 と、見せられたのは、博麗の巫女霊夢の紹介。
 ……あ〜、ところどころ頷ける描写がありまくりんぐ。霊夢のイラストも……いや、マジでうめぇぞ、この娘。

「これを編纂するのが、第九代阿礼乙女である私の役目なんですよ」
「……よーわからんが、大変だな」
「ええ。ところでどうでしょう? 普段巫女の傍にいる貴方から見て、博麗の巫女の紹介は」
「いやあ、大体合ってるんじゃない? イラストの方は……霊夢の奴はもっと胸ないが」

 あ、冗談のつもりだったのに、なるほど、なんて頷かれた。すまん、霊夢。しかしお前が貧乳なのが悪いんだ。

「でも、我ながら可愛く描けているでしょう?」
「確かに。……というか、妙に画風が漫画っぽいのは一体」
「絵の参考には外の世界の漫画を用いました」

 どっから調達して来るんだよ、一体。

「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、南さん」

 そして、その日は芳しい香りのお茶を頂き、ちょっといいことをした気分でお菓子売りに出かけた。

 ――でも、今更ながら、怖かったなぁ。



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