「ちょっと、起きなさいよ」

 んあー? なんだ、眠いんだよ、僕は。
 ちょっとくらい寝かせてくれても……

「ったく、相変わらず寝起きが悪いわね……。ほら」
「ぐえ」

 なんかに腹を踏まれた。別に重くはないんだけど、肺から空気が抜ける。

「……霊夢か。もうちょい寝かせてくれ」
「私は一向に構わないけど、こんなところで寝てたら食べてくださいって言っているようなものよ?」
「こんなところ……って、ああ」

 今更ながら、寝ぼけた頭が覚醒する。
 ここは確か再思の道。さっき会った死神の小町がやたら気持ちよさそうに寝ているのでなんか悔しくなって、いっそのこと僕も寝ちゃおうと……あれ? 小町は?

「貴方はっ! 一体全体、何を考えているんですかっ」
「すみませんー」
「ええい、後で説教はしますから、早く仕事に戻りなさい」
「はーい」

 なんだあれ? 小町が、なんかちみっこい女の子に叱られている。
 絵面はおかしいんだけど、女の子には妙な威厳と言うかカリスマと言うか……まあ、なんとなく逆らえない雰囲気が漂っていて、違和感はない。

「む、貴方も起きましたか」
「あー。はじめまして?」
「ええ、そうですね。はじめまして。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。この地方の死者の裁判を担当しています」

 ええーーー!?
 いやいや待て待て。どこの世界に、こんな小さい閻魔様がいるんだよ? いや、幻想郷っていう世界か……納得いかねぇ!

「じゃあ、私は帰るわ。早いところ、この異変なんとかしてよね」
「それは、幽霊を送る小町に言ってください。まあ、遅くとも二週間はかからないでしょう」
「そ。まあ、花見が長く楽しめると思えばいいか」

 じゃあね、と霊夢は立ち去ろうとし、僕も当然のように付いていこうとしたのだが、

「待ちなさい」

 その前に映姫ちゃんに止められた。

「……なにかな?」

 なんか嫌な予感がする。
 見ると、映姫ちゃんの服はそこはかとなくボロボロで、霊夢にコテンパンにやられたということが見て取れる。いや、霊夢の方もかなりボロボロだな、そういえば。

「良い機会です。貴方は死なず、死後に私の裁判を受けることもない。死んでも死なないからこそ、今ここで貴方を裁く」
「……えー」

 いきなりなにを言い出すかな、この閻魔は。裁くって。そんな裁きを受けるほどのことはしていないぞ、多分。

「あのー、そんな。別にいいじゃん、映姫ちゃんの担当は死んだ後だろう? だから……」
「まず、目上の者をちゃん付けする礼儀の無さを改めなさい」
「……じゃあなんと呼べば?」
「映姫様、と」

 やっべ、この子Sだよ、絶対。

「映姫さまぁん」

 はぁと、とか語尾を付けてみる。べしっ、と叩かれた。

「止めましょう。貴方が言うと、どうにも妙な意味が含まれているように聞こえる」
「いやあ、含んでないよ。うん」

 嘘だけど。あ、閻魔様に嘘つくと、舌引っこ抜かれるんだっけ? こわっ。

「んじゃ、映姫で」
「……いいでしょう」

 映姫は納得いっていない様子だが、まあこんなものは言ったもの勝ちだ。一度呼び方が定着してしまえば、後で変えることはなかなかない。

「よし、呼び方について合意も取れたところで、僕はこれで……」
「待ちなさい。まだ説教は始まってもいません」

 チッ。

「どうでもいいけど、早くしてくれないかしら」
「まあ、ちょっと付き合ってやろうよ」

 霊夢が文句を言うが、仕方ないだろ。閻魔だぞ、閻魔。

「貴方は外の人間。幻想郷の人間はなんだかんだで悪いところは少ないけれど、貴方は相応にあるわ」
「……相応って」
「まず、貴方は大学生だと言うのに、勉学に励むわけではなく、日々を適当に生きている。幻想郷でも、滅多に力を振るうことなく、研鑽もほとんどしない。貴方の力ならば小物なら容易に退治できるというのに、妖怪と戦うこともない。人里での妖怪での被害は知っているはず。そう、貴方は少し怠惰に過ぎる」
「…………」

 えらい言われようだった!

「さらに」

 え!? まだあるの!?

「貴方は自身の能力に加え、死なないという不自然な存在。いるだけで周りの全てに本来とは違う影響を与えてしまう。貴方に関わった者たちは全てそう。今ここにいる私でさえ。しかし貴方はそれを知らず、また希少な能力をなんでもないことのように扱う。そう、貴方は少し自覚が足りな過ぎる」
「え、えーと」
「さらに」
「ちょ、ちょっと!?」

 制止の声を上げるけど、まったく話を聞いていない様子の映姫。裁判官がこの態度ってどうよ。

「貴方は多くの人妖と交流を持っている。それも、女性とばかり。貴方は彼女たちに常に不埒な視線を向け……」
「待て!」

 はい、それ以上はストップー!
 常にってのは言いすぎっ! 霊夢がちょっと怖くなっている。今んトコお前は対象外だよ馬鹿野郎。

 昔はなぁ。昔は……幻想を持ってたんだな、巫女に。

「……まあいいでしょう。要するに貴方は、少し色欲を抱き過ぎる」
「はいっ! 別にそれ自体は責められることじゃないかと!」

 だって男の子だもん! というか、その論法で行くと、全男性の九十九パーセントはアウトだろっ。

「色欲を抱くことが悪いと言っているわけではない。それを知った幻想郷の実力者が機嫌を悪くし、周りに被害が及ぶから言っているのよ」
「あ〜〜〜」

 ありそう。でも、今のところセーフだよ? 人里で暴れとかないし。

「さらに」
「まだあるの!?」

 霊夢は呆れたらしく、先にさっさと帰ってしまった。
 ヘルプミー、霊夢。この閻魔様を止めてくれーーー!




















「まあ、こんなところかしら」
「は、ははは……」

 それから。
 彼女は、僕が自覚してもいない悪いところを散々挙げて、『もし貴方が死ねるとしたら地獄行きは間違いないわね』と締めくくった。

 僕、もう立ち直れないかも……飯食って、ぐっすり寝れば忘れそうな気もするが。

「……大体なんでそんなに僕のこと詳しいんだよ。ストーカーか?」
「聞こえているわよ」

 小さく罵ったつもりだったけど、バッチリお耳に届いていたらしい。流石閻魔。地獄耳だ。

「さて、今貴方がつめる善行だけど」
「ぜ、善行?」
「そう。善行を積むことで死後を……貴方に死後はないけれど、人生をより豊かにすることができる」

 善行って、割と積んでいるぞ。募金箱を見かけたら、とりあえず入れるようにしているし。

「巫女の世話をちゃんとすること。これが今の貴方が積める善行よ」
「……はい?」
「巫女の世話をちゃんとすること。これが今の貴方が積める善行よ」
「そんなリピートしなくても……」

 なぜに霊夢。あいつの世話が善か?

「日々を真面目に生きるのも悪くはない。自身の能力を深く知るのも結構。しかし、巫女の世話を疎かにしてはいけない」
「……何故に?」
「理由は色々あるわ。週に一度とは言え、貴方が来たときは巫女は家事などに煩わされない。それは、より妖怪を退治できるということ。またあの巫女に食費を提供することで博麗大結界も維持できている」

 食費って。霊夢も、まさか僕がいなきゃ食うに困るほど、って言うわけでもない。……よな?

 あ〜、微妙かも。前、神社の脇に生えてた雑草を見て『これ食べられるのよ。お浸しが美味しいわ』と自慢げに説明していたし。

「……気をつけることにする。で、もう帰ってもいいかな?」
「正直、まだまだ言い足りないことはあるのだけど……まあいいわ」
「終わったかぁ〜〜〜」

 どっと疲れた。
 下手に正論ばっかりなんで、凄く疲れる子だ、映姫は。

 まあ、それも僕を思ってのこと。というのはなんというか、言葉の端々から感じられた。決して悪意はないんだろう。よりタチの悪いことに。

「あー、まあ色々ためになった。あんがと」
「わかればいいのです。最近の外の人間は、閻魔の言うことを良く聞かなくて困る。人間の作った法やお金で私が判断を変えることなどないというのに」
「……意外と大変だな」

 まあ、なんだ、この小さい身体で頑張ってるんだなぁ。なんて思うと、少し優しい気持ちになったり。

「よしよし」
「……何故私の頭を撫でるの?」
「丁度いい位置にあったから」

 いや、本当に、ベストフィットと言えばいいか。撫でる、という行為をしようとした場合、これ以上ない位置に映姫の頭が。
 半ば無意識にしちゃった。

「最初に、『礼儀の無さを改めなさい』と言ったはずよ」
「……そういえば」

 いやまあでもさー。とか言い訳を始めようとすると、映姫の手が僕の手を打ち払い、

「どうやら、貴方は身体に覚えさせないと駄目みたいね」
「か、身体!?」

 やっぱりSか、Sなのか!?

「不埒なことを考えないように、とも言ったはず」
「思考を読むな!」
「力の繰り方を覚えたほうがいい、とも言ったわね、そういえば。丁度いい、貴方の稽古の相手をしてあげましょう」

 と、映姫は弾幕を展開。……うわぁい。地獄の閻魔様と弾幕ごっこだぁ〜。





 うん。
 すごい強かった。そしてボロボロにされた。
 ……確かに、これなら今日のことは(物理的に)忘れないな。……はぁ。



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