無縁塚。
 それは縁のない仏が眠る、幻想郷でも屈指の危険地帯。

 ここは、幻想郷と外の世界、冥界が入り混じり、非常に不安定な空間となっており、おかげで自分の存在を維持するのが難しい。ただの人間であれば、ここに来るだけで逝ってしまう可能性がある。

 ……などと、森近さんは言っていたのだが、正直どーでもいい。

「あー、もうちょいで着くかな」

 ここは再思の道とかいうらしい。自殺しようとする人間が良く通るそうだが……正直、自殺なんてちらっとも考えたことがないので、そんなことを言われてもピンとこない。

 悩み事があっても、大抵一晩寝ればどうでもよくなる性格だ、僕は。

 ……能天気すぎるかなと、たまに悩む。

「彼岸花が綺麗だな」

 彼岸花、というとどうにも不吉なイメージがあるが、僕はこの赤くてちょっと変わった形をした花がけっこう好きだ。
 僕の田舎には彼岸花がいっぱいに咲く川原があって、綺麗だなぁ、と常々思っていた。

 毒があるのはちょっとアレだが、鈴蘭だってそうだし……『綺麗な花には毒がある』ってところか。
 うむ、こういうときの花っていうのは女性の隠語であることが多いんだけど……なんだろう、いやにしっくり来る自分の女性関係が嫌。

「って、あら?」

 少し行った先……おそらくは、目的の無縁塚あたりで、誰かが弾幕ごっこをしている。

 ここまで届く振動と霊力の圧からして、どちらも相当の実力者……巻き込まれるのは勘弁だ。

 適当なところで降りる。無縁塚での弾幕ごっこが終わるまで、適当に休もうと腰掛け、

「今日は妙に人間が来る日だね。こんなところに生きた人間が来て、死にたいのかい?」
「……もう驚かないぞ」

 いきなり後ろから声をかけられた。
 しかし、僕も慣れたもの、慌てず騒がず後ろの人物に挨拶をする。

「やあ、こんにちわ。僕は土樹良也だ。君の名前は?」

 もはや自己紹介も慣れたもの。向こうも割と友好的な笑顔を浮かべて、

「あたいは三途の川の一級案内人。死神の小野塚小町だ。よろしく」
「死神……ね」
「あ。あんたも死神に偏見を持っているクチかい? 人の寿命はあたいたちの関するところじゃないってのに」
「まあ、字面が良くないと思う」

 まあねえ、と妙に納得する死神。
 うーん、なんだろう、会ったばかりだというのに彼女には僕と近しいものを感じる……

 そのせいか、死神、という物騒な肩書きも全然怖くない。ついでに、彼女は普通に美人さんで、結構スタイルもいいというのに全然その気になれん。
 あかん、僕そろそろ男として終わりかけているのかもしれない。

「で、寿命のない人間が、ここに何の用だい? 言っておくけど、あんたは向こうには行けないよ、永遠に」
「いやいや。生を謳歌できるならそれがなにより」
「そうじゃないって奴も、最近増えているんだけどねぇ」
「嘆かわしいことだなぁ」

 違いない、と僕と小町は頷きあう。
 本当に嘆かわしい。人間、その気になれば楽しいことの一つや二つや三つや……まあ、とかくこの世は面白しってことだ。

「僕がここに来たのは、ちょいと無縁塚に落ちているという、珍しい品を拾いにきたんだよ」
「へぇ。そんな物好きは香霖堂の兄さん位かと思ってたよ」
「その兄さんの頼みだ」

 なーんだ、と小町は頷く。

「しかし、今は止めといた方がいいな。巻き込まれたいなら話は別だが」
「巻き込まれたくないに決まっているだろう」
「そうかい? まあ、あの巫女みたく命知らずな人間はそんなに多くないか。ったく、映姫様に逆らうなんて……」

 ……今、巫女っつったか。

 うーむ、けっこう遠いんで顔までは見えないが、確かに無縁塚で弾幕をしている片割れはどこかで見たことがある紅白っぽい衣装を着ている。ついでに、あの弾幕の形、色も妙に見覚えがあったり……

「なんで霊夢がここにいるんだよ」
「さあ? あたいに聞かれても困る。あいつはいきなりここに来て、問答無用にあたいを落としてったんだから」
「……あとで謝らせるよ」
「いいよ。これで堂々とサボれるしね」

 おーい。死神が仕事をサボったら……うーん、死ぬ人が少なくなる、のか? でも寿命には関わらないって言ってたしなぁ。

「でも、霊夢がここにいるってことは、異変の原因はここなのかな……」

 あれは相当アレな巫女だが、異変に対する嗅覚とそれを解決する手腕だけは(あくまで『だけ』は)大したものである。その霊夢がここにいるってことは、このあたりに異変の原因がある、のか?

「小町、なんか心当たりは」
「あ〜、この花のこと?」
「そう」

 いきなり小町が挙動不審に陥る。なんだ、この反応。まさかとは思うが……

「犯人はお前だっ!」
「うぐっ、し、仕方ないじゃないさ。この幽霊の量はあたい一人じゃ裁ききれないよ」
「ふっ、自供したか。真実はいつも一つだな」

 うむうむ、と自分の名推理に陶酔してみる。

「……ところで、幽霊とこの花の異変と、どんな関係が?」

 そういえば、いつになく……というか、ありえないくらい幽霊がいるが。妖精は、まあ異変時にはこんなもんだけど。

「あ〜、なんていうかね。この幽霊たちは拠り所がないのさ。だから、幽霊と相性の良い花に身を寄せる。咲きまくってるのはそのせいだ」
「つまりー」

 うーむ、僕は元幽霊だったこともあるのに、イマイチピンとこない。

「……花に憑依しているわけか」
「そゆこと。明るい人間は明るい花に、鬱な連中は暗い花に」
「うげっ、さっきたんぽぽ茶飲んじゃったぞ」
「幽霊入りだね。縁起が良い」
「いいわけないだろっ」

 花は普通だから大丈夫だよ、などと無責任に小町は言うが、流石に幽霊が宿っている花で作ったお茶は……

「さてさて、それはいいとして。あ〜あ、映姫様も本気になっちゃって」
「映姫ってのは、霊夢と弾幕ごっこしてる、なんかビーム砲撃っているあの方?」
「そ。あたいの上司、四季映姫・ヤマザナドゥ。怖い怖い地獄の閻魔様さ」
「閻魔ぁ!?」

 閻魔ってあれだよな、嘘つきの舌を引っこ抜き地獄の底に叩き落すという……一説によれば、常におしゃぶりをした亜種がいたりいなかったり。

「……すんげえお偉いさんじゃないか」
「そう。怒らせると怖いよ。嘘はほとんど通じないし、説教長いし」

 んなこと言われなくても、霊夢とやってるあの弾幕ごっこの様子を見るだけで、怒らせる気はまったくありまっせん。

「しかし、あそこであんなことやられてちゃあ、仕事になんないよ。三途の川はあっちにあるしね」
「……僕、いっぺん死んで冥界行ったけど、そこ通った覚えない」
「私は覚えてないねぇ。直接冥界の方に行っちゃったんじゃない? 覚えてないだけかもしれないけどね」

 そっかあ。折角だから、あとで見物してこよう。

 なんて思っていると、小町がぐっ、と伸びをして、誰に言うとでもなく、

「これじゃ、仕事のしようがない。仕方ない、昼寝でもするかぁ」

 棒読み気味にそんなことを言った。

「さっき堂々とサボれるって……」
「気にするな。あんたも、無縁塚に用があるんだったら、ここで待ってりゃいいよ」
「そうだな。お言葉に甘えて……の前に一ついいか」

 なんだい、と小町は大きな欠伸をしながら聞いてくる。
 ……とことん緊張感のない死神め。

「その、変な形をした鎌は一体? 死神だけに斬魄○?」
「斬○刀ってのがなにかは知らないが、死神といったら鎌だろう」

 和風なくせに妙に発想が洋風だぞ。って、その刃が捩れた鎌で魂を刈り取れるとは思えんが。

「んじゃ、あたいは寝るから。あっちのあれが終わったら起こして。寝てるの見つかったら怒られるんで」
「……やっぱサボリじゃないか」

 美鈴も似たような感じだけど、美鈴はそれでも立ったまま寝ているぞ。言うなれば、授業中居眠りするとき教科書を盾にするかどうかの違い?

「不可抗力さ」

 そして、小町は腕を枕に目を閉じる。
 ……額に肉って書いてやろうか。



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